「おし,そんじゃココで一発決めてきますかねー?」

ハンドグラブをはめた手をぱんぱんと打ち鳴らし,素振りから戻ってきてマスコットバットを勝負バットに握り変えながらシンちゃんが呟く。

「…シンちゃんちょっと良いか?」

前半5回を投げ終え,ウエスタン相手に1安打1失点と上々の結果でお役御免となった相沢が出がけのシンちゃんを呼び止める。

「あのピッチャー,ストレートはヤなブレ方をしてるけど変化球は打ち頃と見た」

ぐんにょりとダレつつ,オレと軽口を叩きながらも見るところはシッカリと見てるようである。

「確かに,さっきの回よか球にキレがないようにゃ見えるな」

10月も半ばだというのに,眩しすぎるココ南国の陽光のせいか,目を険しく細めながら勝負師の顔をしたシンちゃん。

「出来れば落っこち系に合わせてみてよ」

マスクを被っているキャッチャーの,割と単調な配球を考えながらオレ。

「持ってるのはカーブとチェンジアップだったな」

「チェンジアップはロクに見たことはないけどカーブはこないだ見た。配球に混ぜ込んでくるなら,狙い目はアレが一番いいかと思うけど…」

確認し合うオレとシンちゃん。カーブはそれほど曲がるわけでもなく,今日のあのピッチャーを見る限りキレもそれほどありそうではない。

「それに,さっきの回は変化球はスライダーしか使ってない」

既に試合は8回の裏。7回から登板の,あのピッチャーはどちらかというと変化球を多投する傾向がある。球種がそれなりにあるのでおそらく今回から(球種を)それなりに増やしてくる可能性が高いと思う。

「さっきからストレートを無理に打ちに行ってみんな失敗してるからね。まー,カウントを取りに来るのに真っ直ぐ以外を使うようなら是非に」

あれだけ直球で押さえちゃえば自然とそう言う配球になっちゃうのが人情とは思うが,よほど強気な人でないかぎりはそうしちゃうかと思う。

「おっけー,やってみよ」

シンちゃんはヘルメットを被り直す。

「オレが出て,何とかアウトになんないようにすっからちゃんと帰してね?」

悪戯っぽく笑いながらシンちゃん。そうです。オレの打順はこの二つ後。本日はノーヒット(エラーで一回出塁した)なので何とか頑張ってみたいとは思うのです。





#21





ココは鹿児島,本州最南端の公式戦開催地である。レギュラーシーズンが終わり,日本シリーズも決着の付くころ,オレ達は市内にある球場で試合を行っていた。
シリーズに関係のない球団の若手が結構な数参加しており,ドラフト1位のエリート組からオレや相沢のような指名時ほとんど無名なヤツまでいろんな選手が居る。

序盤は基礎トレやトレーニングコーチによる体調の維持管理法などの座学など正に教育リーグと言った感じで始まったこのリーグも,後半になるに連れ実戦形式の練習も多めになり,ファンサービスも兼ねて最終日であるこの日,無料故にほぼ満員の観客を集めたココ鴨池ボールパークで東西対抗戦を行っているのでした。





「お,やりぃ♪」

シンちゃんは高めのストレートにはナカナカ手を出さずにボール判定を稼いだ。焦れたバッテリーの選択した苦し紛れの変化球を期待通りにうまく捉え,コースは悪かったもののサードのグラブを弾くヒットを打ってくれたのである。

「さー準備準備ー」

「打点あげるか出塁するかの方向でヨロシクねー。両方なら尚良いけどー」

「気楽に言うな気楽に!」

別に結果がどうあれ関係ないはずではあるのだが,見に来てくれてるお客さんが多いのできっちり良いトコ見せておきたいと思うのはオレ達だけではなくおそらくみんながそう(やっぱ,プロだしね)。相沢と相手先発のニシウラさんが投げ合った後も京阪の3塁手に打たれた2ラン以外は,今のシンちゃんのヒットまでノーヒットという結構な熱戦である。

展開もそう簡単にぽこぽこ点の入る展開ではなかったのである。今のところまではね。

状況は8回裏,点差は二点。シンちゃんは無死からの出塁である。次の打順はヒガシウラさんだけど,パリーグのピッチャーなのでバントに不安があるらしく代打が送られるご様子。結果がどうあれ,オレに打順が回るのでココは一発気合いを入れないと。

「お,決まったねー」

「アブねえアブねえ」

少々手こずりながらも,結果的にはきれいに送りバントを決めて戻ってきた北海道のニシノさんとハイタッチ。

「何とか繋げてね?ちょい悔しいけど次はウチの相楽だから結構期待出来るよ?」

「頑張ります!」

「まあ,気楽にね?」

にこやかに笑い,去っていくニシノさん。そうです。オレの次に控えているのはオレと同期のデビュー組で今年の後半にグンと伸びて一軍に定着した相楽クン。堅守の二塁手で小技も出来て足もあり,確実な打撃には定評もあるという3拍子どころかいろいろ揃った好選手で,ホテルとかでは結構仲良しになっていろんなハナシもしたりしているのでした。

「おし」

それでもやはりイヤが応にも入っちゃう気合い。バットを握る手に軽く汗がにじむ。

「んでは行こう!」

『おう!ガンバレ!』

ネクストバッターズサークルで素振りをしている相楽クンと軽く合図をしあいながらオレは打席に入った。

さあ,勝負だ!





「しまった引っかけたー!」

バットにボールのこすったような感触が走り,カラダは勝手に反応して一塁に走っているもののコレはあからさまな当たりそこね。あれほど変化球を狙おうとしてたのについちょうど良いところに投げ込まれてきた真っ直ぐにカラダが勝手にああ勝手に。

「あっちゃーノーヒットー…」

「セーフ!」

ソコに野太く響く塁審の声。

へ?

「おっしゃラッキーラッキー!」

一塁のコーチャーズボックスからぱんぱんと手を叩く音と共に東京のヒガシさんの楽しげな声がする。
どうやら当たりそこねのサードゴロはイレギュラーバウンドをしてサードのエラーを誘ったらしいのだ。全然ソッチの方見ないでファーストに全力疾走してたから解らなかったが。

「…超ラッキー」

一塁ベースの上で右肘のプロテクトギアを外しながら2塁ベース上のシンちゃんとアイコンタクト。
なんてえか,シンちゃんも苦笑気味である。

『2番,セカンド,相楽。背番号37,北海道フリーダムファイターズ。2番,セカンド,相楽。背番号37,北海道フリーダムファイターズ。』

あまり音響の良くない地方球場ながら,ウグイス嬢のおねーさんの声はそれでも結構よく通る。
さ,次は相楽クンだ。何とか進塁させてくれよー?





出塁してるときはいつもそうしてるように,セットの時のピッチャーのモーションを細かく見る。2塁が埋まっているしサインもないのでダブルスチールはかけにくいが,シンちゃんの挙動に対応するため,一応同程度には離塁しておく。併殺は避けないとなあ。

「ボール!」

ボールが先行してる。やはりランナーを背負うと本来のピッチングがかなりしづらいタイプのピッチャーらしい。

『ゆさぶっとく?』

『うん』

シンちゃんと相変わらずのアイコンタクト。
とりあえず離塁の幅を取ってみたり細かく戻ってみたりして牽制を誘う。

「ボール!」

コレで1−3。とりあえず,何でも出来そなカウントになった。さあ,よろしくー!





「ボール,フォア!」

結局怪しいコースをアッサリと次球を見逃して相楽クンは死球を選択した。軽くウインクして牽制感謝,な微笑みをオレ達に向ける相楽クン。

さーて,次のバッターは





『3番,ショート,桜井。背番号39,北海道フリーダムファイターズ。3番,ショート,桜井。背番号39,北海道フリーダムファイターズ。』

それは相楽クンとやはり同期の北海道の桜井クン。守りも打つ方も派手で信じられないような美技を見せるかと思えば何でもないゴロを鮮やかにトンネルして見せたり,何でもない棒球でポップフライを打ち上げてみたかと思えば,パリーグの怪物,絶好調のマツザカさんのノーヒットノーランを9回の土壇場で(しかもどーやったら打てるんだ的決め球のスライダーを)サヨナラ弾で粉砕したりと色々と面白く。

『確実性さえ増せば今すぐにでもレギュラー』

とは相楽クンの桜井クン評。

この間一緒に飲みに行ってみたときの色々と面白い言動の数々に似つかわしいなんつーか,良いキャラの持ち主である。誰かさんと一緒で付き合うと結構疲れそうではあるけどね。





見やるとバッターボックスのソコにはぶんぶんとバットを素振りする桜井クンの姿。調子もいいのだろうか,スイングが恐ろしく早

がん!

「あつつつつつつ…」

あまりにも振りがしなりすぎてどうやらバットをアタマにぶつけたご様子。思わずその場にしゃがみ込んでいる。
あ,泣いてるっぽい。おー,痛そう痛そう。




「何やってんだバカ舞人ー!」

すかさずファーストから罵声の相楽クン。
ソレには答えずに涙目のままイチロー張りの構えを見せる桜井クン。

「凡退したら今日の晩はテメーの全オゴリだからなー!」

「ぷ,ぷじゃけるなよ貴様!テメエこそ変なアウトになったら自主トレの費用全部持たせたるからな?!」

そ,ソッチのがヒデえ。

「あー君たち試合中の私語は慎んでー!」

「すいませーん」

「すいませーん」

う,ど,どっかで聞いたような…。





『だ,大丈夫かな桜井クン?』

『ま,まあメットだしなんとか。それよりも確実に帰れるように準備だけはしとこうぜ?』

と,ともかくシンちゃんと再度のアイコンタクト。なんとか逆転まで持ち込みたいところではある。





そして,ピッチャーが振りかぶった。さあ,初球だ。






20話にもどるー。    22話につづくー。





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