#28





「…ちょい緊張するなぁ」

久々に訪れた水瀬ん家の前。綺麗に掃除の行き届いた玄関先はチリ一つ落ちてない。
玄関向こうから漏れるのは,きゃあきゃあと楽しげな嬌声である。

「…何固まってんの?」

「いた!」

ぺし,と傍らの妹の頭をはたく。心持ちこわばった表情に右足と右手が一緒に出そうなそのガチガチっぷりは,個人的に一見の価値があるかしらと思うほどのかつて見覚えのない姿であった。

「いったいわねー!何すんのよっ!」

両手で頭を押さえながら,半眼で睨んでくるマイシスター。

「お前でも緊張すんのかなー?と思って」

「なにそれー!」

抗議する妹を横目に,呼び鈴を鳴らす。オレよりも頭ひとつ背の低い妹が,じゃれるにしては少々痛くぽかぽか殴ってくるのを片手で押さえながら。

「はーい」

「あ」

ほわっとした柔らかな声と共にのぞくのは,この家の一人娘たる水瀬嬢の姿。ひょこっと玄関から顔を出した水瀬は,髪をポニーにまとめてブラウスにキュロット。その上はエプロンとお料理仕様なのが見て取れる。

ぱったりと妹と正対した彼女は,まん丸な目で。

「…あのー,どちら様?」

「………」

突然現れた目の前の可愛いナリの水瀬の姿に,惚けたように再度固まるマイシスター。

「よ!」

ちょっと探るような視線の彼女に,横からスライド気味に妹の後ろから現れてご挨拶なオレ。

「あ!北川くーん!」

怪訝そうな表情から一転,ぱっと明るい笑顔な水瀬。

「いつぞやは,ども」

ニカっと笑いながら,妹におみやげを渡すようこつん,と頭を叩いて合図するオレ。

「あ,は,はい!こんにちはっ!こ,これ,おみやげですっ!」

弾かれたようなご挨拶と共に手提げたおみやげを差し出す潤菜。あ,なんか結構緊張してるっぽい。おっかしーなあ。人見知りするよなヤツとも思ってなかったんだけどなー。

「どうもありがとう」

にっこりと笑ってソレを恭しく受け取る水瀬。

「えと,北川君?この子,北川君のかのじょさん?」

なかよく(前後に)並んでるオレ達の顔を交互に見比べながら,ぽむ,と両手をあわせて何事かを悟ったかのように満面の笑みで水瀬。

ぶ!

「げほげほげほげほっ!」

盛大にむせかえるオレ,

「えー?!誰がこんなのとー?!」

間髪入れずに,信じらんないといった風情でぶんぶん腕を振り回すマイシスター。

「って『こんなの』は酷いぞ潤菜ぁ…」

あーおちついたおちついた。まー別に良いんだけどさー。

「えーと,あ,兄です!」

人前で取り乱したのがちょっと恥ずかしかったのか,反動でぽん,と背筋を伸ばして逆さチョップ気味な手でオレの方を指す潤菜さん。

「兄です」

えへん,と背をそらしてオレ。ついおどけてみちゃったりするのはもう仕様としか言いようがないのかも。

「へえー,北川君て妹いたんだー。可愛いねー♪…潤菜ちゃん,だね?わたし名雪,水瀬名雪って言います。よろしくね?」

あいかわらず,ほわっとした感じで丁寧にお辞儀をしながら水瀬。

「は,はい!北川,潤菜って言います!よろしくお願いしますっ!」

『可愛いねー』に少々顔も赤い,相変わらず緊張した感じでご返事のマイシスター。…先輩とかにはこーなんだろか。

「ところで水瀬,相沢は?」

タイミングを計って,お問い合わせ。多分もう着いてるんじゃないかと思うんだけど。

「あ」

ぽん,と手を合わせて水瀬。

「もう帰ってきてるよー?いまリビングでみんなと騒いでるから,北川君に潤菜ちゃんも,いこ?」

にっこりと笑って水瀬。賑やかなのが嬉しいんだろうか,さっと身を翻すとぱたぱたと部屋の中へ入っていく。

「…そんじゃ,おじゃましますかね?」

「うん!」

ココで立ってるのも何なので,水瀬の後に続くコトにしたオレ達なのでした。





「ちゃっすー!」

軽めに挨拶して入っていくリビングは,記憶にあるソコよりもかなり広いような気がする。特に仰々しく飾り付けられたりなんかはしていないけれど,テーブルに並んでいる信じられないような美味しそうな料理の数々と,どう見てもダース以上はある,少々値の張りそなアルコール飲料,かてて加えて懐かしい顔の数々がその熱烈歓迎ぶりを示している。

「あー!北川君だー!」

おお,七瀬!キミとは確か14時間20分ぶりくらいか。ちょっと赤い顔で何か妙にハイだ。お,おまえ,もう飲んでんの?

「お久しぶりですー」

ちょこん,と正座をしてお辞儀なこちらはホントにお久しぶり。ちょっと髪の伸びた,清楚な印象もナイスな,美坂の妹の栞ちゃん。セーターにミニスカ姿が醸し出す愛らしさはむしろ輝きを増したご様子。

「あはっ!こんにちはー!もしくはこんばんはー!」

その横には白いブラウスにライムグリーンのスーツ姿も眩しい,ペイルブルーのリボンの倉田先輩の姿。もう帰ってらっしゃったんですねー。でもタイトミニなので頻繁に足を組み替えられると目のやり場に困りますー。嬉しいけどー。

「…久しぶり」

倉田先輩あらばこの人あり。デニムの上下にブラックのTシャツの川澄先輩。リボンだけは倉田先輩とお揃いな,中が薄着故に胸元の強力なボリュームが目に痛いおねえさんです。

「………」

こちらは何があったのか知らないけれど,少々ご機嫌斜め気味な美坂。ちょこっと飲み物のグラスを振って,軽い合図のみの挨拶である。

「お,やっと現れたかこのナチュラルボーン変態男!」

の,横にはすでに酒が入ってるのかひたすら上機嫌な相沢の姿。もう顔に綺麗に朱が入っておりビールの入ったグラスを高々とオレに突き出してくる。

「んだとこの見境ナッシン節操なし!」

いつもの買い言葉でソレをひったくって相沢にメンチを切るオレ様。んでも互いに目が笑ってるのもまた,いつものお話。

「お♪こちらの可愛いお嬢さんは?」

「あ,あ,えっと!」

音速でしゅたっ!と潤菜の横に移動し,仰々しく手を取ってナイトのように片膝を付く相沢。あ,バカヤロてめ,誰がさわっていいっつった!潤菜いきなり顔真っ赤にしてるし!

「あ,てめ…」

「ゆ・う・い・ちー!アンタってヒトはー!」

こちらがマッハパンチを放とうとする刹那横から長目の菜箸を投擲体制に入る美坂(姉)。おいおい,ソレはさすがに当たるとちょっ

「あらあら,お嬢さんだなんて,困りますぅ♪だめですよ?こんなおばさん捕まえてからかったりしちゃ♪」

「あああああああ秋子さんって何時の間に?!」

と,ソコにはいつの間にか相沢に手を握られてあらあら,なご様子の水瀬の母君,秋子さん。満更でもなさげに頬を染めて,相変わらず一人のお年頃のお嬢さんをお持ちとはとても思えない美しさ,である。

「さ,みなさん揃ったみたいですし,乾杯と行きましょうか?」

そう言ってにっこりと笑い,相沢を始めみなさんに着席を促す秋子さん。
なんというか,場を和ませながら落ち着けちゃうあたり,貫禄だなぁ

「はう!」

「…バカ」

…着席と同時にショートフックをたたき込む美坂の姿をオレは見逃すことはなく。

「…うう…」

やーい天罰天罰。ざまみよ。





「えと,北川君も祐一も帰ってきました。二人とも一軍で活躍して,ちょっとした凱旋って感じだね。と,言うことで,お二人から挨拶など,どうかな?」

ちょっと頬を染めた上機嫌な水瀬が,全員の着座を確認するとそう言ってオレ達に挨拶を促してくる。

「んじゃ,北川から行ってみよか?」

「何でよ?今日はお前からってのがスジでしょが。」

「ばっかやろ。だからこそオレがトリだろ?」

「ちぇ」

それもそうなので,ぱんぱん,とついてもいないホコリをはらって立ち上がるオレ。





「えーと,本日はお招きいただきましてありがとうございます。ワタクシこと北川潤とソコにいる相沢祐一は皆様のおかげを持ちまして滞りなくシーズンを終えこうやってクビになることもなく無事に帰ってくることが出来ました。コレもひとえに…」

「オモシロくねーぞ!ギャグ入れるとか脱ぎながらヤルとか一ひねりきぼはう!」

ちゃちゃを入れる相沢に二発目のショートフックを食らわせる美坂。…な,何というか今日はバイオレンス気味だなあ。

「…皆様の応援の賜物と思います。今後とも精一杯頑張りますのでどうか今後とも温かく見守ってやってください。んじゃ,相沢ー」

型どおりの挨拶を終え,皆の拍手を受けて着座するオレ。

「……つつつつ」

結構本気ブローだったのかマダ痛がりながら立ち上がる相沢。

「えー,本日はお招きいただきましてありがとうございます。ワタクシこと相沢祐一とソコにいる北川潤は皆様のおかげを持ちまして滞りなくシーズンを終えこうやって…」

「同じじゃねえかソレ!」

今度は思わずオレがツッコみはう!

「おにーちゃんも黙るの!」

…う,うう。今のも結構本気だったろ潤菜…。ミゾオチに入ったんでかなり痛い。…あ,涙出てきた。

「わはは,お前の妹も結構やるなあ。香里と張るおう!」

今度は美坂に足の小指に正拳を入れられて悶絶の相沢。
…悪いこたいわねえから真面目にやった方がいいぞー。

「…と,ともかく,オレがコイツにダマされて一緒に入団テストを受けてから今までホントに早かったと思います。幸い,こうやってみんなの元にひとまずは胸を張って帰ってこれたってコトは,素直に嬉しく思ってます。」

表情を引き締めて,結構マジ入った感じの相沢。

「サインミスでホームラン打たれたりとか,2試合連続でキ○タマ打ったりとか,人が投げてるときに限ってタイムリーエラーしやがったりとか,遠征中にえっちな店に誘ってきたりとか,ナンパに付き合せてみたりとか」

「こらー!」

思わずわめいてしまうオレ。あと,後半は事実無根ー!

「…いろいろ難儀な相棒だけど,今はダマされて良かったと思ってます」

あ。

「なんだかんだでコイツに助けられた部分もかなり大きかった。ソレについては,すげえ感謝してる」

穏やかに軽く目だけで一礼して,オレに微笑む相沢。ば,ばかやろ。何もこんなところで…

「来年も,二人でまたこうやって歓迎してもらえるよう頑張りたいと思います。それじゃ,乾杯」

「かんぱーい!」

弾けるグラスの音に,みんなの笑顔・笑顔・笑顔!
あ,ああ!頑張る。オレも頑張るよ。ちっきしょ,こんなオトし方しやがって。嬉しいじゃねえか。

「でも,えっちな店はカンベンだぞ北川。お前と違って怖いのが横に居るんでなはう!」

再度美坂からショートフックな相沢。やーいばーかばーか。

「え,お兄ちゃん,そんなところばっか行ってんだ不潔ー」

さささっとオレの横から逃げるように潤菜。

「だから違うー!」

叫びも空しく,すっかり風俗野郎の烙印を押されちゃった涙目のオレなのでした。違うのにー。





…くすん。





27話にもどるー。    29話につづくー。



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