「…わあ…」
ゴンドラはゆっくりと駅ビルから離れ,ゆっくりと,ゆっくりと上昇を始める。
「…綺麗…」
華やかな光の渦が,次第に高度を増すゴンドラを優しく包む。
ジャケットを傍らに,ガラス越しに夜景をうっとりと見つめるワンピース姿の七瀬さん。膝上のスカートなので,時折組み替えるおみ足に少々目のやり場に困ってみたり。
ロングの美しい髪をすっと下ろして,センスのいいアクセ。サイドまとめにしてた高校時代に比べて,ソレはもう随分と大人っぽく。
うっすらと化粧をした,品のある横顔は,何というか,その,背景たる夜景とも相まって一枚のポートレートに浮き上がる様な美しさ。
いつだったか,相沢とつるむようになった頃当たりから身の回りに急に増えだした見目麗しきお嬢様方。プロ生活に入って,ちょっとだけ余裕が出て,見回してみるとその数はまた一段と増えているご様子。美坂をはじめ舞佳鈴佳姉妹に倉田川澄先輩ズ,シンちゃんガールズにここに来て水瀬に七瀬さん。ただまあ残念なことにはどなたともステディな関係に踏み込むには至っていないというコト。(一部は既に誰かと付き合ってたりいなかったりだしー)
いやまあ,オレも彼女居ない歴がそのまんま年齢という現状は打開したいとは思っています。いますがコレばっかりは縁とかそう言うのがやはり
「…いつか乗ってみようとは思ってたんだけど,来て正解だったわね?」
そういって,んなこと考えてるオレの方を見ながら,にっこりと微笑む七瀬さん。
…うう,良いなあ!
ゴンドラの中で二人きり,ちょっとした広さの室内は,女のコのふんわりと良い香りと微かなアルコールのおかげで,そこはかとなく良い雰囲気。
ってか,ホントに来て正解でしたありがとう神様!
#23
「かんぱーい!」
駅前の雑居ビル二階の,ありふれたドコにでも有るような居酒屋。
「お久しー!」
「久しぶりー!ってか,一緒に飲むのは初めてだったよね?」
「うん,わたしも祐一とお酒飲みに来るのは初めてー」
にこやかに和やかに始まった再会の酒宴は,何というか今までの男連中やつい身構えてしまうよな女の子達との飲みとはまた違った雰囲気で。
「クラスで飲むってのもさすがに出来なかったしねー。女のコ含みは特にー」
「野郎ドモとはそれなりに飲んでたけどね?」
「あー,いけないんだ祐一ー!」
「わはは,時効!時効!!」
「ホントは時効でも何でもないような気がします一応オレ達,ほらまだ未成年ですし!」
「固いコト言うなよ北川!去年の今頃はもう一緒にぐでんぐでんっての何回かやってたじゃん?」
「えー?ダメだよ相沢君もっとスマートにツッコまなきゃー?」
「えーオレ男につっこみたくないなー?」
「きゃー!相沢君×北川君は無しなのねー?残念ー!」
「…わ,七瀬さんそゆの好きなのー?」
「ってかソッチかよ!」
ま,まあ,何というかフツーに始まってごくフツーに進む展開ではあったのでした。途中までは。
「…ね,祐一?今でも,大学に行こうとは思わないの?」
盃を重ね,アルコールも大分カラダに回ってきたのか赤い頬の水瀬が相沢の袖をくいくいと弄びながら尋ねる。
「…ソレは,無いなー。今の仕事,結構楽しくなってきたところだし…」
グラスを口にくわえたりしつつ,多少お行儀悪目に相沢が答える。
「…そっかー」
何となく残念そうに,ぽつん,と水瀬が呟く。
昼間の疲労もあるせいかオレ達は一様に何となくだるだる。自然と話題も何となく本音が口を衝いて出るよなモノにシフトしてくる。
「…北川君も,相沢君もまさか野球選手になっちゃうなんてねー」
「うん,ビックリだったー…」
感慨深げに七瀬さんに水瀬。
「まあ,コレもなにかの縁だったんかなー,とか思うけどなあ。今では」
「…ああ」
コレは,オレも,多分相沢も本心。
「去年の今頃なんて,香里と祐一すっごいぎすぎすしてたもんねー」
糸目に近く細めた瞳でこてん,とテーブルにアタマをついた水瀬がコチラの方を向きつつ呟くように言う。
「え?そ,そだったの?」
ちょっとビックリなオレ。ウソ?そーゆうふうには見えなかったのにー?
「あ,アレねー?私たち近くの席だったから何となく解ってたけど,やっぱり進路関係が原因なの?」
「…んー」
ちと困ったように相沢。あまりこの手のコトを積極的に話すようなヤツではないのでちとバツ悪げ。
「あ,ごめーん!やっぱ不味かったかな?」
しまった!な感じでちょこっと舌を出しながら七瀬さん。
「あーいや,なんつーか…」
ちょっと話しづらそうな相沢ではあったが
「うん。そーだな。進路のことが主原因だった,と思う」
「えー?他にもあったの?」
ちょこっと驚いたように水瀬。
「あー,だから,一応ホレ,オレ進学組だったじゃん?」
「うん,国立理系組だったよね確か?」
「ああ。んで,オレ香里に家庭教師を受けてたんだわ。地元狙いで。んでもまあ,9月にスカウト挨拶されちゃってからなんやかやでソレさぼることが多くなっちゃってさー」
「確かに祐一秋口あまり学校に行かなかったからねー」
口止めされちゃってたから北川君とわたしとセンセしか知らなかったんだよねー,と水瀬。
「…完全に決まるまで言いたくなかったんだよー」
当時のことを思い出したのかちょっと困ったように相沢。
「んであまり逢えなくなったところへ最終テストやらなんやかやでコイツと二人で横浜にカンヅメ食らって帰ってからはもうアイツ怒るの怒らないの!」
「あ,ソレでたまに二人でいるときに,遠くで美坂が凄惨な顔をしてたって訳か」
彼女がナニかを隠してるときにありがちな,アノ作り笑顔なポーカーフェイスがあの頃多かったのは,やはりオレもマトにかけられる寸前だった風味。うわ,怖。
「機嫌とるの大変だったんだよー。結局不承不承許してくれたのはもう12月に入った頃だったしさー。『3年で芽が出なかったらその時は大学受け直すのよ?』とか約束させられて」
「お♪もう既にカカア天下って訳ね?」
「んでもまさかとは思ってたけど,ホントにコッチの方に来る(横浜の大学受ける)とは思わなかったんだよー」
ちょっと泣きそうな顔の相沢。まあ,美坂なら国立なら学部学科問わずドコでも入れるっぽかったしなー。…あ,てめえ美坂要らないならオレに!オレにいっ!
「んでも妬けるよねー?あーやってケンカとかしてても,『絶対ついてくんだから!』って祐一にベッタリだったんだよああ見えてもー」
にゃわー,とほんわかな感じながら何げに悪戯っぽく情報リークな水瀬。
「あ,コラてめ名雪!いらんコトは言うんじゃねわぷ!」
さすがに同居しててある程度の動向を握られてた相沢は結構焦り。
「…ソレはソレとして聞きたいなー?そのお話ー」
強引に相沢の口を手でふさぎながら七瀬さん。あ,やはり女のコ。ラブ話にはめざといめざとい。
「んうー!」
じたばたともがく相沢なれど,スポーツ選手たる七瀬さんのフェイスロックは思ったよりかがっちりと。
「さーやっちゃいなさい水瀬さん!私たちがのたうち転げ回るほどの甘い甘いスイートっぷりを!」
「…ソレは去年の春のことでしたー。祐一が…」
ちょこっと楽しそうに水瀬。拷問(?)はもう止まらない。
「んうううううううううううー!!!!!!!!」
相沢は泣いた。
それはもう,もしベヘリットがココにあったなら思わず捧げちゃいそうなほどのイキオイで。←オオゲサ過ぎ
そんなわけで(どんなわけだ),オレ達はあまり遅くならないウチに居酒屋を退散,隣の駅ビルに綺麗にライトアップされてそびえ立つ巨大な観覧車に,水瀬嬢と七瀬嬢のたっての希望で乗ってみることと相成ったのでした。
「あ,四人一緒じゃないの?」
「…水瀬さんと相沢君,ちょこっとだけ二人きりにさせてあげて」
乗り込み口のちょっと手前で,ひそひそ気味に七瀬さん。イトコ同士と解ってはいても,簡単に割り切れない,完全に諦めきれないオトメゴコロ。察してあげて,と目で言う彼女に,ちょっとだけ賛同しつつ無言のまま,チケットを二組分買っているオレがいるのでした。
「優しいんだな…」
ゴンドラの中で,何となくさっきのことを思い出しつつ,ドコを見るわけでもなく呟くオレ。
「…ひょっとして,惚れちゃったりした?」
悪戯っぽく,ふふ,と微笑みながら七瀬さん。
「ばーか」
照れ隠しに軽く笑いながらオレ。ちょっと気恥ずかしい。
「…ふふ」
上方のゴンドラの下部の明かりが,ほのかに照らす七瀬さんの横顔はとてもまぶしくオレに映っていた。
「んじゃ,あしたはがんばってねー?」
近くのホテルまで戻る七瀬さん達を送ってきたオレ達は,交差点カドのホテルのロビーでシメのご挨拶。
ゴンドラの中でどーゆう会話があったのかはわかんないけれど,水瀬さんはもうすっかりグロッキーで,相沢におぶられて気持ちよさそうにすーすーと寝息を立てていたり。
「冬はずっと地元?」
「うん。相沢君達は?」
「もうしばらく横浜で球団のお仕事があるから,ソッチ行くのは12月くらいかな?」
ロビーの入り口から水瀬をおぶってソファーの方へと向かいながら七瀬さんにそう応える相沢。
疲れたカラダにはちとツラ目なのか,膝が少々笑っている。
「…早く帰ってくるんだよ?って,きゃあ?」
「起きてんなら降りろよ?大体お前重いでっ?!」
ふと,耳元でそう囁いた水瀬からイキナリ手を離した相沢は,結構本気の殴打を水瀬から。
「そんなにわたし重くないよー…」
ぺたん,と床に膝をついた水瀬は,ヒドイよ,と口をちょっととがらせて拗ねる。
そんな水瀬に,ちょっとやりすぎたかなー,とバツ悪げな相沢。
「あーと,なんだ,その,まあ,カラダには気を付けろよな?」
それでも,水瀬に手をさしのべる,ぶっきらぼうながら優しめの相沢。
「…うん,祐一もね?」
んしょ,と手を取って相沢に引っ張りおこされるに委せる水瀬。
ちょっと切なげに相沢を見つめた水瀬だったが
「それじゃ,またね!」
七瀬さんを追って,とたとたと駆け寄ったエレベーターの前でくる,とコチラをふりかえり,バイバイ,と手を振る。
のんびりとしたその笑顔は,なんというか,もういつもの水瀬だった。
「ああ,じゃ,おやすみ!」
そして,笑顔でオレ達も。
「おやすみー!」
二人のお嬢さんの影は,エレベーターの向こうへと消える。
「んじゃ,行こうか?」
ふと時計を見ると,夜半ギリギリ手前な時間。
「お,明日帰りの便は午前中だったよな?」
「とっとと寝るべよ」
「…そだな」
「うわ,ちょっと冷えるなー」
「ホントだ,さっきまではそれほどでもなかったのにー」
ホテルを出ると,もう結構な寒さ。
「…この分じゃ,あの街じゃもうそろそろ雪かな?」
秋も深まっている。オレ達の一年目も,もうそろそろ終わりなのだと少々感慨深く。
「ま,もちょっとだ。…とりあえずは明日帰ったら部屋の掃除だな」
「エロ本とかそうゆう?」
「バカタレ」
シニカルに笑い合うオレ達。
見上げる空の星は,ネオンの闇に紛れながらも優しく輝いていた。
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