#41




「うわ」

「どっひゃー」

「アリなのかアレは?」

ロック様を始めとする外国人助っ人さん軍団の記者会見は出だしこそ穏やかだった。
各選手への日本野球の印象や家族構成,抱負とかの入団会見にありがちな質問に軽いトークを交えたソレは,途中までは良く言って和気あいあい,悪く言えばありきたり。でも滞りなく進んでいたのだった。

「ここ数年のデータから見た場合,MLBでのあなたの実績を無にする結果を残す可能性が高いこの日本への移籍についてどう思われますか?Mr.ロック?」


日本人プレスの一連の質問の終了後,いの一番に挙手した外国人−髭面白髪のベテランと思しきプレスがそう切り出すまでは。

「………質問の意味が分からないな,ミスター?」

片方の眉毛だけぴくりと吊り上げる,ロック様独特の威嚇めいた,不満げなときのその表情。否定的なニュアンスの強いその同時通訳の声に会場は一気にざわめく。

「言い換えましょう,この国に来た過去のMLB野手のことごとくがこの国で充分な結果を残せていない,という点についてはどう思いますか?」

半ば傲然とロック様を見据えたその壮年のプレスが,荘重なバスでそう続ける。その態度は(通訳のせいかどうかは知らないが)口調こそ丁寧だが一言で言えば「慇懃無礼」そのものであった。

「MLBの野手の中で,そのキャリアのほぼピークで日本に渡った真の意味での一線級は数えるほどしかいなかった。さらに,その中で結果を残せた打者になると20年以上前のボブ・バックランド(サイドワインダーズ)ただ一人です」

実のところオレはそれほど野球の歴史について詳しいほうではないから,事の真偽はわからない。しかしながら,会場のプレスの大多数はその発言を肯定するかのようにうなずいたり,バツ悪げに鼻の頭をかいたりしている。

「………このロック様も同様であると,そう言いたいのだな?」

一呼吸ほどの沈黙のあと,抑揚の無い口調でロック様がそうつぶやく。

「ソレはまだ分からない。ただ,単年一千万ドルというMLBでも高額な部類に入るこの球団との契約は,あなたのネームバリューのみへの対価としてはあまりにもアルバトロス(金額と実績のかけ離れたバカ契約のこと)ではないのかと言いたいのだ!」

「ソレは貴様の知ったことではない!」

プレスの語尾を遮るように,響き渡るロック様の怒声。
突如椅子を蹴り飛ばすように立ち上がったロック様は,サングラスを外し,鋭い視線でその壮年プレスを睨みつけた。

「………!」

グラウンド中で数々の丁丁発止を演じてきた百戦錬磨のロック様,である。その迫力に思わず口をつぐむプレス。息を呑む観衆。

「………“ハリウッド”ホーガン(MLB歴代最高の5,714奪三振記録を持つ324勝投手),“マッチョマン”サヴェージ(45歳で現役最多の350勝投手),“アメリカン・バッド・アス”アンダーテイカー(戦後唯一の防御率1点台を2シーズンにわたって達成,20年連続で二桁勝利中),“ハートブレイク・キッド”ショーン・マイケルズ(実働11年で187勝,メジャー現役最高の左腕と称される変化球投手),○▲×■………」

その口から語られるのは,オレでも名前と経歴を知ってるような近年の伝説的な綺羅星のごときメジャーの投手たち。スピードも技術もパワーも見当もつかないほど桁外れな,化け物のような人たちである。

「………最後の人は良くわかんないんだが?」

「たぶん向こう(アメリカ)では噴いてるやつ多いと思う。………ロック様と同期で,ものすごい契約金のドラ全一(メジャーのドラフトは指名順完全固定)でマイナー経験なしでメジャーデビューしたんだけどデビュー戦初っ端でロック様にずたずた(3打席2本塁打1エンタイトルツーベース)に。んでその後鳴かず飛ばずで引退したんだわ」

実際,外国人プレスは何人か必死で笑いをこらえている。

「ロック様はその総てを打ち崩して今,ここにいる!」

空気を裂くように鋭く,実績への矜持を吐き出してのけるロック様。
台詞に完璧にシンクロしたアクションで「だん!」と舞台で大見得を切るような立ち回り,である。あからさまに芝居がかっているのだけども,そこがまたシビれるくらいにカッコイイ。

「結果は口にて示すものにあらず!この国の投手をシバき倒しまくってロック様がこのシーズンを終えたその時!」


異論も何も挟ませない怒涛のマイクパフォーマンスがそこでふと,止まる。

「………ロッキー!ロッキー!」

一瞬の間を置いて,一部の観客から起こるそのコールは,会場中に急速に伝染,その勢いを増す。

「ロッキー!ロッキー!ロッキー!ロッキー!」

ひとしきりのロックコールに当然とした表情をほんの少し浮かべるロック様。

「貴様はその見識の浅はかさを全世界に晒しまくることになる!」

絶妙の間の後,猛々しい口調でびしっ!とそのプレスにマイクの先を向けて鋭くシメる。

「If You Smellllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllloh! What The Rock is Cookin'(ロック様の妙技を味わいまくるが良い!)」

「ロッキー!ロッキー!ロッキー!ロッキー!」

最後に飛び出したのはいつもの決め台詞だった。
群衆の海に隠れるようにそそくさと腰を下ろすプレスの周りで怒涛のロックコール,そして大音響のロック様のテーマにセット上に上がる連発花火の轟音が会場を包む。

「ノリノリだねシンちゃん」

一緒になって両腕を突き上げ,コールを送るシンちゃんに,耳を押さえながら正直ちょっと引き気味のオレ。相沢もあっけにとられている。

「せっかくこんな間近で一緒にコールできるんだもん,むしろ北ちゃん,何でやんないのさ?!」

「んなコト言われても!」

演出だってのは充分わかるし,この場合は一緒になって盛り上がるのが多分正解なんだろう。こういうプロレス的なノリは嫌いではないのだけれども正直ちょっとキツいのだ。だってまだこういうのには慣れてないし。





「………どーやら,これで終わりかな?」

花火と大音響のBGMでお祭りのような様相と化していた会場も,喧騒が収まりつつある。選手の皆さんもセット裏へと移動し,会場から徐々に人も引け出した,そのとき。

「?!」

「!!!!!」

「なんだ?!」

耳を劈く大音響。何が起こったのかは良く分からない。分からない,が会見場の背の高いセットが乾いた爆発音の直後に衝撃でゆっくりと,ゆっくりとバランスを崩し始める。

「う,うわあああああああああっ!」

「あぶないっ!物陰に入れ!」

「きゃああああああああ!」

スタッフの叫び声と怒声が響く。
崩れだした先には,セットの片付けをお手伝いしているグラウンドガールズのお姉さま方が!

「!!」

「きゃあああああ!」

「あわてないで,その先に!!」

「うっそー?!」

逃げ惑うスタッフと水着姿のお姉さま方。

「みんな居るかー?!」

「大丈夫かあー?!」

「ふえええええええん」

そのほとんどは,どうやらセットの陰から抜けるなりそのまま逃げるなりで難を逃れそうなのであった。が,

「………っ!」

「倉田先輩!」

「佐祐理さん!」

視線の先には,足がすくんだのか,その場を動けない倉田先輩が!

「ちっ!」

たまらず駆け出すオレの横から一瞬早く伸びる黒い影。

「あ,相沢!」

オレよりも早く飛び出した相沢は,まさに脱兎のごとく,セットの先にいる倉田先輩を目掛け一直線に。

「あああああああっ!」

そんな二人の下にスローモーションのように崩れだしたセットが,重力に忠実な落下を始めていく。

「!」

(とどか,ないかっ?!)

及ばぬ己が足に,祈るように相沢に願いを託す。しかし,

「くっ!」

元が浜辺の砂地の上,どうしても本来のスピードは殺されてしまう。

「ああああああああっ!」

「いやあああああああっ!!」

微妙な差で及ばないか,誰もが目の前の惨劇の予感に目を覆う。

「?!?」

「あ………」

「………間に合った」

しかし,倉田先輩は寸前で飛び出した黒い影に,抱きとめられるようにその腕の中にすっぽりと収まっていた。

「ロック………様?!」

数秒前には影すらも見えなかった,ホテルの中で次なるイベントへと向かっているはずのロック様が震える倉田先輩をクッションのように支えていたのである。

「………だ,大丈夫か?佐祐理さん?!」

「………こっちはおそらく。ただ,彼女は?」

倉田先輩の安否を気遣う相沢に,ロック様がゆっくりと後方に視線を移すように促す。

「………舞?!」

ゆっくりと上体を起こした相沢の足元には,足元を構造材の中にうずめた,頭のもげたスカイ君のぬいぐるみ−川澄先輩の姿が横たわっていた。

「舞,舞!!」

「………う」

「………くそっ!大丈夫か?!舞!」

あわてて構造材を跳ね除けて,川澄先輩を抱き起こす相沢。

「………私は平気………佐祐理は?」

そんな相沢にかすかに微笑んで,川澄先輩は倉田先輩を眼で追う。

「………ああ,うん,佐祐理さんなら,大丈夫だ」

川澄先輩を安心させるように,穏やかな口調で相沢が囁く。

「舞,だいじょぶ?舞!!」

倉田先輩も落ち着きを取り戻したのか,ロック様に深々とお辞儀をすると川澄先輩の下にとてとてと駆けていく。

「………つっ!」

右足を動かそうとして,痛みのためか顔をしかめる川澄先輩。

「ダメだ,動いちゃ」

相沢が,無闇に体を動かさないよう穏やかに川澄先輩を諭している。
外観上目立った傷は見られないが,あの痛がり方では骨とか筋とかをケガしていないかが心配される。

「………怪我してるじゃないの,ホントに,だいじょぶなの?舞?!」

不安そうな倉田先輩。普段,おっとりとした様子の彼女がここまで取り乱すのをオレははじめて見る。

「スタッフには連絡を?」

邪魔にならないように,構造材を隅のほうに除ける作業を手伝っていたシンちゃんが歩み寄ってくる。心配そうな表情ではあるが慌てた様子はない。

「うん,救護に担架を持ってきてもらうよう頼んでる」

ホテル向こうの路地に消防車のサイレンが響き,救急車が横付けしている。
現場は事故の後の喧騒が続いているものの,ほかに負傷者らしい負傷者はないご様子,である。

「………祐一も,大丈夫なのね………?」

相沢の腕の中の川澄先輩は,確認するように。

「ああ,大丈夫だ。だから…」

「………そう,良かった」

「お,おい!」

ゆっくりと首を縦に振る相沢と,半泣きではあるが無事だった倉田先輩の顔を認めると,川澄先輩は相沢の袖を握り締めたままゆっくりと目を閉じる。

「………おい!」

「………すー………」

「………」

激痛のあまりか,それとも緊張の糸が切れたのか,そのまま気を失った川澄先輩を,相沢はゆっくりと抱きかかえて立ち上がる。
所在無げに佇む救護隊の担架をやんわりと拒否し,救急車へと向かう相沢。
倉田先輩もその後を心配そうについていく。

「…サイレンだ」

「結構な事故だからな」

警察まで到着して,事故後の慌しさが少々増して来た。

「………どーだろうね?『スカイ君』」

「んー,病院に行ってみないことには,なんともな」

「だな」

相沢が,救急車の中に川澄先輩を運び込み,倉田先輩が同乗していく。
オレとシンちゃんはその光景をただ呆然とみつめていた。





40話にもどるー。    42話につづくー。



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