「……理樹くん……」

 触れあうだけのごく軽い口づけの後,お互いの呼吸を微かに感じる距離に離れた唇から溜息と共に名残惜しげに漏れる少年の名前。

「……葉留佳さん」

 出会った頃に比べてほんの少しだけ逞しくなった少年の腕の中で,葉留佳は潤んだ瞳を恥ずかしそうに伏せる。

「理樹くぅん……」

 少年を抱きしめる腕にほんの少しだけ力を込めて,胸元にその顔を埋めていく。

「理樹くんの……匂いだ……」

 衣替えをすませたばかりの制服のシャツ越しの理樹の胸元に,ゆっくりと頬擦りをしながら呟く葉留佳。
 触れ合う互いの体温や感触,その全てをを貪欲に感じ合おうとするかのように,二人は抱擁を解こうとはしない。

「葉留佳さん……」

 愛しい少年に耳元で囁かれる自分の名前。

「……あ」

 葉留佳の体がぴくん,と反応する。
 背中に回された理樹の指先が,葉留佳の曲線をなぞるように腰の方へと流れた。

「……あっ!」

 反射的に,背中に回した手のひらを理樹の胸の上に乗せ力を込めて,距離を置こうとする葉留佳。
 だが,理樹はやや強引に葉留佳の腰を引き寄せて離そうとしない。

「嫌……?」

 耳元に唇を寄せて訊ねる理樹。
 落ちた前髪に表情を隠した葉留佳のそのスカート越しに,ショーツのラインの上からなぞるように理樹の指先が淫靡に蠢く。

「……」

 逃れようと動く葉留佳の太股に脚を絡ませ,両手の指先で張りのあるそのお尻を鷲づかみにする理樹。

 耳元から首筋へと寄せられた理樹の唇から漏れる熱い吐息が,

「……いい,よ」

 葉留佳に覚悟を決めさせる。
 こくん,とその喉から唾を飲み込む音が聞こえた。

「葉留佳さん……!」

「ちょっと,怖いけど……いいよ……」

 真っ赤に染まる顔を見られないよう視線を逸らしながら答える葉留佳。

「理樹くんなら…りきくんならっ!」

 理樹の意志を確かめてしまえば,超えるべき壁を超えるのにさしての勢いは必要無かった葉留佳である。
 背中に回した指を食い込ませながら,己を求められる,秘められた思いを遂げられる喜びに歓喜の声をあげる。

「……葉留佳さんっ!!」

 再び重なる唇は,呼吸のタイミングを図ることさえ困難な激し





「はにゃほにゃふにゃあああああああああああああああー!」

 愛らしくもへんてこな叫び声が,穏やかな秋の日曜の朝の女子寮の一室に響き渡る。

「……ふにゃー?,理樹くぅーん?どしたの?なんで逃げるのー……?!」

「ちょ!やめ!たんま先輩そこはそこはそこはー!」

 連休初日を盾にしていつまでも起きない手のかかる葉留佳に窓際のベッドの上に引きずり込まれ,制服のスカートの裾をあられもなく乱して暴れている小柄な影は,葉留佳の寮室の同居人であった。

「……ふみゅ,理樹くーん……わたしもしてあげるよぅ……」

 悩ましげな寝言と共に彼女を抱きすくめた葉留佳の,少女の細い腰に滑らせた指がスカートの中に吸い込まれていった。

「や!ちょ!だからぱんつに手を突っ込んじゃだめですってばー!」

「……理樹くぅん」

 生まれる半球を間違ったがごとくな桃色全開のパジャマ姫にショーツの中に指を入れられるに及び,

「えーい,とっとと起きんかー!!」
 
 彼女は緊急避難の躊躇をやめることにした。

「ふみゃあああああああああっ!?」

 その一瞬後『どすん,ごとん』という何かが床に落ちて転がる音とともに,寮全体を揺るがすよな叫び声が,その朝盛大に轟いた。





Give You A Beat





「やははー,ごめんちゃいですヨー?」

「……ったくもう……やぁめてくださいよねー。朝っぱらからこーゆーのー」

 ベッドの上にちょこんと正座しつつ涙目でバツ悪げに頭を掻きながら謝っている葉留佳の前で,後輩の女の子がご機嫌横倒し気味に腕を組んでいる。

「……でも,寸頸は酷いよー。まだ手形残ってるよほら」

 ぺろん,とパジャマをめくった葉留佳の白い肌の左の鳩尾の上のあたりにくっきりはっきりと赤いアザが残っている。

「内臓イカない程度に手加減はしましたよぅ」

「……北○館の黒帯に本気で入れられたら死んじゃうよー!」

 フルコンタクト空手の雄,自派だけでも数十万からの門下生のいる空手団体である。葉留佳と仲の良いロシア系の少女と体格的にそう変わらない同室のその後輩少女は,中学までは男子に混じって地区上位を争うことが出来るほどの腕前なのであった。

「しょーがないじゃないですかー。貞操の危機を感じたんですよぅ」

 ぶーぶー抗議する葉留佳の裾からちらりと覗く形のいい胸の半球のボリュームを,かなーり羨ましく思いつつ後輩(かっぷれす)がそっと口をとがらせる。

「あ,あははっ!ごめんごめんほんとにごめーん!」

 鮮烈な夢の記憶も気恥ずかしく,ただただ謝るほか無い葉留佳であった。

「……起きたかエロ娘」

 ちょうどそのとき,ばたんと勢いよくドアを開ける音と同時に,

「ちょっと仲のいい男子が出来ると最近の女子はすぐコレだ。嘆かわしい」

 女子にしては低めの,よく通る凛とした口調で叱責が入る。

「あや,おはようございやす,先輩!あといきなりエロ娘はひどいであります!」

 振り向くとそこには,制服姿の黒髪の少女のいかめしげな台詞に似つかわしくない微笑み。

「あ,おかえりなさい先輩ー」

 長身で均整の取れたプロポーションとその立ち居振る舞いが,どことなくどこかの誰かを思わせるその少女は,葉留佳と後輩とこの部屋で暮らす3人目の同居人であった。

「ええい,どんな夢を見てるのか知らんが布団丸めたの相手に抱きしめたり体スリつかせたり卑猥な動きを始めたりするような女をそれ以外にどう表現すればいいと言うのだ!」

 そう言いながら音速で葉留佳のベッドに滑り込んで彼女の痴態を5倍速くらいで忠実に再現してみせる先輩である。
 後輩の見たところ動きに寸分の狂いもないあたりが演劇部元副部長の業と言えようか。

「そ,そそそそそそんなことしてません!」

「うるさいな,先日来三枝のソレがあまりにも激しいので『来ヶ谷直枝の午後も○○おもいっきりラジオ』に実名で投書しようかと思ったくらいなんだぞ」

 それは,秋口からこの学校の2年のとある女子が,暇つぶしという名目で同クラスの男子と始めた放送室のお昼の番組であった。
 楽しいMCとはがきによる投稿弄り,そして何よりもセンスの良い選曲が極上のエンタメなその企画が,学内のお昼の楽しみ−例えばワンセグや携帯プレーヤーや友人たちとの大騒ぎその他諸々−の中でダントツの支持を集めることになって久しいのである。

「いやああああああそんなことされたらわたし二度と笑えないいいいいいいいいいいい!」

 葉留佳の顔に,割と真剣に怯えの色が走る。

「しかも片っぽは当事者ですよ当事者」

 タイトルコールの男性MCは,後輩に言われるまでもなく先ほどの夢の中でのうふんあはんいやんばかんならぶあふぇあのお相手であるところの葉留佳の思い人すなわち直枝理樹である。

「ああああああああああああああああアンタら殺してわたしも死ぬうううううううううううう!」

 恋する乙女としてはその思いの対象に,絶対に知られるわけにはいかない自らの痴態。
 ベッドの上でひたすら暴れて抵抗する葉留佳なのであった。

「まあ落ち着け。それはそうとして,三枝,今日は『昼にはお出かけなの』とかほざいてなかったか?件の直枝と」

「ぎく」

 はた,と落ち着いて枕を抱きしめてベッドにぺたんと座り込む。
 羨望とからかいの入り交じるやらしい視線で葉留佳を見据える先輩が思い出すのは,いつもよりも念入りだったような気がしないでもない夕べの葉留佳のお風呂タイム,である。
 どう考えてもデートかなんかでしょう,本当にありがとうございましたと心で呟く先輩である。 

「『ぎく』じゃないでしょう,昨日アレだけ携帯眺めてにやけまくってりゃ『なに言ってるんだ貴様』って感じじゃないですかー!」

「ぎくぎく」

 消灯時間を過ぎても,葉留佳のベッドから漏れてくるのは,かみ殺したような不気味かわいい含み笑いと,セパレートの携帯を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も開け閉めする操作音とその度に明滅するそのディスプレイのあかりであった。

「…まあ,三枝観てると面白いけどな。メールの後の下がり具合で誰からのメールか一発だし」

「下がる?」

「目尻。センチ単位で下がってんじゃないの?ってくらい」

 どちらかというと吊り目がちな瞳の端を,びろーん,と引っ張って表情をオーバーに再現してみせる先輩である。

「そそそそそんなに下がってませんヨ!やだなあ,はるちんはその程度のことでは!」

 真っ赤になって抗弁する葉留佳であったが,

「ほほう,『その程度』と来ましたかそうですか。携帯ぺちぱち20倍増しが尋常の頻度ですかそうですか」

「あと頬のラインもあからさまに緩むんですけどねー?こう,びろーんと」

 そのときの葉留佳の挙動のジェスチャーをきっちり再現してみせる先輩と,あのときの葉留佳の表情を完璧に再現してみせる後輩,ただでさえかしましいお年頃の同居人二人に二対一,しかも自らのあしらいに慣れた二人が相手とあってはリトルバスターズの素敵メンツを相手にするのと同じくらい分が悪い。

「そ,そりゃさ,ほら,そんなにメール来ない人からメール来ると,嬉しくなったりとかするじゃないですカ?」

「ええっ?!」

「そんなに来ないのか?じゃああのチェックの頻度はいったい何なんだ」

「あ,あのっ!いや,そーじゃなくて,あんまり筆まめな方じゃなくてですネ…」

 何というヤブヘビであろうか。
 不用意な抵抗にずずいと二人に詰め寄られて返答に窮する葉留佳であった。
 毎日のように何かと理由をつけては会って話すことの多い理樹である。

「そんなにいっぱいメールのやりとりする方じゃないのです。やはは…」

 思い返してみると確かにあまり返答してくれるわけではないこともまた確か,であった。
 送信と返信の比率は,おおよそ5:1くらいじゃないかなあ,などと思い出しながらな葉留佳である。

「ちなみに,頻度は?」

「……1日に1回くらい……?」

 思い返して,はっとする。
 理樹が恒常的にメールをやりとりする相手は,特に自分だけというわけではない。
 他のリトルバスターズへのメールにも反応しまくらなければならない理樹の状況については自分も理解は示しているつもりなのである。
 
 −が,理樹は仮にも彼氏と認めた男である。
 ちょっと自信はなくなってきたが,あの日確かに『好きなのでつきあえ』的なニュアンスのことをどちらからともなく言い出して了承し合った仲のはずである。

 思い出すのも気恥ずかしいけど,デートもした。
 抱き合ったりもした。
 キスもした(現実には一回だけだが)。

 そこから先はまだだけど。
 けど。
 でも。

 ……それが,気づいてみれば毎日のメール交換比率20:1くらいじゃないですかアナタ。
 なんぼなんでも少なくないっすか。 
 ちょっとどーゆーことですか。

「…………」

「…………」

「…………」

 押し黙る葉留佳を中心に発生する空気の沈殿。

「…………彼氏?」

「…………このあいだ,『つきあってます』って拷問の果てに吐きましたよね確かに三枝先輩?」

「……な,なんですか二人ともいきなり。その虫か何かを見下すような眼はー!?」

 ずずい,と囲まれて,思わず後ずさりしてしまう葉留佳さん。
 あからさまに浮かれバカと化していた葉留佳の桃色オーラを見かねた独り者の同居人ズが,タオルを後ろ手に縛り付けてくすぐり尋問メール朗読等の各種肉体的精神的攻撃を敢行して事態を白状させたのはそう昔のことではない。
 ここまでやって『違いました』はなかなか見上げたスパイ資質であるといえようか。そんな二人の「信じらんないわこの人」視線がどんな凶器よりも葉留佳の眼に痛い。

「…………脳内彼氏?」

「…………自称彼女?」

「ひど?!」

 口が招いた災いか日頃の行いが故か。
 妄想認定な勢いの同居人ズの猛攻に,パジャマ姿のままで部屋にうずくまって嗚咽するしかない悲劇のヒロインなのであった。










「……あ,あのですねお姉ちゃん,コレにはその,マリアナ海溝よりも深い訳がですね?」

「避妊できなかった理由としてはもうちょっとマシなのを用意しておきなさいよね……」

 その三ヶ月後,寮の片隅で頭を抱える姉とうつむき加減に照れ困り笑いをする妹の姿があったとかなかったとか。

「ったく……アンタが幸せなら良いけどね」

「や,やはは……」

 −一悶着どころではない大騒ぎを乗り越え,葉留佳が本当に幸せを掴むのはもうちょっと先になるのだが,それはまた別のお話。

















おしまい















「やはは,今度は想像妊娠じゃありませんヨ?お医者行って来たんで今度は確実!」

「今度は入籍してるからいいのよ……まったくもう……直枝……ってか,旦那は?」

「今日は早く仕事切り上げて帰ってくるんだって!!」

「……幸せそうで結構なことね」















おしまいったらおしまい
























お囃子・感想などいただけましたら。

おなまえ(省略可)



お囃子!(→盛大)

ぱち ぱちぱち ぱちぱちぱち

よろしければ何か一言!(省略可)





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