#43
「ぬうりゃああああ!」
裂帛の気合とともに相沢の右手から放たれるストレートが,
「………」
気合の割にはたいしたことの無い手ごたえで,屋内練習場の隅で捕球体勢を取る俺のミットへと吸い込まれる。
「どおりゃああああ!」
「………」
全力投球を行っているつもりなのかどうかはわからないが(掛け声だけは妙に気合が入ってることがよくあるので),
「ほうりゃああああ!」
スライダーも,カットボールもシュートも,『フォークがいまいち決まらないのんよ』とのことでキャンプ開始来試投を続けているSFFも,『混ぜ込み用の球種に使いたいなー』とかでコーチから教えてもらったスローカーブも,
「………うーん」
シーズン中の良い時に比べるなら,天と地の差。
今のストレートの威力だけで言えば,打撃練習のときの全力投球のバッティングピッチャーのスタッフのひと(現役引退後20年くらい?)のほうがぜんぜんタマが来ている。
「はあ,はあ,どげんか?」
球数にして70前後の投げ込みメニューを終えた相沢が,スポーツタオルで汗を拭いながらブースから歩み寄ってくる。
「イマサンくらい?」
「そんなに?!」
オレの正直な返答に,衝撃の崩落の相沢。
「何だよ大げさな」
「………結構自分では良いセン行ってたんじゃないかと思ってたのにー」
「来てないもんは来てないんだ。しょうがなかろ?」
「あふぅん」
いつまでも崩れ落ちさせてるわけにもいかないので,ベンチまで相沢を引きずるように連れて行って座らせる。
ああもう,世話の焼ける。
「ほれ,とりあえず飲めや。発汗がフツーじゃないぞ?」
イオン何とか言うスポーツドリンクのペットボトルの封を切って相沢に放り投げて,その横に腰を下ろす。
「………おう………」
ペットボトルを受け取って,一口二口,口を付けてうなだれる相沢。
「………変化球はそれほど悪くはないのだ」
「そ,そか?」
「別に良いわけでもないが」
「むう」
「特に真っ直ぐが来てない」
「むう」
「ツーシームに至っては軽いぞ。はっきり言えば」
「むう」
練習中なので遠慮なく感想を述べるオレに,「ぶー」と文句をたれつつベンチにくだけている相沢。
疲労が故か,心当たりがあるのか,はたまたその何れもなのかは知らないのだが。
「うん。ちょっと良い当たりすればオレでも余裕でスタンドイン出来そうな感じだあな」
「そんなに?!」
この世が終わったかのよーな絶望的な声で相沢。
あ,あんだとぉ?!
「お前オレの打力ナメてるだろ?」
「実は」
あろうことか目だけで『貴様ごときが?』とか語りやがってるなこのガキャあ!
オレだってちょっとはパワー付いてきてるんだよ?
プロ入りから一年半以上,ほぼ毎日のように鍛え続けてはいるんだよ?
今日の午前中の首脳陣の皆さんによるバッティング練習総見でも,
『うん,スムーズにバット出る出る』←一軍打撃コーチ
『相変わらずアッパー気味だな。スイングがシャープなのは良いことだが』←一軍ヘッドコーチ
『ま,こいつはこの方がヒット率が高いです。』←二軍打撃コーチ
『足腰は結構しっかりしてるな。見たところきれいに腰も回ってるし』←一軍守備走塁コーチ
『ともかく,明後日からの紅白で全体的に分かるやろ。んじゃ,次な』←監督
こんな感じでわりと高評価をいただいてはいるんですよ?ですよ?そんな日々進化を続けているオレ様に対して貴様ってやつは!
「何だとコノヤロウ!」
「やんのかコラ!」
………とは言え,極めてダレ切った相沢と,本日はずっとピッチャーの皆様方のブルペンキャッチャーで結構疲労してるところであるオレ。
言葉ほどには全然殺気立ってないそんなだらーんとしたベンチ上なのでした。
「つーかさ,お前全体練習の後にも筋トレと走り込みを毎日やってるでしょ?今」
「うん」
「正直,そろそろ疲れたまってね?」
考えてみれば,去年のシーズンオフからこっち完全に体を休めたことが無いという相沢である。その根性は見上げたもんなのだが,
「んー,いつもダルいといえばダルいんで,『こんなもんかなあ?』位にしか思ってねーが」
「きっちりと抜けよ疲労は」
クールダウンと疲労の抜き方をきちんと考えないとえらいことになるのである(と,トレーナーもチームドクターのセンセもゆってた)。
「あと,多少緩めろや。疲労の上にさらに運動量乗っけても怪我の元だ」
「………むう」
「少々休んで疲労を抜いたところで誰も文句は言わないと思うがな?」
「………限界までやれるのはシーズン前くらいなのになあ」
「…」
「…」
「負荷をかけまくるのも調整のひとつといえばそーなんだけどさ。壊れるほうが困るぞ?中継ぎの大将」
突然,頭の上から声がした。
「わひゃあ?!」
突然頬に触れる冷たい感触に振り向いてみれば,ソコには捕手陣のカシラ,アイカワさんの姿が。
「そーしなよ。ノムラさん(コーチ)も『若手で疲労が出てるやつはケアをやっとくよーに』って言ってるし」
「は,はい!」
「お前もだぞ北川。ここんところブルペン入りっぱなしじゃないか。熱心なのはいいが,まだキャンプも半ばちょっとだ。怪我は気をつけてな?」
「ハイ!ありがとうございます!」
「んじゃな」
そう言い残して,休憩室へと消えていくアイカワさん。同じポジションならではのレギュラー争奪戦とかも頭に無いわけではないのですが,如何せん今回のキャンプで一軍帯同組の捕手は外野兼任のオレも含めて5人なのである。ピッチャーの絶対数を考えると全然足りませんのだ。
その辺のキツさも含めてのお労りなのでしょう。気を使わせてすみませぬ。
「あー,そーいえば」
「うん?」
「来週から専任コンディショニングコーチが来るらしいよ?」
今まではトレーナーの派遣会社との契約のみで,球団としては特に何も行ってはいなかった。が,今年度からは選手の体調管理を積極的に行っていくという方向から,専任の方との契約を結んだらしい,というキンジョウ(過去首位打者をとったこともある,ウチの外野の守備の要)さんからの情報であった。
「おー,とうとう,うちの球団も選手の体調管理に本腰入れるんだね」
チームドクターも新しくスポーツ理論とかを専攻した方に代わったとのことなので,われわれとしてみれば大変に心強い。
「なんかまだ,かなり若い人らしいよ?」
コンディショニングコーチが,である。
「女の人とか?」
「残念だがソレは無いな。さっきブースでチラッと見たけどしっかりと男だった」
球団のスタッフに連れられて施設の見学に回っているその姿と先ほど廊下ですれ違ったのだが,オレたちとそう歳も変わらないような感じの優男であった。
「ふーん」
「ま,なんでもいいや。とりあえずはあと一通り投げ込むぞ」
「まだやんのかよ」
「もう一セットだけな?」
女がらみの話でない,とわかったところでかなり興味を失ったと思しき相沢が,両腕を振り子代わりにびょん,と立ち上がる。
「フォームチェック程度にしときな?」
「わーった,わーった!」
めんどくさそうに手を払う仕草をした後で,とりあえずは多少回復してるっぽい相沢が腕をぐるんぐるん振り回す。
「ほどほどにな」
正直少々かったるいのだが,せっかく相棒がその気なのでやらないわけにもいくまいて。
オレも傍らのキャッチャーマスクを引っつかんで相沢に続く。
「うし,さあ,来い!」
「ほいよ」
相沢と正対し,ちょうどカラダの中心部分にミットを構える。
「ぬおおおおおおおおおおおお!」
ああ,このバカ,全力はヤメろっつってんのに。
ぱすん,と乾いた音をミットが奏でる。
さっきよか球威が無くなってはる。
「………ダメだ走ってねえ」
「あふぅん」
結局お疲れモードの相沢のタマは,その後も終日こんな感じで練習はエンド。
オレも相沢も,疲れたカラダに気合いを入れつつ雑用をこなして宿舎へと戻るのでした。
「ところで,明日の休みどーすんの?」
練習終了後,シャワー後のアタマをごしごしとばすタオルで拭いながら先に上がってマッサージチェアの上でくつろいでいる相沢に尋ねてみる。
「いんや,特に予定はないけど?」
あ”−,と妙な発声を交えつつチェアの振動に身を任せながらの相沢のご返事。
「んじゃ相沢,明日は骨休めがてらフリーダムファイターズのキャンプを見にいかね?」
「フリーダムファイターズ?」
そーなんです奥さん。秋の太平洋リーグで一緒だった桜井君と相楽君が所属しているパ・リーグの球団,『北海道フリーダムファイターズ』が隣の市でキャンプに入っているのです。一昨日から。
「あれ,連中,一次キャンプ海外ってハナシじゃなかったっけか?」
「10日間だけね。んで中盤からはここらしいんだわ」
「ほえー」
「交流戦前の敵情視察ってのをやっとくのも悪くあんめ?」
そう,もう一つの目標は今年から開始される,パ・リーグとの交流戦対策。どーいったメンツが居て,どーいった練習をしとくのかを見ておくのも良いんじゃないかな?等と思ってみたりもするのでした。
「…ソレは別に構わないんだけど,野郎ばっかで汗くさいってのにそろそろ飽いてきてるんだがそゆのを解消できるよなステキ企画は思いつかんのんか?」
「な,なんて不真面目なんだこのエッチ野郎?」
「あーあーあーあー悪かったお前に振った俺がバカだったよごめんなさい!」
「そ,ソレはソレで腹が立つなこの野郎」
「おーい,相沢ー!北川ー!メシーだメシー!!」
「はーい」
「はーい」
ま,スケベ野郎はおいとくにしてもとりあえずは他のトコロの情報とかは気になるモノです。
キャンプもしばらく続くことだし,この機会にしかやれないようなことはやっておきたい,と思うのでした。
先はまだまだだぜ。きゃんぷごーずおーん!
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