「…相沢のヤツ,遅いなぁ…」

オレは,結構なにぎわいを見せる12月の関内の駅の構内のコンクリの柱にもたれながら,相沢を待っていた。

「…寒いよー」

本日からはほとんど久方ぶりの完全オフ。球団行事や契約更改も滞りなく終わり(クビになることはありませんでした),あとはコチラの方の友達とかとちょこっと遊んでいよいよ故郷の街へと凱旋(?)である。

んでその前に,ちょこっと買い物とかをしに東京まで出ようと言うオハナシになり,「ちょっと用事とかすませてくるわ」という相沢と夕方4時に待ち合わせと相成ったのでした。

全然関係ないMLBのキャップを目深に被り,サングラスをかけたジーンズに厚手のロングシャツにジャケットといった出で立ちのオレ。ジャケットとかはコレ一着しか持ってなかったりするのでそういうのも今日で揃えておきたいとも思うのでした。

しかし,遅い。遅いぞ相沢。

もう時間を30分は過ぎている。ショップの場所とか押さえておけばとうにヤツなんぞ捨てて出かけちゃうところなのだが。

「…」

携帯をチェックしてみるのだがメールも着信も入ってない。まー,相沢あまり携帯とか使わないからなあ。こゆ時とか持ってでろとかいってんの

ばこ。

「ってえなあ!」

後頭部をはたかれる感触に振り返るオレ。と,ソコにはデニムの上下にカッターな相沢の姿。
目だけで笑っているように見える相沢は両手を腰に居丈高な感じ。

「…なんだ一般人へのその完全擬態は。あまりにも溶け込みすぎて探すのに時間かかったじゃねーか」

「普段のオレはどんなだよ」

「隠せない変態オーラがなければそのまま捨ててくトコロだった」

「なんじゃそらー!」

「ゲイノージンとかじゃねえんだからあんまり妙な変装とかすんな」

な,何を言いますか!ココ地元球場のすぐ近くなんだからお前こそもっとカッコに気を遣えよー。あと周りの視線とかそう言うのにもー。タダでさえ最近若手選手の素行はちょっとしたコトでも問題視されがちなん

「あたしもわからなかった」

「あ,美坂」

ひょい,と相沢の後ろから姿を現す美坂。コイツもコイツでやはりデニムの上下という出で立ち。いやーん,ぺあるっく?

「へっへー。ごめんね?あたし達も連れてって貰うことになったせいで遅れちゃって」

あ,そゆことか!ソレなら大歓迎ッスよー。むしろ相沢いらね。え,あたし「達」?

「どもー!お久しぶり北川君ー」

「あ!舞佳ちゃん」

さらにぴょこっとその後ろから姿を見せたのは舞佳ちゃん。こちらは寒がりさんなのかチノパンにセーター,ダウンジャケットと完全防備。だいぶ親密になってきたせいか(気のせいとかゆーな)かしこまってハナシをするようなこともなくなり,フツーのおつきあいと言った様相に実はちょっと喜んでたり。





「んで,今日はどの辺まで?」

楽しそうにオハナシに興じるガールズを横目に相沢に尋ねるオレ。

「ん。新宿まで出ようかと思う」

「久々だねー」

「ついでになにか美味いものでも食べに行くべ?お前のオ・ゴ・リで♪」

「あ,てめえ遅れといてんなコト言うか?…っておわ!」

突然,肩にぐい,と腕を回されガールズに背を向ける恰好でオレの耳元に囁きかける相沢。

「…な,何だよ」

「バッカおめえ,給料凄い来期から上がるだろが」

「テメエの方がアップ率でかいじゃん!遅れたんだからお前が…」

「まあまあ,愛しのカノジョにちょっと良いカッコしてみたいと思わないか?」

にんまりと笑いながら相沢。訳もなく顔が赤くなるのが解る。

「ば,ばっかやろ!大体別に付き合ってるとかそう言う訳じゃ…」

「だーかーらー」

抗弁するオレに,わかって無いなあな感じで相沢が囁く。

「…せっかく舞佳ちゃんもわざわざ誘ってきたんだ。オレと香里は適当に消えるからココは一発男になってこいや?」

「えー!ま,マジぃ?」

わざわざ?わざわざ誘ってまで?

「お前の態度見てりゃ一発で気があるの解るんだよコノ赤裸々スケベ。きっかけってのはどっからでもできるもんだ。ちゃんと段取ってやるからさ♪」

天使か悪魔か相沢祐一。

……で,でも,確かにチャンスと言えばこの上ないチャンスかも知れない。

「一歩どころか二歩三歩。あわよくば彼女のナカまで踏み込んでみる方向で!」

「バ!バカ!」

ちょっとエロい言い方の相沢にさらにどぎまぎな感じのオレ。

「ま,サポートは任せとけって」

………なんとなくうまく丸められたっぽくはある。でも,失うモノは無いっぽい。
ほんとに今日は,ガンバってみるかなあ。





#25





「…え!」

入団時に着て以来のスーツ姿で,事務所の黒い牛革のソファに浅く腰掛け,革張りのバインダーに挟まれたA4のペーパーを示されたオレの口から,思わずため息が漏れる。

「盗塁数や一軍在籍数,その他諸々を最大限に評価してこの額というわけだが,どうかね?」

目の前には細い銀縁のメガネの査定担当者と編成部の担当の方。高圧的でもなく,かといって過剰にへりくだるわけでもない口調で,穏やかにオレにそう告げてくる。

「…あ,は,はい!ありがとうございます!」

思わず動転してしまうオレ。ペーパーに記載された額は,オレの動揺を誘うのに充分な数字が記載されていた。

「ソレなら,良かった。来年も一つよろしく。北川君」

安堵したような表情の目の前のお二方。交渉ゴトというのは,どれだけ数をこなしても緊張するモノであるらしい。ましてや初めてのオレは言わずもがな,である。

「はい,よろしくお願いします!」









時間の針は少々戻る。12月のアタマ,ベテランの皆さんに先立ってオレと相沢は契約更改のため,球団事務所に出頭命令を受けていた。

「あー,やっぱり緊張するなあ。おい」

「……」

ココは応接室前のソファ。カウンターの向こうでは上品そうな感じの事務のお姉さんが執務中。室内の調度は柔らかなグリーン系で統一されていて,あまり威圧的に過ぎる雰囲気を感じさせないツクリにはなっているモノの,何か場違いな場所にいるような感じがして,必要以上に緊張しまくっているのが自分でもよく解る。

「何固まってんだおまえ?」

「えーいうるさい,こういう場所って苦手なんだよっ!」

やはり相沢も緊張しているご様子。マウンド上での強心臓ぶりとは,面白いくらいに対照的である。

「今日ハンコ持ってきた?」

「言われてたから,ちゃんと」

そう言ってお互いの印鑑ケースを示し合うオレ達。オレも相沢も戦力外通告に名前がなかったことで球団にちょっと感謝していたので,よほどのことがない限りは今日でもうサインするつもりではいたのである。それなりに活躍したつもりではあるので,下がることはないだろうとは思ってたのだが。





「…失礼しましたー」

応接室に同期の若手が入っては出てくる。その時間は短かったり長かったり。出てくるカオも無表情だったり喜色満面だったり渋い顔だったり様々である。

「………」

「……」

長い。やはりこういう時って長く感じる。

「…早く終わんないかなー」

「…そだな」

オレ達の順番はドラフトの指名順と同じくラスとその一歩手前。一位二位組以外は本日中に終わる予定ではあるとのこと。

「…タバコ,喫えないかな…」

「…我慢すれ」

「…うん」

その時に,かかるお声。

「相沢さん,ソレではどうぞ」

「あ,はい」

黒髪のボブのスーツ姿の秘書風のお姉さんが,相沢の入室を促す。立ち上がってぎこちない所作で入室していく相沢。…やっべ,オレも緊張してきた。

それからの時間は早かった。入室から退室まで10分ほどな相沢と,入室時にすれ違った。表情から何かを読みとることは出来なかったが,ごくフツーだったかな,と思いながら。





「お,終わったな?」

それから20分ほどだっただろうか。出てきた俺を廊下で待っていたのは穏やかに笑う相沢の姿だった。

「ああ,何とか」

思ってるよりも球団の評価が高かったオレは,結構満足のサインだったけれどコイツはどうだったんだろうか?

「…どうだった?」

珍しく,相沢の方からハナシを切り出す。

「ああ,スッゲエ(給料)上がった」

オレですら数倍になっちゃったので,もっと結果を出した相沢も多分そうなんだろうと思いながら応えるオレ。

「ソレもだけど,査定とかはちゃんとしてたかってコト」

どの程度の活躍でどうなるのか,ってのはオレ達若手には共通の話題だった。活躍の度合いがそれなりだったかなー,とも思うオレ達は,やはりその内容とかは気になるモノなのです。

「うん」

査定については,納得した旨を話す。結構示された項目は細かくて,単価表示までしてあり,翌年への期待料とかが率としてかかっていたので金額的にも結構なモノになっていたのです。でも,やっぱり一番嬉しかったのは,

「…ベースがさ」

「うん」

「一軍基本査定だった!」

「お前もか!」

「おう!」

「ヤリい!」

二人とも,思わずソコで破顔してハイタッチ。
一軍基本値の査定。ソレは来年も戦力として考えてる,と言う証明。そしてコレが一番オレ達にとって嬉しかったのです。オレ達が頑張ってきたコトがちゃんと認められたってコトなんだから!

「あ,ところで,お前タイトル料とかあったの?」

「うん,査定に入ってた!」

この話になると,相変わらず頬のゆるむ上機嫌な相沢。

「でも,新人賞は惜しかったねー」

「いいよ,数字に残る賞の方が嬉しいもん」

そう。相沢は全日程終了時に成績が確定(中継ぎで88イニング投げて7勝2敗6セーブ,防御率1.34),争っていたライバルに僅差を点けて,最優秀中継ぎのタイトルを獲得していたのです。実働8月からと遅かったモノの,タフに投げ抜いて驚異的な安定ぶりで勝ち取ったコトには,素直に賞賛を送りたく。

新人賞は,相沢も当然のよう注目はされていたのだが,記者投票の結果,東京ジェントルメンの大卒のドラ2に攫われてしまっていたのでした。成績的には相沢の方が優れていた(新人賞を取った選手は先発で9勝12敗,防御率は4.97でした)と思ったのでコッチも貰った,と思っていたんだけど。

「お前が穫ってもおかしくなかったのにねー」

「だから別にいいんだってば」

そういって苦笑する相沢。このことについてだけは,ある意味オレの方が悔しいんだけどなあ。…人気球団はこういうとき得だなあ,とか思いつつ。

「ま,来年,給料に恥じない活躍しないとな」

「そだな」








「おーい,そろそろだぜ」

「あ,もうかよ」

舞佳ちゃんのことを極力意識しないようにしようとしてるウチに(どうしても目に入っちゃうと意識しちゃうのでずっと窓の外を見てた)うっかり回想モードに入ってしまい,そんなコトをぼんやりと思い出しているウチに,電車のアナウンスは,目的地の駅名をコールしてる。

横浜から先は,結構早いのだ。

「んじゃ,行こうか」

「うん」

そうしてオレ達は,ショップの閉店時間が少々気がかりな夜のホームへと踏み出していくのでした。





24話にもどるー。    26話につづくー。





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