マルドゥック・スクランブル

著:冲方 丁 早川書房

マルドゥック・スクランブル』の大きなテーマとして、まず一つ『戦うことによって幸せを掴み取る』というものが挙げられると思う。
 この作品に出てくる主要人物、バロット、ウフコック、ボイルドは皆『戦う』ことによって幸せを掴み取ろうともがいている。バロットは真実を知るための手段として戦うことを選ぶし、ウフコックはバロットと共に戦うことで武器としての自分の新しい存在価値を見いだすし、ボイルドは戦うこと自体が存在表明である。
 初めに断っておくが、ここで私の言う『戦い』とは必ずしも戦闘のことを指すものではない。確かに本作に出てくるキャラクターたちの異常な戦闘能力―バロットの電子干渉能力やウフコックの変身能力、ボイルドの重力制御能力など―を使った派手なアクションシーンは本作の大きな魅力の一つではあるけれど、決してそれだけではない。
 本作第二巻でのカジノシーンは、まさにそのことが顕著に表れた場面だろう。
 ストーリー中盤、バロットとウフコックはシェルを合法的に起訴するために、彼が働くカジノで四枚の一万ドルチップを手に入れなければならなくなる。勿論、四万ドルなど普通に考えれば稼げるはずはなく、イカサマを使うことになるのだが、ここで繰り広げられるのが相手ディーラーとの巧みな心理戦である。相手の表情の機微を読み、心理誘導を使い、極限のプレッシャーの中で相手と『戦う』のだ。そこには銃撃戦ほどの迫力はないにせよ、それをも凌ぐほどの緊迫感がある。
そしてその『戦い』の中でバロットは成長し、またディーラーも失っていた何かを手に入れる。それは単純な勝敗の問題ではない。『戦うことによって幸せを掴み取る』というテーマそのものを表したものだと私は思う。
 冷静に読み返せば粗もあるし、グロテスクな描写もある。好みの分かれる作品だろうとは思う。しかしそれを補ってあまりある魅力がこの作品にはある。興味のある人は一度読んでみるのはいかがだろうか。


紹介者:クォーター


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