季節柄な不順気味の天候の中にも,太陽の覗く昼休み・・・をジャスト一限の授業時間分経過した気持ちの良い午後。
日によって残っていた肌寒さも影をひそめ,屋上の段の下の階段からの死角は,相沢祐一にとって格好の昼寝場所であった。


「・・・んあ・・・」


浅いまどろみの中,不意に頭部に落ちる影。


「やっぱ,ココだったか」


見上げる視線の先には,逆光ではっきりとは見えないながら見知った姿。


「・・・」


困ったヤツだ,と言いたげな視線を穏やかな微笑みに混ぜて,影の主・北川潤が段横に腰を落とす。


「東浦のヤツ,探してたぞ?・・・怒ってた風じゃなかったけどな」


進路指導担当の着任三年目の教師の5限目の行動を友人に告げつつ,屋上からの眺めに目を細める北川。


「・・・よく判ったね?」


祐一は軽く上体を起こし,腕を軽く突っ張って伸びをする。
固いコンクリートの床は,眠気の解消と引き換えにそれなりな負荷を体に与えてくれていた。


「・・・なに?」


「ココにいるコト」


座り直して,視線だけを片側に移しながら祐一。


「バーカ,ココ教えたの俺だぜ?」


苦笑気味ながらあぐらを組んで北川。


「そーいや,そうだな」


暖かくも冷たくも無い,若干湿り気を帯びた風が優しく頬を撫でる。


「持ってる?」


口に指を当てる仕草の北川。背伸びシタガリから習慣化しつつある自分愛用のブツは,スポーツバックの底板の下に忘れてしまった。


「・・・1916だぜ?」


身体検査対策のブレザーの下裾のわざと開けた縫いしろの中から,緑色のパッケージを取り出す祐一。いつもの白いヤツは売り切れていたのだ。


「我慢しよう」


にや,と笑いながら,祐一が投げてよこした中から一本抜き取って火をつける北川。


「ふざけんな!高ぇんだぞ」


軽い憎まれ口にもう一度笑いながら,北川は軽く吸い込んだ煙をゆるゆると吐き出す。
タバコの煙は,微妙な薄曇りの空へとのんびり吸い込まれていった。










MinD ESCAPE










「・・・んでよ,相沢」


ラッキーストライク1916が2/3ほど灰になった頃,北川がおもむろに口を開く。


「なんじゃらほい?」


もう一度ごろん,と横になっている祐一は,特に気にした風でもなく。


「進路調査,白紙で出したんだって?」


「・・・」


おそらく,センセが探してたのもその辺が理由かなあ,と思う。


「・・・やっぱ,親御さん次第?」


この街に移ってきて以来,北川とは結構仲の良い祐一。ツルむコトもダベるコトも,あまつさえ一緒に飲むコトも少なくない仲。
以心伝心,というほどではないけれど妙にウマの合う北川と祐一。お互いの家庭環境もどちらからというわけでもなくそれなりには把握している。
二人ともある程度には心得ていて,それなりに詮索しないラインを一応は持っているのであったが,今日は珍しい領空侵犯であった。


「・・・わかんね」


正直に答える祐一。いろいろ考えることも無いではないけど,財布たる両親の海外勤務の動向次第ではどうなるかわからないというのが実際の本音ではあるのである。


「そ,か」


話題にするのやめときゃよかったかなー,と若干後悔しながら北川。


「・・・とりあえず,しばらく保留だなー。」


言葉のトーンで判るそれに,必要以上に気遣わせるのもこいつにゃ悪いよな,と言葉を足す祐一。


「ココの国立くらいならだいじょぶなんだろ?偏差値的には」


ちょっとだけ祐一がうらやましい北川。頑張って手が届く範囲とはいえ,しなくてすむ苦労ならしたくないのが人情ではある。


「んー,一応な。学科にもよるけど」


祐一の全国的なおべんきょの成績はかなり良いほうと言えた。校内実施のテストの順位との差は,ひとえに授業に対応する気の有るか無いかによるものであった。


「上を目指すってのは?」


「かったりい」


「即答かよ」


それなりな能力(この場合は学力)を持ちながら,やる気によって大きく行動なり結果なりに差のでき過ぎるこの友人に,苦笑でもって返すしかない北川である。


「どーすんの?おまえは?」


ごろん,と北川のほうを向き直り,手枕で尋ね返す祐一。


「・・・あー,俺は」


ちょっとだけ空に視線を泳がせ,


「一応,ココの国立狙い,のつもり」


ふー,と最後の煙を吐き出しながら答える北川。冗談っぽくは見えない。


「お,東京とかに行こうとは?」


普段の言動からあまり地元指向とも思っていなかっただけに,多少な意外さを感じつつ訊いてみる祐一。


「…そこまで成績伸びねーよ」


苦笑しつつタバコをコンクリの床に押し付ける北川。大学行きを推奨してもらえてるのは有難いのだが,私立はちと金が掛かりすぎる気がして,ちょっとばかし親に悪いかな?と思ってもいた。


「他んトコで上を目指すってのは?」


北川も別段成績が悪いわけではない。国公立の選択肢は全国的で,よほどの高望みをしない限り,必要な教科を満遍なくやれば受験日までには合格ラインに充分届く,結構な伸びが期待できると祐一は見ていた。


「無し」


「即答だね?」


「足攣らせて浪人ってのもアレだし」


「おーおー,向上心無いねえ」


「現実的と言え」


フン,と笑う北川。祐一もつられて笑う。この気の置けなさには,お互いイコゴチの良さを感じる二人だった。


「そ言えばさ」


ひとしきりの会話の後,北川は口を開く。


「?」


「美坂も何も書いてなかった」


「・・・」


…来たか,と思う。こいつがビシバシ気にしてるのはむしろ俺なんかよりも斜め向かいの席の柔らかいウエーブの髪の才女の動向だよな,と。
・・・祐一とその少女の,冬の出口で何となく始まったそのカンケイは,ゆっくりと転がり落ちるように日を追って深まっていた。
誰にうしろめたさを持つモノでもない。ただ,ことコノ方面には奥手なこの友人にことさら話すことをためらわれる祐一でもあった。


「大学,行かない気かなあ?」


寂しげに言う北川の視線に,ほんのかすかに探るような色を感じる。


「・・・」


黙りこくって,とすん,と仰向けに寝っ転がる祐一。沈黙の理由にココロアタる北川も,それ以上この話題に触れることもなく,


「ん,どーするよ6限?」


片膝を立てて祐一の方を向き直り,次の授業をどうするか尋ねる。


「・・・今日はフケる」


軽い徒労感を覚え,ちと教室に戻る気になれない祐一は,思ったままを口にする。


「明日の昼のハムカツパンな?」


適当にごまかしとくよー,という主旨を,ちょっと意地悪めな笑顔でデコレートの北川。


「・・・ジャムパン価格帯なら」


ぼー,っと空を見上げつつ,とりあえず値切ってみる。言い訳の対価としては微妙なレートではあるのだけれど。


「手を打とう」


穏やかな風に紛れる微かな笑い声は,重ための屋上扉の閉まる音と共に消えた。




















「不良」


物思いすらも面倒で,睡魔の誘惑に半ば身を委ね掛けた頃,自らの頭上に落ちる影から聞こえた声は,ほんの少しだけれど可笑しそうに笑っている。
見上げればそこには,淡い逆光の中に,衣替え直後の夏服の胸の前でかわいらしく腕を組む少女の姿。
陽光を背に穏やかな風に軽くなびく髪は,緩やかなウエーブがかかっている。
均整の取れたボディラインが薄手の生地に浮かび上がっていて眩しいことこの上なく。


「・・・・・・・・・・・・・・・ストライプ」


いいアングルすぎて,身長に比して長い足の付け根に覗く布地のかわいらしい模様まで眩しいことこの上ない。


「あたっ!」


蹴り上げられなかっただけマシなのかも知れないが,振り下ろされたゲンコツは結構痛い。


「・・・バカ」


冬服と同じく,趣味的としか思えないデザインの短めのスカートを,形の良いおしりの上からなでつけつつ,美坂香里は相沢祐一の横に腰を下ろした。


「・・・てか,おまえもサボりかよ?」


顔を向けずに視線だけで香里の横顔を追う祐一。
寝そべった自分の横で,膝を崩して女のコ座りな香里は,気持ち赤めな顔に穏やかな笑顔を浮かべ,意外と機嫌が良さそうではある。


「自習になったのよ」


「・・・二時間連続で?」


「自主的に,ね」


くすくす,と悪戯っぽい笑みを浮かべながら香里さん。


「・・・不良」


タバコのパッケージをまさぐって,一本取りだし火を付けようとする祐一から,


「あら,あたしは大丈夫よ?」


実にスムーズな動作でジッポーをかすめ取りすかさず自分の胸ポケットに入れる香里。


「あ,てめぇ」


「普段の行いが良いもの」


べー,とちょこっと舌を出し,祐一を咎めてみせる。
普段のクールさからはあまり考えられない,時折見せるその可愛らしさに,苦笑してパッケージを所定の位置に戻しつつ『仕方ねぇ』といった風に軽く毒づく祐一。


「・・・この外ヅラ魔神・・・」


「なんですって?」


すかさず,祐一の上体に覆い被さり,頬をぐにー,と引っ張る香里。不満げな口調と,厳しめに作ったつもりの表情。でも,目は笑っている。


「ほえんあひゃい」


音速降参であった。端から見てるとじゃれ合っているようにしか見えない二人は,やはりじゃれ合っているのである。


「よろしい♪」


ぱ,と手を離す香里。痛そうに頬をひとしきりさすった祐一は,再び手を頭の後ろに組むと,ごろん,と寝転がって空を見上げる。
楽しげな中にも遠い,祐一のその瞳を愛おしげに見つめて,香里もふう,と一息吐いて同じように空を見上げる。
互いの微妙な熱を感じるほどに近づいている二人の距離は,それ以上離れることはなかった。










「書かなかったんだってな?進路調査」


うっすらと掃いたような雲が,西の空へと流れている。
ぴーひょろー,と気楽に鳴く鳶の声が,2・3度続いたあと,何げに祐一は香里に尋ねる。


「・・・うん。でも,誰から?」


素直に答える香里。少し強めの風が吹き,柔らかな髪が顔を少し覆う。


「北川とさっきダベってたら,んなコトを」


祐一は,んしょ,と身を起こし両腕をカラダの後ろに付いたまま,軽く伸びをする。


「あ,見られてたんだ」


苦笑する香里。少しばかりバツの悪そうに。


「・・・結構,気にされてんぞ?」


「・・・妬いていいのよ?」


祐一の左腕に自分の腕を絡ませ,頬をすりつけてくる香里。


「・・・バーカ」


照れ隠しなのかどうなのか。遠い目のままの祐一は苦笑してまた空を見上げる。


「ふふ♪」


香里は抱きしめる腕にちょっとだけ力を込めてくる。まだ成長期よ♪という彼女のかなりのボリュームな胸のふくらみが,布越しに祐一の腕を刺激している。二人きりの時の彼女は,最近ちょっと大胆になった。


「・・・あのさ」


「?」


ハナシを戻す祐一。なあに?といった表情は祐一からは見えなかったが,腕に感じる香里のアタマの感触で何となく想像は付いた。


「お前さ,せっかく頭の回転も速いし成績も良いんだから高め行っとかなきゃもったいなくね?」


「・・・」


「・・・ホラ,イイ大学出て立ち回りさえうまくやれば選ぶ未来もヨリドリミドリだっていうし?」


「・・・」


「お前ほどアタマ切れれば大体なんでも・・・!!」


言葉の途中で,唇を塞がれる。
首の後ろに回された腕と,上体にかかる女のコらしい香里のカラダの重さと柔らかさ。
甘い吐息と香里の唇の感触は,祐一を黙らせるのに充分な威力があった。


「---あたしも女のコってコト,忘れてない?」


長い口づけの後,拗ねるようにそう言う香里の瞳は切なげに祐一を。


「・・・充分すぎるほど存じております」


今更のように


「ばーか」


伝え合ったはずの思いをこうして確認させられてしまうことにちょっと反省な祐一。


「・・・どうでもいい答えの数なんて,いくら増えたって意味無いもの」


「・・・」


交わす視線は,暖かく柔らかい。


「・・・」


「・・・これは,自惚れちゃっていいもんか?」


視線をつとハズしてもう一度空を


「・・・あら,その程度には自惚れてもらわないと,あたしも困るもの」


・・・視界を埋める香里の瞳はそうさせてくれなかった。





「・・・」


「・・・」


「・・・出来るだけ早めに決めるコトにする」


・・・今度こそ,空をムリヤリに。今の香里の顔を,祐一はマトモに見るコトができない。クールで居ようと,精一杯の虚勢。


「・・・あたしはその気になったらどこへでも行けるわよ?」


くすっ,と悪戯っぽく笑い,もう一度顔を祐一の胸に埋めてくる香里。


空はもう,夕暮れの顔。わずかながら,初夏の香りのする風は,相変わらず穏やかに二人を包んでいる。










「・・・ココの大学になっても,とりあえず一人暮らしはしたいな」


「・・・?」


「気が向いたら,おまえとこーやっていられるようにさ」


「・・・バーカ」











おしまい。


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