#42





「病院っていつ来ても慣れないなあ」

救急車に乗り込んだ相沢と倉田先輩の後を追って辿り着いたココは,未だに警察が入って現場検証とかを行っている会場から割と離れた総合病院。
既に夕刻であり,ロビーの中は人影もまばらである。

「そーか?オレは中坊のころまでは結構怪我多かったんで慣れっこだよ」

微かな薬品臭(気のせいなのかも知れないが)の混ざったこの独特の空気自体が,どちらかといえばあまり得意ではないオレの横でシンちゃんが言う。

「そなの?」

「高校になって,筋肉とかが付いてからはそんなこと無くなってきたんだけどね。おかげさまでこんなに丈夫」

バン,と胸を一打ちしながらシンちゃん。確かに,一言で言えば痩せマッチョなシンちゃんからは,ちょっと病気とかケガとか想像も付かない。

「そんなわけで病院来るのは小学校のとき以来だ」

「おお,社会的コストの掛かんないやつ!」

「…めちゃくちゃ丈夫ってワケじゃないんだけど,病院にゃあまり縁が無かったんだよなー。オレ」

思い起こしてみても,小学校の頃風邪で2・3回お世話になった程度だ。家族も両親祖父母姉妹揃って健康もいいところなので,お見舞いとかでさえそんなに縁がないのだ。

「あれ?入団のときメディカルチェックがあったろ?」

「あの時はホテルだったよ?相沢と一緒に」

正確にはホテルで球団の嘱託医のお医者さんから受けたのである。内臓疾患一切無し健康も良いとこなお墨付きをありがたくいただけたのですが。

「おお,それじゃ病院ならではの楽しみには縁がないな?」

嬉しそうなシンちゃんの笑み。なんだかやらしいその笑いは,

「そそそそそれはキレーな看護師さんとかそんな?」

「いえす!身体的ダメージがでかいときに優しくされちゃったりした日にゃもう!」

何かすげえ良い思い出でもあるのだろうか,全力で肯定するシンちゃんに思わずオレもげっとれでぃ。

「ころっと!」

「可愛けりゃもうなおさら!」

「いぇあ!」

「んで,非番のときに仲良くなっちゃったコを誘ったりしてな?」

「あわよくば検温の途中とかに素敵な!」

「夜勤で暇なときとかに超素敵な!」

「お前らAVとかの観過ぎ!」

「あだ!」

「いだ!」

病棟へと向かう路地で暴走をはじめたオレとシンちゃんにベシバシと殴打を食らわせてくるのはこの男相沢。

「おお,相ちゃん!いつの間に!」

念のため検査を受けたという相沢は,自分でも主張してたとおり元気そのものである。

「『キレーな看護師』のあたりからな?ま,大筋同意ではあるんだが」

「だろ?」

「でも,病院の中とかではやめとけよ?白衣ってめっちゃソソるんだけどもお仕事中はどんな菌とか居るかわかんないから,誘うならプライベでホテルとかに洗濯済みのブツを持ってきてもらうほうのが安全よ?」

「なにそのワンポイントアドバイス?」

「いや友達の話」

「実在しない友達か?」

「突っつくなよAVマニア?」

何を病院の中でするのか,あと何かやな実体験でもあったのか激しく気になるところではあるのだがやたらとリアル(少なくともオレにはそう聞こえた)なアドバイスな相沢にとりあえずツッコんではみたのだがあっさりと返され。

「な,なんだとこのポルノ野郎?!」

「お前に言われてもあんま説得力無いな?」

「失礼な!観過ぎというくらい観てるわけじゃないよ?だってほら,オレ高校まで家族と同居な上に年頃の妹居るし?」

そーなのです。中学の頃から人並みにいやんあはんばかんうふんなビデオ(当時はまだDVDなどという便利なモノは普及してなかった)に興味はあったのですが,如何せん親父以外は女ばっかりという我が家のリビング(自室にテレビとか,ましてビデオとかあるわけもなく)でそんな勝負をする勇気はオレにはなく。

「そ,その環境でマニアは勇者過ぎるな」

「そこをしっかり勇者なのが北川の北川たる所以」

「勇者違う!AVだってその,たいした本数は………」

違う!マジ違うんです。ソッチ系のDVDだって結局は高校の最後の方でよーやくおおっぴらに見ることができたんだよー(ポータブルDVDプレイヤーげとでようやく)!

「具体的には?」

「年間消化本数でMLBのマツイさん(AVマニアで有名)の日本時代の最終年度の本塁打数の倍くらい?」

「多!めっちゃ多!」

「ヒットもそれくらい出るといいのにね」

「夜の素振りは倍以上なんだよな?」

「そんなに振ってねえよ!」

「相ちゃん北ちゃん,ここ病院病院!」

いかんいかん,どうもコイツらのペースで弄られると我を忘れてしまう傾向があるよねオレ。反省反省。





「あ,で,川澄先輩は?」

あまりにもバツが悪い話題から逃れるかのように,川澄先輩の容体を尋ねてみるオレ(心配は心配なのですよ?まあ,相沢の様子から大事じゃないらしいのはわかるのだけど)。

「幸い足の打撲だけで済んでるみたい」

ソレは,良かった。骨折とか,あるいはもっと酷い事態になってたりしたらシャレになんないし。

「…治るんだよな?」

「その辺は大丈夫なんだが」

「だが?」

「腫れが引くまでは退院はできないらしい」

「あー,そのほうが良いな」

大事をとる,とのことである。場所が脚だけに,半端に出ても何分にも旅先(厳密には違うが)。日常生活も何かと不便だろう。

「…結局,なんだったんだアレは?」

「予備の花火打ち上げ用の火薬に間違って引火して,ソレが元でセットの基礎がめちゃくちゃになったらしいよ?」

詳細は調査中らしいのだが,スタッフの一人が教えてくれたところによるとおおよそソレで間違いないらしいのである。

「なにそのナイス安全管理」

「危うく大惨事になるところだったぜ」

まったくである。爆発性の可燃物であるのなら,なおさらテキトーな管理はしないでほしいのだ。

「舞には充分大惨事だ」

極めて不機嫌そうに相沢。
少なくともオレの前で,自分の近しい人の災難にはこういうところを隠そうとしない,変わらない相沢であった。

「………球団にもな?」

横で黙って話を聞いていたシンちゃんが,口を開く。

「?」

「これで,しばらくスカイ君の出場が見込めないんだわ」

そうなのだ。川澄先輩は球団公認マスコットである「スカイ君」の中の人なのである。
普段のおとなしく,物静かでクールな印象とは違い,スカイ君に変身するととたんに表情豊かに軽快にはね回る川澄先輩は昨シーズンからの横浜ビッグスタジアム名物なのだ。
内野席に外野席に神出鬼没で小さな子供からおじいちゃんおばあちゃんに至るまで愛嬌を振りまいて回り,イニングの合間には体操選手顔負けのアクロバティックな動きの応援ダンスで(相棒の女の子役のスカイチャンが付いていけないので最近は合わせるように大人しいが)大人気なスカイ君。そのキャンプでの活躍が当分見られなくなってしまうのだ。

「あ,でも着ぐるみなんだし,中の人が変われば………」

「甘いよ北ちゃん,川澄さんよりシャープで切れのある動きのできる人はそーはいないよ?」

妥協的な代役案を言下に否定される。確かに,着ぐるみのままあれだけ動ける人ってばそんなに居ない。

「ああ,何年か前にタイガーフリーツのマスコットの中の人が変わったときの騒ぎを知らねーか?」

「いんや?」

「ほら,ウチのチームで川澄さんの前にスカイ君の中の人をやってた人なんだけどさ」

「うん」

「その人がタイガーフリーツの中の人をやってたときの動きやファンサービス振りがすごく良かった
んで,その人が辞めたときに『何で変えんねん』って嘆願書とか抗議メールで大変だったらしいんだ」

「へー」

「んで,その人が東北に引き抜かれたときにウチでも後釜でモメたんだけど,グラウンドガールズ募集で来てた川澄さんが結構良い動きをしてたんで,そのままスカイ君の中の人になっちゃったってワケらしいよ?」

「なるほどー」

球団マスコットって言ってもバカには出来ない。「愛されるマスコット」を演じるためにはエンターテイメントの才能と優れた運動能力が欠かせないのだ。誰でも良いよ,というわけにはおいそれとはいかないんだな。

「川澄さん,外見がああ(可愛い上にスタイルもいい〉だから,ファンサービス部の上の人の間ではかなりモメたらしいんだけどね」

「………川澄先輩のユニ姿もすっげえよさそーなんだけどなー」

「ヘタなグラドルよりも破壊力抜群だしね。単体でメディアに出たらバカウケしそうなのにね。惜しいよねー」

そうなのである。ビジュアル重視の球団側のディレクター(オーディションの責任者というお話)には,傑出した容姿の川澄先輩を着ぐるみに押し込めるのは損失であるとサービス部の一番上の人にまでねじ込んだらしい。のだが,「代わりになれる人材の有無」という点で結局押し切られたというのが実情らしいのだ。

「た,確かにあの超立派な胸のサイズと腰の細っこさと脚の長さ,綺麗さでユニやったらスゴそーだ」

川澄先輩が,あの丸くてボリュームのある豊かなおっぱいが,ユニの薄い生地の下で躍動するのですよ?コレがスゴくないワケがない!!ないったらない!みなさんもそー思いませんか?!

「ねえねえ,川澄さんのサイズってどんなん?」

「確か公称で89(E)-56-86か」

「うわ,何そのあり得ない数字は」

グラビアのプロフ欄でよく見る数字列,知った人に置き換えるとなんと魅惑的な響きを持つのであろうか!しかし何なのでしょうかこの数字。にわかに信じがたいことこの上ないです。

「なんで即答できるんだこのスケベ」

「いいじゃねーかよ公式パンフ記載だし」

なんでしょうかその超体型?!良い意味であり得にゃい。

「…しかし,実際はどーなんだろ?」

ソコに入る,シンちゃんのツッコミ。

「?」

「いやほら,女の子のサイズなんて都合の良い部分にプラマイ5が当たり前だって言うし?」

確かに良く雑誌に載ってるすりーさいずと実測値が全然違うなんてハナシ,バラエティ系統の番組じゃよく見るし,ネットとかでも半ば公然の秘密として良く語られてる。

「それがだな」

「なになに?」

「少なくともウエストはマジモンなんだわ。ジーンズのサイズからはな?」

とは川澄倉田亮先輩の家に遊びに行ったことがあるという相沢氏の弁。て,テメエ,一体いつの間に?!オレに何の相談もなく?!
あと,両先輩のようなグラマラス系で大体ごまかされるのはウエストの数値が多いとのことである。それだけに実測値の細いコってば希少品なんでしょうな。

「げげ,細!」

「下はジーンズのラインから見てほぼ公称どおり間違いないんだろーけど,上のほうはどー見てもでかいよ?」

「ええ?マジ?!」

「オレの妹が乳のサイズ回りもカップも,実測値で彼女の公称サイズと一緒なんだけどさ。どー見ても川澄さんのが二回りはでかいかと。…さすがに現物は拝んだワケじゃないけど」

そんな素敵な妹をお持ちだったのですかシンちゃん!シンちゃん!!

「ぜひ妹さん紹介してください」

あ,ずるい!!ずるいよ相沢オレもオレも!!

「………ウエストは10cm以上太いんだけど?」

「ちょっと考えさせてください」

ご,ごめんよシンちゃんオレもオレも

「早!」

「でもそれって,ぱっと見は大して気にはならないんじゃないかな?たぶん,明らかに太いって感じじゃないでしょ?」

フォローなのかどうなのか。相沢がシンちゃんに詫び気味に。

「よくわかるね?」

「実際,5cm程度ならそれほど見た目って変わんないよ?………それだけ詐称が横行してるってことだけどな」

「………川澄さんの場合,あれだけのプロポーションがバランスよくまとまってるってのがすごいんだよな」

「きっちり揃ってるコなんてそれこそめったに居るもんじゃないしね。グラウンドガールズの中でも舞と佐祐理さんとあと一人二人じゃないかな?」

「倉田先輩も?!」

「公式パンフの数値って意味では舞と大差ないし」

しっかりチェックだけ入れているあたり,さ,さすがスケベストオブ3人!このポルノry

「うっそ!?マジ?!」

「………あれで二人してバニーさんのカッコとかしてらどーなんだろ」

「う,そ,それは想像しただけで………」

「だいなまいつ!」

脳内に「ぽむ」と浮かぶ先輩ズのバニー姿。強調された胸元と細い腰のくびれから伸びる網タイツに包まれた綺麗な脚線美が男の本能の中枢をダイレクトに刺激して止み

「北ちゃん,よだれよだれ」

「出てないし!」

妄想モード突入を阻止されて否定の絶叫なオレ。
何だよ!ホントに出てないよ!出そうだったけど。

「あーまあ,そんなわけでさっきから病室の前に居るんだが舞恥ずかしがってシーツかぶっちゃってこっちのほうまともに向いてくれないんだが?」

振り返ればソコには,頬を軽くぽりぽりとかきながら,立ち止まってコッチの方をかわいそうな子を見るような目つきの相沢の姿。
あわてて部屋の中に視線を移すと,相沢の言葉通りシーツをすっぽりと被ったベッドの上の人影が見える。

「「おわ,しまった!」」

思わずシンちゃんとユニゾンなオレ。うっわー,恥ずかしー!

「あと佐祐理さんも顔真っ赤にして俯いてるし」

そして傍らの椅子には恥ずかしそうに俯いて腰掛けてる倉田先輩の姿が。

「「超しまった!」」

うう,穴があったら入りてえ…

「………どのへんから聞いてたんだろ?」

「少なくとも北川の『あの超でかい乳をもみしだきたい』のあたりではもう」

「言ってないし!」

そんなこんなでオレ達のお見舞いは,まず二人から恥ずかしさを取り除くところから始めなければならなかったのでした。最終的に許してくれたみたいだから良いけどさ。

少なくとも女の子の前では回りをちゃんと見れるようになんないとなー。うひー。恥ずかしー。





41話にもどるー。    43話につづくー。



Back