北の街の郊外の,どこにでもありそな一軒家。

 日差しのうららかに入り込む,よく掃除の行き届いたキッチン。
 テーブルの上には,標準的な家庭の夕食には過ぎる豪華さの食材と,綺麗に磨き上げられた食器に調度品の数々。

「…さて,そろそろ下ごしらえを始めましょうかね?」

 ちら,と時計を見やるそのキッチンの主の声は,誰に言うともなく微かに弾んでいる。

「♪」

 艶のある青みがかった長く美しい髪を三つ編みにまとめ,ブラウスに膝上スカート,カーディガンにエプロン姿の彼女は,軽やかなステップと鮮やかな手さばきで,様々な食材を味も見栄えも信じられないレベルの料理へと変えていく。

「♪♪♪」

 −普段から笑みを絶やさない,ソレでいて思慮深く知的なたたずまい。
 かてて加えて,女子大生の娘がいるとはとても思えないほどの美しい容貌と,プロポーション。
 そんな彼女が,軽やかに,楽しげに,舞い上がらんばかりの勢いでクッキングをする様子はもう見てるだけで思わずときめいちゃう感じ。具体的には,もし彼女が妻だったとしたら即座にベッド直行,いやその場で抱きしめてコトに及ばんこと必至なそーいう。

「…んーんんんーんーんんんー♪」

 ちら,と時計を見やる彼女。

(…この分なら,間に合いそうですね)

 と言っても,包丁を握る手の速度が緩まるわけではない。全体の作業速度は,その芸術的な手際もあいまってむしろ高速化さえしていた。

「♪」

 −彼女のご機嫌には訳があった。

 本日は土曜日。

 かつて同居していた姉の息子。
 優しげな容貌と長身,ソコにいるだけで人を楽しげにさせるような,そんな素敵な空気を纏った甥っ子が,週に一度,大学のある離れた街から帰ってくる日なのである。





『おかーさーん,今日は鍋が良いなあー♪』

『はいはい。おまかせでいいかしら?ちょっと挑戦してみたいのがあるんだけど?』

『おかーさんのは何でも美味しいから期待してるよー!』

『ふふ,行ってらっしゃい』

(でも,ローストダックメインで組んじゃいましょ。確か好物だったはずだし♪)





 いつもよりもはるかに豪華な夕食を当て込んだ,まだまだ色気より食い気な我が娘のリクエスト。ソレはソレで大切なのだけど,どちらと言えば一週間ぶりな,何でも美味しくぱくぱくと食べてくれる,そんな可愛い甥っ子の方に重点を置いてしまう彼女だった。

(…さて,と。久々だからあまり薄くは作れなかったわね)

 ぷるるー。

「…あら?」

 リビングの端っこにある電話の呼び出し音が鳴ったのは,そんな彼女が本日の鍋に使う予定のハモに包丁を入れ,ダシに通せば綺麗に牡丹状に開く飾り細工を終えたそのときのことであった。






BRING IT ON






「…はい,もしもし,水瀬です」

 電話を手に取り,一呼吸おいてご挨拶。

「………」

 しかし,電話の向こうは妙に熱い沈黙気味。

「…もしもし?」

「…はぁ…はぁ…」

 タダゴトでない息づかい。

(……)

「!」

「はぁ…はぁ…」

「…あの,変態の方ですか?」

 この手のコトについて,察しの付く程度には世慣れている水瀬家の家長。

「…はぁ,はぁ,い,今,どんなパンツはいてんの?って,ち,違います秋子さん!祐一ですっ!貴方の甥の相沢祐一ー!」

 しゃがれ気味で息も乱れているが,ついつい入るノリツッコミの声のトーンは確かに甥っ子である祐一のモノであった。

「…あら,下着ならライトブルーのショーツですよ?」

「だ,だから変態じゃないんですってば!」

「あと,ブラはお揃いのフロントホックですが…」

 さらっと自らのシークレット情報を公開しつつな,何が狙いか分からない,美しい水瀬家の家長。

「…あああああ,だから違うってあふぅ…」

 そんな彼女に,電話の向こうの少年はなにやら違う意味で悶絶気味のご様子。というか語尾から察すると何かが切れてしまったっぽい。

「…冗談ですよ♪って祐一さん?祐一さん?!」

 意外とただごとではない祐一の様子に,秋子は若干不安に駆られ呼びかけてみるも返事はない。

「…祐一さん」

 繋がったまま切られていない携帯。呼びかけても,答えはない。

「…祐一さん…」

 どう考えても,何かあったとしか思えない。

 水瀬秋子は,受話器を静かに置くと一つ長い深呼吸をし,一転,急ぎクローゼットへと向かうのだった。





 −ソレに先立つこと,ちょこっと前。





「………」

 まだまだ肌寒いどころか結構な寒さの残る春先の,人の体温だけが熱源らしい熱源といえる,ココ北の街のとあるアパートの一室。

 マナーモードの解除された携帯電話の,聞き慣れた大きめボリュームな着信音で,相沢祐一は目を覚ました。
 倦怠感と頭痛に少々目眩を覚えながら,祐一は鳴りやまないソレを手にとって着信ボタンを押す。

「はい,もしもし」

 しっくりいかない喉元の感触に不快感を覚えながらも,極力声を落ち着けつつ話し出す祐一。

「あー,やっと出たーって相沢くん?相沢君なの?」

「…俺は多分俺だと思うが。…何だ,お前,神楽坂?」

 ディスプレイの発信者名を確認するのを忘れて,うっかり電話に出ちゃったオノレを軽く呪いながら怪訝そうな電話の主。−同じ学科のゼミ生で,ほとんどの講義の聴講を同じくする同じ年の女のコに,いかにもだるそうに返事をする祐一。

「えー?どしたの?いつもと全然違うよ?ひょっとして,風邪でもひいた?,すっごいがらがら声ー」

「…あ,たしかに。…そだな」

 どうも喉が痛い。
 自分で思ってる以上にヒドイ声なのだろうか。

「あ,そんでさー,もーすぐ3限始まるんだけどいいの?キミ今回欠席リーチだよ?」

 基本的に4ストライク即アウト制を採用している3限目の福祉社会論は,すでにもう2回もさぼっちゃってる。
 故に今回休むと,次回の欠席で単位は即不可という厳しい事態に直面することになるのだ。
 出席さえしてれば単位をもらえる楽勝な講義故に,ココでの不可リーチは,不測の事態に備えて極力避けておきたいトコロの祐一である。

「…あ,しまったすぐ出…おわっ!」

 あわててベッドから跳ね起きた瞬間,もつれる足。
 いつもならバランスを何とか取ってリカバーのはずが,本日に限って踏ん張りが効かない。
結局そのまま部屋の隅にばったりこ。

「…あたた」

 …うーむこれは。

「げほ!」

 思い切り咳き込む。どうやらホントに風邪をひいてしまったようだ。

「どしたの相沢君ー?」

 電話の向こうで若干心配げな神楽坂の声。

「あーその,なんでもない…」

 床に突っ伏しつつ体調と体力と相談しながら適当な返事をする祐一。

「ちょっと,大丈夫?!」

 電話の向こうの神楽坂嬢の声が頭痛に響く。正直この少女のテンションは耳に痛い祐一であるが

(あうー)

 どうも外出自体が困難なご様子っぽい。

「…すまね,神楽坂。遺憾ながら風邪ひいた。名誉ある撤退を選択するのでセンセによろしくー」

「え?!ちょ,ちょっと!今日ゴハンおごってくれるハナシはどーなるのー?!」

 ぴ!

 言うが早いかそんな彼女の抗議の声を遮るように携帯を切り,即座にマナーモードに切り替えるとベッドにずるずると這い上がる祐一。

(…そ,それどころじゃねえや)

 なんというか体中が異常に重い。

 体をごろん,とベッドに横たえつつ,祐一は深い深いため息をつく。
 おそらく世話焼きの同級生からであろう,先ほどからブルブルうるさい携帯のバイブは放りっぱなしで,片手で目を覆い体中を襲う不快感の対策を考える。

「…とりあえず服,着よ」

 昨晩と言うには遅すぎる,本日の真夜中。泥のような眠りに落ちる瞬間,何でも良いから服をはおっとけば良かったかなあと思いしつつ,のたのたとベッドの横のスウェットの上下をひったくり,もぞもぞと身につける。

 −そりゃ,風邪もひくわけだなあ,と盛大に後悔しながら。

「…あ,しまった!」

 ぼんやりとした頭に浮かぶのは,本日の曜日と,水瀬家の人々とのお約束のコト。

 週に一度のプチ帰省。
 進学に当たってやや離れた場所で暮らすコトになった,叔母と従妹と過ごす約束の日。
 水瀬邸で過ごす日々に,何か不満があったわけではない。ただ,単純にカリキュラムが終わる時間が遅すぎて,終電に間にあわないことが多い故のやむを得ない処置。…と,ソレを盾にしたお気楽な一人暮らしの魅力にも逆らえない祐一の,彼女たちと交わした,たった一つの約束であった。

「…んー,今日はさすがに無理かなー」

 入らない足の力と,砕けた腰。熱に浮かされた頭と痛む喉。

 それでも,自分の帰宅を心の底から楽しみにしてるフシのありありな二人の残念そうな顔を想えば,なかなかに電話をためらわれる感じの祐一であった(神楽坂嬢のことは基本的に心が痛まないらしい)。

(しかし,これはしゃあない…)

 どんどん悪化する体調と,無事に水瀬邸にたどり着ける確率のことを考慮するに及び,祐一が携帯電話の発信ボタンに手をかけることにしたのは,それから数分後のことであった。











「………」

 秋子のボケの途中で失った意識が戻ってきたのは,受話器に手をかけてからどれくらい経った頃だっただろうか。

「………?」

 視界の端で微かに動く影を認めた祐一は,何事かと上半身を起こそうと力を入れる。その瞬間,何かが,おでこから落ちるのを感じる。
…見れば,水に濡らされたタオルであった。ソレはすでに,祐一の熱に染まってじんわりと熱い。

「…あぅー…」

 奪われた体力は一向に元に戻ってくる気配は無く,ぐんにょりとベッドに崩れ落ちるしかない祐一であった。

 かたん,と台所の方から音がする。

 霞む視線で強引にソレを追ってみると,普段見慣れぬ青みがかった長い黒髪の,スーツスカート越しのヒップから足のラインも眩しい女性が,エプロン姿で料理か何かをしている様子がぼんやりと飛び込んでくる。

(…誰?)

 発声しようにも,うまいこと声が出ない。どうやら症状そのものは悪化が進んでいるご様子である。

「…よし,と」

 何事かうなずいたその女性は,普段ほとんど使われることのない祐一の部屋のガスコンロに鍋を掛けると,エプロンで手をぬぐいながら部屋の方へと歩いてくる。

「…あら?」

(…秋子さん?)

 薄く目を開いたベッドの中の祐一の前にぱたぱたと駆け寄ってきたのは,いつもの三つ編みではなくロングのヘアを後ろでまとめ,外出用のスーツにエプロンな「仕事帰りの彼女が貴方の部屋でお料理を!」といった雰囲気のナイスな秋子さんの姿であった。

「…だいじょぶですか?祐一さん」

(…ああ…)

「…すごい熱ですよ?体には気をつけてくださいね?」

 そう言いながら,秋子はろくに動けない祐一のおでこを,熱を確かめつつ軽く撫で,傍らの洗面器に張った水で落ちたタオルを冷やしてもう一度載せ直す。

 安心させるかのような優しげな秋子の微笑みが,祐一の心にほんわりと染みる。
 台所から漂う,温かな良い香りも,空腹ながら食欲の無い祐一の胃を優しく刺激する。
 「どーやって部屋に入ってきたんですか?」とか,「何でそんなカッコしてるんですか?」などと言った,普段なら絶対行ってるであろうツッコミもドコへやら。

(…ありがとございますぅ…)

…ただただ目の前の女神様のよな秋子の姿に感涙の祐一であった。










「…さて,おかゆが煮上がるまでの間に,失礼してちょっとお部屋をカタしちゃいますね?」

「!!」

 突然の秋子のその言葉。
 はっきり言って散らかった自らの部屋を見渡しての秋子さんの宣言に,祐一が動かない体を強引に動かして拒否の意志を示したのは,それから数分と経たないときのコト。

 祐一とて年頃のオトコノコ。

(…あううっ!)

 見られたくないモノとかも微妙どころか満載な自分の部屋。
 なんとか必死に断ろうとするも,意思伝達が正常にいかないうえに体力低下中で動くこともままならない今の祐一では,散れた雑誌や脱ぎ捨てた洋服などをてきぱきと片づけ始めた秋子の制止は到底不可能であった。

「…あら?」

「!!!」

 ベッドの下の雑誌の束の下からはみだしているのは,数個の黒いプラスチック製のDVDのケース。
 ソレは,現実の女性では満たすことの極めて難しい,想像の産物がぎっしりと詰まった男の夢の箱の数々であった。

「…監禁熟女-美しい叔母の誘惑に,少年はもう耐えられない-…?」

「〜〜〜っ!」

 何気なくソレを手にした秋子が読み上げるDVDのタイトルに,ベッドで悶絶する祐一。
 よりによって一番見つかってはいけない人に一番見つかってはいけないモノから先に見つかってしまうコトを,己が病魔以上に呪う祐一であった。

(たのんます!その下も見てやってください!その下にはオレの無実(?)を証明する「ようこそようこ13歳」とか「レイプ女子高生輪姦白書」とか「アナウンサー,夜のマイクはどうですか?」とかそーゆーのが山のようにってイヤあっ!ソレも見ないでっ!そっとしといてっ!オレの性的嗜好を確認するのはやめてーっ!)

 性癖のまともさ(?)のアピールを行ったところでその節操のないジャンルの数々にさらに墓穴を掘っちゃうことに気づいて,心の中で血涙の祐一。

「…SG体育教師褌男祭り?」

(そんなありもしないジャンルのDVDのタイトルを読みあげんなー!)

 ネタはともかくとして,何のかんので祐一の秘蔵DVDを全部チェックしている秋子さん。ちなみに,SGはスーパーガッチリの略だ。あとソレが染色体XYの出演者のみしか出てこない逸品であるコトは,そういうサイトでチェックしていただきたい。検索とかして。責任は一切持てないけど。

「…あらあら」

 頬に手を当てて,心なしかとろんとした目つきで,頬を染める秋子さん。

「…そんな。こんなモノで寂しい夜を紛らわせるくらいなら,何時だって心の準備はできていますのに…」

(違うって言ってんだー!)

 本気とも冗談とも付かない秋子の申し出(?)に心の中で大ツッコミ。

「…あら?」

 自然と目が行ったのかどうかは知らない。

「…あらあら」

 秋子の視線の先にあるのは,丸めたティッシュが大量に捨てられているくずかごであった。

「…あんなにいっぱい…祐一さん…」

 明らかに鼻をかんだだけのモノとは思えない,独身男性の部屋のソレの発する独特の匂いのゴミ箱に,なにやら涙ぐむ秋子さん。

(だーっ!ちがうー!!)

 もう何かすっかり,どういう弁解も届かない遠いところにいるっぽい秋子に徒労感を感じつつも,それでも心の叫びを止められない哀れな祐一であった。










「…んしょ」

 ソレは,現在祐一が突っ伏しているまったく同じ部屋。

 時計の針を少々戻して,約半日ちょっと前のコト。

「…んぅ!」

 相沢祐一がうつぶせで壁に向かって寝こける横で,胸に実る,形の良い大きな果実をお気に入りのブラのカップに収め,後ろ手でそのホックを留め終わった少女は,カップをくいくいと動かして胸元のシルエットを整えつつ,両足を揃えてベッドから降ろし,一息落ち着ける。

「…」

 ブラウスのボタンをプチプチと留め,脱ぎ捨てたジーンズを拾い,足を通す。

「…えーと,ソックス,ソックス」

 片っぽはくずかごの横,もう片っぽはベッドの下に入り込んでる。

「んしょ,んしょ,と」

 あとはウォッシュドデニムのジャケットにダウンのオーバーオールを纏えば,外出準備はおっけーである。

「…さて,と」

 しかしながら,少女にはまだやるコトがのこってるのだった。

「…祐一,ねえ,祐一!」

 ベッドに乗っかって祐一に覆い被さり,ぺしぺしと祐一の肩を叩きながら呼びかける少女。

「…んー」

 起きてるのかどうかも分からない生返事な祐一。

「…ねってば!」

「…んー,香里ー,もう勘弁してくりゃれー…いくら何でももう出ないー…」

「もう!続きじゃないんだってば!」

「…もう無理ー。もう勃たないー…」

「…もう回復してるじゃない…って違う!今日講義あるんじゃなかったのー?」

 柔らかなウエーブのかかった髪に後ろで髪留めをしつつ,ちょこっと朱のさした顔。
 朝方故に半機動状態な,元気な祐一の股間から背けつつ,少女-美坂香里は祐一の本日の日程について照れ隠し気味にツッコミを入れる。

「…んー」

 寝ぼけ眼の祐一は,目下目覚まし時計と化している携帯で時間を確認しようともせずに

「…今何時ー?」

「んもう,もーちょっとで八時よ,はーちーじ!…行くんなら早く準備!」

 ぽやっとした寝起きの祐一の表情や仕草が,実のところかなり心にストライクな香里であったが,ついついにやけてしまう頬を強引に引き締めて厳しめの母親のごとく振る舞ってみる。

「…んー,ボク今日三限だからもちょっと寝ゆー…」

「もう!」

「う!寒!」

ばふ!とシーツごと毛布を引きはがす香里さん。

「ソレを早く言うの!」

「…寒いー」

 シーツをたぐり寄せてもそもそとその中に潜り込む祐一。もうすでに半分夢の中風味でさえある。

 寝起きで急ぎな自分と,時間的にまだまだヨユーのコイツとの事情の違いはわかってるものの,眠りに落ちたのがほぼ同時なお二人。睡眠不足故に香里さん,ご機嫌斜め気味ではあるのだ。

「…くー」

「…全く」

 手を腰に当てて,困ったもんだ風味で祐一を見下ろす香里さん。

「…もう」

「…んうー」

「…しょうがないわね…」

…でも,祐一の,まだまだあどけない寝顔を見てる内にどんどん和らいでくる感情。理不尽の納得はやはり愛情以外で代えられることは無く。

「…じゃ,また,がっこでね」

 寄り添うように近づく香里の柔らかい熱と穏やかな呼吸に,

「…ん」

 こてん,と枕に埋まったアタマを求めに応じて横に向ける。

「…ん」

 生返事な唇に軽く触れる,柔らかい香里の唇の感触。
 すでにほとんど微睡みの中に落ちていながら,ソコだけが妙に鮮やかに。

「…香里ー…」

「…なーにー?」

 玄関でスニーカーに足を通す,別れ際のキスの照れ隠し気味にそそくさな香里を呼び止めて。

「…今日オレ,夜は水瀬邸なー」

「あ,そ言えば,今日土曜日か」

 来ても,いないよ?と言外に告げる。聡い彼女はソレで解る,と交際ン年目のらう゛ぁーず。

「…あと愛してます。彼女業務ごくろ!」

「…ば,ばか!」

「映画やドラマのような恋」なんて,全然メじゃない。
聞きたい聞けない照れ屋の彼の不器用な,でも自分じゃ結構気に入ってる,そんな愛のコトバ。さらりと入るはこのタイミング,な,まいらう゛ぁーである。

 不意の一言に染まる頬で,思い出してしまうのはゆうべこの部屋に入ってからのこと。

 ついつい気合いを入れちゃった,愛情手料理クッキングから,他愛もない会話を楽しみつつのビデオ鑑賞。普段滅多にするコトのない,自ら求めてしまったキスからの,愛情劣情ない混ぜな,濃ゆい激しいラブタイム。

…口元だけで笑ってるに違いない祐一の顔を思い浮かべつつ,我知らずますます顔を真っ赤にしながら,バタン,とちょっと乱暴にドアを閉める香里さん。

「…んー」

 遠ざかる香里の足音に併せて,自らの意識もゆるりと遠くなる祐一の土曜の朝であった。










(それがまずかったんだわ!)

 熱に混濁しながらも原因の特定に成功風味の祐一。

(…寒いのに,オレシーツ一枚しかかぶってなかったー…)

 しかも正確にはシーツを抱きしめてた部分とその周辺のみ。
 情事の後故の全裸,汗とかナニとか各種体液を放出しまくって落ちた体力に,寒さもモノともせず落ちた眠りの結果がこの始末だ。すまなかったな。シンジ。というかシンジって誰だ。

(と,とりあえずそういうことなのでそのDVDはアレについては関係ない!関係ないんですよ秋子さん!)

 釈明するわけにはいかないティッシュの山のモトについて,仕上がりの近い鍋の中を覗きに行った秋子に心の中で絶叫する祐一。

(うう,もう,声ぜんぜん出ねえ…)

 声帯がエラいコトになってるのはもう明らか。

 何とか意思伝達に使えそうなモノはないものか。
 …と,目の端に止まるのは講義のノート用に買ったはずが,メモ帳代わりに部屋常備になってしまったルーズリーフと,引っ越しの時に使ってそのまま窓際に放置してあった太めのマジック。

(…仕方ない。コレで何とか意思表示を)

 動ける範囲内でかろうじて手の届くソレを枕元に引き寄せ,弁解のための言い訳に無駄な体力を使いつつの祐一であった。










 さらに時計の針を少々戻して,今度は場所も場所も変わって。
 −ココは祐一達の通う大学の中央広場横のベンダコーナー。

「もう,相変わらず世話のかかるヤツ!」

 ちょっと頬を膨らませつつ,拗ね気味な少女が一人。

 左の一房の髪の房をに細いリボンを編み込んだショートカットな黒髪と,大きな瞳にハッキリ目の顔立ちが印象的な,人目を引きすぎる可愛らしさの彼女。スレンダーな体にナイスなプロポーションを,淡いピンクのブラウスと春物のパステルのセーターにジャケット,チノの膝上スカートとニーソックスに包んでいる。

 ゼミから拝借した印鑑で,3限目の出席をこっそり押して相沢祐一の単位取得のために手を貸したその少女−神楽坂祐佳は,ベンチにちょこんと腰を下ろし,一人ごちる。

「…ゴハン一回くらいじゃ済まないんだから」

 ちうー,とパック入りのオレンジジュースを口に含みつつ,足長のベンチのせいで届かない足をブラブラさせながらおかんむり気味な祐佳さん。
−イヤならばほっときゃ良いものを,ソコはソレ,惚れた弱みのなんとやらな,ため息混じりの午後3時,であった。

 朝晩の冷え込みに関係なく,うららかな日だまりのココは授業の合間の学生達でにぎわう憩いの場。華やかに笑う熱帯魚のような女子大生の群れから,髭の小汚い男子学生,大学へ営業のサラリーマン等々,黙ってても人の渦が出来るベンダ前であった。

 そんな中,ベンダの横のベンチの祐佳の後ろで,このガッコの学生同士とおぼしき女のコ二人組が,ベンダ売りにしてはなかなかな香りのカップのホットティを片手に,つかの間のティーブレイクに興じ始めた。

「…アレ,香里,今日はもうアガリなの?」

「…うん。家庭教師のバイト先のコが今日熱出しちゃってお休みになったんだ」

「…お,すると,彼とデート?」

「…そ!と言いたいトコだけど今日は彼ぷち帰省で部屋にいない日なのよ」

(…わ!わわ!あれって相沢君の…)

 ソレは,長くも短くもない中途半端な時間をどのように過ごそうか,思案に入るか入らないかのタイミング。

 人知れずあわてふためく祐佳が,ゆっくりと横目で確認するソコに居るのは,朴念仁なアイツのキレイな彼女。
 祐佳の一方的なコイガタキ認定の美坂香里の姿であった。

「3限出てたはずのに,もう携帯つながんないから多分電車よ。あのバカー」

「ふふふ。仲の良いこと結構ですこと♪」

「何よそのやらしい笑いは」

「いえいえ,ごちそうさまごちそうさま♪」

(…ひょっとして,美坂さん,相沢君が寝込んでること知らないんじゃ?)

 香里が続ける級友との会話を耳ダンボで聴く祐佳はふとそう思う。
 口の中に広がるオレンジの味を楽しみつつ思い出すのは,今にも死にそうな携帯の向こうの祐一の声であった。

「…ね,そんなら今日これから買い物行かない?来週からモールでバーゲンだから,下見を兼ねて♪」

「んー,それもいいかもね。でも,今日は妹とデートの約束があるんだ。ゴハンして映画だから家帰るのは門限ギリギリなの」

 ぴくん,と祐佳の耳が反応する。

 −コレハ,モシカシテ。

「…ね,来週の月曜は?」

「あ,その日は私が彼とお出かけなの」

「…ほほー。いいなあ,緊密な交際ぶりで♪」

「…何よそのやらしい笑いは?」

「言葉通りよ」

「うう,返された。…ま,ソレはソレ,そんじゃ何時いこっか?」

「…そーねぇ…」

「………♪………」

「…?…!」

「……」

「…」





 級友との会話を終えた香里が,トートをジャケットと共に抱えてその場を後にする頃,祐佳の姿は疾風のように校門をくぐり抜けていた。

(…あいざわくんがおへやでひとり…かぜひいてけいたいとれないくらいぐあいわるい…かのじょはこんばんいっしょにいられない…あいざわくんがおへやでひとり…あいざわくんがおへやでひとり…)

「ちゃーんす!」

 …隙あらばの夢やTry,降ってわいたよな千載一遇。状況は完全にオールグリーン。あらゆるシグナルはゴーサインしか示してない。
 ココロのアクセルをベタ踏みで祐一宅へのハイウェイを急ぐ祐佳であった。










「はい,できましたよ?祐一さん」

 祐一が頭だけ起こしてみるソコには,鍋つかみの両手で土鍋を抱えた,エプロン姿の秋子さんの姿。ほんわりと湯気の立ち上る鍋の向こうの秋子の微笑みは,さながら天使のように見える。

(…くっ!)

 よっこら,と上体を起こしてベッドに座る祐一だが,体に走る悪寒がベッドから降りることを許してくれない。

「いけませんよ,祐一さん!」

「…!」

 秋子は,土鍋をこたつの上に載せると,何とかベッドから降りようともがく祐一を,支えるようにベッドへとやさしく押し戻す。

 肩から胸へと触れる秋子のカラダの温かさと柔らかさ,香水かシャンプーか,そういったモノと絶妙にブレンドされた秋子の香りが,祐一の体を優しく包む。

「…はい。いい子にしましょうね♪」

 よしよし,と祐一のアタマを撫でながら秋子さん。幼子をあやすようなその仕草に,若干の情けなさを感じつつも思い通りにならない体では,力無く息を付くしかない祐一であった。

「…さ,秋子特製のおかゆさんです。…食べさせてあげますね?」

 言うや秋子は,ベッドの横にちょこん,と腰掛け,祐一に断りを入れて鍋敷きにした雑誌に土鍋を乗せると,細かく刻んだエビ,かに,ホタテなどの海鮮や鶏肉,卵,ワケギや野菜等のたっぷりと入ったおかゆをレンゲでひと掬いし,「ふー」とちょっとふき冷ますと祐一の口元へと運ぶ。

『イヤそんな悪いです!自分で出来ます!』

 そうルーズリーフに殴り書きして秋子に示す祐一。焦り気味のせいかどうかは知らねど,発熱もあいまって顔は真っ赤っかである。

「あらあらいいんですよ?どうぞご遠慮せずに♪」

『ホントいいです。出来ますから!』

「…そうですか」

 あくまで自分で食べると言い張る(書き倒す)祐一に,残念そうにレンゲを渡す秋子。

「………」

「あの,ホントにだいじょぶですか?」

 祐一の悪寒に震える手は,どう見てもマトモにレンゲをつかめてない。も少しおかゆの粘性が低かったなら,毛布の上を著しく汚してしまっていたであろう。

「…はい♪」

 半ば強引に祐一の手からレンゲを奪い取った秋子は,めっ!と悪戯っぽく笑うと,もう一度お粥をすくい取ってふーふーと噴き冷まし,祐一の口元へと運ぶ。

「あい,あーん♪」

 そんな,ちょっと嬉しそうな秋子に,祐一はさらに顔を赤くしてバツ悪げ。

(…すいません)

目だけで,ちょこっとすまなそうに謝ると,祐一はためらいがちに口を開けた。










「えーと,相沢君のトコロ確かガスコンロ有ったわよね」

 もう陽も落ちかけたそんな頃,ココは祐一の家からほど近い商店街のハズレにあるスーパー。

 とりあえず暴走してはみたものの,ただお見舞いに行って驚かせてやるだけではアイツのココロに効果的なダメージ(何のだ)を与えることなんか出来そうにない。ここは一つ,風邪引いた時におばあちゃんがよく作ってくれた,我が家秘伝の特効薬と,体に優しい雑炊とかで,ちゃんとした女のコたる自分を祐一に刻み込んでやろうとの意気込みも健気な祐佳さんである。

「えーと,あとはポテチとジュース。オレンジでいっかな」

 値段と品質とご相談しながら,かごをレジへと持ちはこんでいく祐佳。

「はい,消費税含めまして2,450円になります♪」

「あ,はい,じゃ,コレで」

「毎度ー」

 にっこりと微笑む店員のおばちゃんに見送られながらスーパーを出る。

「もー,ほんっとにゴハン一回どころじゃすまないんだよコレー。治ったらあれこれおごってもらうんだからー!」

 見上げる夕日はすっかり夕暮れの色を身に纏っている。
 神楽坂祐佳は随分と寂しげになってしまった財布の中身にしょんぼりしつつも,

「わたしにココまでさせちゃうなんてー。もー,あったまくるー♪」

 自分への照れくささをそうやってゴマカしつつ。
 でも,これから二人っきりの夜(語弊アリ)をずっと過ごせるってコトを思えば,ついつい顔はニヤけてしまったり。

「でも,ホントにだいじょぶかな」

 それでも,心配なのはホントのホント。普段ならガッコに行けば当たり前のように見ることの出来るアイツの顔,憎まれ口。
 意地悪だしつっけんどんだけど,どこかちょっと優しい。そんな祐一を見ることができないのは結構寂しい祐佳さん。好意を自覚してるからなおさらのこと,である。

(それにしても,こんな時にそばにいてあげないなんて,なんてコト!彼女の名が泣くよね!)

 教えてあげなかったことは棚に上げる,ほの黒な祐佳。
 −出し抜きだって何だって。高校の時からのつきあいなんて,そんなずるいずるいアドバンテージに比べれば,コレくらいのことアンフェアじゃないよ,と誰にともなく言い訳風味。

「…悪いね美坂さん。距離,詰めさせてもらうから!」

 そして誰にともなく宣戦布告。手負いな獲物,仕留めるなら今!





『…あ,か,神楽坂?』←半纏にマスク姿で具合の悪そうな祐一

『ふふ,この風邪引きさん!いいから今日はおとなしく寝てて!今・日・はゴハンくらいなら作ってあげるから♪』←にっこり笑いながら優しそうにほほえみかける自分

『…あ,ん。ありがとな,神楽坂』←照れたような笑顔の祐一





「そして,優しい私にほろっと来た相沢君は,そのままそっとわたしを抱きしめて,ひょっとして,ひょっとしてもっともっと求めてきたりしちゃったりしてー♪きゃああああああああああああああああああああああ♪」

「…」

「んで,ちょっとゴーインな相沢君に,ちょっと抵抗する振りなんかしちゃったりしながらかわいく甘えちゃったりなんかして,いつしか相沢君とわたしの影は月明かりの下ひとつに…っていやんいやんいやああああああああああん♪」

「…」

(…はっ!…)

 妄想に顔を赤らめつつ,ぶんぶんトートと買い物袋を振り回す祐佳を,塀の上の猫が不思議そうに見つめてる。

「…」

「…にゃ」

 はた,と目が合う。人じゃなくて良かったかしら,と猫とちょこっとにらめっこ。

「…」

「にゃー…」

 何か違う生き物(実際そうだが)を避けるように,緩慢に塀の上を猫が去っていく。

「…」

 思い出したようにぱふぱふと服の上から下着のラインをなぞってみる。

(うん!ラインに乱れ無し!今日はカワイイの着けてきてるからいざとゆ時にも問題なし!)

 妄想を引きずりながらの淡い期待にミダシナミちぇっく。恋する乙女は余念がない。

「…おっとイケナイイケナイ!急がなきゃー!」

 いっくぞー!と気合いを入れて,坂の上の祐一の家へと夕暮れに駆け出す小さな影。

 ビックリしつつも照れくさそうな,祐一の喜んでる顔(妄想100%)を見たい一心で,祐一の家へと急ぐ祐佳であった。










「………」

 食欲マイナスどころか,空っぽにしてなお嘔吐感を伴う胃は,その香りで閉ざされた門を開き,促されるままにソレを受け入れていく。
 秋子さん特製のおかゆさんは舌がとろける,と言う表現を使ってもまだ足りない。
 相沢祐一にとってはまことに至高の美味であった。

(…ごちそうさまです)

 表情と一礼で満足の意を秋子に伝える祐一。

「…お粗末様でした」

 祐一ににっこりと微笑む秋子。
 週に一度しか見ることの出来ない祐一の笑顔は,熱に病んでなお秋子を満足させるのに充分なモノであった。





「…大分汗,出ましたね?さ,着替えましょうか?」

 それからものの30分もしない頃のことであった。二枚重ねの毛布を胸をおおうほど被って,額に固く絞った冷やしタオルを載せた祐一に,秋子が問いかける。

「………」

 祐一はうっすらと目を開ける。
 温まった体から発する熱は,夜具の中に閉じこめられて発汗を誘発している。通った鼻筋からつたう汗を認めた秋子からの,うれしはずかしなご提案。

『いいですいいです!自分で出来ますから!』

 あわてて上体を起こし,ルーズリーフに殴り書く祐一。
 いかな保護者代わりの秋子さんとはいえ,なんぼなんでもソコまでさせてしまうのはためらわれるのであった。

「…遠慮しないで,下さい。こんな時くらい甘えて下さいな♪」

 またもややんわりと目で諭すと,祐一の上着のボタンに手をかける秋子。既に着替えの上下を一揃いベッドの横に準備する手際の良さである。

(…でも)

「…あら,祐一さん,照れてます?」

 くすっと微笑む秋子は,有無を言わさぬイキオイでぷちぷちとボタンを外し始める。

(…あぅー…)

 両手で状態を支えるのが精一杯な祐一はタイミングをを外された恰好で秋子のなすがままであった。

「…あら?」

 ボタンを外し終わった秋子は,つと手を止める。

「…全身凄い汗。一度体を拭いてからにしましょうか?」

(−!)

 言うや秋子は祐一の汗で濡れたズボンに,お尻の方から手をかけて下の方にずらす。

(〜〜〜!!!)

「…あら」

 慌ててズボンに手を伸ばすのも微妙に間に合わなかった。一瞬早い秋子さんの腕は,祐一の下着まで一気にずり下げてしまっていたのだった。

(〜〜〜!!!)

 祐一は恥ずかしさのあまり,剥き出しになった自らの股間の男の子の部分を覆い隠そうとしてベッドに上体をつんのめる。

「…手早く済ませますから,少しの間おとなしくしてくださいね?

 「男の子」と言うにはサイズ形状とも凶暴に過ぎる,祐一のソレを目の当たりにして,ちょこっと頬を赤らめる秋子。さすがに少々気恥ずかしいのか,秋子は努めて平静を装いつつ,祐一の上体を抱きかかえるようにして押し戻そうとした。

「…きゃっ!」

 イキオイ余ってベッドに後ろから崩れ落ちる自らの胸の上に,のしかかる恰好の秋子。
 柔らかく温かいそのからだ。オトナの女性を感じさせるしつこすぎない香水の香り。なによりもほんのりと染まる秋子の頬とブラウス越しのその豊かな胸の感触に,

(〜〜〜!!!!!)

 風邪とか熱とか知らんぷりな祐一の剥き出しのソレは,ダイレクトな感触にごくごく自然に反応してしまっているのであった。

「…あ,その,ごめんなさい。はやくしましょうね?」

(…くっ!か,カンベンしてください…)

 体を拭くためのウエットナプキンとバスタオルを準備すべく,ベッドから降りる秋子。

(う!)

 故意なのかどうかは知らねど,降りぎわに,秋子の弾力的で,それでいて吸い付くような太股の感触に舐られた祐一のソレは,アッサリと持ち主の理性を裏切るさらなる自己主張を行っていたのであった。

(く,くぅ!こ,コレはきついー…)

 何とかおさまって欲しいときに,おさまってくれないままならなさを感じつつ悶絶気味の祐一であった。





「相沢くーん!こんばんわー♪」

 ソレは,秋子がナプキンを手にベッドの祐一の足元に再度膝を崩して腰を下ろし,祐一の腹部から 腿の付け根に手を伸ばしたときのこと。
入り口のドアをノックする音と共に,明るく弾む女のコの声。

 返事とかする声が出ないことに改めて愕然としつつも,祐一は体を拭う秋子の手を払いのけんばかりに立ち上がろうとするがうまくいかない。

「…って,あれ,空いてる。ねえ,ちょっと!ホントにだいじょ…」

 がら。
 祐佳は躊躇無しに台所と居間を仕切る引き戸を開け放つ。

「…ぶ!」

(ひっ!か,神楽坂!な,なんだってココに…)

 ばったりと祐一と視線が合う。

 ベッドの上の祐一は,上体を両腕で支えつつ,痩せ気味だけど筋肉質の上半身をはだけている。うっすらと浮いた汗が,なんとなくやらしく光っている。

 傍らには,後ろで止めた青みがかったロングヘア,澄んだ美しい瞳に濡れたような唇が印象的な,細身なのに圧倒的なまでの豊かな胸元に芸術的な脚線美をスーツに包み込んで祐一に寄り添う美女の姿。

 そして,裸の祐一の片足に巻き付いたズボンの奥にあるのは,小さな頃,近所の男の子にイタズラとかイヤガラセで見せられたソレとは似ても似つかない,何でこんなのが相沢君についてんのよ的祐一の究極無敵銀河最強男と,その下のフクロの部分に添えられたナプキン越しの女性のしなやかな指先であった。





 −え,なに?どゆコト?コレ。

 相沢君にこんな色気ババア綺麗なお姉さんの知り合いがいるなんて聞いたこと無い。

 −なんで相沢君裸なの?

 −なんでそんなトコ触らせてるの?

 −なにそのココまで香りの漂ってくるよな香料入りのウエットナプキン?

 −ひょっとして,コレが噂に聞く派遣型風俗産業?

 −いや,まさか,相沢君に限ってそんな。

 でも,確かいつだかのコンパで,ウチの大学にもこの街でそーゆうバイトをしてるコが居るってハナシ聞いたことある。そー言えば相沢君もその時ノリノリだったっけ。

『ああ,あのコならオレもお願いしちゃおっかな?』なんてほざく相沢君に,知らない振りして振り向きざまに思いっきりエルボーかましてやったんだっけ。

 −あんなに綺麗な彼女がいるのにそんな。

 でも,たまたま,友達から彼氏がそう言う女のヒトを部屋に呼んでるところに鉢合わせたってハナシを聞いたこともある。

 …百歩譲って,どうしてもほかのコとえっちなコトしたいんなら,
 
−すぐそばにわたしというこんなにかわいいコがいるのにそんな。

−確かにそゆコトの経験無いけど,相沢君がしてって言うならおべんきょしてでも一生懸命してあげたっていいのにそんな!

 −なぜ?

 −どして?

 −Why?

「………」

「………」

「………」

「…か…」

 祐一が出ない声を無理に声帯から絞り出そうとしたその瞬間

「いやあああああー!相沢君のデリヘルマニアー!!!」

(ま,待てっ!神楽坂!違う!コレは違うんだ待ってー!)

「いやああああああああー!」

 ひとしきりの絶叫の後,脱兎の如く部屋から駆け出していく祐佳。

(…あぅー)

 祐佳を追いかけて弁解しようにも,そう言う気力も浮かんではすぐ打ち砕かれるほか無い,哀れな祐一であった。





「はい,それじゃうつぶせになって下さいね?」

 心地良いはずの秋子の大サービスも,痴態を見られたくない同級に見られた衝撃が甚大な祐一には上の空な感じである。

(………)

 相も変わらず熱に奪われる体力も相まって,完全になすがままと言った風情の祐一。

「はい,終わり,です!」

 心なしか満足げな秋子。
 思えば,かいがいしく誰かの世話を焼くことも随分久しぶりだ。飢え気味な母性本能のなせるワザでもあろうか。

『…ありがとうございます』

 機械的に返事をする脱力祐一であった。

 洗面器の冷水に浸したタオルを軽く絞って祐一の額の上に載せる秋子。

「なんか勘違いされちゃいましたね」

 そう言ってイタズラっぽく笑う秋子はなにやら小悪魔的に可愛らしい。

(…いやホントに傍から見ればなんか妙なサービスに見えたかも)

 微妙に血流の流れ込んだままの自らの正直者が作り出すズボンの前の盛り上がりを隠すかのように,祐一は身を軽く捩る。

「…あの,私で良ければ,その,お手伝いしましょうか?」

 なにやらもじもじと,ほんのりと頬を染めながら,めざとい秋子の視線はその部分を悩ましげに見つめている(ように祐一には見えた)。

『…結構です!』

 倫理的にマトモと言える祐一の理性は,体の中のケダモノにとりあえず勝利する。

「そうですか…」

 いかにも残念そうな様子に秋子さん。

(…うう…)

 しかしながら,今ココで自己処理するわけにも行かない,理性のみではどうにもならぬ祐一のケダモノは,あいかわらずもそうそう簡単におさまってくれそうにもないのであった。










「…まったく,そんなことなら栞に遠慮してもらったのに!」

 −姉妹愛よか彼氏愛。
 香里は,そうひとりごちながら,祐一の部屋への道を急いでいた。

『ねえ名雪?祐一来てるなら代わってくれる?』

 妹との夕食後,明日の午後の祐一との待ち合わせの確認を取るべく何度も鳴らした携帯電話。よくあることとはいえ,電源の切れてるっぽい祐一の携帯にぷちギレした香里は,水瀬邸に直接入れた電話で名雪から祐一の不在を知ったのだった。

『祐一風邪引いちゃったんだってさー。お母さんもなんか居なくて寂しいから,香里遊びに来ない?』

『………ごめん名雪。あたしも急用が出来ちゃったから行けないわ。日曜にまた電話するから!』

 −友情よか愛情。
 即座に電話を切った香里は,アカラサマに不審な目を向けてくる妹に,普段の彼女からは想像も出来ないほどのヘタクソな嘘を付きつつ,至近のバス停からバスへと飛び乗ったのであった。

「…に,しても,この荷物にこの坂はこたえるわね」

 両手にはトートと,急遽買いそろえた買い物袋一杯の祐一の好物のゴハンの元とお泊まりセット。

「…ちゃんと待ってなさいよ祐一!」

 しっかり惚れ直してもらうんだから,との決意も密かに固い,月の坂道を行くちょっと乙女な香里であった。










「…変ですね」

 祐一の胸元から引き抜いた体温計の数字を確認しつつ,少々眉をひそめながら秋子。
 自らの献身的な看護にもかかわらず,症状の改善の兆しは見られないご様子。

「…ココまで熱が下がらないなんて。発汗もかなり激しいですし」

(…ああ,いかん。意識が…)

 悪化の速度に歯止めがかかったとはいえ,体力的に結構なダメージを負った祐一の体は,まだまだ自然治癒に向かうほどの体力を備えてはいない感じである。

「…やむを得ませんね。祐一さん,ちょっと待っててくださいね?お薬,準備しますから」

(………)

 なにやら決断した秋子は,持参した大きめのバッグを手に,台所の方へと向かう。
 祐一はぼんやりとその姿を目で追う。ソレが惨劇の引き金であるとは知る由もなく。





「さ,準備できました」

 2,3分程度くらい後のことだっただろうか。
 なにやら医療器具らしきモノを手に目の前に現れた秋子の姿に,祐一は著しく体力を消耗してぐったりなカラダながらも,思わずなツッコミを入れずにはいられなかった。

『…何故にナース服なんですか?』

 それはご丁寧にナースキャップまで被った,白衣に白タイツも眩しい秋子の姿。
 なんかもう,いよいよもって誰か他人に見られたらいかなる弁解もしようのない状況になりつつある事態に,精神をも徐々に蝕まれて来つつある錯覚を覚える祐一である。

「消毒済みなんですよこの服。…コスプレとかじゃありませんから念のため」

 横に傅く秋子さん。
 そんなナースな秋子さんは,何やらクスリの準備中,である。

「一時的に症状が改善されるのでかなり楽になれますよ?ぐっすり眠れちゃいますから」

(………)

 かなり魅力的なご提案。ちょっとでも楽になれるのであれば,この際何でもいいやとも思う自分がいることもまた否定できない。

(…)

−こくん,と首を縦に振る祐一。

「副作用も問題のないレベルですし」

『ちょ,ちょっ!何なんですか副作用って!』

イキオイ不安に駆られる祐一。
なんやかやで忙しい感情の乱高下である。

「…さ,それじゃうつぶせになっておしり出してください♪」

(そんな危険な薬をオレの体でって…え”?)

 とてもイイ笑顔で1.5リットルのペットボトル程はあろうかという巨大な注射器状のモノに薄緑色の薬とおぼしき液体を満たしつつ祐一の足元にかしずく秋子。

「このお薬直腸注入ですから。大丈夫。量は多いけれど吸収率は無類です。効きも速やかですよ?」

ちうー,と注入筒の後ろに圧力を加え,先端から空気を抜きつつ説明する秋子。

(…へ,ちょ,直腸注入?)

 不穏当な単語にびくん,と体を硬直させる祐一。反射的に身をすくめてお尻ガードの体勢に入る。
しかし,秋子は素早く祐一をうつぶせにすると,パンツごとズボンをずり下げる。

(ちょ,ちょっとたんまたんまたんまー!)

 少ない体力を総動員して抵抗する祐一。
 年齢的にも精神的にも,まだまだ多感な少年の域を出ない祐一は,自らの肛門に他人の手で異物を挿入されるという事態を進んで受け入れられるほど神経が太くは出来ていない。

「だめですよ?この注入器長いですから間違えて変な体勢で入れようとすると腸を傷つけちゃいます」

 字面だけは冷静な秋子の声。

(ちょ,ちょっ!で,でもそれはさすがにいやー!)

 しかし,妙な熱気をはらんだ妖しげなソレは,祐一の抵抗感をあおるのには充分すぎるのであった。

「仕方がないですね,ごめんなさい,祐一さん」

「う”!!」

「これで,こう!」

「い”!!!」

「これで,よし!と♪」

 激しい抵抗を続ける祐一に,秋子は信じられないような体術を駆使して,祐一の体をうつぶせのまま膝を付いて腰を高く上げた状態に固定する。

「あ”あ”あ”ーっ!!」

「すぐ,すみますから!」

 勝利宣言のような秋子のその言葉を,敗北感を持って受け入れざるを得ない祐一のチカラのない絶叫であった。










「さて,と。あ,いるいる♪」

 果たしてホントに家でおとなしくしているか,ちょっと自信のない自らの彼氏の部屋に点る灯りに,若干安堵を覚えつつご到着の香里。

「…よいしょ。よっこらしょ」

 二階の祐一の部屋まで,もう気持ちだけは先に飛んでて,体と荷物がもどかしい。





『…ごほごほ,あ,か,香里?今日はオレ水瀬邸だって…何でわかったの?』←驚いたように

『…ふふ,愛は何だって可能にするのよ♪』←祐一を抱きしめながら

『…香里…』←キスしながら

『…あん,だ,だめよ!昨日あんなにしてあげたじゃないの!…風邪,ひどくなるわよ?」←祐一の手がおしりをさわさわ

『いやほら,ちょっとくらい汗かいたほうが,早く治るとか言うし』←だんだん派手に香里の各種性感帯を刺激し始めた

『…だめだったらぁ!あん!も,もう!』←陥落寸前

『…♪』←押し倒した

『…!』←押し倒された

『…香里…』

『…祐一…』





(きゃー!)

 エロラヴい妄想に顔を赤らめつつ祐一の部屋のドアノブに手をかける香里。
 妄想の現実化に,ちょこっと期待を抱きつつ,

「祐一ー!風邪ひいちゃったんだってー?」

 元気づけようとか思いながら,努めて明るく声をかけつつ,祐一の居間の引き戸を開ける。





「ほらぁ,ちゃんと温かくして寝ないから…」

(〜〜〜っ!!!)

「…」

 目と目があったのはほんの一瞬だった。
 うつぶせでおしりだけ高く上げた祐一は,香里の方を向いたまま硬直し,引きつった表情のまま目を大きく見開いている。
 開いた足の間からは,最近ようやく慣れてきた祐一の半勃ちのブツが覗いている。

 傍らには祐一のおしりにカラダをぴったりとくっつけて,注射筒の先端を祐一の菊座の縁にあてがい,今まさに挿入せんとするボディラインも悩ましい看護師(?)さんの姿。

 −どさどさどさ

 眼前の光景に動揺し,力の抜けた香里の手から,荷物が床に崩れ落ちる。

「…ゆ」

 言葉を何とか絞り出してみようとはするものの,目を疑うような眼前の光景にうまく唇が動かない香里。

(ま,待った!これは違う!違うんだー!)

 ちゃんと伝わってるかどうかはこの際二の次。
 祐一は首をそれでも横に振りながら抵抗を試み,秋子の手から逃れようともがく。

「…っ!」

(ひ!)

 秋子は本能のまま,祐一の動きを止めるための最も効果的な手段を選んでいた。
 すなわち,祐一の股間から伸びる,半硬化した対異性用決戦兵器を掴むと,自らのほうに乱暴すぎず弱すぎない絶妙な強さで引き寄せたのであった。

(ひ!ひいいいいいいい!)

 タダでさえ凶暴な大きさを持つソレは,秋子のその指の感触にあっという間に膨張し完全な暴走態勢に入る。

「…い」

(か,香里!違う!違うんだってば!)

 恋人の前でさらされる自らの痴態に,ただただ心の中で絶叫するしかない祐一。





(コレは,ナニゴト?!)

 美坂香里は混乱していた。

 −昨日の晩,珍しく自分からリードを取った愛情確認という名の,明け方近くまで続いた激しい欲望の満たしあいは一体何だったの?

 −今朝方までおねむな表情をしていたかわいい祐一と,今あそこでマニアックなプレイに興じているバカ男はホントに同一人物なの?

 そんなそんなそんな!

 −まだあまり上手に出来ないけど今のあたしに出来る最大限を尽くしたのに!
 −祐一も喜んでくれて何度も何度も何度も何度も何度も求めてきてくれたっていうのに!
 −最後のほうなんかもうホントにこのまま死んじゃっても良いくらいに思ったのに!

 そんなそんなそんなそんな!

 −やっぱりダメなの?あれくらいじゃ満足できないの?
 −それとも,他の女の人じゃないとダメなの?
 −そういう変わったプレイじゃなきゃ最後までイケないの?

 そんなそんなそんなそんなそんな!





(…か)

「…い」

(…かおりー)

 祐一の唇がそう動いた瞬間,

「いやああああああああっ!祐一の特殊性癖ー!!!」

 香里は泣きながら部屋を飛び出していた。

(ちがう!待ってくれ香里!香里いいいいいいいいいいっ!)

 左手を伸ばして香里の方を涙目で追うも,彼女の姿はもう視界にはない。

(ああああああああああああああああああああああああああああああああ!)

 100%ベヘリット(赤いヤツ)発動モノの血涙を流し,枕に顔を埋める祐一。

「…すみません,祐一さん」

 その瞬間,一連の騒ぎをまるで見ていないかのような,冷静な秋子は注射筒の先端を奥へと進める。

ぷす

(あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!)

 同級生に絶対見せたくない部分を見られてしまったという恥ずかしさ。
 彼女に絶対最も見られたくない部分を見られてしまったという衝撃。
 そこに打ち込まれる鉄槌(トドメ)は,何というか祐一の全てをいろいろな意味で粉々にしてしまった風味であった。

(…も,もうボクお婿にいけないや…)

 直腸にじんわりと満ちてくる,快感とも排泄感ともつかない,流れ込んでくる液体の微妙な感触。

(…うう…)

 やがて,祐一の意識は,薬効の一部と思われる眠気に急速におおわれていった。










 どか!ばきんっ!

「FREEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEZE!そこまでよっ!」

「祐一を離しなさいっ!」

「そうよ!相沢君を変な世界に引っ張り込むのはやめてっ!」

 部屋を飛び出した香里と祐佳は,お互いに泣きながら祐一のアパートの階段の下でばったりと鉢合わせ。とにもかくにも一時的な共闘を誓い,謎の女性の魔の手からの祐一奪還のためにアメリカの特殊部隊よろしく祐一の部屋に乱入したのは,それから5分後のこと。

「…って,へ?い,いない?」

 そう,そこはもうキレイサッパリもぬけのからであった。

「相沢くーん?!」

「祐一ー!!」

 その姿を探して,思い人の名を絶叫する二人。

「相沢くーん!どこー!相沢君がどんなに好き者でもえっちでもすけべでも構わないから出てきてー!できれば彼女希望だけど最悪せっくすふれんどとかでもいいからー!相沢くーん!」

 祐佳が祐一を捜してトンデモナイ発言を織り込みつつ声を張り上げる。

「祐一ー!あなたがどんなに特殊性癖でもスカトロとかハードSMとかあまりにもあんまりなの以外はばっちり対応してみせるから出てきてー!昨日うまく出来なかった胸でするヤツだってもっともっと練習するし,一生離れらんなくなるくらいスゴいコトだって,おべんきょしてしてあげるからー!出てきて祐一ー!」

 負けじと祐一を探してさらにトンデモナイことを叫ぶ香里。

「なんですってー!」

「あなたこそなによーっ!!」

「おっぱい大きけりゃいいってもんじゃないのよー?!なによー!ちょっとばっかし早く出会ったからって彼女ヅラしてーっ!!」

「彼女ヅラじゃなくて彼女なの!なによ!かわいけりゃいいってもんじゃないのよっ!祐一の虫除けに大目に見てればつけあがっちゃってー!いい加減にしなさいよー!」

 あっさりと仲間割れるステキな関係が火花とか散らしつつな,主のいない祐一の部屋の夜は,そうやって更けていくのであった。










「…適切な処置,さすがですね」

 ベッドに横たわる祐一は,穏やかな寝息を立てて,すやすやと眠っている。
…ココは,祐一の部屋からそう遠くはない,総合病院のとある一室である。

 そう言って,メガネの奥で,穏やかに微笑む優しげな瞳。

「アナタの病院が近くで,良かったですよ」

 友人である女医の一言に,ほっと安堵の秋子。

「…でも,もうちょっと遅れると危ないところでした。この時期の風邪が一番良くないですからねぇ。肺炎一歩手前だわよ。コレ…」

 祐一の落ちた前髪の上から,おでこをそっと撫でながらな女医の所見に,まずはコレで一安心,と言ったところ。

「やっぱり,こう言うところはまだまだ子供かなあ,と思っちゃいますね…」

あどけない寝顔の祐一に,ついつい笑みのこぼれる秋子。
 
「…ふふ,なかなかかわいいコじゃない?」

 つ,と祐一の頬に女医の指が流れる。

「…」

 女医の視線は毛布越しの祐一の体の線をなぞってある一点で止まる。

「…凄い。副作用の一部とはいえ,コッチの方はかわいいとか言えないわね」

 固くなったまんまの祐一の下腹部のシルエットに,生唾を飲み込むのをかろうじて隠しながらのご感想。

「…そろそろ,再婚決める気?」

 意味ありげに女医さん。クールな美貌が,穏やかに微笑む。
 なんだか,ちょこっとやらしい感じに。

「…いやですね。この子は甥っ子ですよ?」

「あら,そうなの?私またてっきり…」

 そう言いつつもまんざらでも無さそうな秋子の様子に,ちょこっとからかってもみたくなる女医さんであった。

「…ふふ,もしそうならいいんですけどね」

「へぇ…そうなの」

 祐一の寝顔を眺めながら,今度は別な意味で意味ありげに微笑む女医さん。

「あ,つまみ食いしちゃダメですよ?…このコには可愛い彼女だっているんですから」

 にっこり笑いながら秋子さん。一応釘を刺しておくことは忘れないのだった。

「…残念。あ,ちょっと外すけど,よろしくね?もうしばらくしたら,副作用の処置に看護師の方が来るから」

「…はい♪」

 ひらひらと手を振りながら,ちょっと凝り気味な肩を気にしつつ,部屋を出る女医さんを見送る秋子。

「…すー」

 祐一は,相変わらずすやすやと。

「…どんな夢を見てるんでしょうかね…」

「…んうー」

「うふふ,祐一さん良くなるまではコレを口実に毎日会いに来られますね♪」

 そう呟いた秋子は,部屋を出ると女医の消えた反対側の通路に静かに歩を進める。

「…綺麗ですね…」

 穏やかな春風に髪をなびかせつつ,秋子は病室から望む一面の桜の園の美しさに目を細めるのだった。





「ほら,相沢君!おとなしくお尻こっち向けて!コレは医療行為なんだ!すぐすむから!」

「ちょ!ちょっとまってください!いいです!超いいですカンベンして下さい!」

「コレは前立腺マッサージ(※)といって別にやましいコトじゃないんだ!さあ!」

「いや『さあ!』とか言われても!」

「仕方がない!さあ,西浦君,押さえて!」

「はい!」

「お,細身だけど良いカラダしてるね。何か鍛えたりしてるの?」

「東野さん,微妙によだれ出てますよ?」

「失礼だな西浦君,君こそ目が血走ってるじゃないか」

「とりあえず,はい,ワセリン」

「…おう」

「…って東野さん,何故にチャックを下ろしますか?」

「冗談冗談♪さ,準備できたよ?さ,足開いて力抜いてー」

「いやあああああああああああああああああああーっ!せめて,せめて女のひとにぃっ!」

「おちつけ!同性の方がツボ(ダブルミーニング)が分かる分良いこともあるぞ?」

「そうだぞ相沢君,何も怖がることはない。安心して僕たちに任せて」

「いやあああああああああああっ!どーしてもアンタ達がソッチ系に思えてなんないからいやあああああああああああああああああああああああああああああああーっ!」








「…一度,お花見にでも行きましょうか?」

 月の夜空の下の桜の木が,風に優しく揺れている。晩春の前の良い季候の時期に,出来ればお出かけしておきたいなあ,としみじみ思う。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 野太いバスの看護師とバリトンの看護助手の会話と祐一の断末魔の悲鳴をBGMに,看病のご褒美にお花見は『祐一さんと二人きりが良いですねー』とか気楽に思う秋子であった。




















※前立腺マッサージ:直腸近辺にある前立腺を腸内から刺激することにより,射精を促す方法の一種。ほとんどの場合,ワセリン等の何らかの潤滑剤を用いた人間の指によって行われる。主に性風俗店でのサービスの一種であるが,膣痙攣等の症例の処置時に医療機関で行われることがある。















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