「………………」
長い長いオープニングセレモニーがようやく終わり,オープン戦の時とは一味どころではなく違う,このざわついた雰囲気。
「………………すー」
ネクストバッターズサークルの中で,バットを伴ったストレッチを一通り終えた後,オレはゆっくりと深呼吸をした。
超満員札止めの甲子園スタジアム。
昨年優勝した京阪タイガーフリーツのホーム球場であり,全国の高校球児の聖地でもあるこの大きな球場は,先週閉幕した春期高校野球大会の余熱を引きずっているかのようだ。
「それじゃ,打席入ってもらって良いですかね?」
「……はい!」
軽く素振りをするオレに,球場スタッフの案内役の人が声を掛けてくる。
マスコットバットをボールボーイのアルバイトの人に手渡すと,オレは小走りで打席へと向かう。
『……始球式は,大阪府知事の……』
それなりのお偉いさんな立場なのだろう,頭に白いモノの混じった初老のグラウンドスタッフに案内されるようにマウンドに登ったなんとかいうおばさんがぎこちない動作でボールを投げる。
「……よっ,と」
ベースの手前数メートルにぽてんと落っこち,明後日の方向に転がっていく球から数メートル離れた上空で形だけの空振りをすると,まばらよりはちょっとだけ多い拍手が場内に響く。
(……いよいよだな)
そのおばさんの退場と共に,一塁側のベンチからタイガーフリーツの選手が飛び出していくと,怒濤のような歓声が球場を揺るがした。
昨年優勝を果たして開幕を迎えるのである。ファンの熱気も選手の気合いもただごとではないことは容易に見て取れた。
『……は,ピッチャー,フクハラ,背番号,28』
コールの後にそれぞれの守備位置に就いていくその最後に,ゆっくりとマウンドに登ったのは京阪の右のフクハラさん。昨年の年末にポスティング・システムを利用してメジャーに移ったイガワさんの後釜とのエース候補と目されるうちの一人だ。
(………………調子は,まずまずといったところなのかな?)
打席を外して素振りを軽く続けながら,フクハラさんの肩慣らしの様子をチェックする。
セットから放られてキャッチャーのヤノさんのミットに収まっていくボールはなかなかいい音を立てている。
『横浜スカイレイダーズ,1番,ライト,北川潤。背番号,51』
三塁側外野スタンドから精一杯響く,この球場にわずかに陣取る横浜ファンの歓声と拍手。
……うう,アウェイなのにありがとう,みなさん。
「……」
わずかに視線を走らせる三塁側ベンチの中には,相沢とシンちゃんが。前列の最内にはロック様の姿も見える。
「ぷれいぼー!」
軽く一礼をして打席に入り,スタンスを定めてバットを構えるオレの後ろで,主審の野太い声がはっきりと響く。
フクハラさんがゆっくりと投球動作に入り,
(……さあ,来い!)
オレは呼吸を止めて,全神経をその手元に集中した。
#49
「あー,北川,お前先発な。ライトに入ってもらうからそのつもりで」
ソレは昨日,18:00発の新幹線が新大阪に向けて新横浜のホームを滑り出した直後のこと。
「ほえ?!」
恒例のごとくな相沢とシンちゃんと3人での駅でのじゃんけん勝負に奇跡的に勝利し,シウマイ弁当(相沢から)とウーロン麦茶(シンちゃんから)をせしめたオレ。ほくほく顔で席について,芥子と醤油を浸けてあたたかいシウマイをいざ口に入れんとした時であった。
「妙な声出してアホ面晒してるんじゃねえよ。ほれ!」
あきれ顔の打撃コーチから渡されたA4のプリントの上の方には,スタメンのラインナップが殴り書きで記されてある。
「え?!ま,マジですかコレ?!」
隣席の相沢と目を見合わせる。
「ほほー,確かに『北ロリ』って書いてあるな」
「ロリ違えよ!」
「コーチの方もちゃんと解ってらっしゃるじゃないか。なんとすば……」
「……相沢,オレも字が汚いのは自覚してるが,ソレはオレに対するチャレンジかな?」
イキオイ弄りモードに入った相沢に,にっこりと口元だけ笑ったコーチがそのの両のこめかみにゆっくりと拳を当てる。
「あだ!あだだだだだ!め,滅相もございませんっ!!ぐりぐりはカンベンしてくださいぐりぐりはっ!!」
ちょっと力がこもったコーチの上腕の無効で一瞬跳ね上がった後に,音速で土下座の相沢さん。
「……ったくなあ。ギャグでこんなコトするわけないだろ!……ま,スズキ(タカノリ)もキンジョウも故障がちなんでな。結果次第ではしばらく気張ってもらうからな。がんばれよー」
ばんばん,と豪快にオレの背中を叩きながらワゴンサービスのお姉さんの方向に去っていくコーチさん。
「かかかかかかかか開幕スタメン?!おおおおおおおおオレが?!」
惚けたようにその様子をしばらく眺めていた後,ふと我に返る。
……冷静に考えたら,良いのかコレ。こんな大事な試合に!良いのか?本当にベテラン勢とかじゃなくて良いのんか?中途出場とかじゃなくて良いのんか?
「あたたたたかなり痛いんでやんの……ん,オープン戦でアレだったからな。良かったじゃん,抜擢されて」
イマサラながら膝が震えるオレに,涙目ながらニカっと祝福な相沢である。
確かに,オレのオープン戦最終打率は4割ちょっと超えていたので良い成績を残した,という自信はそれなりにはある。……だけど,そのほとんどは相手投手の調子が上がってくる前に荒稼ぎした分をどうにかこうにか下げ止めてきたとかそんな感じだったのだ。
実際,一線級の投手が仕上がってきた頃には,それ以前に比べると『会心の当たり』ってのが確実に減ってきた手応えがあるし。
「何にしても,開幕スタメンだぜ!?名誉なことじゃん。腹くくんな!!」
「あ,相沢!」
ぽーん,と軽くペットボトルを合わせてハイタッチ。
う,うう,こんな奴でも祝福してくれるなんてなんと嬉しい……
「……二度とないかもしれないしな」
「こ,きっ,きっさま相沢ああああああ!」
「うるさいぞ馬鹿二人ー!!」
「すいませーん!」
「しーましぇーん!!」
そんなこんなで新大阪まではそわそわと落ち着かず。
『そんじゃ北川のバカの開幕スタメンを祝してかんぱーい!』
『良いなあ,北ちゃん。オレも来年は狙うぜ!かんぱーい!!』
ホテルの部屋で相沢とシンちゃん祝杯を軽く挙げてもらって
「……開幕スタメンかあ……」
早めに床に入ってもやはりなかなか落ち着かず。
「…………」
床から見上げるホテルの天井には,窓の外の明かりが弱く差し込んでいる。
「……父さん,母さん……」
こう言うときばっかり思い出すのもなんだか悪いような気がするけどマイ家族達。
「……潤菜,潤果,潤実,潤乃……」
『今年からCS放送入れたから,部活無いときは応援するからね!ちゃんと試合に出られるようがんばんなきゃだよ?』
『おう,まかせとけ!』
『……ほんとにー?』
『んだよ,その疑いの声色は』
『がんばんなきゃだよー!』
『なきゃだよー!』
『だよー!』
『うお,3連攻撃か!』
思い出す田舎での最後の晩である。
『北川さん,開幕一軍なんだそうですね?…頑張ってくださいね』
『舞佳ちゃん……』
『ふふ,姉共々応援してますからね』
一昨日の晩,飲みつぶれてしまう前に頂いた激励。
どうしてもあまり上手に女の子と話すことの出来ないオレに,優しく会話をリードしてくれた舞佳ちゃん。あのときは,結局相沢にネタ会話に引っ張り込まれてしまってごめんね。
「……みんな,オレ,頑張るからな」
練習は,少なくとも自分にウソを付かないくらいは頑張った,と思う。
それなりに結果も出せた,と思う。
そう思うことで,そう思おうとすることでようやく少し落ち着いたオレは,それから程なく
『オレのことも,思い出せよ』
「さんざん弄っておいて夢の中まで出てくんなよバカ相沢!」
……うん,腹立つけど世話になったよ。主に練習相手としてな。
と,ともかく,程なく眠りにつくことができたのだった。
ぐう。
と,いつまでも回想してる場合じゃない,開幕初球。
フクハラさんの鋭い腕の振りから放たれたそのボールは,オレの予想よりやや高い位置から唸りを上げて飛び込んでくる。
「……シッ!」
タイミングは完璧に取った!(と思う)
オレは,渾身のそのボールに向かって,力一杯バットを叩きつけていった。
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