「…ゴールはさ,あそこにしよーか?」

ウオーミングアップランで温まった体でもしのげない,冬の早朝の身を切るような寒さ。
オレのちょい前を似たようなペースで走る相沢が,顎で右手の丘を示しつつ声をかけてくる。

「…くっ!ココまで来たんだ,もう何処だってつきあってやっから,言ってみ?」

新年早々,というかまだ年が明けてほんの4,5時間程度しか経ってないココは我が母校のグラウンドのトラック。

「…ふ,二人ともさすがにプロのスポーツ選手ですね…ぺ,ペース,早!」

とは,一緒に周回してるまいしすたー(陸上部・長距離所属)。相沢の携帯連絡で部屋を抜け出そうとするオレにひっついてきたのだが,如何せんソコはまだ中学女子。いつもの練習のペースよりはちょい緩めてはいるものの,一応プロなオレ達のペースにはまだまだ荷が勝ちすぎてる感ありありである。

「…そだねー,とてもちょっと前まで登校ダッシュだけで息を切らしてたとか思えないよねー」

コチラは,やはり相沢にひっついてきた水瀬嬢。
そーなのだ。
去年の秋くらいまでは毎朝のタイムトライアルで相沢を圧倒し続けてきた彼女。さすがに潤菜よりかは遙かに心肺が優れてて,こうやって走っててもフツーに会話できるあたり凄いなあ,とか思うのだが

「あー,ひっどーい祐一!わざとペース上げてるでしょ!」

それでも流石に本気を出し始めた相沢には置かれ気味っぽい。

「おーけー,じゃ潤菜ちゃん,ちと北川借りるぞ?…んじゃな,名雪。ちょっと追い込んでくるわ♪」

合図を告げてさらにペースアップな相沢。目が笑ってるのは多分,「競争すんぞ?」の意味。

「悪いな水瀬,潤菜。じゃ,また,後でー」

流して走って体も適度に温まった頃合いに,オレのやる気もゴーサイン。

「あ,ま,待つんだよ祐一!わたしも行くー!!」

負けず嫌いなところを覗かせる水瀬はちょっと後ろを追走開始。

「…う,な,名雪さんすいません,私も後で追いつきますから先に行っててくださいー」

「あ,と,ごめーん」

…常夜灯のみのグラウンドに後輩候補の女の子を一人にするのは忍びないのか,潤菜に合わせてペースダウンな水瀬(やさしいなあ)。

「…待てよ相沢ー!」

妹のおもりを水瀬にお願いしつつ,オレは相沢の後を追うためペースを上げる。

「わはははははちなみに負けた方がコンビニでおごりな?」

「あ,きったねー!」

年が明けても相変わらず。一足先に校舎裏の丘へと向かう相沢に続いて,オレも校庭を飛び出していくのでした。





#32





(思い出したくもないよな)狂乱の水瀬家ふぇすたから10日ほど経つ。

オレ達は地元のテレビ局出演やありがちな県庁や市役所などの官公庁訪問,母校へのご挨拶や野球部への指導や懇親会(練習のためにグラウンドを使うことの承諾も兼ねて)などの業務や公的行事をこなしつつ,年末の慌ただしい時を過ごした。

『誕生日おめでとー!』

『ありがとーみんなー!』

ぷらいべーとでは23日に水瀬の家で水瀬のお誕生日会,

『本気で何処に行ったか分からないの?』

『えーん,ごめんなさい!一瞬の隙をついてお姉ちゃんに逃げられちゃったんですー!』

『携帯はー?』

『当然のよに切ってあるー!!』

24日は彼氏彼女な相沢と美坂(姉)を除いた全員で再度水瀬の家に集合して飲んだくれ(自棄酒とも言う),

『めりーくりーすまーす!』

『はい!みんなにもプレゼントなー?たいしたもんじゃないけどー』

『わーい♪』

25日は我が家でクリスマス。こんなににぎやかになるのもウチでは初めてだったのでかなり嬉しかったんだが

『おねーちゃん?ウチの門限分かってます?』

『…10時でしょ?ちゃんと守ったじゃない?』

『何処の世界の午前に門限のある家がありますか!さー,きりきり白状しましょうか昨日祐一さんと何処で何やってたんですか?!』

…一部ヒートアップ風味で大変な事態に。

で,それからは軽い筋トレと親戚訪問,家のお掃除とかで忙しくて

『二年参りとはしゃれてるよな♪』

『うわー,みなさん晴れ着凄い綺麗ですねー♪』

『あはは,来年佐祐理と舞は成人式なので奮発して着物作っちゃいましたよー?』

『…けっこうがんばったのに,さっきから祐一居ない…』

『…そーいえばお姉ちゃんも居ないですね?』

『…しまった!』

『逃げたね…』

『探そう!』

『追うのよ!』

流石に晴れ着とか人多すぎとかいろんな事情を考慮して必死にみんなをなだめつつなお年越し。とりあえずそれが今から4時間ほど前のお話だったのでした。





「つーコトでえらい大変だったんだけど何か釈明があんのか?」

丘への坂道を上りながら相沢に事情確認なオレ。

「…あー,名雪がこんな信じられない時間に起きてたのはそのセイか!」

「えーい,うっさい!お前が『今年は初日の出を練習のシメに拝もうぜ』とかほざくもんだからお参りさっさと終わらせて一眠りしときたかったのに結局みんな宥めるのに精一杯で結局寝てねーんだぞ責任とれー!」

「えーい,諸事情により寝てないのはオレも一緒だ!つべこべ言わずにペース上げるぞー」

「あーコラ待て!ソレは釈明になってないぞー!」

あからさまにバツ悪げな相沢はそのまんま大ダッシュ。く,寝,寝てないとか言う割には元気じゃねーかこのやろ!





「…」

「…く,さ,流石にきついなあ」

そう,標高的にはそれほど大したこと無い丘とは言え,元々はクロスカントリー用のコースとして整備されたココは,それなりのペースにしてしまえばとたんにハードなトレーニングスペースと化す。

「…もちょっと,だな」

400mのトラックをミドルペースで10周した後のハイペースな登坂に,少々さぼり気味だったカラダは悲鳴を上げ始めている。

「…く,さすがはハートブレイクリッジ」

「そーいやそんなところだったよなココ」

高校の時にペナルティで石橋とかに走らされたココは,運動部のヤツからもそう呼ばれた難所ではある。
もっとも,あのころに比べるとだいぶ楽に走れるようになったのではあるが。

「………お,もう大分明るくなってきたな…」

「…初日の出か…どーせならてっぺんで拝もうぜ」

「…さんせー」

もう息も絶え絶え。アップダウンの激しいコースに脚ももうがっくんがっくんである。

「…んでも,もちょっとだ」

「…おう!」

山の頂上にある,大きな記念碑。ソコが一応のゴールである。

「んじゃ,ラストスパートな!」

「おう!」

なだらかな長めの下り坂の後に,急坂が待っている。オレ達は一気に駆け抜けて朝焼けの美しい山影の中を頂上を目指

「…あう」

「!!」

突然がくん,と崩れ落ちる相沢。

「どした!どっかおかしいのか!!」

急に力の抜けるような倒れ方。コレは明らかにヤバげで

「…は,う,うう…」

呼吸もかなり苦しそうだ。とりあえず休ませた方が

「さ,さすがに姫初めからの強行軍はきつ」

「この大バカー!」

予想できてたハナシとは言え(うらやましいやら悔しいやらで)思わず相沢の側頭部に右フック。

「…姫納めからだったのでものすごくこたえ」

「このどバカー!」

返しの左。
ああああああああああああああああああああああああああああああああちっきしょ心配して損した!





「ふいー,いい眺めだなおい」

遠い山の稜線がくっきりと朝焼けに映える。もう少しで日が昇ってくるのだろうか。

「あー,やな話さえ聞かなきゃもちょっとさわやかだったんだけどな」

憎まれ口を叩きつつポケットからマルボロを取り出す。
控えぎみではあるのだけれど,まだまだタバコをやめる気にはならない。

「ふははは。ほれ!」

ウエアのポケットをまさぐるオレに,相沢が笑ってジッポーを投げる。

「ふぅ…さんきゅー」

同じくラッキーストライクをくわえた相沢にライターを投げ返して,オレはベンチを払って腰を落とす。

「…」

新春の早朝の空は身を切るような冷たさではあるが,この気持ちよさはやはり別格だった。
…タバコも美味しいし。

「…今年は,優勝争いしたいなあ」

「…新年の抱負ってやつか?」

「お前は?」

「どーせなら,てっぺんでしょ。優勝だろ」

「…」

そー言って笑い合ったそのとき,まぶしい朝の光が,目の中に飛び込んできた。
初日の出,ってやつだ。
…オレ程度の表現力では正確に伝えられないのが残念ですが。

「ゆーいちー!」

「おにーちゃーん!」

スロープの向こうから,オレ達を呼ぶ声。

「…お,おじょーさん方もご到着だ」

「…結構,早かったな」

見下ろせば,とたとたとこちらに近づくまいしすたーと水瀬。

「来週にはもう,横浜だな…」

ぽつりと漏らす相沢。楽しい骨休めも,年が明ければもう終わりなんだよなー,としみじみと。

「ああ」

うん,今年もがんばろう。またこーやって,楽しいオフを過ごせるよーに。

「…やれるだけ,やろうな」

ああ,やれるだけやりたいね。
…抗議してるんだか甘えてるんだかよく分からない水瀬と相沢,宥めようと奮闘のまいしすたーを微笑ましく眺めながらそんなことを思う,新春の朝なのでした。






31話にもどるー。    33話につづくー。



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