『…回ドラフトはこれで全予定を終了いたします』
時はちょこっと流れてもう秋も深まる頃,日課である各種トレーニングを終えて,オレ達が集まるのはいつものグラウンド横のレストルーム。本日はテレビを付けてクールダウンなぞしながらドラフトの中継をのんびりと。
「…ハナシには聞いてたけど,やっぱり自由枠は両方ともピッチャーだったねー」
自由枠の一つ目は関東の大学リーグでNo.1左腕との呼び声の高いサイドスローのピッチャー。二つ目も社会人出身でやはり先発型の右の軟投派のピッチャーと,いずれも即戦力期待の指名内容であった。
「ま,ウチのチーム構成考えりゃそんなもんでしょ。先発のコマはいくら増やしといても損はないしね」
確かに,野手については後半のガンバリも含めて相対的にコマが揃ってきてる印象はある。少なくともここ数年来の悲惨な状況からは脱出出来るメドが立ったのか,下順を見ても野手は高校生が二人と少な目の指名。
投手は,いくら居たって良いというのも監督やコーチが常々こぼしているとおりかとは思う。今年先発で10勝以上した投手は残念なことに0であり,中継ぎも相沢などの少数の例外を除いて数字的には惨憺たるものと言えた。
「…んでも,去年が懐かしいよねー」
とは上半身裸にタオルを軽く引っかけてミネラルウオーターを飲み干しながらシンちゃん。
「去年の今頃は,結構ドキドキしながら指名待ちだったんだよなあ…」
コチラはまた有名選手ならではのオハナシ。高校球界で名前の売れていたシンちゃんは,自由枠勝負(事実上の逆指名)不可なのでドコがドラフトでの優先権を確保するかは当日まで解らないのです(結局は横浜が自由枠を一つ使わずにシンちゃんを指名した)。もっとも,本人から聞いていたハナシでは,事前にお話ししてくれてた(挨拶のあったトコロね)トコロなら何処へでも行こうという結構男前な決断をしていたらしいのですが。
「相ちゃんに北ちゃんは,他の球団からオハナシみたいなのはなかったの?相ちゃんはあんだけ球速いわ,北ちゃんはキャッチングとかミートとか走塁とか上手いのに?」」
「ああ。まあ,オレ達二人は隠し球どころか完全な無名選手だったしね」
「逆に他の球団に指名されてたら『ナニゴトよ?』って感じだよな?」
そういって笑う相沢。
ま,確かにフツーは草野球でちょっとやったくらいで指名なんぞされるわけでもなく。
#24
…基本的にはオレも相沢も入団テストみたいのを受けての指名挨拶だった。
斉藤の兄貴たるサイトウさんとスカウトの方に見て貰った後,(能力的に)脈有りと判断されたオレ達は(#0参照),簡単な説明と実技,練習方法の指導を受けた。
本テストまで一ヶ月くらい有った間,言われたメニューをせっせとこなし,既に推薦での進学を決めていた斉藤に頼み込んで(コイツは野球部でした),廃校になった小学校の,イレギュラーしやすいグラウンドでさんざんノックしてもらい,キャッチングの練習とかも結構こなしたりした。
んで,受けたテストは二人ともめでたく合格。
担当スカウトと編成部の人と校長,教頭と担任の石橋とオレと相沢で指名の挨拶を受けたのが,ちょうど去年のドラフト会議の3日前だったのが,まるで昨日のことのよう。
「ドラフトの時は,石橋が授業中に教室のテレビのスイッチを入れちゃったんだよなあ」
「あん時のみんなの驚き様ったらなかったよなー」
『ね,なんだってイキナリテレビなんか点けるのかしら?』
『今年誰か有望株ウチにいたっけか?』
『…さあ?』
…去年は野球部で他にお声がかかった人は最終的にいない,と言うハナシだった(前身だった高校を含めて,何年かおきに指名が有ったりしたらしい)ので,特に校内ではコレと言って話題に上ることもなかった。
『…横浜スカイレイダーズ,投手,相沢祐一,○×高校,投手…』
『えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ?!』
蜂の巣を突いたような大騒ぎのクラス内。悪戯の成功したガキのような目の石橋とちょっとアイコンタクトなオレと相沢ではあったが
『ちょ,ちょっと!どゆコトよ祐一!聞いてないわよそんな!』
激昂気味にウエーブの髪を揺らして立ち上がったのは,その時完全に蚊帳の外だった美坂。
…当時既に相沢と付き合ってはいたものの,意外と恥ずかしがり屋の相沢の意をくんで,クラスでは苗字呼びをして目立たないようにしていたのがもうすっかり台無しであった。
『あれ?言わなかったっけか?』
完全にすっとぼけモードの相沢。当然,美坂と視線は合わせない。
『全然!全然聞いてないっ!ちょっと名雪!あんた知ってたの?!』
ぎん!と音のするようなスルドイ視線で水瀬をにらみつける美坂。
『…ごめーん香里,祐一,言っちゃダメって言うから』
顔の前で手を合わせてホントにすまなさそうな水瀬。
『アンタって人はーっ!何?そんなに一緒に大学行こうってのがヤなの?!』
あ,事実上の交際宣言(既にバレバレではあったが)。
『あたたたた痛い!痛いってば香里!つまんでる!服ごしに皮膚まで掴んでるって痛たたた!』
相沢に詰め寄ってぐい,と胸ぐらを掴みあげる美坂。
もう何か完全にキレちゃった美坂。まあ,無理も無し。夏場からコッチ,進学をほのめかしてはいたモノの一向に勉強する素振りを見せない相沢の動向に,美坂が表情に出さないながらも内心やきもきしてたのは,水瀬から聞いてオレも当然知ってはいたのだから。
何というか,ミゾオチ蹴り上げんばかりな感じの激情の美坂。今にも相沢を張り倒さんばかりのイキオイである。
『横浜スカイレイダーズ,捕手,北川潤,○×高校,捕手…』
『…へ?』
テレビから続けて流れ出る音声に,間抜けな声で固まる美坂。
相沢はオレの方を向いて,相変わらずすっとぼけた表情のまま。
一気に緊迫したクラス内の修羅場な空気に,一瞬の間がぽこん,と空く。
『えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ?!』
そして再び響き渡る驚愕の声声。
『あ,ほら,アイツがオレが一緒に行かないと心細いって言うから,友情に厚いオレとしては…』
すかさずいらんコトをほざき出す相沢。
『ええ?!オレ?!オレのせいなの?!』
『…だってオレの将来に関わる大切なことだからってあのときオレを…』
なんかこう,この場を何とか逃れようとアカラサマに口から出任せの相沢。
『き・た・が・わ・く〜ん?!』
いかん,コレは完全に八つ当たりモードだ。
『ええ,だってソレは相沢の意志で決めたんじゃんっていやああああああああああああああああああ!!』
…その後のことはよく覚えてない。ただ,美坂が受験終わるまでロクに口きいてくんなかったことだけは確かである。
「…思い出したぞ相沢」
「…何だか知らないが忘れろ。もう今となっては良い思い出じゃないか」
ちうー,とやはりミネラルを飲み飲み寝そべって相沢。チキショ,やはりココロアタってんじゃねーかよバカタレ。…あのときはよくも人に責任を転嫁してくれちゃってからに。
まあしかし,相沢は別に美坂と別れたがっていたとかそう言うわけではなかった。単純に,自分の進路で,学問的な能力が遙かに高い美坂の将来を縛る様なマネをしたくない,とかいうようなことをいつだったか二人きりで飲んだ時に言ってたような気がする。
『…ま,コレも男冥利ってヤツだな。いいだろ,ソレもまたアイツの人生だ』
結局,球団から最も近い国立の大学の教育学部を選んだ美坂に,そう呟いて納得したような相沢であった。
「…選択の連続が人生ってのもちょいアレではあるけどね」
しかし,それ以外ってのもそう無いなあ,とか思いながらオレ。今までがそうだったように,これから先も,まあ,どう転ぶかは正直全然わかんない。
「んでも人生の妙,ってのもまたソコにあり,だ。…せっかく今こうしてココに居るんだ。せいぜい転がる先を楽しもうじゃないか?」
最近お気に入りのラッキーストライク1916の緑色のパッケージを取り出して,一本抜き取ると火を点け,そう言ってお気楽に笑う相沢に,苦笑でもって返すほか無いオレでもあった。
「…」
昔語りを横で聞きながら,微笑ましげに笑うシンちゃん。
「まー,先は長いよ。変な壊れかたしない限り,しばらくは一緒だな。ま,ガンバロや」
確かに,高卒は基本的には3年から4年は結果がどうあれ様子見ってのがこの世界は一般的だとのことであり,過去の例からもよほど何かない限りはそういった扱いのようである。
「そだね」
そう言って笑い合うオレ達だった。…ああ,すばらしきかな腐れ縁。
オレ達と,今日から加わる(かもしれない)ブラウン管の中のコイツらと,頼もしい先輩方とまた来年もやっていくのだろう。また,そうでなきゃ,困るし。
さあ,もうすぐ契約更改だ。
給料,上がると良いなあ(結構活躍した自信はあるので,ちょこっとだけ期待)。…それ以前に,クビになんなきゃ良いなあ(ちょこっとだけ不安)。
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