マウンドの相沢は,いつもと変わらない様子でキャッチャーのアイカワさんから返球を受け,帽子を取って額の汗を拭う。
異様な熱気に包まれた球場は,初秋の風などドコ吹いた様子。オレはライトの定位置より気持ちレフトよりにシフトを取って,多少疲れ気味のカラダに打球反応を遅らせないよう軽めにストレッチをして呼吸を整える。

ネクストバッターズサークルには今期広島から移ってきた左のスラッガー,カネモトさん。第一打席では先発のオイタベさんの甘く入ったカーブをライナーでライトスタンドに叩き込んでいる。

「………」

打席ではつい先程ショートライナーに打ち取られたカミサカさんが,悔しそうにベンチへと引き上げていく。
相沢は手にしたボールを軽く弄びながら,ざっと外野方向を見渡すとホームベース方向を向き直った。





#9





女のコ方面のオハナシはとりあえずおいとく。何もなかったわけではないけど特筆すべきコトがあったわけでもないので(残念ながら)。

夏場を過ぎ,時は9月。我がスカイレイダーズは最下位ダービーアタマの苦しい戦いを強いられ続けているが,5位との差は2ゲームほど。
何とか頑張ればラスを抜け出せないことはない位置にいることはいる。

しかしながら。

ペナントレースそのものは真夏の天王山を東京ジェントルメンや神宮サイドワインダーズとの連戦を競り勝った京阪タイガーフリーツが9月に入ってもそのまま快走を続け,困ったことに今日勝たれるとココ横浜で優勝が決まっちゃうという事態に。

『ソレは避けたいよなー』

『うーむ。とりあえず2タテはカマしてるんだ。今日さえ乗りきればとりあえずは』

『そだな。いくら時間の問題とはいえ見せつけられるとむかつくし』

とは,昨日のロッカールームでのオレと相沢。この3連戦ひとつでも落とすとその瞬間優勝決定なシチュを何とかしのいで,どうにか今日までとも思ったのだが。

「あっちゃー」

「どーも,コレは不味いねー」

とは,開始直後のコーチ陣の会話。ファームからゴーサインが出ていきなりのこの状況にいきなり放りこまれたベテランのオイタベさんが,初回先頭打者のアカホシさんに15球粘られた挙げ句ライト線へのまさかのホームラン。コレで動転したのかどうかは知らないが続くカミサカさんにも9球粘られ(この時点でブルペンに相沢とキヅカさんが入った)た挙げ句のセンターへのホームラン。とどめはカネモトさんにライトに運ばれてしまいノックアウト。
急遽マウンドに登った3連戦3連投目の相沢が立ち上がりこそ危ない球があったものの3人をぴしゃりと押さえてとりあえずの火消しを果たしたのでした。ランナーはいないのでその点は若干気楽風味ではあったようだけど。

「ふいー」

「オツカレ」

「いきなりすっぽぬけたときゃビビった」

「あっぶねーなあ。実戦で試すのはもーちょっと投げ込んでからにしろって言ってんのに」

ソレは最近相沢が練習で試投しているフォークボール。
球種の少なさを気にしたヤツの練習に付き合わされて見ているのだが,効果そのものは今ひとつ気味である。真っ直ぐで押せるので今期はそれが基本でいいような気がするのだが。スライダーのキレも上々なので下手なコトしてバランスを崩さなきゃいーのにとか思う。

相沢は夏場からコッチ多少オーバーワーク気味ではあるが若さに裏打ちされた体力と快復力で中継ぎ不動の一番手の地位を築いている。
結構代打から守備固めのパターンでの起用が定着してきたオレも同じグラウンド上にいることが増え,一時の取り残された感はとりあえず解消。んで後ろから見たときのクセとかのアドバイスなんかも結構マメに出来るようになった(我ながら偉そう)。

「とにかく今日はショートで上がらせてもらえるんじゃねーの?昨日も2回投げてんのに」

「バッカ言え。投げられるまで投げるぜオレは」

「へいへい。まーあんま飛ばすなよ?そのつもりなら特にな?」

…しかしながら今もう既に7回の表。立ち上がりより球威キレ共に増し,たまにイイ当たりされても正面を付くラッキーぶりな相沢を,代えるに代えられない首脳陣であった。

「スゲーな相沢」

「まだパーフェクトだよな,アレ」

先輩方も賞賛,である。中盤早めの直球に相手打線も的を絞って振ってきていたが,好調の上に気合いの入っている相沢のストレートは,アイカワさんの好リードも相まってきついコーナーにほぼ正確に投げ込まれ,詰まってポップフライかチカラのないライナーの山。。ベンチで見ている分には失投らしい失投も無く,たまに混ぜ込まれるスライダーは三振の山を築く上で重要な構成要素となっている。

気が付けば,未だに一人の走者も許していない相沢なのであった。

「ふっふっふ,今日は守備ではてめーに仕事をさせてやんないぜ?」

そう言い残し共にベンチを飛び出したこの回の表。実際まだ外野に球が飛んでない。なんつーか,デキが良すぎて怖いくらいである。

「さて,ホントに飛んでこねえんだろうな?」

打席でのアクシデントでベンチに退いたスズキさんの代わりにレフトへ,次の回からライトに守備位置の変わったオレは,妙に頼もしさの増した相沢の背中と0の続く自軍のスコアボードを見比べて何とも言えない気持ちになるのだった。





「ストライク,アウト!」

審判のアクションが,結果を示す。相沢の(多分)スライダーがアイカワさんのミットに沈み込み,カネモトさんが天を仰ぐ。
コレで相沢は21個目のアウトとちょうど10個目の三振を京阪から奪い取った。小走りで自軍ベンチに走り込むナインは,ぽんぽんと相沢の背中や肩を叩き好投を讃えている。

「まだ大丈夫か?」

ボックスのタオルを手に取りスポーツドリンクを口に含む相沢の横に座りながら,目を合わせずに小声で尋ねる。気が張っているせいで顔色には出ていないが,一試合でこれほどの長いイニングを投げたことのないヤツのこと,疲労は尋常ならざるモノがあるのだと思う。

「バーカ,イケるイケる。こうなったら最後までやっちゃうぞ?」

軽口。いつもの相沢のソレなんだが,声に隠しきれない疲労を確かに感じる。

「キツくなったら言えよ?」

確かに大事な試合ってか,負けたくない試合ではある。んでも,もう充分以上の仕事はしてる。これ以上は,故障のが怖い。

「イケるって言ってんの!」

ちょっと不満げに相沢。任されたことを自分から降りたりしないのは高校の時からよく知ってる。んでも最近のトレーナー室にいる時間の長さが無理の度合いを物語ってるのだ。それだけに心配になってしまうのであるのだが。

「負けてる場面からだから投げる方としては結構気楽だけど勝たなきゃやなモン見せられるぜ?」

…塁に出て,ホームを踏め。点取ってくれよ,と言外の思い。
ああ,わかってる。わかってるさ。負けるのキライなのはお互い様だ。

「お,タムラさんフォアボールだ♪」

ワンアウトながら,ランナーが出た。打席にはサエキさん,ネクストバッターズサークルにはムラタさんが向かう。…その次は

「おらさっさと仕事の準備しな?最悪,一人は帰せよ!」

この場合,オレまで打席回ってくんのかな,ナドとは冗談でも言えねえ。本日の京阪の先発,イガワさんの出来はそれほど良いとは思わなかったんだが如何せん本日のウチはちぐはぐな攻めと不運が重なってる。そうこうしてる内に尻上がりに調子を上げられてしまい4回以降はタムラさんが久々のランナーというていたらく。ベンチ内も停滞した感じの空気が漂ってたトコロなのでした。

あーもう,軽く言ってくれちゃって。
…いーだろ,わかったよ。なんとかやってやろうじゃんか。

オレは,今日初めての打席に向けて,静かにマスコットバットを握るのだった。






8話にもどるー。    10話につづくー。





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