「くらぁ!!もっと気合い入れてしっかり振り抜かんか!キャバクラでねーちゃん口説くときのあのねっとりとした粘り腰を見せて見ろい!!」
「うぉい!!」
マウンドから投げ込まれた,どろんとしたような緩い変化球に誘われた,若手と呼ぶには少々トウの立った打者の気のない三振。返事の威勢の良さ割には覇気のない背中に,苛立ったような罵声が,1塁側のベンチから浴びせられる。付近の観客席からは笑い声が巻き起こっていたが,ベンチの中のピリピリした雰囲気は,前進守備から位置を戻すオレの背中にもビシバシ伝わってきた。
「っしゃ,ツーダンツーダン!」
「っけー!ツーダンツーダン!」
7分入り,といった埋まりの観客席から起こるプレイ間のしばしなざわめきの中,よく通るシンちゃんの声が元気良くグラウンド上に響く。
寒さゆえの故障防止に簡単なストレッチを繰り返しながら,そんなシンちゃんとアイコンタクトをしつつ,オレは次の打者の打球の傾向に従って微妙に守備位置を調整する。
(…良し,と)
ライトの定位置よりも,センター方向から見てやや左に収まりながら,スコアを再確認する。
(…7回裏二死走者なし,点差は9点…)
視線を戻すその先には,審判に代打を告げる相手チームの監督さんの姿。
その向こうには,バットの素振りを繰り返すやや太めなベテラン選手の姿が見える。
(…っと,シンちゃん,またシフト変えようぜ?)
コールされた打者名と,電掲のドットに表示されたソレに違いがないのを横目で確認すると,右手で軽くレフトとセンターにシフトチェンジの合図を行う。
7回裏時点での外野は3人とも高卒2,3年目と若手ばっかり。故に連携に気を使うこともそれほどではなく,気分的にはすごく楽なのであった。(当然,事前のミーティングとかと方向性の全然違うことをすればものすごく怒られるうえに使ってもらえなくなっちゃうので緊張感はビシバシなのだが)
「オーライ北川ー!」
レフトからの『準備完了』の合図に,素早く守備位置の確認を終えると,オレは投手と相手打者の挙動の推移に集中力を注ぐ。
#46
いろいろな問題もそれなりな成果も感じながら,沖縄キャンプが終わりを告げて早3週間。
横浜に戻り,休む間もなく始まったオープン戦に帯同を許されたオレとシンちゃんは,その開始当初こそ試合出場のチャンスがなかったり,あっても守備固めとか代打代走のみの出場にとどまっていた。しかしながら,
『横浜7連敗』
『投壊・打壊・開幕前に募る不安』
主砲タイラントをFAで中名に奪われ,その代わりにメジャーから獲得した『MLBの至宝』ロック様は,契約の関係でオープン戦への出場が制限されている(どのように忙しくても練習には常に時間を割いているお人ですから,心配するには当たらない,とのシンちゃんのお言葉ではありましたが)。日本人野手の去年のレギュラーメンバーは故障や不調,全体的な仕上がりの不安をそのまま表すように精彩を欠き,打線には繋がりがない。
投手陣も,例年よりも早めの始動ながら全体的に調子が上がってきていない。立ち上がりだったり代わり端だったりに集中打をくらい,早々にゲームを壊してしまうケースが多かった。
『横浜一軍大幅な入れ替え,投打ともにテコ入れ』
『明日のジェントルメン戦から新オーダー,中継ぎ抑えも新戦力をテスト』
-主力の不振は憂うべきことながら,若手のオレ達には同時にチャンスでもあった。
『横浜21安打猛爆,-北川5打数5安打,シンカイ2本塁打7打点!二年目ヤングパワー大爆発でジェントルメン投手陣を粉砕!!15-8でオープン戦初勝利!』
『横浜連勝,ミウラ京阪に7回1失点,新守護神チャッカーが締める。新星北川3安打でオープン戦打率.667,シンカイ決勝打点!!』
『蘇るマシンガン!投壊も火力で圧倒,17安打13点!!-シンカイ3打席連続ツーベース,北川ノーヒットも3出塁4盗塁&守備ではスパイダーキャッチ!レーザービーム本塁殺で魅せた!!』
-ココ数試合は,なんとオレが1番か2番,シンちゃんが6番か7番でのスタメン起用が続き,期待に応えてと言えばちょっとカッコイイ感じで柄じゃないような気もしないではないのだけど(シンちゃんは別な?)攻撃にも守備にも貢献は出来てると思う。うん,なんか全然自分じゃないみたいで空恐ろしくもあるのだが,ここ数日の関東圏のスポーツ新聞(二面目ですけど)には,嬉しくてつい買い占めてしまっちゃうような文言が踊りまくってるのだった。
-もっとも,相手側のチームも仕上がり途上だったり,シーズン中ならぜったいに投げないような甘いコースとか球種とかをテストしてきているので,額面通り受け取って良いかどうかはかなり疑問ではあるんだけど。
それでも,チームの新オーダー施行後は,5勝1敗。
打線も適時打や好走が目立つようになり,オレ達もカラ元気ながらなんとかベンチの雰囲気作りに一役買えてる,と言う実感が持てるようにはなってきたのだった。
−願わくば,この好調が続きますように。出来ればシーズン終わるまで(さすがに無理だろ,なんて言わないでよ。思う分にはいーじゃないっすか!)。
『……くっそー,良いなあ,北川。オレも早く全力で投げたいよ』
ただ,気がかりなのは我が相棒こと相沢祐一。
『…頑張りすぎじゃないの?主に夜に』
『んだとコラ?!』
…沖縄キャンプでの疲労による調子低下→故障発生発覚のタイミングが,キャンプ終盤の美坂来訪の直後だっただけにソッチ方向での故障をまず疑ったりしたのだが,真相は違っていたご様子。
『と,まあ実際のところ,どうなのよ肩』
『…ああ,今のところ炎症はだいぶ収まってるし骨の方ももう大丈夫なはずなんだけどな。ただ,まだ投げ込みはしちゃいけないらしいんだ…』
『悔しかったらはよ治してとっとと上がってこんかい!今投げ方さん達火ダルマなの知ってんべよ!』
『…むう,オレもそう思うんだけどなあ…』
精密検査の結果,どうやら肩に軽い炎症を起こしていたらしい相沢である。あと,昨年来ろくに休養をとらないうちに始動した分疲労の蓄積も大きかったらしい(トレーナーの人に自主トレ期間中の練習メニューを答えたら『やりすぎだ』と怒られていた)。
『出来るだけ早く治してみせるよ』
そう言って笑う相沢は,それでもちょっと寂しそうだった。が,それでも昨日携帯で話したところでは,今日からファームのブルペンで軽いキャッチボールから再開できそうとのことだったので,順調な回復っぷりではあると思う。とっとと帰ってきてくれないと一緒にバカもできやしないので『はよ治せ』ってのは同感である(じゃ無いとベンチでの怒(イジ)られ役はオレかシンちゃんだけになってしまうという主に精神衛生上の理由もあるんだけど)。
「…どわ!抜けた!!」
二遊間を抜ける鋭い当たりが外野のエリアで速力を急速に落とす。センターのシンちゃんが右手でその打球をダイレクトに掴むと全力でファーストに放る。
「セーフ!」
当たりこそ良かったものの,その全力疾走でもようやくなセーフは決して足が速いとは言えないベテラン選手。肩で息をしているその選手の尻を,一塁コーチがぽーん,と叩く。
『選手の交代をお知らせします。一塁,××に変わりまして…』
「…北ちゃん,知ってる?」
「いんや,ミーティングでもなかったよな?…背番号…3桁か?」
「ああ,今日登録されてきた,育成のうちの一人か!」
その間歩み寄って話をするオレとシンちゃんの視線の先には,アップもそこそこに一塁ベースに駆けだしてくる俊敏な身のこなしの若手の姿があった。
-育成選手,と言うのは今年から始まった制度で,簡単に言えば,有望な選手を球団が支配下登録選手の枠を越えて契約できる制度だ。プロ野球の球団は契約できる選手の数が一軍とそれ以外を含めて70人と限られているのだが,その枠とは別枠で支配下登録選手候補として契約してもらえる,テスト生みたいなものである。一軍戦への出場は出来ないが,ファームやオープン戦への出場は可能なのだ(年俸は正規契約に比べるとかなり安い。オレや相沢は,去年までならまず間違いなく育成選手からのスタートだっただろう)。
「きょうすけー!きょうすけー!!」
「いっけいけー!きょうすけさあーん!」
「どわ!」
「うっわ,すっげえコール!」
肩越しに見るライトスタンドには,その一角だけものすごい盛り上がりの,金網にへばりつかんばかりに応援のコールを送る学生風な男女の集団。見たところ,年はオレ達とそう変わっていない感じである。
「お,おお?友達かなんかかな?」
「あ,まあデータはろくにないけど,足は速そうだから注意しとこうぜ」
「うん」
定位置に戻って,審判の方がプレイ再開をコールする。
「!!」
ピッチャーの手元から,緩い球が放たれた,その瞬間だった。
「行ったー!!」
ピッチャーの指先からボールが離れるのと同時に,それほどリードをとっていなかったはずのその代走選手の体が鋭く沈み,一気に二塁に向けてスタートを切る。
「!!」
明らかに気のないスイングの打者のバットの下をくぐって,ミットにすぽんと収まったボールを相川さんが急いで二塁に送球するのだが,その球は高めに浮いてセンター方向に流れていく。
「くそっ!!」
後詰めで入ったシンちゃんの捕球から送球までは,充分すぎるほどに早かった。
「セーフ!!」
矢のような送球も,三塁には間に合わなかった。
「いいぞきょうすけー!!」
「最高だー!!」
定位置に戻るオレの眼前には,さっきから大声援なライトスタンドのそのグループ。妙にガタイの良いあんちゃんが一人と,不思議なジャンバーを和装に羽織ったあんちゃんが一人。後はみんな女の子みたいだ(しかも可愛いコばっかり総勢7〜8人)。
(…応援してるこの子達には悪いけど,今バッターボックスにいる打者には長打力がないんだ。ホームは踏ませないよ?)
コーチの指示を確認して,アイコンタクトで前進守備。
3塁の「きょうすけ」と呼ばれる育成選手は,適度なリードをとっている。
「!!」
「あっちゃー,速い…」
…注文通りの内野ゴロ,のはずだったその打球が,高いバウンドでショートのグラブに収まったそのとき,もうランナーはホームベースを駆け抜けていた。一塁にも,このタイミングでは間に合わない。
「やったやったやったー!!」
「いえーい!」
「やったのですー!!」
大歓声のライトスタンド。その中でもひときわ喜びを爆発させている例の集団,である。そう,ソレはまるで我がことであるかのように。
(…ちぇ)
−でも,ああやって全力で応援してくれる友達(?)がいるっていうのは羨ましいことだよな。
「っと,撤収…だな」
オレは,その次の打者のポップフライがサードのグラブに収まるのを確認すると,アウトが宣告されると同時に3塁側のベンチへと駆けだしていた。
「今シーズンこのままなら,ウチのカモになってもらえるな」
「…叩けるだけ叩いとかないとですよ」
コーチやベテランの選手の会話も,すでに余裕が感じられるような試合展開,である。
「………おー」
打順まで二人程間があるので,今度の回から交代したあちらさんの投手の球種をメモを見ながらチェックしていると,ふと向こうのベンチの慌ただしさに気が付いた。
「ん?どした北ちゃん。何か気になることでも?」
ベンチでバットの感触を確かめながら,シンちゃんが訊いてくる。
「いんや,あちらさんのベンチ,やたら動いてるなあ,と思ってね?」
「ひー,ふう,みー………おお,何,アレ,ほぼ,総とっかえじゃないのか?」
見ると,三桁の背番号が2,3名。それ以外も若手がほとんどで,ほとんどの先発選手は今回でお役ご免と相成っていた。それだけで,何となく全体の動きそのものが2割増しくらいで早くなった感じである。
「北ちゃん,あいつ,3塁に入ってるぜ?」
「?」
シンちゃんがバットの柄で示したその先には,先ほど好走塁を見せたあの3桁背番号の選手がボール回しに勤しんでいた。
「えーと,103…棗…ってなんて読むんだ?」
「…っと,『ナツメ』っていうのか?…んー,今年高卒って,一個下なのか」
「知らないなあ」
「ん,高校での実績は無いに等しいな」
「どっかの誰かみたいだな」
「わはは,まあ,どんなヤツなのかはおいおい解るだろ。…に,しても良い動きだな」
首脳陣やお客さんにいいトコ見せようと若手が張り切るのは,特にこの時期良くあるコトなのでそれ自体は大して気にしてはいない。が,なんというか,その棗という選手の動きは,機敏なのもさることながら,ポジショニングにしても捕球にしてもあまり無駄な動きがないのだ。
「…ん,経験無いはずなヤツにしては,基本はきっちり出来てるな」
「っと,プレイ再開だ」
…8,9番が三振とファーストへのポップフライに打ちとられ,8回の表も二死となった。
「…さて,と」
オレはマスコットバットをサークルに来たボールボーイさんに預けて打席へと入る。
(…試合も大勢が決していることだし,コーチさんの指示通りデータ取りに徹させてもらいましょうか?)
−(可能な限り)球種を確認したら,打つのかどうかは任せる。
コーチの言葉を反芻しつつ,フォームと球筋を見ることに徹することに決め,マウンドの投手に体の軸を合わせる。
(………)
−ばすん。
(………ふむん)
−すとん。
それほどの球威を感じないまっすぐと,わずかに落ちる,おそらくはフォーク(両方とも高めに外れたボールだった)。先ほど打ちとられたバッターの配球と球種,及びスコアラさんからのデータをアタマの中で考えると,これ以上は試合の進行に努めた方が良いように思えた。
『好きにしろ』
ありがたいことに,ベンチからのご指示も出た。次球は配球的にカウントを取りに来る可能性が高いので良いタイミングだ。
(…高めなら,思いっきり振ってやろ)
オレは,心持ちバットを握る手に力を込めて,次球を待った。
「…しまった,が,ラッキーか?」
会心の当たりにはほど遠い,が,オレの打球は3塁線への高いバウンドになった。
「おおおおおおおおお!」
タイミング的には微妙だろうが,オレはカラダを全力で加速させていく。目の端の3塁塁審のジェスチュアはフェアで,例の3塁手もフェアグラウンド内で捕球体制に入っていたからである。
「…セー…アウト!」
「ええ?!」
ベースを踏んだ感触と同時にコールされる無情の宣告に,オレはスピードを緩めながら思わず振り返る。
「今のはうちのが早かったんじゃないですかね?」
「…いや,アウトですアウト」
抗議するコーチと,審判の会話の向こうで,サイドワインダーズの選手は続々とベンチに引き上げていく。正直セーフになるタイミングと思っていただけに少々オレも意外ではあったが,オープン戦と言うこともあるので抗議もそこそこに引き上げてくるコーチと同道することにした。
「ほい,お疲れ!」
「…くっそー,セーフだと思ったのになあ」
ひとりごちながらベンチに入ったオレに,かけられる労りの言葉。
「…んー,あいつ守備もセンスあんのな。アレじゃ仕方ねえよ」
「?」
「素早く一番投げやすい位置取りをして,投げられる方向に体勢を変えながら捕球してたぜ。後でビデオででも見とくんだね」
シンちゃんはオレにグラブを投げながら,肩をぽーんと叩いて飛び出していく。確認は後でじっくりとさせてもらうことにして,外野のオレは,急ぎそのグラブを手に取ると帽子を被り治してグラウンドへと向かった。
「………」
その道筋,相手ベンチの中の棗選手の顔を確認する。
(…子供みたいな笑顔なのにな)
ファインプレーを褒められたのか,屈託無く笑う棗選手。
サイドワインダーズとは,開幕4戦目で当たることになる。そのときも同じ結果が出るわけではないが,おそらくあの3桁の背中は背番号を変え,一軍選手としてオレ達の前に現れることになるだろう。
−まだ,この目で見たのは一試合だが,ソレくらいの脚力と守備走塁センスは確かに感じた。
「…こりゃ,まるっきり安パイとは言えませんぜ。コーチ」
どこだって,勝つための努力はしてるのだ。
あらためてこの世界は一筋縄じゃいかないなあ,と実感するのだった(生意気とか言わないようにね。お願いよ?)。
|