おろしたてを用意する暇なんぞ無く。

ファームの試合と練習で慣れ親しんだプロテクトギアを身につけて,オレはキャッチャーミットの感触を確かめつつ体をあちこち捻ったり伸ばしたりしてユニフォームにギアを馴染ませる。

「選手の交代を申し上げます。ライト,北川に代わりましてシンカイ,ライト,北川に代わりましてシンカイ。キャッチャー,シンカイに代わりまして北川,キャッチャー,シンカイに代わりまして北川」

ウグイス嬢の声が響き渡る。
シンちゃんは代走からそのまま守備,オレはコールの通りマスクを被る。
一軍初代走,初打席と来ていよいよ本業デビューの時が来た。

ファームである程度慣れているとは言え,一軍,しかもココで負けると目の前胴上げという大事な試合で,一点差負けというこれ以上点はやれないという状況。大ピンチは大ピンチなのだが,ほんの少しの緊張とある種のドキドキが胸から離れないオレなのだった。

「おーい」

ココで完璧に押さえきってみせるとある意味おいしい。ようやく隙を見せてくれた京阪を捉えきるにはなんとかし

ばこ

「あだ!」

「呼んでんだろコラ」

振り返るとソコには片頬をつり上げたニヤリ笑いの相沢の姿。

「そー固くなんなよ。いくら舞佳ちゃんが来てるからって全部いートコ見せたろなんざスケベにも程があるぞ?」

「そそそそそそそそそんなんじゃありません!」

「バーカ,うろたえんなよ。それともキワドイミニスカの舞佳ちゃんに違うトコ固ごえ!」

「バカタレ!」

軽くミゾオチにフックを入れてオレ。前者はともかく後者は考え過

「わははは,ま,気楽に行けや」

踵を返して,あいてててとか言いながらマウンドへ小走りで向かう相沢。

「…オレ,そんなに緊張してるように見えたかなぁ?」

…あいつなりの気配りなんかなあ,と思う。サンキュー,相沢。

んでは,いっちょ気合い入れて行きますかね!





#11





「…うっわー」

見慣れた配置からのグラウンドながら,夜の,しかもほぼ超満員のスタジアムはオレを圧倒する。外野からの眺めとはまた違う,ぐるっと総てを見渡せるここからの風景。

視線を移すと,ソコにはマウンドを軽く足でならす我が相棒殿の姿。
春のファームでは何度か組んだことがあるのだが,あれから半年近く立つ現在では,少々風格らしきモノも感じ始めてみたり。

「おーし!」

両手を上げて,準備良し,の合図。
主審の方も背後に立ち,ネクストバッターズサークルから京阪の4番,アライアンスさんも右打席に入ってくる。

「プレイ!」

鋭く短い,主審のコール。オレはベンチで打ち合わせていたサインをアタマで反芻し,アライアンスさんのデータを脳内データベースに掛けつつつつ,第一球目のリクエストを相沢に送る。

『ヤダ』

…んだとコラ。
首を振る相沢に送ったのは内角低め,それも内寄りのスライダー。先に腰を引かせよっかと思ったのだが相棒殿はご不満の様子。
コース確認は別に良さげだったんだが真っ直ぐでも投げたいのだろうか?

『コレは?』

とりあえずヤツの数少ない持ち球の中でも曲がり方の小さいカットボールをリクエストしてみる。
首を縦に振る相沢。おし,決まり決まり!

腰を若干浮かせ,捕球体勢に入る。

相沢は大きく振りかぶった。

出所の掴みにくい相沢の右腕から白球が放たれる。

第一球!





「○×△□@¥$$%#&=〜|◎?!!!!!!!!」

カラダの芯に,なんかこう,腹の底から突き上げるあの瞬間独特の痛みが俺を襲う。
珍しくコントロールが狂った相沢のボールは,アライアンスさんの膝元でバウンドしオレの,その……………………………………………………………………

「だ,大丈夫か?おい?!」

「Oh,God……」

審判の人の心配するような声もアライアンスさんの英語の舌打ちもロクに耳に入らねえ。
…気,気が遠くなりそう…

「おー,痛そー」

とんとんと腰を叩きながらトレーナーの人が声をかけてくる。
ただうずくまって痛みの引くまで待つしかないオレ。

『北川選手治療のため試合を中断いたします。しばらくの間お待ち下さい』

う,ウグイス嬢のコールが遠く聞こえる。い,痛い,痛いよー!

「どうですか?大丈夫ですか?」

とんとんと腰を叩きながらトレーナー。く,くぅ!

「仕方がない,交代を…」

「だーっ!ま,待ってくださいまだ行けますやれます!」

こ,こんなデビューは嫌すぎる!さっきアイカワさんのために流した涙を今度は自分のために心の中で流しながらオレはトレーナーの方に懇願する。
腰をべったり付いて,とりあえずは引いてきた痛みに舌打ちしながら。

「…そうですか。それでは」

トレーナーの方はとりあえず落ち着いたっぽいオレを見てベンチへと引き上げていく。
涙目で審判にプレイの再開を要求すると,何度か飛び跳ねて状態を確認する。

うー,痛え。

「Oh,キタガワサン,キンタマ,ダイジョブデスカ?」

「だ,だいじょぶですホントに。ども!」

アライアンスさんの労りにやはり涙目のまま答えつつオレは再度飛び跳ねてポジションに着き,座り直す。ああ,この人顔怖いけどええ人や…

「プレイ!」

主審のコールで,プレイ再開。…いらん醜態を披露してしまった。舞佳ちゃんも美坂も見てるってのにぃ。
…あーもう,コレで珍プレイとかに流されちゃったらどーしよう。一試合二人なんてそう無いし。

相沢の方を向き直ると,カルくスマン,と謝る相沢…ってなに笑ってんだコノヤロー!この外道ー!!!!!





「ストライク・アウト!」

しかし仕事は仕事。ちゃんとこなさなきゃいけません。内角に立て続けに真っ直ぐを放ってもらい(ギリギリ入ってストライク判定),ラストはほとんど同じコースのスライダー。アライアンスさんは手も足も出ずに三振だったのでした。





『ココから,どう?』

『まーいいだろソレで』

『なんてエラそうなんだテメエ』

以上,総てサインの意訳。先程は大振りの多いアライアンスさんだったので比較的フツーに組み立ててみたのだが如何せん次は目下首位打者のイマオカさん。
前の二回の打席でもラッキーしただけ(セカンドライナーとショートゴロ。特に後者は抜けてもおかしくなかったところをイシイさんの好捕に助けられた)でイイ当たりを食らっているので慎重になってみたのである。

『よし,コレで』

曲がるか曲がらないか位のカーヴを外角に要求し,そのとおりの位置に球は来た。

「おわ!」

合わせただけのファールながら,球は相変わらずよく見えている感じである。
うーん,次ドコにしようか?

『ココに,こう』

『ソレやばくねえ?』

『多分何とか』

次に要求したのは内角高め,ストライクゾーン一杯(高さが)のストレート。

ぶん,と風を切る思い切りの良いスイング。わずかに球はその下をくぐり,オレのミットに収まってくる。

『やばかったじゃねーかやっぱり!』

『すまんすまん,ココまで対応出来るってのは予想外だった』

コントロール通りのトコロに鋭く決まるファーストボールにもタイミングを合わせられている。下ならともかく高い位置で振られてることに首位打者(候補)のソコヂカラを感じて背中を冷たい汗がつたう。

さて,どーしたもんか。追い込んでるのに追い込まれたよな嫌な感じ。ココは一球はず

『勝負すんぞ,北川』

『マジ?』

そして逆サインは同じコースへの同じ球種。

『…こ,コイツ』

『あまり手の内見せたくない。一発食らわなきゃ御の字ってコトで!』

ココでベンチ確認とかしてる場合じゃない。そのとーり。見る余裕なんかあげてやんない。

オレは相沢のサインに首をタテに振った。










「おー,ビックリしたなあ,おい!」

「おーじゃねえよこのバカ!寿命や玉とか各種縮める思いさせやがって!」

引き上げてくる相沢と併走しながらにこやかにヤツを罵ってみるオレ。

「いやいや,やはり考える間を与えないのが良かったのだよはっはっは」

「はっはっはじゃねえよ!」

イマオカさんは正面で相沢のストレートを捉えた。しかしソレはあまりにも正面過ぎて,相沢のグラブに音を立てて収まっていたのであった。
続くフジモトさんをセカンドゴロに引っかけて,オレ達は初めての一軍バッテリーデビューイニングを三者凡退で片付けたのだった。






10話にもどるー。    12話につづくー。





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