「ぬううううううううううん!」

「ふんぐぬうううううううう!!」

風の通り道を山がふさいでるお陰で,それほど寒さのない入り江の,ちょこっと奥の方。

「ぬうりゃあああああああああ!」

「どおりゃあああああああああ!!」

波打ち際から少し離れた,灰色の砂浜の直線の上で。

「ぬううううううううううううう!」

「んおおおおおおおおおおおおおお!!」

「はいはいはいはいはいはいはい走れ走れ走れー!」

「だあああああああああああああっ!」

「よっしゃ勝ったあ!」

「ちっきしょおおお!」

『そろそろ瞬発力を重点的に鍛えまっしょい!』とのシンちゃんのご提案で,電車で揺られて30分なこの浜辺で,50メートルダッシュを繰り返しまくって迎える本日は自主トレの最終日。

「くっそー,トップスピードは良い感じについてきてんのになー」

「北ちゃんはスタートの時のバランスが悪いのさ。もーちょっと,こう…」

ランニングを延々と続けるメニューの多かった相沢も,打席に立つ機会を考慮して今回はついてきてるのだが,

「うーむ,どうもダッシュがつかないよなー」

延々とスタートの練習を繰り返してばっかなのである。

「ぬん!」

「ぶわ!」

「あ,わりい!!」

蹴り脚の上げる砂や凄し。さすがに毎日の走り込みは伊達じゃないってトコロなのですが,

「余計なトコロに力はいってるっぽいんだよな,ソレ。もーちょっとフォームを…」

「…こう?!」

「ぶへ!」

「だめだめ,もっとこう,まっすぐ後ろに脚を送る感じで…」

「難しいー」

「ほらほら,これちゃんとやれば半歩早くベースにつけるようなるんだからさ」

さすがシンカイ大先生,甲子園常連校で培う練習法ってばすごく参考に。

「ひー」

「ふー」

「おし,そんじゃ最後にダッシュ10本やって打ち上げと行きますか!」

「えー?!まだやんのー!?」

「こんだけカラダあったまってるんだし,やっとこーよ?相ちゃんは,どう?」

「オレはどっかの軟弱アホ毛と違って走りこんでっからな。まだまだ行けるぜ?」

「んだとコラ?!」

「やんのかコラ!?」

売り言葉に買い言葉。ああ…進歩無いなオレ達。





「いえええええええええええい!」

「あーくっそ!やっぱバネの温まりきった北ちゃんには勝てねーか!!」

「くっそー,瞬発力勝負は分が悪いや」

そんなわけで(どんなわけだ)最後にようやくオレがシンちゃんを交わして,ビリっけつの相沢に本日の打ち上げをおごらせることに成功したのでした。

「ちっきしょー!」

「ああ,気分良い♪」





#37





「おーいアホ毛,ちょっと来いよ!」

「なんだね負け犬君」

「んだとコラ!」

「やんのかコラ」

「相ちゃん北ちゃん,何やってんのー!早く早く!!」

「お,そーだった。はよ来いよ,ちと見物だ!」

「え,なになに?」

 ソレは,良い気分で寮の下の洗濯物置き場に汚れ物をぶち込んでランドリーを回して一服としゃれ込み始めたときのことでした。

「おーい,こっちこっち」

 手招きするシンちゃんの前には,若手の黒山の人だかり。

「どったの?」

「いやほら,この間,ウチのグラウンドにとんでもない人が来たじゃん?」

 そう,あのでかいわごついわそれでいてとんでもない動きをする,あの。
 
「ああ,相沢の勝負球をいともあっさりとセンター前にぐわ!」

「うるせえよこのバカ」

「…うう」

さくっと裏拳で顎を打ち抜かれて悶絶なオレを華麗にスルーしつつ,シンちゃんが続ける。

「ま,ソレで,今から入団会見するらしいんだわ」

あー,なるほどな。そういえば,今日契約してその足でプライベートジェットでアメリカに帰るというハナシだったなあ。

「あ,やっぱ新聞でさんざんっぱら書かれまくってたみたくジェントルメンなのかな?単年でも12億とかそんな感じで超VIP待遇らしいしさ」

 そりゃそーだわな。日本では一番のブランドだし資金力もあるし,住居とか家族の生活への配慮(「ザ・ロック」は既婚者で子煩悩みたいなのである)いろいろとバックアップも大きいんでしょうしねぇ。

「あ,それがな」

 なんでも,シンちゃんが言うところによれば,その超大物外国人内野手,「ザ・ロック」が,本日帰国直前に成田空港の特設会場で,契約球団発表の記者会見をするとのことなのである。

 遅ければ帰国後とも言われていたその発表が,この形式で,しかも自らの主催で行われることが決まったのが昨日夜遅くだったらしく,ウチのコーチやフロントの人の動きもも,急に慌ただしくなり,つい先ほど成田に急ぎ向かったとのことらしいのである。

「ほえー」

「やっぱ,超一流ともなるとこのくらいやることも派手なのかなー」

「あっちじゃ結構会見とか派手なのよね」

そういえば,結構マメに記者会見とかシーズン中にも開いてるよね。メジャーは。

「ふーん」

「お,そろそろかな?」

 テレビの画面が切り替わる。
 カメラの砲列と記者やマイク,人の渦に騒然とした会場の様子が映し出される。

「お」

「おおおおおおっ!」

 さすがは超有名人。シルエットだけでも沸き立つ若手のみんな,…って良く知らないのはオレだけなのか。

「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 寮の食堂の巨大な液晶テレビに大写しになった,あの「ザ・ロック」のサングラス姿。

『ご機嫌麗しゅう,ロック様。本日はあなたが日本の球団とついに契約を結ぶということで…』

 通訳のブロンドのおねーさんが,「ザ・ロック」へのインタビューを開始する。

『…契約の問題があって以来,貴方の米国の球団との…』

「It doesn't matter what do you think! !!(貴様の知ったことではない!!)」

 一方的にまくし立てるインタビュアーのお姉さんのマイクを制するように指をしゅっと突き立てて口をつぐませる「ザ・ロック」。

『ロッキー!ロッキー!ロッキー!』

 記者会見場を取り巻くファンやノリの良い野次馬の声に陶然と耳を傾ける「ザ・ロック」いや,その姿−このなんとも言えない間の取り方とその堂々たる佇まいはそう,

『ロッキー!ロッキー!ロッキー!』

−正に,「ロック様」。

『ロッキー!ロッキー!ロッキー!』

「…Finally…(とうとう)」

 ロック様が,ゆっくりと口を開く。
 早くもなく遅くもない独特の所作で,サングラスを外しながらインタビュアーからマイクを奪うと,カメラに向けた鋭い眼光で。

「The Rock has come back to Japaaaaaaaaaaaaaaan!!(ロック様が日本に帰ってきたぜ!!)」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「うわ!」

 ロック様の堂々たる大見得?に,画面の中でも,テレビの前でも観客大爆発。

「やったやったやったやった!」

 大喝采の若手と対照的に状況の掴めないオレと相沢。

「これこれこれ!コレが聞きたかったんだああああああああ!」

 シンちゃんの体を震わせながらのガッツポーズに思わず質問してみると,アメリカで「ロック・トーキング」と呼ばれる試合前後のインタビューのさい,ロック様がご当地で必ず語る前口上,とのこと。
 はじめて来る土地はおろか,バリバリのビジターのゲームでさえ,このロック・トーキングの時には異常に盛り上がりまくるのだそうな。

「The Ro…『待ちな!!』

 んでこのあと,絶妙にご当地ネタを織り交ぜつつ今夜のゲームの展望を「ロック様的に」尊大に語ってみせるのが定番らしいのだが,

「お?」

 画面の横に,ぬっと現れた黒い影。

『…ステーツじゃ随分と幅を利かせてるそうだが,ココでもそう簡単に行くと思ったら巨大なミステイクだぜ』


「…」

『トーキョー,ホッカイドー,フクオカ,ヨコハマ,ドコと貴様が契約しようが知ったコトじゃないが』


「あれは…」

『…ココは,オレの場所だ,覚えとけ,この…』

 スキンヘッドの巨大なシルエット。ソレは去年ホームラン王と打点王の二冠を達成し,今期は京阪タイガーフリーツに移籍した,

『…ストーンコールド・スティーヴ・オースティン様のな!』

「…」

『…』

 両手揃えた中指をロック様に向かって突き立てる,あのストーンコールドの激しい挑発ぶり。
 アメリカの3Aから日本で大ブレイクを果たした,実は苦労人だったこの怪物と,ルーキー時代からバリバリのメジャーを突っ走ってきたこの天才肌の怪物は,やはるというかなんというかソリが合わないようであるらしい。

「…」

『…』

 ロック様とストーンコールドが画面の中で激しく睨み合う。

『…どうした?さっさと契約書にサインをするんだな?』

 ストーンコールドが指さす先には,豪奢なテーブルの上に載せられた,4枚の契約書。
 番組の最初の説明では,順調に行けば,ココでロック様がその中の一枚にサインして契約発表となるはずだったのである。

 しかしストーンコールドの思わぬ乱入ですっかり怪しい雲行き,である。

『…その瞬間,オレは貴様をたたきのめす根拠ってヤツを手に出来るんだ!!』

 どー観てもショー的なその演出に「完全に裏でシナリオがあるんじゃないかな?」とも思ったのだけど,ソレにしちゃこの二人,役者でも何でもないのに決まりすぎてる。

 …この会見は1チャンネルを除いてすべてのチャンネルで同時中継されてるみたいなので(既に契約が決まってる場合は対象球団の中でテレビ局を系列に持ってるところの独占中継になってることがほとんどなので),ロック様案外ホントにまだ決めてないのかもしれない。

『…』

『…』

『…』

『…』

 なおも,激しく睨み合う二人の怪物。
 視線で人が死ぬんじゃないかと思えるほどの,顔を近づけた視殺戦,である。

「…」

「…」

 オレ達は,画面に吸い込まれるように,ただただそんな二人の様子を固唾をのんで見守るのであった。





36話にもどるー。    38話につづくー。



Back