「セーフ」
悲鳴の後の,どよめきとざわめきが支配する球場。
それほど張りはないけれど良く通る3塁の塁審の声が耳に届く。
ヘルメットを被りなおしてユニフォームの馴染みを確かめるオレの向こうには,マウンドの上でバツ悪げに足慣らしをするフクハラさんの姿。
「良くやった北川!」
「……ありがとうございます!」
ハンドグラブの土をぱんぱんとはたき落とすオレの尻をばんばんとはたきながら,コーチャーが祝福してくれた。ほぼジャストインパクトだった打球がドライブを描きながら,ライト側フェアゾーンの内側に収まるのを,オレは一塁ベースを回りかけた目の端で捉えそのまま加速,処理がもたつこうものなら一気に本塁まで駆け抜けてやろうと思ったところを速やかな返球で止められたのである。
おっけー,おっけー。オープン戦の良い頃のイメージとさほど違いのない手応えもそのままに,オレの今期公式戦初打席は初安打,3塁打で飾ることが出来たのであった。
#50
「っと,コレはさすがに無理か……」
高いバウンドのボールの勢いと向きを確認すると,離塁しかけた足を三塁に向ける。
続く2番バッターのイシイさんは残念ながらスライダーに押し込まれてしまいピッチャーすぐ横に凡打。3番のウチカワさんの打球はショートへの面白い当たりになるものの,タイミング的にスタートは切ることができなかった。
……ワンアウト,1・3塁。
次は,いよいよ……
『4番,セカンド,ロック。背番号,33。4番,セカンド,ロック。背番号,33』
コールを覆うような,3塁側外野からの悲鳴の混じったような声援と,球場を揺るがすようなどよめきとブーイング。
軽めの調整にもかかわらず,出場したオープン戦のわずか数戦で驚異的なパフォーマンスを連発して見せたロック様の,日本での公式戦初の打席である。
「……スゲえ」
カメラのフラッシュの砲列の中,悠然とバッターボックスへと向かうロック様には,形容しがたい風格のようなものが漂っている。
『ほら,良く華があるって言うじゃないか。まさにアレだよね,グラウンドの中のロック様ってさ』
オープン戦の初打席,崇拝の対象を憧憬のまなざしで見つめるシンちゃんの興奮しながらな感想を,いまさら頭の中で反芻する。
打席の中でのたたずまいやその何気ない仕草,投手やグラウンドに向ける視線とかそういった彼を包む空間や雰囲気全てに,その『華』を確かに感じ取ることが出来るのだ。
そう,この世界に入ってそう長くはなく,ろくに知識のないオレにも。
--サインの交換が終わり,フクハラさんがセットから投球の体勢に入った。
オレは,牽制死しない程度に離塁すると,気持ち腰を落としいつでもスタートを切れる体勢を取る。
「のわっ!」
おそらく緩いスライダーだろうと思われる初球をフルスイングしたロック様のその打球は,オレの右手をもの凄いスピードで飛び抜けていった。
こう,これだけの速さを間近で体感するとやっぱり怖いもんだなあ,とちょっと思う。
『っと,失敗』
茶目っ気たっぷりにバットの先をヘルメットに軽くこつんと当てて,オレに向かってウインクしてくるロック様であった。は,はははは。まさかわざとじゃないですよな!な!
『ボール!』
『ファール!!』
『ボール!』
それからは,ちょっとすごいものを良い位置から見せていただいた。
ちょっと前に,うちの某投手がロック様に練習中に勝負を挑んで遊ばれたことは前にも書いた。
……その時ほど余裕があるようでこそないものの,ロック様はストライクを取られそうな球は当ててカットし露骨なボールについてははっきりと見逃しているのである。ロック様の打席だけで,気づけば既に7球目である。
まだ点が入ったわけでもなく,オレの当たりを除けば打ち取ったに近い今回の投球内容である。気づけば,フクハラさんとキャッチャーのヤノさんの間でも,サインの交換がうまくいかなくなってきているようなのだ。
……やっぱり,打ち取りに行きたいんだろうなあ……
『ええから歩かせや!』
『なにちんたらやってんねや!』
『まともに当てられへんやないか!はよしい!』
ざわめきと怒号とブーイングが,内外野問わず飛び始める。
-そんな騒然とした雰囲気が,早くも球場に蔓延し始めた頃であった。
「……うおっ!」
フクハラさんが投じた8球目の,見逃せばギリギリボールなんじゃないか的高さのストレートだった。
『……ちっ……』
特に力一杯振り抜いたとも見えない,ロック様の打球はセンター方向へ鋭く伸びる。
−が,俊足のセンター,アカホシさんが背走一発コレをランニングキャッチしてのけた。
「おっしゃ先制先制!」
「ナイス三塁打北川!!」
しかしながら,飛距離は充分。
帰塁してのタッチアップで余裕を持って生還することが出来た。
走りながらベンチの中のみなさんと次々と手を打ち合わせたオレは,
『いい仕事だ!よくやった!』
『あなたこそ!』
最後に,戻ってきたロック様とハイタッチして先制を喜ぶのでありました!
……その後,我が横浜スカイレイダーズは,5回の第3打席で,無死から四球で出塁したオレをイシイさんの犠打とウチカワさんの負傷で交代したシンちゃんのセカンドゴロで3塁に進めた後,歩かされたロック様,ムラタさんの四球で満塁から代打のスズキ(タカ)さんのデッドボールでノーヒットで加点に成功する。
投げては,6回2/3を1失点のミウラさんが連打でランナー2,3塁まで進められたところを,今期初登板の相沢がどうにかこうにか(ファウルで粘られた2−2からピッチャーゴロだった)打ち取ってピンチ脱出。そのまま8回終了まで投げ抜いて,最後のマウンドを今年からの新守護神,チャッカーさんに託した。
「のー!」
ところが,球はめっぽう速いがいまいちコントロールの定まらない今日のチャッカーさんは1死後四球の連発でランナー1,2塁とし,
「のおおおおおおおおおぅ!!」
京阪の代打,カツラギさんに157km/mの高めの速球をセンターにはじき返されてしまい同点を許してしまう。
「ゴメンナサーイ,ミウラサーン……」
「ああああああああ,そ,そんな土下座とかしなくたって!顔上げて顔!!」
どうにかこうにか後続を打ち取って,戻ってくるなりミウラさんにベンチの中で正座して謝罪するチャッカーさんと,普段バカ陽気な彼のさすがであまりなしょんぼりぶりに逆に励ますミウラさん,の図であった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおみなぎってきたー!」
しかしここから,異常に奮い立ったのがロック様の前を任された(代打からだけど)シンちゃんであった。
「うお!!」
「マジか!!」
開幕の初戦も初戦である。
同点であるにも関わらず登板してきた阪神の守護神,フジカワさんが2死2−0から投じた,力の充分に乗ったストレートを,決して良くない当たりながらもセンター前に抜いてみせたのである。
フォークを捨てて,ストレート一本に狙い球を絞った彼に野球の神様とかそんなのがきっと微笑んでくれたに違いない。そしてその直後,
「んおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「お,やった!!」
明らかに支援風味のロック様の空振りの向こうで,決して油断をしていたわけではないであろう京阪バッテリーの隙を衝いたシンちゃんの盗塁が決まる。
甲子園スタジアムに悲鳴とどよめきが広がる。
「……」
「……!!!!」
サインの交換で,一度ならず首を振るフジカワさん。
球は,明らかに走っている。
相手はロック様だ。先程のフクハラさんもそうだった。
試合は確かに試合である。結果は大切だ。
でも,野球人としての勝負も確かに勝負,大切なのだ。
『この男を,MLBの至宝と呼ばれる男を己が最高の球で撃ち取ってみたい』
国内最高のこのリーグで,今まさに絶頂期を迎えようとしている,マウンドを任される男達なのだ。
やっぱり力試し,したいんだろう。
「……」
ヤノさんが,ベンチに顔を向けてサインの確認。
それを受けて,フジカワさんがこくりと頷いてみせる。
「……ごくり」
捕球体制に入るヤノさんの向こうで,フジカワさんが投球動作に入った。
「!!!」
打球は,鋭かった。
ショートのグラブをはじいた球が,転々とセンター前に転がっていくその手前で,大きなストライドで加速していくロック様の姿。
「シンちゃあああああああああん!!」
3塁のコーチャーは腕をぶんぶん振り回している。オレも思わず絶叫した。
投球と同時にスタートを切っていたシンちゃんは,打球の方向がフェアグラウンドであることを認識した瞬間に急加速を始め,本塁に向かって突っ込んでいく。
浅い位置で捕球をしたアカホシさんが,思いっきりホーム方向へと球を放ってきた。
ちょうどキャッチャーの足下に向けて,良い位置に返球されてくるボールと,シンちゃんの脚。
−タイミング的に,どうだ?!
頼む,シンちゃん,間に合ってくれー!!
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