ぱーん
「お,結構良い感じだな」
すぱーん
「ふふん,漸く走り込み主体の練習もきつくなくなってきたしな」
すぱーん
「北ちゃんも動きにキレが出て来たね。早め始動は正解じゃん」
「シンちゃんこそ」
三人で試合球を使ったキャッチボールを始める1月20日。キャンプインまで後10日そこそこで,のんべんだらりなオフに比べて,カラダも大分イメージ通りに動くようになってきている。
寒い季節にも小春日和。ランニングの後,怪我防止のための柔軟を入念に行ない,ボールを握る。
何度かのスロー,トスの後,こうやってびしばしと投げ回してるのでした。
「んでさ,シンちゃん」
何十度目かのスローイングの後,相沢が口を開く。
「フォームチェックと試投をしたいんで,振らなくてもいいからバッターボックスに立ってみてもらって良いかな?」
「お,気合い入ってんね?」
ぱす,といい音をさせてキャッチングの後,にやりと笑ってシンちゃん。
「どーでも良いけどあんましとばすなよ?まだ寒いんだからな」
「へへん。…ここ二ヶ月半の走り込みで作った土台ってヤツをさ」
口の端を軽く釣りあげる,悪戯敢行時に良く見せるその笑い方で,
「おわ!」
どすん,と手投げにしては重いタマをオレの胸元に投げ込んでくる相沢。
「…確かめてみたいんだ。お前もつきあえよ?北川」
#35
「言っとくけど,全力は無しだぞ?」
練習用のプロテクターを装着して,フェイスマスクを久々に付けながら,相沢にご注意。
結果的にゴールデンルーキーとは言え,怪我に対する耐性は未知数な相沢である。去年終盤の連投後,ストレッチ以外で肩を使っていないとは言え,メディカルドクターとトレーナーさんが居ない間は,不測の事態はやはり避けたく。
「わーってるよ。流石に全くのトーシロじゃねえんだ」
オレやシンちゃんが準備する間,マウンド横で肩や肘,指の具合をチェックし,ストレッチを入念に繰り返す相沢が,やや憮然としつつ答える。
「とりあえず,現時点で試せるところだけ試しときたいんだ」
「おっけーわかったわかった」
普段,マウンド上では表情らしい表情を見せない相沢だが,珍しく投げ気に逸っているのか落ち着きがない。
「お,投げたくってうずうずって感じだね」
アタマに引っかけたヘルメットを,まともに被り直し,バッターズボックスに向かってくるシンちゃん。
「…シンちゃん,やる気満々じゃん」
「おうよ♪」
重めのマスコットバットと,試合用のバットを両手でぐるりと一巡り。
ぐいぐいとバットを支柱にカラダにストレッチを軽く入れて,にこにこと打席に向かってくる。
「オレだってさ」
「?」
「早くバットを振りたかったのさ」
そういって,にやりと笑うシンちゃん。
「とりあえず,怪我はよそうぜ,お互いな?」
ベースの後ろにしゃがみ込み,捕球体勢に入りながらオレ。
「ああ」
マウンド上の相沢に向ける表情は分からないが,その声はもはや真剣そのもの。
ま,そーだな。
真剣にやるってのは
(ど真ん中に)
大切なことだ!
(来い!)
「おわ!」
新年初の第一球目は,内角高めに外れる。
捕手の習性かカラダが勝手に反応し,シンちゃんのバットの横をかすめた相沢の暴投気味のまっすぐをミットに収めるオレの左手。。
「力みすぎ!」
「おわ,びっくりしたー」
「悪い!」
目を白黒させるシンちゃんに,返球のタマをキャッチしつつ謝る相沢。
明らかにマウンド上でバランスを崩した相沢は,指先だけで軌道を修正して何とか捕球可能な範囲にタマを集めたのだが,まあミゴトに大ボール,である。
「しかしま,投げ初めの球威じゃねえなコレ」
それでもなお,賞賛気味にシンちゃん。
「ね,イイの来たら,引っ張って良い?」
お,完全に打ち気が出たのか勝負宣言。
「おっけーだ!んでは,2,3球くらい投げたら,真ん中方向に行くよ?」
「あいよ!」
げしげしと足場を固めつつな相沢。
やる気は俄然,出たようだ。
ずばぁん!
「おわ!」
しゅぱん!
「お!」
ずどん!
「うっわ!」
ソレは全部,ほぼ同じコース。
あまり力を入れて投げてるようには見えないのに,
「手の振り軽いのにな」
「ああ,どーなってんだ」
「ふふん。イメージ通り!」
ほとんど同じフォームから,違う手応えのストレート3連発。
多分,全部意図的に球速を変えてみせたのだろう。
…大体の人は分かってるとおり,野球ってば一筋縄ではいかないのです。決め球って大切だけど,フリの投球に変化を付けるのに,今のところの相沢の回答の一つがコレなのでしょう。
「おっけ。んじゃ,次は高めに入れるので,行けそうならがんがん振っててってよ」
「らじゃー」
ゆっくりと,バットをカラダの前で二,三度切るような仕草を見せて肩の後ろに担ぎ,タイミングを取りに入るシンちゃん。
「…ぬん!」
「おわ!」
正確に,三度目と同じコースに飛び込んできた相沢のまっすぐは,金属音と共にサード方向へと弾かれる。
「あっちゃ,長打コース…」
「うっそだろ?手応えではスタンドインなのに」
お互いにバツ悪げな相沢にシンちゃん。
…さらに微妙な変化を増したストレートと,ソレをあっさりとヒットコースに打ち返すシンちゃん。
時期的なものを割り引けば,充分な出来だと思うのですが。
「…くっ!」
「…はっ!」
全球まっすぐで,コースと速度を巧みに変えて投げ込む相沢と,タイミングが合えば容赦なく打ち返していくシンちゃんは,お互いに結構良い勝負。
「ちっきしょ。なんか腹立つなー」
「お互い様だぜ。オレだって練習ずっとやってたんだからな」
暖気運転には力の入りすぎてる相沢と,全力でぶん回したくて仕方のないシンちゃんが,互いに口をとがらせる。
数日とはいえさぼってたのはオレだけかい!
ま,しかしあんまりムキにさせるのもヨロシクナイ。大体まだキャンプインにも早いしね。
「おっけー,じゃ,次で上がりな?」
「…くっそー」
「ああ,同感」
逸る二人も,仕上がり途上を痛感したのか,しぶしぶながら矛を収める。
「相沢」
「なんだ」
「肩に問題がなければ,チカラ入れてみるか?」
コレは最後にオレからのリクエスト。全般的には軽めの内容だったので,一応現時点での相沢の仕上がり具合をチェックだけしておきたかったのだ。
「マジか?」
「一球だけな?」
「おっけー!」
「…」
嬉しそうな相沢を見つめるシンちゃんの,瞳の奥がきらりと光る。
(コッチも,振る気だ)
気配で分かる,「やったるぞ」オーラ。
…それもいいでしょ,ココまで体が温まってるなら,そうそう怪我とかもするまいさ。
「そんじゃ」
(内角高めに,まっすぐで)
相沢がモーションから,ゆっくりと脚を上げる。
ソレは,シーズン中の相沢の,良く知るあの全力の。
「…」
シンちゃんも,一発狙いの,あの構え。
…シーズン中には絶対見ることのできない,スーパールーキー対決は,
「…!」
「…!!」
「おわ!!」
「おし!」
「…ほ…!!」
イキオイ余って,尻餅をつくシンちゃん。
取り損ないそうになるボールに飛びついて,かろうじて押さえ込むオレ。
そして,マウンドの上で,満足げに軽くガッツポーズな相沢。
「…なんだ,今の?」
「…くっそ,そーならそうと,言えよ!」
「わはは,決まるかどーか心配だったからな。でも,何とか使えそーだわ♪」
…ストレートと全く同じ軌道で投げ込まれてきたソレは,ドンピシャのタイミングで合わせ切ったシンちゃんの完璧なバットスイングをあざ笑うかのように,その手前で急激にスライドしたのだ。
「…ソコで変わられちゃ,たまんねーな」
あまりにも変わり端が遅く鋭い,その相沢のスライダーに,お手上げ気味につぶやくシンちゃん。
…オレの記憶にも全く無い,その変化具合。
いくつかの改良を経て,後に「テールスライド」と名付けられるようになる相沢の決め球の,思えばそれが誕生の瞬間であった。
…その,数瞬後。
…ぱち,ぱち,ぱち,ぱち
乾いた拍手音が,グラウンドに響く。
「?」
「?」
「…?」
会心の表情の相沢と,拍子抜けしたオレ達が振り向いたその先には,
「Great,Great,boy!」
それほど大きいわけでもない,だがしかし良く通るテノールの,
「…?」
「…」
褐色の肌を,真っ白いグラウンドコートに包んだ,デニム姿の大柄な外国人が,ベンチに腰掛けてコチラに向かって手を叩いていた。
その横の影になった部分には,スーツ姿でサングラスの,やはり外国人とおぼしき男が目立たぬように控えているのが分かる。
「いつの間,に…?」
怪訝そうに見つめるオレ達に,むくりと立ち上がったその男は,表情を隠すサングラスをそのままにゆっくりとコチラへと向かって歩いてくる。
…やや下がった位置に,スーツ姿のサングラスの男を従えて。
「…誰,だ?」
呻くように呟く相沢。
「…でけ,え…」
身長でおそらく,2m近い。
巨大なグラウンドコートで覆われた腕の太さを,ラフに着崩したその下のカッターから覗く分厚い胸板がアピールしている。
「…」
威圧感さえ感じさせる,力強い足取りのその男は,息を飲んで動けないオレ達の前まで来ると,ゆっくりとサングラスを外した。
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