#5


「ぐでー」


もう終わりに近いとはいえ,夏の日差しはまだまだ厳しく,飲み明けのとにかくダルいカラダに容赦がない。オレたちはといえば,昨日の今日で先輩方々の手荒い祝福にアルコールに溶けた脳髄がかなりダメな感じである。

市内からちょっと離れた小高い丘の麓の球団のサブグラウンドで,朝10時から寮の同期や先輩方と共にとりあえず400ちょっとのトラックを10周。


「またカラダ全体でだるさを表現してるな相沢」


地面にへばりついて情けない声で呻く相沢を一瞥するオレ。ヘタに長身なうえに手足が長いので,南の島とかによくいる黒いヒトデを思い起こさせる。


「うるへー,そーゆーれめえもあてひったはおひああっへー」


顔を突っ伏したまま呂律も回ってない。さすがに泥酔状態ってわけでもないだろうが,アップそこそこの4キロ走は今の体調にはコタえるのだろう。

そう言うオレもへろへろである。どのくらいへろへろかというと,朝全く反応がないくらいです。由々しき事態です。主に男として。

とにかく過度な疲れを残さないように(この辺が微妙に大切なのだが)からだから汗に乗せてアルコールを絞り出しておかなきゃならない。


「頭いたー」


目の前のこの男は投手陣の方々に連れ出され,3次会から別行動。寮の隣の部屋で物音がしたのは,ちょうどトイレ起きで便器の前。ちと時計を確認してみると3時近い時間だったような気もする。


「調子に乗って飲み過ぎるからだ」


「うにゅー」


一瞬だけ高校時代にフラッシュバック。北の街の体大で教師を目指す自らのイトコに,相沢は顔立ちも仕草もそっくりなのだった。ことこういう感じで地が出ているときは特に。性別と身長と性格は違うけど。


「さあとっとと続きやろうぜ!3時までには酒抜いて球場行かなきゃな」


ほとんどムリヤリ気合いを入れて立ち上がるオレ。

そうなんです。一度や二度結果を出したからって重役待遇が許されるわけありません。入団して間もない,アマでの実績もないオレたちは,とにかく頑張らなければなりません。最悪からだがちゃんと動く状態になってなきゃイケナイのです。


「うにゅー」


器用にカラダを丸めたり延ばしたりなストレッチのような妙な動きを数度繰り返したあと,相沢もおもむろに立ち上がる。


「うし!」


ぱんぱんとユニフォームのほこりを払うと,オレを向いてニカッと笑う相沢。どんな疲れてるときからでも,相沢にはコレがあるのがうらやましい。


「さ,もちっと走って酒を抜こうか。」


お,やる気も回復だなよしよし。


「今日も出番あるかもしれんから一応カラダだけはつくっとかねえとな。」


「おうよ」


基本的に12時前にコーチが練習場入りするまではフリーのアップなのだ。オレたちは幸いなことに今は一軍帯同組なので二時切り上げの別メニューだけど。

他の同僚が思い思いのアップを続ける中,オレたちはおもむろにランニングを再開するのだった。


「あ,そうそう北の字よ。」


走り出すとすぐに,思い出したように話しかけてくる相沢。


「なんだいアイちゃん。」


「なんだそりゃ。………今日,舞佳ちゃん試合見に来るぜ?香里と一緒に。」


「なにー?!」


ソレを早く言えよ相沢さっさととっととぱっぱと〜!

ぽむ,と反射的に記憶に浮かぶ舞佳ちゃんのビジュアル。

くるくるとした大きな瞳に綺麗な黒髪なボブ。

通った鼻筋に可愛らしい唇。

立ち姿は小柄ながら,薄手の服に際だつボディライン。

服の下で激しく自己主張するふたつの大きな胸のふくらみ。

グレープフルーツサワーを両手で抱え,こくこくとお飲みになる愛らしいお姿!

明るいながらもどこかおっとりとした育ちの良さを感じさせるそのお声!

何よりもその全体的にほんわかとさせるそのたたずまいがオレのココロをストライク!

はっきり言って好みである。

ゴメン美坂。浮気なオレを許してくれ。

舞佳ちゃんああ舞佳ちゃん舞佳ちゃん。

………いかん。

いかんいかんいかん!

あだ!あだだだだだだだ!

今になって反応が!男の朝の灼熱がっ!

静まれ静まれ静まれっ!そ,そうだっ!とりあえず違うトコにえねるぎーを!


「うおおおおおおおおお!」


でもでもっ,いいトコ見せたいいいトコ見せたいいいトコ見せたい〜!


「コラ待て北川ー!それじゃアップにならんわー!!」


音速で相沢を置き去りにするオレ。


「こらー!!!」


君の声は届きません相沢君ってゆうかキミだれ?


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「こらー!!!!!」


結局20周しちゃった。イヤあ気分爽快だなあ!心地良い汗を流してイイ仕事!やっぱこれだよコレ!















「………………」


何杯目かの酎ハイを立て続けに飲み干し,口でグラスをくわえ,あごをテーブルの上に載せて糸目気味の相沢。


「………………」


同じく電池切れでヘタれたオレ。舞佳ちゃんが来てるのでダラシナイ姿を見せるわけにもいかない。んでも,虚脱感は隠せずしばしの無言。

ココは神宮スタジアムからそう離れていない,駅の近くの居酒屋さん。
早く終わってしまった試合のアトと言うこともあって,張りつめた気合い(主にオレの)抜け放題。
若い男女4人組という組み合わせの割には静かなボックスであった。



相沢は結構気の毒な感じ。



昨日と同じく,同点の7回からマウンドに登り,7,8回はキレイに3人ずつで片付けたのだが,レミールに粘られた後(三振に仕留めるのに13球かかった)のイワムラさんに,カウントを稼ぎに行った初球の内角球をフルスイングされてしまったのでした。

夏の夜空の下を,照明灯の中を鮮やかな軌跡を描いてフライバイな,もと149KMのストレートがライトスタンドに入り込んでゲームセット。

この神宮で勝ち負け両方を初経験。ついでに初のサヨナラ弾を食らうという,相沢にとっては初物づくしの3連戦。



オレはというと,気合いを入れてマスコットバットを振り回してみたり,細かくアップをしてみたりとコーチの横でさりげなくアピールしたのだが,ピッチャーは左でリレーされてるので,実績もほとんど無く,ましてや左のこのオレが代打で使ってもらえるチャンスもなかったのでした。

んでもってランナーが出るわけでもないので代走の機会すらなく。



結局,9回表に「ロケットボーイズ」のひとり,イガラシさんを相手に代打で出たスズキさんの代わりに,その裏からレフトに入ったのだけど守備機会にも恵まれることなし。

ライトスタンドに飛び込む白球とグラウンドを回るイワムラさん,帽子の鍔を掴んで罰悪げにマウンドを降りる相沢を,ただ呆然と流れで見ながら,スタンドで爆発する東京音頭をBGMにベンチへと引き上げるのでした。





「ああもう,うっとしいわねえ!お仕事でやってるんだからいつかはそーゆーコトもあるでしょ!そんないちいち落ち込んでてどーすんのよっ!」


雰囲気に堪えかねたのか,突如そう叫ぶとべしべしと平手で相沢の背を叩きだす美坂。
今日は舞佳ちゃんと一緒のバイトが打ち合わせだけで終わったので,わざわざ横浜から応援に駆けつけてきてくれたのである。こう言っちゃナンだが,所詮タイトル争い(ホームラン王とか)くらいしか見所のない,優勝の行方もほとんど見えちゃった後の下位チーム同士の試合。
チケットなんかも格安でチケ屋に並んじゃったりしてるのでした。寂しい話ですが。


「いれ!いらいおはおひー!」


「次は多分勝てるから!ね?!」


グラスを口にくわえたまま乱打される相沢。すでにローテンションモードに突入しているのか切り返しにもキレがなく。

舞佳ちゃんはといえば,レモンサワーをちびちびと飲みながら,微笑ましげに相沢と美坂をのんびりと眺めている。
ゴメン,舞佳ちゃん,美坂,こんなのに気い使わせちゃって。たとえ根拠レスでもこう言うのはキモチだけでも嬉しいもんだよー。
……オレなら。


「うにゅー」


こてん,と顔だけこちらを向けて,返事だかなんだかわからない,意味不明の呟きをもらす相沢。


「ああもうホラしゃんとしなさいよコラあっ!」


強引に襟首を掴んで相沢を引っ張り起こそうとする美坂。


「うす!」


まことに力強い返事の相沢は微動だにせず。


「力強いのは返事だけじゃないのー?!ホラ早く起きてー?!」


「うし!!」


「だから寝るなって言ってんのー!!」





「………北川さん?」


しばらく美坂と相沢の他愛もないやりとりを眺めていた舞佳ちゃんが口を開いた。


「はい?」


「香里ちゃんと祐一さん,いつもあんな感じなんですか?」


興味深げに尋ねる舞佳ちゃん。


「そうです!」


高校時代のドタバタとその後の道程に思いを馳せつつも力強く断言するオレ。

それこそちょっと舞佳ちゃん引かせちゃうくらいに力強く。


「んでも,なんで?」


今度はオレが尋ねてみる。


「あ,いえ,今の香里ちゃんって,普段のあのクールな『美坂香里』さんとはスゴいギャップがあって」


相変わらずにこやかに微笑みながら感想を洩らす舞佳ちゃん。


「………オレも驚いたけど今はもう慣れちゃったよ」


オレもちょっと正直に感想。
ああゆう美坂を見ることが出来るなんて出会った頃は思いもしなかった。
やっぱりマダ相沢がうらやましくもあり。(もっとも今眼前で叱咤される相沢は気の毒でもあり)

それからは,本人達はケンカをしてるつもりでも,どう見てもじゃれ合ってるようにしか見えない相沢と美坂を無視して,舞佳ちゃんとお互いの話に花を咲かせた。
と,言っても基本的に,舞佳ちゃんはにこにことオレの話に相づちを打つ方が多いのだけれど。

オレのトーク,スベってないのかどーかだけが心配だったり。





神宮の夜はほのぼのと,そんな感じで更けていったのでした。

ただし終電までのシンデレラとはそれ以上の進展は今回は(←強調)はなくて。

関内(寮の一番近い駅)で行方不明になった相沢のことなんか知りません。

美坂の部屋の方向に相沢の悲しげな叫び声が消えていったような気がしたけど知りません。

ええ,知りませんとも。










あ,今回はぬかりなく舞佳ちゃんの携帯番号ゲットしたよー!オレのも教えちゃったりなんかしたので楽しみー♪

かかってくるといいなー♪
4話にもどるー。    6話につづくー。





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