#3


オレは右肘にガードを付け,ヘルメットを目深に被り直す。

年上のバットボーイのバイトのお兄さんにマスコットバットを渡すと,打撃用のバットを両手で掴み,軽く伸びをする。

マウンド上のサイドワインダーズの中継ぎ,テラシマさんはロージンを軽くぱたぱたやりつつ,打席に入ろうとするオレを軽く睨む。

キャッチャーのフルタさんがオレに何か軽く囁いたようだが,正直何も聞こえちゃいなかった。

軽く状況を確認する。

9回表。スコアは1−1。

………一死,ランナーは俊足の同期,ヤハタが二塁。





最悪,進塁打!





………震えが止まらない。

はは,オレもやっぱ人の子だったか。





ベンチのサインを確認する。ノーサインだ。変更はない。





ヤハタの動きを警戒しつつテラシマさんがモーションに入る。





………来る!





テラシマさんの右腕から放たれたタマは,,オレの胸元ぎりぎりでで軽くホップする。オレは思わず軽く胸を退いた。

ボール!

オレは思わずキャッチャーのフルタさんに視線を落とす。

挨拶代わりだ,といわんばかりのその瞳は,テレビのバラエティなどで見せる普段の温厚そうな彼とはやはり別人だった。

ベンチの方に視線を向ける。

………相沢がオレを見つめている。

マウンド上での,ミットに球を投げ込むときの色のないクールな表情とも,ごくたまに見せる気合いの入った表情にも見られない,また違った,何かを諭すような視線。





………そうだ。今,オレは一軍の試合の打席にいるのだ。

一点の取りあいの直中にいるのだ。

ブラフなんか当たり前じゃないか。





いまさらながら,その事実に気付かされたオレは,何故だかかえって冷静になれた。





もう一度テラシマさんの挙動を見てみる。

ランナーを警戒しているためのクイックモーションでの投球。

瞬時にデータノートの内容を思い出すことが出来た。

パターンは上下に投げ分けで基本的にはインコース主体。

カウント稼ぎの時にはタマを散らすけど,クイックの時のコントロールは,そう良い方ではない。

………だったはずだよな。テラシマさん。

低めのタマは,変化球じゃなければ割と高めに浮きがちのはず。クイックなら,なおさら。

カウントを稼ぎに来るなら,多分,次。

………低めのアウト寄り狙い!

オレがビビってるようにみえるのなら,なおさら!





一球牽制を入れたテラシマさんは,再びモーションにはいる。





「………っ!!」





オレは後ろ足のスタンスを,インパクトの時にバットがボールに正対できるようほとんど瞬時に取り直す。

テラシマさんのストレートは,浮き気味に入ってくるところまで予想の軌道とぴたりと合った。





手応えは,あった。





2軍のコーチからよく怒られた,すくい上げ気味なスイングは結局まだ矯正できていない。

が,コレがオレが一番スムーズにバットを出せる打ち方なのだ。





打球が何とかライン気味に収まりそうな弧を描きながら,レフト方向へと伸びてゆくのを目の端で捉えながら,オレは一塁ベースへ向かって疾走する。

コーチャーボックスのミスミさんはぶんぶん手を回している。

打球はラインぎりぎりにバウンドし,レフトの選手がソレを追う。

幸いなことに浅く守っていてくれた分打球との距離があった。

フェア!

オレは全速で一塁ベースを駆け抜ける。





ヤハタがホームに飛び込んだ。

勝ち越しだ!

オレは心の中で快哉を叫んだが,体はマダ止まらない。

2塁キャンバスを蹴って,オレはサードを目指す。

………右目の端は,ほんの一瞬だけど,ボールの処理に追われるレフトの姿を捉えていたから。





「北川!回れえっ!」


体中を駆けめぐる自分の呼吸音と体そのものの発する振動の中に,3塁ボックスのコーチの絶叫が混じる。





最短距離の弧を描く軌道を,オレは本塁に向けて全力疾走する。

もう,ボールは見ない。

フルタさんは,ガード気味に立ち上がっている。

ホームベースがその距離にあると認識したオレは,迷わずヘッドスライディングを敢行した。


「………………!!」


手袋越しにベースの触れる感触に,数瞬遅れて何かがオレの手を叩く感触がした。

それが,フルタさんのミットだと気付いたのは,オレが頭を上げた後。


「セーフ!」


一瞬遅れて,遠くでわき上がる歓声と球場全体のどよめき。

記録は,本塁打。

ランニングホームラン!

決して広いとは言えない,むしろ公式戦の行われる球場では下から数えても早い順位のこの球場で,だ。


「………………ったあっ!」


もう興奮やら何やらで体が熱くなってしまい自分でもどうにもコントロールできない。

とりあえず半倒立の状態からくる,っと体を起こす。

ビジターなので万雷の拍手,とは行かないが左翼方向から聞こえる喝采に応援歌!

そっと握った右手に力を込めて,目立たぬようにガッツポーズ。

ああ!こんなにキモチいいものだったなんて!





苦虫を噛みつぶしたようなフルタさんの顔ごしに,喜びにわきかえるベンチの中。

オレが思わず探した視線の先の相沢は,弾けるような笑顔。

にこやかにぞろぞろと出てくるみんなとタッチをかわしながら(肩や尻も何発か叩かれたが),喜色満面のコーチと監督にぺこりと一礼。

コーチは嬉しそうにオレの背中をバンバン叩く。監督はうんうん,と何度も頷きホントに嬉しそう。





オレはベンチの端にもたれている相沢に近寄る。

相沢はもう,いつもの如くの無表情に戻っているが,その瞳が明らかに笑っている。


「………。」


無言で左手を挙げた相沢の,その掌に勢いよくハイタッチ。


「………後はオレの仕事だな。」


口元でにやりと笑い,そう言い残してアップに向かう相沢。


「………相沢!」


オレは相沢を呼び止める。


「………真ん中立って,さあ男!だ。気合い入れろよ」


二人でお立ち台も夢じゃねえよな。と思ったんだが口を開けたらこんなコトしか言えないオレ。

かくん,とオーバーに肩を落とし,苦笑する相沢。


「………何げに,下品だな。………今ので一気に力が抜けたわ」


さんきゅ,と小さく動く口元がベンチの影から消える。





イシイさんが四球で歩いたものの,スズキさんとタイラントは後続の左に押さえられ得点ゼロ。

アップを終えてマウンドに向かう相沢の後ろ姿は,いつもと変わらぬ落ち着いた様子だった。

守備固めのために外野守備には定評のあるイズミさんがライトにはいる。

とりあえずベンチに下がったオレは,いつもの如くベンチの横に陣取って戦況を見守った。





2話にもどるー。    4話につづくー。





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