#40





「…いよいよ,か。ホントにロック様来るんだよな」

「…もう会場入りしててもおかしくない時間なんだけどな」

「うん」

 翌日。

 午前中をホテルの中のマッサージルームとトレーニングルームで過ごしたオレとシンちゃんは,目立たないカッコに着替えて昼食で相沢と合流すると新規入団選手(具体的にはロック様)の会見場であるビーチへと向かっていた。

「うっわ,まぶしー」

 ビーチへ通じる中庭を抜けて,通用口っぽい扉を開け放つと,真冬にあるまじき日差しがバイザー越しにオレ達の目を突き刺す。

「うわ,何この人?!」

 結構な人でごった返すロビーを避けて人の少ない通用口側から出てきたというのに,見渡すソコは既に茶色だったり黒かったりカラフルな帽子だったりと見渡す限りの人の頭の海,であった。

「これもロック様効果ってヤツか…なんかすげーな。ラインの向こう」

 関係者用の通路と観客を隔てる細いアクリルの蛍光色のロープの向こうは,ぱっと見数百人,正確に数えたら余裕で一桁あっぷ。とても昨年最下位,(相沢を除いて)タイトルホルダーも居ない今期のウチのチームのこの時期のイベントとは思えない人,人,人であった。

「あのラインは?」

 視線を舞台方向に移してみれば,会見用にしつらえられた手間のかかってそうなセットの脇から,放射状にロープが渡されている。

「テレビのフレームの目安じゃね?」

 そう言って視線を引いて顎で示すシンちゃんの顔の向こうには,いそいそと準備をするカメラクルーの方々の姿が。

「に,してもすごいよな。三つもカメラがあるじゃん」

「あ,国営放送とか他の局も来てるね」

 ウチの親会社のクルー以外にも結構な機材を抱えて準備中の方々が会場脇にいっぱいいる。中継後に協同インタビューの場が設けられるとかそんなハナシを広報の人がしてたっけか。

「…おい,北ちゃん,相ちゃん,アレ!アレ!」

 ちょっと興奮気味のシンちゃんが呼びかけてくる。

「…おー」

「うわ!」

 血走り気味なのが自分でも解るそんなオレ達の視線の先には,

「…うっわー,良い!良いなあ!あのお尻のライン!」

「…くっそ,ここからじゃ誰が誰だかわかんないな」

「もちょっと近くに行けないかなあ?」

 遮蔽用テントの内側で談笑しながら準備中のグラウンドガールズのお姉さま方のお姿が!

「佐祐理さんどこかな佐祐理さん」

「うわ,でもみんなすっげー綺麗な脚!」

「早く,早く上も脱がないかなあ」

 おそらくは白いワンピで,ハイレグの水着の素敵ラインなそのお姿から,既に水着への着替えは完了しているのが解る。のですが,非情に惜しいことに皆様上にはお揃いの球団カラーのパーカーを羽織ってらっしゃるのでした(まあ,日が当たらないところはそれなりに寒いし出番もまだだからなあ)。

「さーゆーりーさーん?」

「倉田せんぱーい?」

 んで,倉田先輩のお姿を探しちゃったりしてるのですが角度の関係でお姉さま方の一部しか視界に入ってくれないのでありました。

「むう,ここからではやはり無理か」

「くう,残念!」

 関係者特権で行けないことはないとはいえ,テント内に突貫掛ける度胸はオレ達にゃ無く。

「…あ,スカイ君だ」

 ひときわ派手なアクションでユニフォームを馴染ませてるとおぼしきテントからちょっとはみ出したその背番号は,球団マスコットのスカイ君を示す777番。

「あーくそ,うらやましーなあ。あの中に入りたいー」

 いいよなあ,同じ部署のスタッフで。あんなカラフルな綺麗ドコロの中ってばもう最高…

「…」

「…」

「ん,どったのふたりとも?」

 エロバカ空気に当てられて思わず正直に言っちゃったオレの言葉になぜか黙っちゃった二人。

「…北川,いくら何でもそりゃ直接的すぎやしねー?」

「…公然猥褻ってば良くないよ北ちゃん。妄想は脳内で一つ!」

「え?え?」

「…そんな,舞のナカって,なあ?」

「…ねえ?」

「だー!,ち!違う!」

 スカイ君,中身は川澄先輩である。しかしながら今の外見上は単なる着ぐるみなので何かそそられるかどーかってのはそりゃ中の人に対してであるのであって…って,そ,そんな!そんな意味じゃねーわ!そりゃどー考えてもピンク色なのはおまえらの脳みそのほうじゃん!

「エローい北川エローい!」

「北ちゃんのどエッチー!淫逸ー!!」

「小学生かお前らー?!」





 そんな児戯に等しいやりとりもひとしきり。時間も程良く経過して予定時間も近づくそんな頃。

「…でも,ロック様はどこなんだろ?ホテルにもいる感じじゃないし」

 相沢がぽつん,と呟く。

「…だねー。さっきちらっと行って来たけど控え室周辺にもSP(この場合は護衛兼通訳のこと)とか居ないみたいだったしねー」

 オレ達いわゆる3バカの中で一番落ち着きのあるはずのシンちゃんが,珍しくそわそわしながら口をとがらせる。…ロック様の護衛兼通訳は,常時二名ずつ何交代かでお側に控えているとの球団マネージャーさんのお話だった。その彼らがいないということは,ロック様自身がココにいない可能性が高い。

「もう時間なのにねー…って,お?」

「…あ,おねーさま方が!」

 視線の先のテントの向こうでは,グラウンドガールズのおねーさま方がパーカーをお脱ぎになって通用口からコチラへ!

「うは!」

「ひゃは!」

 表情をだらしなくしないよう引き締めるのに力がいるのだが,くそう,無理があるぜ。
…ある人は緊張気味に,またある人はモデルのような歩き方で会場へと向かってくるお姉さま方は,白地にブルーのラインも鮮やかなハイレグのワンピース。スタイル上々な彼女たちの,ステップに合わせて揺れる胸元は,バカなオレ達の視線を釘付けにして離さな

「…バカ北川,口開いてる口開いてる!」

「おわしまった!」

 …想像以上の迫力で。

 華やかな彼女たちは艶然と,あるいはちょこっと恥ずかしそうに。
 十色の笑みを浮かべてオレ達の横を颯爽と通り過ぎていく。

「…お」

 何人目かの中にその姿を認めた相沢が横で惚けたような声をあげる。

「…どもー」

 思わず視線を止めてしまい,会釈などをしてしまうその先に

「…こんにちはー,今日はちょっと肌寒いですねー」

 ロングの髪を可愛らしく後ろでまとめて,目立ちすぎないようにアレンジして通された可愛らしいリボン。
 隠しきれない見事なプロポーションをナイスな水着に収めた倉田先輩の姿が!

「…あ,こ,こんにちは」

 うわずる声のシンちゃん。
 オレ達の前だからなのか,恥ずかしそうに両手を胸前で押さえて,歩いてくる倉田先輩。
 ストッキングに被われてるとは言え,悩ましげに食い込む水着が作り出す足の付け根のラインが,オレ達を凶悪に刺激して止まない。

(げげっ!)

(うわっ!)

 ラインを見せるのが恥ずかしい,な感じの胸元の隠し方は,迂闊にもヨセアゲ効果になっちゃってる。もともとその見事な胸の果実をかえって際立たせてしまい,オレ達にとっては大いなる逆効果であった。

「…どうもー」

「…がんばってくださいねー?」

「…ふぁいとっすふぁいとー」

「はいー,がんばりますー」

 のんびりとした声のトーンを耳に残して通り過ぎる倉田先輩をただ振り返って呆然と眺めるオレ達の眼前。

「…うっ!」

「ちょ…!」

「ああっ!」

 ちょっと離れたところで立ち止まり,その細い指先で,くいくいと水着のお尻のラインを引っ張って調整する佐祐理さんの仕草に

「…ああ,くそっ!!良いなあアレ!」

「すまん,オレもうダメかも」

「ああ,あの水着に!水着になりたい!」

 思わず暴走する股間を必死に宥めつつ悶え狂うバカなオレ達なのでした。
 
 だって,だめだよー。
  
 反則だよーアレー。





「…そろそろ,かな?」

「…ん,後3分くらいかなあ?」

 腕時計で時間を確認して,会場の方を見やるも,何の変化も見られない。

「来日はしてるのかな?そもそも」

「いや,ソレは昨日ニュースであっただろ?」

「だっけか?」

 そんなやりとりをしながら,ざわつく場内を眺めてしばらく経つ頃。

「Woooooooo!Pies'n Strudels,The Rock has come back to…」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「おわ!」

「ひゅー!」

 大音量でスピーカーから流れ出すその口上(?)に,

「オ・キ・ナ・ワ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「ロッキー!ロッキー!」

 ご当地コールに,青空に舞い上がるその歓声と怒濤のコール。
 本人の影すら見えてないのにこの盛り上がり,である。

「ロック様は?」

「ひょっとして,アレか?」

 そんなコールの中に混じる,ようやく聞き取れるよな微かな金属音が,ほんの数秒後には急に大きな爆音に変わる。
 球団エンブレムをマーキングされた大きなヘリコプターの優美なラインが,オレ達の頭上に一瞬の影を残して会場上空に達したのだ。

『皆様,お待たせ致しました!選手,入場です!』

 ヘリのエンジンとロータの回転音の作り出す爆音に負けない豊かな声量のアナウンサーのシャウトが,会場に響きわたる。
 その紹介が終わるやいなやなタイミングで,会場のあちこちにしつらえられたスピーカーから一斉に重低音のロック様のテーマが流れ出す。

「ロッキー,ロッキー!ロッキー!ロッキー!ロッキー!」

 会場の観客スペースにあふれ出さんばかりの人の海の作り出すロッキーコールのむこうで,砂塵を巻き上げてヘリコプターが着陸する。

「…いよいよだね」

「…ああ」

 固唾をのんで見つめるオレ達の前の向こうの,砂浜の駐機場所に伸びるウオークロール(通路を示す絨毯のようなもの)の端っこに,ヘリがドアを開けた。
 スタッフがしつらえた降機用のタラップを,まずSPの二人が降りてくる。

『まずは』

 タラップの横に隙のない動作で収まるSPに続いて,大柄なブロンドの選手が姿を見せる。

『ショーン・ウォルトマン選手,投手,背番号41!』

 角張った顔に太い眉。2mを越える際立った長身から投げおろす150km台の直球とチェンジアップで3Aで防御率2点台をマークしたことのある速球派,とのふれこみである。交渉が難航して来日が遅れているガラハドの予備として契約したとはシンちゃんの情報。

『マイケル・チャッカー選手,投手,背番号42』

 次に現れたのは,ドレッドヘアにやや両目の離れた個性的な顔立ちの,浅黒い肌の選手だった。黒人とプエルトリカンのハーフの彼は,細身の体ながら独特のフォームから160kmを越える速球を放りこんで来るというやはり速球派の投手である(やはりシンちゃん情報)。にこやかな,と言うよりはふざけてんじゃないのかというその明るすぎる表情からはとてもそんな風には見えないが。

『ロッキー・ドゥエイン・ジョンソン選手,内野手,背番号…』

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

「ロッキー!ロッキー!ロッキー!」

 本人登場で勢いを増した怒濤のコールの中,最後に現れたのは,『ザ・ロック』ロッキー・ドゥエイン・ジョンソン。

「…ありゃ?」

「ロック様,ユニフォームじゃないなー」

先の二人がユニフォーム姿なのに対して,彼だけは黒いスーツに身を包んでいる。

「…」

 ゆっくりと会場を一瞥した彼が,先に降りて待つ二人の後ろに歩を進める。

「…うわー」

「…絵になるなあ」

 ロック様が数メートル後ろに進んできたタイミングで,先行の二人も歩き出す。会場に響く音楽のテンポに絶妙にあったペースでの3人の入場は,さながらアーティストのライヴかアメリカンプロレスのそれのような,そんな華やかさである。

「…お,始まるな」

「…ああ」

 やがて3人が,ウオークロールの上から会見用のシートに到着する。
 10名ほどのグラウンドガールズも,統一された見事なウオーキングで選手に続いて,シート後ろに陣取った。倉田先輩も見事にポーズや表情を合わせて,ロック様の斜め後ろにモデル立ちである。

「…すごい絵面だよなー」

「うん」

 そんな中,球団の社長や常務,その他のお歴々もウオークロールから会場入りしてきた。
 オレもシンちゃんも相沢も押し黙る。さあ,ようやく開始だ。





39話にもどるー。    41話につづくー。



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