#38





「…」

「…」


 記者会見のテーブルの前で,激しい火花を散らしながら睨み合う日米の本塁打王(ロック様はおととしのメジャー最多本塁打)。

「…」

「…」


 ロック様とストーンコールドの圧倒的な存在感とその迫力。異なる道を歩み,それぞれの頂点に辿り着いた二人のプライドが溶岩のようにぶつかり合う様に,TVの液晶が沸騰して爆発しそうな錯覚さえ覚えるのでした。

「……」

「……」


 テーブルの上に用意された契約書は4通。

まず『東京ジェントルメン』

 言わずとしれた『球界の盟主』。東京水道橋の東京セントラルドームに本拠地を置く,日本プロ野球の中でもっとも歴史の古い球団である。新聞社を親会社に持ち,誕生から現在に至るまで,常に優勝争いを宿命づけられたこの球団は,資金力,メディアへの露出度共にトップ(そのブランド力から選手の間での人気も根強い)なのです。

 近年は主力選手の高齢化と若手の伸び悩み,投手陣の不振などなどの理由により,Aクラス入りがようやくというところが最近の傾向。

 全国区の人気球団としての宿命か,成績の低下に応じて子会社であるテレビの野球中継の視聴率も下がり気味である。このままだとテレビ中継も減らされてしまい,主催一試合億単位とも言われる放映権料にも響きまくる,ということでメジャーで人気実力とも群を抜くロック様の獲得には並々ならぬ熱意を持っているらしいのである。

 ロック様の旧所属先の球団とも業務提携を行っていたりとそれなりに関係も深く,各種メディアを通じてジェントルメン入りを既定路線気味に報道する等露骨なアプローチを続けていることも皆の知るとおりなのでありました。

 次に『福岡ストライクホークス』

 九州は福岡に移転してそろそろ20年になろうとするパ・リーグの球団。世界のホームラン王,オー氏を監督に迎えて数年,積極的なドラフト戦略が功を奏し前世紀末から成績が急上昇,常に優勝争いに顔を出し,西日本(主に九州)での人気が抜群な球団なのです。

 最近親会社がスーパーチェーンからIT企業に変わり,唯一の弱点だった資金面に不安が無くなった今,常勝球団へ向けてさらに貪欲に補強を進めるこのストライクホークスも,(おそらくは)親会社の宣伝を主理由に,早々と獲得へ名乗りを上げていました。

 そして『北海道フリーダムファイターズ』

 もともと東京ジェントルメンとフランチャイズ球場を共有していたのですが,親会社の企業戦略の関係で北海道へと移転したパ・リーグの球団です。ここのところ投手力の整備が急速に進み,若手野手も着々と育ちつつあるのですが如何せんベテラン層の衰えが著しいのが悩みの種と言ったところ。

 福岡と同じく地域密着型の球団運営を目指すこの球団も,地元企業群の全面バックアップによる新生球団のアピールと本気の優勝を狙いに,獲得に名乗りを上げました。
 (あとココには太平洋リーグで仲良くなった相楽君や桜井君がいるんだな)

 最後に,我が『横浜スカイレイダーズ』

 説明するまでもないオレ達の球団なワケですが,残念ながら去年は最下位に沈み,なおかつ主砲だったタイラントも中名に引き抜かれ目立ったFA補強も行えないという結果になってしまいました。
 
 しかし,オフ突入直後に親会社がTV局になって資金面が改善されるなど条件が整い,編成上も補強ポイントがぴたり合致するロック様はまさに打ってつけ。来てくれるものならば是非に!との思いはファンならずとも,というワケではあるのですが。

 ともかく,ロック様の契約については具体的な条件が明らかにされているわけではないです。現時点でのすべては憶測に過ぎないので。
 
「…」

 熱気をはらんだ沈黙が続いていた。

「ストーンコールドよ」

 気の遠くなるような,しかし迎えてしまえば瞬くほどなその間のあとに,ゆっくりとロック様が口を開く。

「極東の球界の王よ」

 ロック様は,ストーンコールドから視線を逸らさずに,立会人に合図を送ると,契約書を手に取る。

「比べ合おうじゃないか」

 おもむろに,添えられた万年筆を手に取り,素早く,鮮やかに契約書にサインを行う。契約書を綴り込んだそのバインダーに,そっと力を込めて,再度ストーンコールドと向かい合うロック様。

「貴様とオレの」

 再び鋭い目つきのままストーンコールドと睨み合う。

「どっちが上か!」

 短く,そしてはっきりとした対決宣言。
 ストーンコールドも,そのロック様の挑戦を手を腰にした仁王立ちのまま承諾する。

「…ロック様は」

 ゆっくりと,ロック様がカメラに向けて,契約書を示す。

「栄光を自らの力でもぎ取るからロック様なのだ」

 熱く,そして決然と。

「If You smell,what The Rock is cookin'…(ロック様の妙技を味わいな…)」

 みんなが画面を凝視する。

「at」





ごくり





「YOKOHAMA!(横浜でな!)」

 そして大写しになった契約書には,横浜スカイレイダーズの名前とロック様の署名!

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 画面の一角からの横浜ファンの大歓声と,一斉のどよめき。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 画面のこちらがわでは大歓声が。





「…」

「…」


 宣言を終えた後,ロック様は再びストーンコールドと向かい合う。

「ロッキー!ロッキー!ロッキー」

 幾分(多分ジェントルメンファンが落胆したためと思われる)勢いは落としたと言え,ド派手なロック・コールが続く中,ストーンコールドが再びマイクを握る。

「…どうやら…」

 静かに口を開いたストーンコールド。

「このオレ様が『ザ・ロック』に失望することはなかったようだ」

 そー言えば,この人(ストーンコールド)大のジェントルメン嫌いだったもんな。

「…ボトムラインからの勝負を選んだ貴様の選択に祝福と後悔を与えてやる」


 あ,くっそー。最下位だってのは気にしてんのに!

「思う存分殴り合おう」


 ゆっくりとロック様に向かって手をさしのべるストーンコールド。

「この極東で,このセ・リーグで」

「望むところだ」


 ぱあん!とそのままハイタッチのロック様とストーンコールド。
 恐ろしげな顔で睨み合いながらのその所作は,とても健闘を誓い合う,という風情ではない。まだまだ続くロックコールの中,颯爽と退場するロック様を撮しながら,事態の説明に明け暮れるアナウンサーやレポーターで狂乱の会場の中,ただただ中継は続いているのでした。





「…エラいコトになったね」

「…まさか,こーゆーオチになるとはね」

 寮の食堂はまだ熱が冷めやらない。
 そりゃ,そうか。何せロック様なのである。
 タイラントの代わりなんてそうそういないよなあ,なんて話してたトコロにいきなりロック様なのである。

「いやしかし,恐れ入りましたー」

 ぽん,と膝を打って立ち上がる,感じ入ったような,紅潮した頬のシンちゃん。

 −ロック様。比肩しうる者はもはや伝説のみとも言われる,その存在。

 オレや相沢のような,いわばまだあまりこの業界ずれしていない人間にこそ実感の程は湧かないのだけれど,シンちゃんにしてみれば小さな頃からの憧れの,メジャーリーグのそのてっぺんがこんな間近に,しかも同じ球団に現れたのだ。興奮しない方がどうかしてるのかもしれない。

「…気合い入れて行きまっしょー!」

 目標の見せる具体的な背中に燃え上がるシンちゃんの瞳。
 今ひとつその衝撃がどれほどのものなのかを実感できないオレも相沢も,シンちゃんのただならぬ熱気に驚きを覚えながも,来るべき今シーズンに向けて少々姿勢を正してみるのでした。主に精神的に。





「うおーい,一軍組はそろそろトレーナー室に一旦集まってくれやー。自主トレ中の内容確認すっからさー」

「あ,いけね,そーだった」

 ロック様の記者会見に見入っている間に,気がつけば,トレーニングコーチの呼び出しの時間が来ちゃってました。

 そーなのです。嬉しいことにオレ達3人はなんとキャンプ一軍スタートなのですね♪
(去年帰り際に言い渡されてたのです。だからというわけではないのですが,自主トレにもえらい気合いが入りましたし)

「とゆコトで,明日は何便だったっけ?」

「昼一だったかな?10:00にはココ出ねえとな」

「あ,いけねー,準備してねえ」

 それにつけても,明日からはいよいよキャンプインなのである。
 場所は,暖かい沖縄。練習メニューも若手はなかなかハードなものになっているのですが,そこはそれ。ちゃんと自主トレをさぼってなかったオレ達は一応初手から全開でも全然構いはしないのです!なんたって一軍スタートなんですよ。俄然やる気も出ようと言うもんです。

「うおーい,北川ー,はよせんかー!!」

「ごめんごめーん!」

 っと,ココでばっかり気合いを入れてもしょうがないな。

 …今シーズンもがんばらないとなあ。






37話にもどるー。    39話につづくー。



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