「痛いよー,痛いよー!」

尻を高めのシートに預け,コールドスプレーをむき出しにした局部(袋の方)に吹き付ける。端から見たらたいへんカッコワルイ状況であると思われるオレ。

「やーいバーカバーカ」

「く!ふざけろこのバカってちったあ労れ!」

ちうー,とスポーツドリンクを飲みつつにやにや笑いながら相沢って誰のせいや思っとんのじゃコラ!

「いーじゃん別に。どーせしばらく使う予定無いくせに」

念のためファウルカップにガーゼを詰め,ブツ一式と共にブリーフ(試合の時だけね)に収納しつつ立ち上がるオレ。

「あ,なんてことゆうんだテメエ!これでもし将来かわいい我が娘に会えなくなったらどーすんだコラ!」

「…いろいろツッコミたいトコロはあるがその前にまず相手何とかしろよ何とか」

「ダブル失礼だなお前。オレだってその気になれば彼女の一人や二人」

くっ!全然もてない訳じゃないんだぞ!ラブレターだってもらったコトもあるし(小学生の時),告られたことだってあるし(幼稚園の時),あまつさえ一緒にお風呂入ったり寝たりしたことも!(保育所の時)…………あ,何か眼から熱いものが…………。

「作れなかったから今こーなってんだろが気付けやこの奥手スケベ!」

「トリプル失礼?!」






なんやかや言い合いながら裏手のトレーナールームからベンチへと向かうオレ達。

「まあ,自分で何とかするんだな?」

うっすらと,意地の悪い笑いの相沢。何となく引っかかるものを感じ,聞いてみる。

「…お前が舞佳ちゃんと美坂呼んだの?」

ちょうどオレの打席の真向かいにはっきりと見えるあの二人の席はそんなたまたま取れるもんじゃあるまい。そんな都合良い偶然なんか基本的には無いと思うのである。

「さあ?」

「…」

「いや香里バイトがハネたら来る,って言うから良ければ一緒にって言ったのは確かだけどな?」

すっとぼけた態度で視線を合わせずにぼそりとつぶやく相沢。なにげに眼の端でよく見てる。いろんな飲みや遊びに出て行くときでも,美坂とじゃれ合いながら(本人曰く『あれは一種の拷問』だそうだがオレは絶対認めない)こっちの反応もしっかりと確認してのご配慮だと
すれば,普段は悪魔のようなコイツでも一瞬天使と錯覚しそうになるから恐ろしいものである。…ナニがオレの燃料になるかよく解ってらっしゃるあたり実は気配りの人なのかも知れない(すいません多分勘違いです)。

「ま,さっさと片づけようぜ?」

ずずー,とスポーツドリンクを飲み干し,軽く肩や腰をほぐす動作の相沢。一見かったるそうに見えるのだが,こゆ時の相沢が実は一番気合いが入っているのである。ともかくあと一点,あと一点取れれば何とか延長に持ち込める。できれば,いや絶対,逆転サヨナラでココでの優勝はご遠慮してもらう方向で!

「ヤケ酒は避けような?」

ほんとにそーしたい。ココロの底からそーしたい!絶対勝って勝利の女神と勝利の美酒を!

「そだな」

粘りつつも最終的には打ち取られてしまったキンジョウさんの後に,打席に入るタイラントの背中をぼんやりと眺めつつ,オレ達は決意を新たにするのであった。





#12





「フォアボール!」

イマオカさんが首位打者候補の圧力で相沢に迫るように,目下ホームラン王のタイラントの圧力は相当なもの。基本的に一発狙いの典型的なホームランバッターの振りながら,状況に応じて鋭いコンパクトなスイングもできる頼もしい助っ人さん。手の出せる範囲の球ならカットしてしまえる今の好調ぶりではあるのだが,今日に限っては鋭いあたりも正面だったりカットした球を捕られたりで良いところなし。
しかしながら球数も増え,疲労で球のキレが徐々に無くなってきたイガワさんは,きわどいコースを攻めすぎた結果投げるところを無くしフォアボールを与えてしまう。

「次はタムラさんだな。お,代走出るね」

打席に入るのは徐々に頭角を現してきてる次代のクリンナップ候補,タムラさん(本日は4番に入ってますが,普段は6・7番が多いのです)。
長丁場のペナントレース,戦力は使い切るためにあるわけでもないが,ココはもう8回裏。出し惜しみしてる余裕など無い,当然の代走。
なんとか点を取らないことには。

「…うーん,交代かなー。コレ」

京阪ベンチが慌ただしい。イガワさんは,前回既に球数が120球を超えている。2点を失う直前,京阪側のブルペンには二人が入っていた。
タムラさんを相手に,制球を乱したのかなかなかストライクが入らないイガワさん。結局数球の後,前回に続くフォアボールを与えてしまう。
次は左のサエキさんであるが,京阪ベンチは交代を選択するご様子である。今期は中継ぎ陣も非常に安定してる京阪,コマが豊富なのは非常にうらやましい限り,とは我が投手コーチの弁。

8回終了時で84と2/3イニング,防御率がとうとう小数点以下に割り込んだ相沢(コレは結構シャレにならないくらい凄いことなのです)を除けば,軒並み出れば1点とかの失点が恒常的な中継ぎ陣。何とかストッパーのガラハドさんに繋ごうにも途中でゲームが壊れちゃうパターンが多く,我が相棒殿にかかる期待も負担もイキオイ大きくなっている現状なのでした。

そんなわけで京阪二番手はヨシノさん。今期は特に安定感の溢れるピッチングを続けている若手の左腕。この人とは一回対戦してるんだけどそのときは引っかけてサードゴロに打ち取られちゃったんだよなあ…

「いやーん」

サエキさんは初球に手を出してアッサリゲッツーを献上。我がスカイレイダーズの反抗は9回に持ち越しとなったのでした。





マウンドの上には,変わらず相沢。
とうとう9回の表,ざわつくグラウンドは熱気をはらんでただただ熱く。

そしてオレもそのままホームベースのすぐ後ろの定位置へ。交代は,無し。
両手を上げて,スタンバイは完了。もう一点もやらないし,やれない。

マスクをすっ,と降ろし,相沢とアイコンタクト。打席にはヒヤマさん。さあ,勝負タイムだ。

『こう,行こう』

『…おし』

ランナーが居るときと居ないときの差が激しいヒヤマさん。先頭バッター時には超警戒モードのオレ達。

かん!

内側に食い込む低めのカッターはアッサリとカットされる。

『うーん』

『迷うな。コレだ』

ばす

高めの外しボールは手を出されなかった。何となく,読まれているよなやな感じである。

『おっしゃ次,次!』

『どする?』

『じゃ,コレで』

今度は,初球と同じコース。ただし,曲がり幅大きめのフツーのスライダーをリクエスト。

「くそっ!」

「ラッキー♪」

小さくそう呟いて,ファウルフライになったヒヤマさんの打球をキャッチするオレ。とりあえずワンダウン。





次はキャッチャーのヤノさん。失礼ながらこういう局面でそう怖いバッターではないのでココはさくっとアウトを稼がせていただきたく。





「ストライク・アウト!」

ツーダウンツーダウン!球威は若干疲れから落ちてきているものの,コントロールに際だった乱れのない相沢の球はコーナーを丁寧についてヤノさんから三振を奪う。

オレは,指を二本掲げて守備陣に残りアウト一つをアピールする。

ココで,京阪サイドに動きが。ヨシノさんに代えて,代打でカタオカさんを起用してきたのだ。





『どする?』

『変えねーよ。正攻法で行こう』

昨年度からパ・リーグから移籍してきたカタオカさんは,環境の違いにとまどったのか本来の強烈な打撃が影を潜めており,少なくとも今年も,今のところはあまり怖さを感じない。しかしながら,同点に追いついたときのことを考えて出来るだけ相沢のスタミナは温存させておきたい。

『こう,だな』

『いいだろ』




ばすん!

引っかけさせようと投じた相沢のコーナーを付くカットボールは,割とアッサリ見逃され。





『次は,ココ』

とりあえずストライクの判定はもらえたので,気を良くして高めを要求する。





ぶん!

当てに行ったスイングは,ギリギリボールに触れなかった。結果を出そうと焦り気味のカタオカさんにはばらけた配球で攻めて的を絞らせない方針のオレ達。しかも,出来うる限りは省エネで。





「ストライク・バッターアウト!」

そしてその作戦はうまくいった。マウンドから引き上げてくる相沢と手の甲を軽く合わせて小さな勝利を祝う。

引き上げてくる他のみんなも,闘志に火がついているご様子でマコトに心強い限り!

オレにも打席が回ってくる(変えられなければ)。

さあ,次が正念場だ!





11話にもどるー。    13話につづくー。





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