HEAT CAPACITY

「…ん」

生暖かい風に頬を撫でられるベッドの上で,仰向けのまま重い瞼を持ち上げて目を凝らす。

「………」

ぼやけた視線の先には,窓辺から差し込む月光に照らされる,眠る少女の乱れた黒髪。
乱れた薄いシーツの隙間から覗く俯せの少女の肌は,青白い光に薄く映える幻想的な美しさ。

「…ん」

もともとあまり寝相がよろしいとは言えないその黒髪の少女は,きっかけ−不意に止む虫の鳴き声や風にそよぐカーテン,はたまた自らの作り出す衣擦れの音等−があればシーツを道連れに寝返りを打つ。
ただ,昔と違うのは,かつてはぬいぐるみだったり毛布だったりしたもたれかかる為の何かが,この家に共に暮らす居候となったコトであった。

「…あぅ…」

か弱い風が止まって,熱い肌の熱を蓄えだしたベッドの上に,居候−沢渡真琴が一時の涼を求めて身を起こす。
起きているときであれば両側に纏められる,その美しく淡い栗色の髪は,月光のもと身を起こした彼女の顔をふわりと隠す。
抜けきらない疲労と眠気が故にはっきりしない目を瞬かせながら,真琴はサイドテーブルへと身をよじらせる。
肌にうっすらと汗を浮かべた一糸纏わぬ彼女の形の良い乳房が,その動きにあわせてほろん,と揺れた。

「…」

机の上に置かれたペットボトルの中の温くなった水をこくん,と一口飲み干した真琴は,傍らの少女の寝顔を何となく見つめる。

「…すー」

輪郭をなぞるように遷していくその視線の先は,寝顔の愛らしさにおよそ似合わない,成熟したたおやかなボディライン。
黒髪と淡色のシーツに飾られたグラマラスなそれは,この家の一人娘−水瀬名雪のものであった。

「…ふぅ」

すやすやと眠る名雪の妨げにならないよう,伸ばした足を膝崩しの格好に引いて軽く背筋だけで伸びをする。
窓の外に視線を移し,一息溜息をつく真琴。

ふわり。

一呼吸おいて,弱い風が再び室内に入ってきた。
うっすらと汗の浮いた肌に,−まだまだ余韻の残る閨の熱さに火照り気味のカラダに心地良い,いい風であった。

(…そーいえば,確か,去年の今頃だったっけか)

ぼんやりとした頭に浮かんでは消える,ソレは,夏の過ぎた日の記憶達。





−不自然な格好ながら,家族の一員として真琴がこの水瀬家に迎え入れられ,多少のドタバタはありながらも共同生活を始めてもうそろそろ半年を超えようかという季節。
いつもよりもちょっと早く,半日勤務の保育所から戻ってきた,初夏の午後。

「…ん」

「…あ,だめ…」

玄関に並ぶ女物のサイズの学生靴に,つい忍び足で上がった二階の突き当たりの部屋の前。

「…ん,もう,ダメ…?」

「…ん!」

自然と聞き耳を立ててしまう扉の向こうは,当時の水瀬家のもう一人の居候であった少年と,そのクラスメイトであり名雪の友人でもあるところの少女−美坂香里の,警戒故か少年の好み故か判断つかない着衣のままの情事のワンシーンであった。

「…ん,んふぅ!」

「…ココ,良いんだ…」

「…あ…やぁっ!!」

−自分が少なからず好意を持っている少年が,うっすらと開いた扉の向こうで,何処か冷たさを感じる美貌の少女を,その理性のタガを外すまで責め上げていく。

(…えっちなコト,してるんだ…)

思わず,固唾を飲んで,見入ってしまう。
普段読んでいる漫画の影響か,性のことにも少なからず興味を示し始めていた真琴にとって,その光景は衝撃的であった。

「…あ,ああ!,くぅ!…やんっ!」

「…ん,くっ!」

少年と少女の睦事の声は,時に理性で,時にお互いの唇や肌で物理的に断続されながら徐々に高まっていく。

「…」

浅く椅子に腰掛けた少年に膝抱きに羽交い締めにされた香里は,それでもひたすら快楽を貪るように身を激しくよじらせている。

(…こんなコトしてちゃイケナイ。−でも!)

−理性は,ココから離れろって,そう言ってる。
しかし,真琴にはその場から立ち去ることがどうしても出来ない。
カラダの奥からこみ上げてくる得体の知れない,ぞくぞくするような欲望と理性の狭間で灯る炎が,そうすることを許さないのだ。

「…ぅ」

二人の動きが絶頂を求める動物的な−律動から不規則な激しいソレに近づく時,

「…う…ぅ…」

真琴はカラダの芯に燃え上がり始めた炎を鎮めるのに,細くか弱いその指を,熱を帯びた自らの肌に這わせていった。

「…っ!!」

「…ん,…あ!…ああっ!!」

「………っ!!」

…香里の肌の上の少年の指先の動きに倣わせて,真琴のカラダをはいずり回っていた指が,いつしか本能のまま太股の付け根の間に滑り落ちた数瞬後。

「…ぅう…っ!!」

扉の向こうの男女が熱の中で果てるのとほぼ同時に,真琴の全身を何かが弾けるような感触が駆け抜けていった。





「…ん,くっ!」

「…」

「受験勉強」と称して少年が香里と水瀬家での逢瀬を重ねる日と,真琴が週一の半休日を合わせるようになってからほど無いある日のこと。
入り口の扉を閉ざされた少年の部屋の音楽のボリュームが不自然に上がるタイミングで,真琴は空調機配管用のカバーをいつものようにそっと開ける。

 半透明なカバーの向こうには,勉強机の向こうに浅く腰掛け,ズボンを膝までおろした少年。
視線を下の方へと移せば,制服の胸元をはだけて豊かで形の良い胸の半球も露わになった,少年の下腹部に顔を埋める,膝立ちの香里の姿を見ることが出来た。

「…ん,む…」

香里の綺麗なウエーブヘアが,少年の脚の間で揺れる。
淫らなリップノイズを伴いながら,悩ましげな動きに併せて,胸先の桜色の蕾も揺れている。

「…ん,」

真琴はいつものように,微妙な熱を帯びた自らの肌に指先を押し当てて,感じる部分に徐々にソレを延ばそうとする。

「…!!」

そのとき,決して小さいとは言えない真琴の胸のふくらみと若干の肉付きの少な目な太股の隙間に,自分のモノではない指が突然そっと這わされてきた。

「!!」

感触に驚いて振り向き,叫び声を上げようとする自らの唇に,暖かく,柔らかいモノがかぶせられてくる。

「…!」

視界いっぱいに広がるのは,半開きの大きな黒い瞳と美しい黒髪。
−押しつけられているのは,唇だと漸く分かる。

「…ん,ん!」

抵抗を試みるも,意外なほど力強いその唇の主は,しなやかな指の,柔らかく,それで居て繊細な動きで真琴のカラダをコントロールしていく。

(−は,離れなきゃ!)

舌先と唇の動きを呼吸に合わせた巧みなキスと,官能的な指先の動きに危うくとろかされそうになりながらも理性を振り絞って唇を引き離す真琴。

「…っはぁ……な,なゆき…?!」

数センチと離れてないその先には,大写しになった愛らしい名雪の大きな瞳。
真琴の生まれて初めてのキスの相手は,壁の向こうの意中の少年ではなく,同居人のこの美しい少女であった。

「…ダメ,だよ?」

ほんの数瞬前自らの唇を奪ったその同じ唇が,悩ましさを伴った韻律で戒めの言葉を口にする。

「せっかく二人っきりなんだから,そんな,野暮なこと,しちゃ」

区切られるその響きすら,妙に艶めかしい名雪の台詞。

「…!!」

ファーストキスの衝撃から,あれこれと考える間すら与えられないほどの速さで,抵抗の意志を示す前にもう一度唇を塞がれてしまう真琴。

「………!」

情熱的なそのキスの角度も強さも,吐息を挟むタイミングもすべて名雪の意のままな真琴のカラダは,中から沸き上がる熱い感覚の波に徐々にその正常さを失っていく。

「…ふふ」

離れた唇にお互いの唾液の作る細い橋が架かる。
濡れた唇は同性の真琴をして妙な興奮を覚えさせるようななまめかしさ。

「…ね?」

−名雪の瞳は,妖しい熱を帯びている。

「…」

真琴の上気した頬から,ズラされた服や下着が微妙に崩した胸元に,名雪の指先が滑っていく。

「…あぅ…」

…もう一度名雪がその唇を奪ったとき,真琴の四肢に名雪に抗う力は残されていなかった。

「…」

「…」

その場に崩れる真琴のブラウスの胸の谷間に顔を埋める名雪。

「…」

「…ん…」

名雪の唇が真琴の柔らかな胸の果実の縁をそっと滑り,その先端のつぼみを優しくとらえ,刺激を加えつつ舌先でソレを転がす。

「…っ」

反応を確かめるように,名雪の指先は,ゆっくりと,ソレでいてじっくりと丁寧にジーンズのジッパーの隙間から真琴の内股に滑りこんでいく。

「…」

「…」

何度かの軽い頂を真琴が迎える間に,名雪も一糸纏わぬ姿となり全身で真琴を感じる準備をすっかり整えていた。
−初夏の日差しの傾く中,名雪と真琴が折り重なるように最後の峠を越えた頃,隣の部屋の不自然なボリュームのラブソングは終わっていた。





それからの真琴は,隣の部屋の少年が寝静まる−あるいは恋人を相手にその欲望なり愛情なりを爆発させている頃,名雪に求められるがままに,−時に,積極的にそのカラダを投げ出すようようになっていた。隣の部屋の少年の息づかいを感じれば感じるだけ,お互いの快感も劣情も増していくのを,いつしか二人とも楽しむようになっていた。

「………」

真琴は傍らで眠る名雪の寝息を感じながら,窓の外の月にふと視線を移す。
いつにもましてお互いを貪るように求め合った,あの秋の夜長も,こんな感じの下弦の月が窓の外に寂しげに光っていた。
視線を合わせようともせず,情事の後の寂寥感も相まって言葉少なにつづられた,ムカシムカシの名雪のハナシ。
ずっと,好きだった従兄弟の少年と,親友でクラスメイトの交際開始に引導を渡された名雪の積年の初恋は,同性の部活の先輩の慰めに身を任せることで紛らわせられるのかと思ったこと。そしてソレは意外にも,むしろ積極的に求めることで心の痛さを忘れることが叶うほどの心地よさを一時的にではあるが持っていたこと。同性故の行き過ぎのスキンシップからのアヤマチからの後輩とのカンケイそのほかエトセトラエトセトラ。−男性経験皆無な割にはひとの肌の扱いに慣れている名雪の所以であった。





「…んー」

不意に,名雪の唇から漏れる吐息。

「…ゆう,いち…」

ソレは,夢が呻かせるかつての,いや,多分,今でもの思い人な,少年の名前。

「…ど…し,て,わた,し,じゃ…」

頬をつたう,一筋の涙。

「…」

真琴はふと,名雪の横顔に唇を寄せ,つ,と涙の滑り落ちたそのあとにそっと口づける。
真琴とて,祐一への思いに身を焦がしたことのある身である。
ふとしたときに思い出したり,たまに電話で話せたときの声が嬉しかったり,夢の中で抱かれてみたりと,祐一のことが簡単に割り切って忘れられないのはお互い様でもあるのだ。

「…ん」

そのままも一度寝返りを打ち,名雪は真琴に背を向ける。全裸の素肌にうっすら寝汗で張り付いた黒い髪が,艶めかしい。

「…おやすみ」

真琴は軽く名雪の頬に口づけて,頭を一撫でする。
同性とはいえ,決して最初から望んだ形でなかったとはいえ,何度もカラダを重ねたが故の愛着も,同じ男に恋して振られたという似たもの同士な意識もある。
血縁故か何処かにあいつの名残をとどめるその風貌も,スポーツ少女であるが故のしなやかな筋肉と,ソレを包むアンバランスなほどの大きさの形の良い胸のラインから始まるグラマラスさも,−懐いているからなのか,それとも慰め合える誰かだからなのか−好みの部分は少なくなんか無い。
−そう,既に,真琴もまた,名雪に不思議な愛しさを覚えていたのであった。





「…くー」

「…ふぁ」

再び寝返りを打った名雪の寝息が徐々に規則正しいものに変わっていく頃,真琴は軽い欠伸を一つして,再び窓の外の空へ視線を移す。
下弦の月は漸くその高さを失い,昼の間に大地を覆い尽くした熱も今はその名残を薄めている。

「…たしか,昼過ぎだっけか」

もう,暦は7月に入る。大学の一部は既に夏期休暇に入り,国内に家族を持たない祐一が帰省の場所として選ぶのは,この家である。
−そして,日付も変わった今日の正午過ぎには,多分そんなに変わり映えのしない,でも自分たちに見せるいつものあの笑顔を伴って,誰かのモノになって久しい彼は帰ってくるのだ。

「…くぅ」

名雪の横でその体を横たえる真琴も,物思いの中眠りへと落ちていく。
再び昇る夏の太陽はやがてこの街にも再び強烈な熱さを与え始めるのだろうが,かつて焦がれたもう一つの太陽が少女二人にどのような熱をもたらすのかは分からない。
−そもそもソレが彼女たちにとって未だに太陽であり続けているのかどうかさえ,不確かになっている熱い初夏の夜更けであった。





[END]