「ぬん!」
それほど高く盛られてるわけではないキャンプ地のグラウンドのマウンドで,込められる気合いとともにミウラさんが腕を振り抜く。
傍目にも重いそのストレートは,シーズン中の絶頂時こそまだまだ及ばない。が,キャンプも終盤に差し掛かったオープン戦前でコレなら上々,といった順調な仕上がり振りである。
「せいっ!!」
バッターボックスの中でスタンダードなフォームから見せるシャープなスイングはイシイ(タクロー)さん。振り抜くバットから芯近くに綺麗に当たったときの心地の良い音が響き,その体が流れるような動作で軽やかに一塁ベースへとスタートを切った。
「抜けた!」
「あー,外野の反応悪ー!」
「らくらくダブルですな」
3遊間を鋭く抜けたボールは,左中間に転々と転がる。浅く守っていたレフトがやや緩慢な動作でソレを追う間に,イシイさんはらくらくと2塁に達していた。
「っと,ミウラも露骨に組み立ててきたね」
「次(の登板)はオープン2戦目だろ」
調整登板の範疇を大きく超えるものではないけど,配球は明らかに打ち取りにいってのモノになっていた。紅白戦開始時の,直球主体の伸びキレその他各種具合を確かめるだけのものから,変化球やコースを考慮したより実戦に近いソレである。
「きったがわー,北川ー,準備だー」
ベンチ内では選手もコーチ陣も,ほぼ実戦体制の趣。
「はい,今行きまーす!」
キャンプ序盤から調子よく体が動いているオレは,『とりあえず使ってみるか』と思ってもらえたのか,−紅白戦開始から常に紅白どちらかでレギュラー起用をしていただいてるところなのです。…っと,いそがないと。
#45
「コレで終わりかな?」
「だね。んじゃ,帰るべ」
宿舎のホテルへと戻る先輩方を見送ってからベンチ内の共用の荷物をまとめてスタッフさん達に渡し,オレとシンちゃんは練習場であるグラウンドをあとにする。
「暑いよね,ここはもう」
「28度だったよ。とても二月とは思えない」
紅白戦のある日は終了次第あがり(日程はだいたいデーゲーム仕様なので,遅くとも夕方にはあがることができる)。現在午後3時であり,今が一番暑い時間帯ではある。
さすがに南国。過ごし辛いレベルではないのだが,風が無い中で体をこれだけ動かすと少々辛く。
「しかし」
クールダウンも兼ねた宿舎への徒歩帰宅(3km程度),強めの日差しに帽子を深めに被り直しながらシンちゃんが切り出す。
「………本格的に外野でスタメンっぽいな。北ちゃん」
からかうように,にかっと笑いながらなシンちゃん。
「まだ,どーなるかわかんないけど,そうなると嬉しくはあるね」
「出塁率6割で使わない手は無かろう」
「オープン戦から開幕まで良ければねー。………正直まだわかんないもの。今だけかもしれないし」
そうなのだ。
ウチのチームの場合は,紅白戦が中盤以降になると特定のサイド(ホーム側にしろアウェイ側にせよ)に主力級が集まりだしてくる。対照的に投手はその対抗側のチームに回って実践向けの調整を行う形になる。
オープン戦から開幕へとチーム全体の調子を上げるように持って行くとのことなのだ。
んで,今のオレの暫定的な位置は野手レギュラー組の1番か2番。現在のところ打率が4割5分,出塁率は6割近くと何かの冗談のような成績を残していて,守備範囲もまずまずに捕殺も上々で,外野の守備も問題は少ないと思うのですよ(あまりの好調ぶりに自分でも何を言ってるのかさっぱり風味)。
「これだけ両翼深い(120m)ところであれだけ走って捕球しまくって,3塁本塁全部刺し切り成功は上出来どころじゃないぜ」
守備範囲の広さと地肩の強さってば俺のセールスポイントなので,この評価は嬉しい限りです。ただ,個人的な評価としてはキャッチングにまだ難があると思うので,もうちょっと練習して。
「あれで難があったら大体のやつは外野手できないじゃん」
うわ,これはまた嬉しいところ………ではあるんだけど,ちょっと前に北海道フリーダムファイターズの相楽クンのあの鮮やかなグラブ捌きを見せ付けられては(内野外野の差はあるとはいえ)やはり『あの半分でもできればなあ』と思うところなのです。やっぱキャッチャーミットでするのとは感覚が違うからね。
「そんなシンちゃんこそいい感じじゃん。がんがんスタンドに放り込んでるし」
「いえーい,お前さんほど足も確実性も無い分当てたときにゃ飛ばして塁を稼がないとね」
「3割5分で確実性無いとか言うな!」
シンちゃんはシンちゃんでこれまた調子がいい。レギュラー組でこそ無いものの,紅白戦での打点のほぼ4割をたたき出し,なおかつ投げ合い想定で登板してるサイトウさんやカトウさん,カワムラさんといったローテ内や抑え筆頭クラスの一線級の投手から何発もスタンドに本塁打を叩き込んでいるのである。
−あくまでも調整中ではあるので額面通りの数字というわけにいかないのは,オレもシンちゃんも同様だしそれはよく分かっている。でも,これだけ調子が良いと,やはり夢を見てみたくはなるのですよ。開幕スタメンを張るという名誉なそれを!
「まあ練習はともかく本番でどんだけ残せるかだからね。開幕スタメンはともかく,開幕一軍には残りたいよねー」
「気合入れて勤めないとね!」
ただ,ウチの外野陣はそのシンちゃんに加え首位打者を取ったことのあるキンジョウさんやスズキ(タカ)さん,本塁打も打率も残せる上に脚力も守備も上々なタムラさん,外にもフルキさんにウチカワさんを始め多士済々なのでレギュラー争いは熾烈である。捕手としては3番手候補なオレとしては,試合に出られるのならどこででも頑張る所存なのですが!
「それと,やっぱロック様スゴかったよな」
「そだな」
「うーん,やっぱりとんでもないわ」
「どうすればああできちゃうんだろうな」
「なあ」
帰宅しながら共に反芻するその記憶。
………それは,紅白戦での出来事だった。
CMの撮影だったり,雑誌の取材だったりテレビ出演だったりでこの時期あまりグラウンドに姿を見せられないロック様が,初めて紅白戦の打席に立った時のことである。
「………」
その初打席だった。
「!!」
『………おぉう!』
「…ふん」
俄かに色めき立つベンチ上のSP陣に打撃コーチをはじめとする首脳陣。
胸元を抉るような,という表現も生易しい。死球すれすれ(と,言うかコース的には完全にアウト)に放り込まれるカッターを軽くスウェイでかわし,片眉を軽く上げておどけて見せるロック様。
「………」
『覚えたか』といわんばかりの不穏当な目つきの相手の投手は,ローテにも入ってる××さん(名を伏せます)。最速150km台の直球と鋭く切れるSFFを始めとした多彩な球種はメジャーでも通用するのではないかといわれており,良い投手であることは論を待たない。
ただ,そう言った投手にありがちなことに,基本的に唯我独尊的な性格が非常に強く,高額な年棒とメジャーでのほぼワンアンドオンリーの評価なロック様へ抱く反発や闘争心も並ではない。
『コーナーに決めてやれば簡単に打たれるとは思えんのだがな。メジャーの頂点とやらも,大したこと無いんじゃないのか』
バックステージでもそう公言してはばからない。
「えげつねえな」
「やるやる」
今度は膝元。膝横に突き入れるようなその全力のストレートは,やはり狙ってやっているとしか思えない。
どこにでもある話ではあるが,プラスの感情とか綺麗事だけで世の中は動いているわけではない。時にはそれが必要になることだってあるのはわかる。
『………なかなかいい球放るじゃないか』
だが,あまりといえばあまりの危険球ぶりに,たまらずバッテリーコーチが伝令に飛ぶ。せっかくのロック様を公式戦前にケガさせるわけにはいかないからだ。
『♪』
剣呑に口元だけをゆがめて笑う××さんのその姿は,とても穏当なものとは言えなかったが,ロック様はそれほど気にした風ではない。
『骨があるのは,別に悪いことじゃない』
ただ,ロック様の瞳に,ほんの少しだけ悪戯っ気を含んだ光が宿った(ように見えた)。
「…あれは,たしか…」
そう,たしかアレは,あの冬の自主トレ中の相沢との勝負でロック様の見せたあの表情に似ている。−もっとも,あの時よりかは多少茶目っ気のほうが多いように見えるのだけど。
「………くっ!」
それからは,圧巻だった。
『コースを突くなら,もっと厳しく!』
一球ずつ,はじき返していくロック様。
「………くそっ!」
次第に焦りの見え始める,マウンドの上。
『甘い!』
「………ちっ!」
『それじゃ打ち頃だ!』
「…クソ!」
手を抜いてるなどどはとても言えない,シーズン中でもそうそう見ることのできない本気の××さんのストレートにスライダーにSFF。そのことごとくがロック様の手により軽々と打ち返されていく。
「うっわ,なんだあの捌きは!」
「あいつの球,シーズンでも滅多に無いくらいにキレてんのに!」
「………まさか」
「ああ,狙ってやってるとしか思えない」
そう。打ち返した球は全球ファウルグラウンドへと鋭いゴロで転がっていっているのだ。
「こ,この野郎!」
「あ,あのバカ!」
コーチ陣が舌打ちをする。しかし,そんな危険な,体の方向に(故意に)投げ込まれる球ですら,
『狙うならもっとうまくやるんだ!』
あっさりとファウルグラウンドに片づける,あり得ない高速の捌きである。
まるで剣劇の捌きでも見るかのようなそのバットコントロールは,思わずコレが試合中であることを忘れてしまうかのような見事さであった。
「くっそ,つきあってられるか!」
そんなマウンド上が,故意に遠く外した『三球目の』ボール。
『…もう終わりか?案外ホネのあるヤツだと思ってたんだがな?ボーイ』
ハンドグラブ越しに,片眉をつり上げでオオゲサにおどけるロック様(一応,××さんのほうが年齢は上なのである)。
売った喧嘩に振り上げたコブシを引っ込めるようなその行為に,露骨に失笑して見せる。
「………なんだと?」
マウンド上の顔色が鮮やかに変わる。
言葉こそ伝わらないもののあからさまなその挑発行為,やはり,MLBでも屈指の乱闘にまつわる数々のエピソードに事欠かないロック様,ココでは役者が違ったか。
「…打てるものなら」
充分にタメを作って繰り出される,
「打ってみろ!」
今日最高に力のこもった,いつもならウイニングショットにすら使うことも出来るその球を,
『そうそう,そうでないとな!』
フリーバッテイングのように軽々と,ファウルグラウンド後方のスタンドに放り込むロック様。
「………く,くそっ」
その後7球,いたぶられるようなファウル責めのあとに,ここまで届くような舌打ちがマウンドから。
「くっそだらあああああああああああああ!」
自分で招いたこととは言え,ほぼ懲罰状態の現状に耐えかねたのか,完全にアタマに血が上った××さん。
「ぬうっ!」
その渾身のストレートが,ロック様の手元をめがけて投げ込まれた。
「うわ!」
「ひっ!」
明らかにデッドボールコースのその危険な投球に,思わず短く野太い悲鳴がそこかしこから上がる。
『…っ!』
余裕さえ感じられるバックステップの後の,キレイに腕を折り畳んでの狙い済ましたようなシャープなスイングと同時にグラウンドに金属音が響く。
「ひっ!」
打球は,マウンド上の投手の上をアタマ二つ分くらい高く飛び抜けていき,
「え?!嘘!」
「入るのかアレが?あの弾道で?!」
バックスクリーンにほぼライナーのまま着弾する。
『…』
特段,派手なガッツポーズをするでもなく,淡々と,そして悠然とダイヤモンドを一周するロック様。
「…」
打球の行方を見ることも出来ず,そのプライド故に膝をつくこともできない××さんのその姿が,マウンド上に悄然と立ち尽くしていた。
『昔3Aのイキの良いのに似たのが居たよ』
ヘルメットを脱ぐときに打撃コーチにそう言って笑ったロック様は,結局この日は3打数3安打2四球。守備でもセカンドに入り,機敏な動きでいくつかの守備機会をこなし,存分にその実力の片鱗を見せつけてグラウンドを後にしたのだった。
「どーやったら,人間ああなるんだろうねー」
あの反応速度もあの技術もあのパワーも,どれをとってもマトモに太刀打ちできる自信がない。と,言うか人間である限りそれが可能なのかどうかさえ疑わしくなってきた(いや人間だけどロック様)。
「何か,本格的に登山を始めようと手頃な山を探してたら目の前にいきなりエベレストが現れた感じだよな」
「うむ,せめて霧島とか桜島くらいから始めたいものだ」
うん,それでも気合い入れて制覇しようとしたらなかなかにキツいものであることは想像に難くない。でもとりあえずはがんばらないと。いつかは国内最高峰に!
「登れるのか桜島」
「危ないけど一応」
そんなこんなで,もうすぐキャンプも終わり,オープン戦。
プレ・シーズンマッチだ。
あとこの一ヶ月をなんとか切り抜けて,開幕を一軍で迎えたいものだと思う二人なのでした(多分相沢も)。
あ,相沢さんは疲労がキツいと診断されてしばらくはノースローですってよ。ちょっと心配。
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