#4


相沢の気合いは,見た目の本人よりもタマそのものに乗っかっているようだ。

2番手捕手のツルオカさんのリードとほぼ違わぬところにたたき込まれるストレートは,7回から球威に変化はない。いやむしろ今の方が確実にキレと共に増しているように思える。

ストレートとスローボール,そして小さく鋭くキレる相沢の高速スライダーに,サイドワインダーズの1・2番はタイミングを合わせることが出来なかった。

2者連続三振。

額に浮いた汗を拭い,帽子を目深に被りなおして,ネクストバッターズサークルの堂々たる体躯の,サイドワインダーズの3番打者を睨め付ける相沢。





近年,打席や登板時に,選手のエントランステーマを流す球団が増えている。

当然ウチの球団もやっているのだが,マダ今日が初打席のオレには当然そんなモノがあるわけもなく。

いつかそういう身分になってみたいなあ。





がしゃあん,というガラスの割れる効果音と共に,球場に鳴り響く重低音のベース音とギターリフ。

パフォーマンスなのだろうか。

バットボーイに手渡されるマスコットバットは,決して貧弱そうに見えない彼が思わずよろけてまともに持てないような程,重そうなウエイトを付けている。

威圧感,という言葉を体現するかのような髭面,スキンヘッドの大男がやはり眼光鋭く相沢を睥睨しつつ,ゆっくりとバッターボックスに歩み入る。


「3番レフト,ストーンコールド!背番号44!ストーンコールド,背番号,44!!」


いよいよ最後の打者。

ライトスタンドや内野席の轟音に近い応援が球場を包む。

打率は3割にわずかに届かないが,今シーズン既に39本の本塁打を放ち,そのパワーを存分に見せつける元3Aの怪物。

本日も両軍併せて唯一のホームランを左翼観客席にたたき込み,サイドワインダーズ唯一の打点を上げた「ストーンコールド」がマウンド上の相沢を睨め付ける。

相沢は,ツルオカさんのサインに,軽く首を縦に振ると,特徴のある,ややスリークオーター気味なオーバーハンドから第1球を投じた。


「いい度胸だわ相沢のヤツ!」


胸元ぎりぎりに投げ込まれる相沢のストレートに,思わず感嘆の声を上げるアイカワさん。

ベンチのテレビモニターでのリプレイを思わず確認する。

明らかにボール球ながら,立てた親指を下に向けるような挑発的なそのコースの投球は,確かにナイス度胸。

顔色一つ変えずに眼光だけをより鋭くして自分をにらみつけるストーンコールド(コレもスゴいが)に,全く無表情に返しダマを受ける相沢。

190cmはあろうかという巨体に丸太のような,との形容がふさわしい筋肉質の二の腕。夜道で会ったら即ダッシュで逃げの一手だ。

相沢は軽く帽子を被り直すと,またもツルオカさんのサインにうなずく。

第2球。





「Damn!」


ベンチまで聞こえる憤りの唸り声。


「ストライク!」


ストーンコ−ルドの顔色は一段と険しくなる。

相沢の投じた,先程のストレートと同じ軌道のスローボール。ただし,やや真ん中よりの今度はストライクコース。

打席の中で,首をならす仕草のストーンコールドの顔は真っ赤だ。

相沢の表情に,特に変化はない。

ツルオカさんがサインを出した。

眉が微かに動いたように思えたが,相沢はそのまま投球動作に入る。

第3球だ。





巻き起こる大歓声。

鋭い打球音と共に,タマがレフト方向にいい角度で舞い上がる。

胸元のインコース寄りに投じられた相沢のストレートは,器用に畳まれたストーンコールドの腕から振り回されたバットに弾き返されていた。





腕を腰に当ててバツの悪そうに軽く舌を出す相沢。

スタンドインを確信したストーンコールドは1塁を回ったところでベースランニングのスピードを落とす。





ところが。





突然伸びるのを止めた打球は,急激にその高度を失いフェンスの上段に当たると,外野へと転がった。

歓声が,一転ざわめきへと変わる。

神宮名物と称されるスタンドのカラフルな傘達も所在なげに揺れる。

すかさず捕球してショートへと返球するスズキさん。


「?!?」


ストーンコールドは訳が分からないまま,セカンドを回りかけたところでストップ,そのままセカンドへと戻った。

バックアップ定位置に付いている相沢も不思議そうな表情。


「球が相当重いのか,ストーンコールドがムリヤリ打ちすぎたかあるいはその両方か?」


とは,タシロバッティングコーチの弁。

ともあれ,2アウトランナー2塁。

バッターはレミール。

去年までサイドワインダーズの4番だったレスナーが,破格の年棒でジェントルメンに引き抜かれたため,5番から昇格した右の主砲だ。長打力はそれほどでもないがこの2年は常に3割1分台をキープするアベレージヒッタータイプの好打者だ。





ふう,と一息ついて額の汗を拭う相沢。

心なしか表情にうっすらと疲労の色が見える。

打席で軽くバットを振りながらタイミングを計っているレミール。

ツルオカさんがサインを出す。

相沢はゆっくりと首を縦に振ると,構えた腕を全力で振り下ろす。





前傾姿勢のレミールは思わずのけぞった。

そのレミールの横をわずかにかすめながらストライクゾーンの中程に収まる相沢のスライダー。

ひゅう,と口笛のレミール。

楽しんでいるかのようなおどけた仕草。

ツルオカさんは相沢にサインを出す。ちょっと眉が動いたように思えたが,相沢はそのままモーションに入った。





レミールの顔色が変わる。

全く同じところに,同じようなスライダー。

鋭くミットに収まったソレを,ツルオカさんは機械的に相沢に返球する。

レミールは,憮然とした表情でバットを構え直す。

ツルオカさんは静かにサインを出した。

相沢は首を軽く縦に振ると,モーションに入った。

第3球だ。





グラブを弾かれた。

レミールが一塁側に一完歩を終えると同時に再び神宮に大歓声が巻き起こる。

ライナー性の打球に鋭く反応した相沢だったが,甘く入ったストレートはそのままセンター前にバウンドする。

幸いだったのは,ダッシュがやや遅れたストーンコールドが,本塁まで帰ってこれなかったことだろうか。

………2連続ヒット。

ちと,やばいか?




ツルオカさんがマウンドに向かう。一言二言交わしていたようだが,相沢の表情に,特に変わったところもなく。

相沢は次の打者,左のイワムラさんを迎えた。

やはり緊張があるのだろうか。コントロールの乱れか配球ミスなのか,オレには判断が付きかねる。

ただ,間違いなく言えるのは,今は割とピンチだってコトと,ココで相沢が何とか押さえきったらヤツに初めての勝ちが付くってコトだ。

ツルオカさんが相沢にサインを出す。

相沢はゆっくりと首を縦に振る。

初球だった。

イヤ,初球になるはずだった。















主審は高々とコールした。


「ゲームセット!」


………嬉しそうな顔で引き上げてくるナインと相沢。

ベンチの前にはみんな飛び出して,戻ってくるみんなをハイタッチで迎える。

一塁ベースの上では,レミールが塁審に食い下がっている。

サイドワインダーズの監督もコーチも抗議を続けている。

しかし,判定は覆らない。





「やったなあ相沢,どうだ初めての勝ちは!」

「………良く踏ん張ったなあ,ありがとう!」

嬉しそうに監督や今日の先発のサイトウさん,ピッチングコーチの前でお辞儀をする相沢。


「よう!今日のヒーロー!」


「この麗しい友情!イヤ愛情かもはや!」


「やるなこのホ○野郎!」


「今日の酒はうまいぞー?」


オレはというと,もうベンチの皆さんにど突かれまくり。

アタマをぐりぐりやられたり尻はたかれたり。

一部心ない誹謗が混ざってるような気もしないでもないがまあイイですサイコーです!





「相沢!相沢ー!」


歓喜の渦の中に相沢を捜す。


「おう,キメたったぞこのやろー!」


白い歯を見せて,ニカッと笑う相沢。


「なにいってやがんだテメー!まあイイやオレの打点はムダになんなかったしな!」


オレだってハイだ。サイコーの気分だ。

ホントに嬉しそうな相沢とハイタッチ。


「今日は!」


「………今日は!」


「ハネたらさっさと飲みに出っぞー!テメエのオゴリで!」


同時にわめく。

まあイイや今日は何だって!

明日のことなんか,そのときに考えてしまえ!

もう今日はドコまでも突き抜けたい気分で一杯です!










ふと気が付くと,グラウンドの上はキーパーさん達だけだ。お客さんも帰り始めている。

レミールも,もういない。

サイドワインダーズの首脳陣の方々も,もうベンチへと引っ込んだようだ。










相沢の初勝利とオレの初勝利打点は,牽制死によって決まったのだった。

3話にもどるー。    5話に続くー。





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