#48
「……」
アルコールだか眠気だかで重たいまんまの頭。
「……うわ,すっかり眠ってたのか……」
暗い部屋の片隅にしかれたマットレスの上の,顔の上まで引っ被ったタオルケットの柔らかく心地良い感触。
誰に言うでもなく一人ごちて,頭と同じくらい重たい瞼をこすりながら上体を起こす。
「おお,そ言えばココは相沢の…」
そう,ココは現在改装されて美坂をはじめとする女の子達の根城と化したばかりの相沢の実家である。今日は(実際は夜半は回ってるだろうからもう翌日なんだろうけど感覚的にね,とゆコトでどうか一つ)大学進学のために上京・入居したばかりの美坂妹・栞ちゃんやそのご友人であるところの天野さんの歓迎会だったのです。
「どわ,頭いてー……」
相沢と二人で祝杯と称してビールの缶を開け,美坂や舞佳ちゃん達と慎ましげに乾杯したまでは良かったですが,
『あははー!今日はおねーさん達奮発してみましたー!!』
『獺○の磨二割三分…美味しい…』
『さあさあ,開幕前の景気づけですよー!ぱーっと行きましょう!ぱーっと!!』
『あ,ちょ!さ,佐祐理さん!!』
『……北川君も……飲む……』
『どわ!と,そ,それは2合マスじゃないっすか!!』
『さーさーさーさー♪』
その後のことは正直良く覚えていなかったりするんですが,記憶を失う直前に4本目くらいの一升瓶が床に転がったところだけは漠然と覚えてます。はふぅ。
「……うう,すっかりいい感じのところを潰されたような気がする……」
初見の時は思ってもみなかったくらい饒舌だった栞ちゃんや,好きな作家でオレと結構共通点のあった天野さん。
『本拠地開幕のチケット,買っちゃいました!応援に行きますね!!』
バイト忙しいのをわざわざ球場まで観に来てくれるだけでも感涙モノなのに,このためだけに美坂と二人であちこちプレイガイドで良いシートを探しまくったらしい舞佳ちゃん。
ああ,ゆっくりお話ししたかったなあ……
「……3時20分かあ……」
携帯で時間を確認すると,再び横になるオレである。
我ながらアルコールの代謝が鍛えられてるっぽいあたりは親に感謝,といったところであるが,如何せん昼過ぎには開幕に備えて球団でのミーティングに相沢ともども出席しなければならない身である。ううむ,起きたら一汗流して(離れにある物置には相沢のトレーニング機材があるらしいです)お風呂借りていかないとなあ…
「…………時?」
「…………る」
そんなことをぼんやりと考えながら眠気が深まるのを待つオレの耳に,壁の向こうから,何かぼそぼそとしゃべる声が聞こえてくる。
「?」
「…………昼一時には……で……」
「……大丈……の?…………なら」
ちょっと神経を聴覚に集中してみる。
「……舞佳ちゃんは?」
「あたしの部屋よ。ほら,隣では北川君寝てるし……」
……どうやら隣の部屋では相沢と美坂が何か話しているようである。
「……」
自然と,体が壁際の方へと向く。
「……(コホン)」
あ,いや,その!
けしてスケベ心とかじゃないんだよ?よ?
やっぱほら,相沢と美坂がどんな話してるのかとか興味あるじゃん?じゃん?
ほら,今オレの名前出てたし!ね?!
「……来週はオレ,いなくても良いのか?」
「ん。大丈夫じゃないかな?『建築確認検査』って言ってたから,あたしの立ち会いだけで良いみたいだし」
うお,いきなりぜんぜん色っぽくねえ!
ってか,10代のカップルが夜中にするハナシとはとても思えねえ!
「さすが管理人さん」
「ふふふ,バイト代もらう以上はすることはちゃんとするわよ?オーナーさん?」
「バイト代っつったって,家賃分だけじゃねえか」
「祐一,近辺の家賃の相場とか知らないでしょ?…充分よ充分♪それよりも,多分来年くらいから固定資産税とか多めにかかってくるから,そっちの方はちゃんと確認しといてよね?」
うはー,しっかりしてるなあ,美坂。
オレは税金とか何とか,球団のアドバイザーの人に教えてもらった税理士さんの人とお話をしてるから細かいことはあまりわかんなかったんだけど,相沢の奴はココに良いアドバイザーがいるじゃないか。
「……うはー。そっちの方は本業で何とかですな」
「だーめーよ!ちゃんと独立採算出来るように設定しとかないと!あんただって,いつ怪我とかしたりとかわかんないでしょ?蓄えだってしっかりしとかないと……」
「へいへい,気をつけますー……って,痛え!」
こちらまで聞こえてくるような鈍い音であった。うわ,痛そう…
「…真剣さが足りないのアンタは!」
「ちぇ」
「……ふふ,まあ,いいわ。それよりも,調子はどうなの?その本業の」
「……正直,良くはないな」
その言葉にちょっと,どきっとする。
……少なくとも朝捕球したときの相沢の球は,本調子を取り戻していたように思えたのである。開幕戦の関西遠征への帯同も決まっているのだ。
「……」
少なくとも,バッテリーコーチからは,球団の現構想において主力中継ぎの一人というポジションに変化はないと聞いている。に不安材料は少ない方が良いに決まっているのでそばだてる耳に気合いが入る。
「病院で診てもらったらね」
「……」
「基本的には疲労の蓄積らしいんだけど,検査してもらったら,なんかまだ成長してるらしくてね」
「それは,知ってるわよ」
「?」
「あんた,まだ背伸びてるでしょ」
「うお?!」
「卒業したときよか,1センチくらい?」
「詳しいね」
「爪先立ちがさらに半呼吸必要になる身になってみる?」
「面目ないです」
「あやまんなくていいわよ」
「いや,言わせたことについて」
「……バーカ」
「……」
「……」
「ま,そんなわけで成長痛ってやつらしい。しばらくはおさまんない以上,だましだましやってくしか無いというわけですよ,姫!」
…………
……
ちょっといろいろとむずがゆくなってきて困ったりはしましたが,ちょっとほっとするオレなのであった。ま,とりあえずオーバーワークについてはコンディショニングコーチに進言させていただこうかな。こっそりと。
「……」
「……」
「……あんまり,無理はしないのよ?」
「努力はしよう」
「……」
……お?
「……」
「……」
…………お?お?
がさごそと小さく聞こえる衣擦れの音と,
「……ん……」
「……あ……むぅ……」
重なる唇が奏でているだろう,淫らで官能的な肉の音。
「……はぁ……っ!」
「……んっ!」
そして,荒い息づかいの中から微かに聞こえる,ジッパーをおろす音。
こ,これは,まさかいまから!いやん!おまいら!こんな時間から!
「……ん,ちょ…」
「……だめ……?」
「この時間からじゃ,夜が明けちまうぜ……?」
「……むー」
「それに,な」
不満げな美坂のつぶやきを背後に,急激に大きくなってくる相沢の声と足音。
げ,ま,まさか!!
「?」
「横で聞き耳立ててる奴がいないかっ……とかな!」
すばぐ!!と壁に蹴りを入れる豪快な音が夜の静寂に響く。
(ひいっ?!)
音速で悲鳴をかみ殺し,タオルケットを被って寝たふりをするオレ。
「……ったく,なあ」
苦笑しながら遠ざかる相沢の声である。うーん。何でバレたんだろうか。それともカンなのだろうか。
それからの壁の向こうは気になれど,押し殺したがごとくに何も聞こえてくるわけもなく。
「……寝よ」
やがて訪れる再びの静寂。
おとなしく床に横になるオレなのであった。
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