「どした相沢?………って緊張するな,ってほうが無理か」
オレは,ブルペン横の通路でじっと目を伏せ,片膝を付いて両腕を壁に押し当てている背番号54に声をかける。
「………………。」
高校時代から数えて,約1年半。
運命というにはあまりにも腐れ縁な,いまだによくワカらないところの多い−でも底抜けに明るい男。
そんな相沢祐一がココまで沈黙し,何事かに沈んでいる様子を,多分オレは初めて見る。
「おい,もう出番だぜ?急がないとホレ,ブルペンカーのお姉ちゃんを待たせるのもなんだぞ?」
極力明るく声をかけてみる。緊張しているのなら,多分それがいいはずだ。
「…」
が,反応らしい反応はない。
「………おい?」
もう一度,確認するように呼びかけてみる…
「うっしゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「うわお?!」
「行くぞ北川!一足先に真ん中に立ってやらあ!」
気合いの入った,渾身の叫び声(多分ベンチ一杯に聞こえたんだろうと思う)と共に,ぐるんとオレの方を振り向いたその瞳は,いつになく輝いている。
間違いなくやる気モードの,相沢のソレだ。
「今日一点もやんなかったら飲みはテメエのオゴりでなっ!」
「ておい!今日はおまえ勝ち負けは………ってもういねえやまったく」
脱兎の如く駆け出す相沢。
敗戦処理とはいえ初の一軍のマウンドだ。少しは緊張もするだろうに。
バカヤロ,気い遣わせやがって。
「いーだろ,残り3回ゼロに押さえ切ったらグレン一本ツケたるわ!」
唐突とイキオイが信条とさえ思える部分はあいかわらず。
そんなヤツに,少々安堵の気分を覚えながら,オレは相沢とは逆の方向に。
共に敗色濃厚なフィールドに向かって,それでも無闇に気合いを入れてみるのだった。
実況パワフルまいらいふっ!!
#0
オレの名は北川潤。
………プロ野球選手になっちゃってるよ。今何故か。
話せば長くなるのでかいつまむ!どうせそのうち書くことにもなるだろうからとりあえずな。
なんとなく大学受験の準備をしていた去年の夏。
斉藤に誘われたメンツ欠けの草野球。
ツメを割ったピッチャーの代わりに,『中学の時にちょっとやってた』というハナシの相沢を,同じくぎっくり腰のキャッチャーの代わりに,マスクをかぶったオレが(中学までは野球部よ)ムリヤリマウンドに立たせたのが全ての始まり。
………正直驚いた。
長身から投げ降ろす相沢のストレートは,あからさまに手投げなのにずっしりと重い。
球速もそれなりにあるのだろう,捕球する手のひらも腕も痺れる。
あまつさえ,『構えてるトコめがけて投げな!』と言い放ったオレのミットにほぼ正確に投げ込んできやがる。
草野球のレベルじゃ,この角度のあるマッスグでちょこちょこ投げ分けられたら,お手上げだ。
やっとこさ当てても,とても前になんか飛びゃしない。
結局7回投げて,外野に飛んだ球はナシ。
オレと相沢は盛大に感謝されつつ,晩の飲み会でウイスキーデビューをも果たしたのだった。
「そーいや,オマエの兄貴って横浜で先発張ってたっけな。」
その後すぐに,斉藤が,プロ野球選手である自らの兄貴に,興奮気味に電話をかけていたことを,翌日の補習の後,当人に告げられた。
「ああ,この辺の選手でイイの居ないかってのもいつも言ってたんでな。」
「相沢があんな芸当ができたってのは正直びっくりだが。」
「とりあえず見てもらう価値があるよ。あんだけタマ速けりゃひょっとして………。」
おおかたの予想通り,「東京ジェントルメン」の独走で既に優勝の行方も決まっている。
斉藤の兄貴には,興奮気味の弟の同級生を,一足早い里帰りも兼ねて見に来られるほどの,時間的ゆとりもあった。
−ただでさえピッチャーのコマの少ないチーム事情。めぼしい即戦力は逆指名だったり何だったりでお金持ちのいいトコに持って行かれる昨今,打てるだけの手は愛するチームのために打ってきたいとも思ってたのであろうか。
そんな彼がスカウトを伴い,北の地を訪れたのはそれからちょうど2週間後のことだった。
『体大の推薦ってどうよ?』とかなんとかダマして連れてきた,生来のめんどくさがり屋でやる気のない相沢を,あの手この手で本気にさせるオレや斉藤と,その様子を隠れているスカウトと共に見入る斉藤の兄貴。
そのシロウト然としたフォームと,スピードガンの数字を何度も確認したスカウトが,興奮気味に斉藤の兄貴にナニゴトかわめいていたのが実に印象的だった。
………何故か荒れ気味の相沢のタマを,ビシバシと(我ながらよく体が動いた)捕球していたオレまでスカウトに挨拶されちゃったのだが。
ホテルでのメディカルチェックと体力測定,秋季キャンプへのご招待とコーチによる実況検分に至るまで,受験勉強にいそしむみんなに内緒で相沢と共に過ごす日々。なんとかプロでやっていけそうな程度には,オレも相沢も基礎体力だけはあるらしいことも解った。
まさに秋日は怒濤のごとし。
末巡と,その一歩前。
いまは万年Bクラス候補とはいえ,数年前には日本シリーズを制覇したこともあるプロチーム。
オレと相沢は曲がりなりにもドラフトで,斉藤の兄貴の待つ「横浜スカイレイダーズ」の指名を受けたのだった。
特に目的もない大学進学をアッサリ止めて相沢とハイタッチ。
学校も,野球部以外からのドラフト入団は初めて(しかも2人)とあって,その後の授業が球団側のスケジュールと被らないようにいろいろと便宜も図ってくれた。(下位指名とはいえこういったケースは珍しいらしく,一部野球誌や地元紙,TV等で取り上げられ,ちょっとした騒ぎにもなってしまった。)
「祐一さんなら,やれますよ。北川君もいいキャッチャーだそうですし,将来は二人でバッテリーですね?」
「そーだね,祐一だもん,きっと大活躍だよ〜。北川君もいるから大丈夫だよ〜。」
え,いいの?でもヘボいよオレ。ま,まあともかく,下宿先の相沢の美しい叔母と,その娘でやはり美しい従妹の少女は,そう言ってオレたちを祝福してくれた。
「若いんだから気が変わったらいつでも進学していいんだぞ?」
「二人とも体には気を付けてね?」
「「「「がんばってー♪」」」」
オレの両親も妹たちも,不安そうだったが最後は笑って送り出してくれた。
「ちょっと,あなたね?祐一をそそのかしたのは!」
相沢と同じ大学行きを目論んでいたらしく烈火の如く怒ってた,結局最後まで学年主席だった少女だけは,まだ納得していない風だったが。
その後は,入寮までホントにあっとゆう間。
共に2軍スタートながら,捕手の少ないチーム事情で5月半ばにはそうそうに1軍昇格を果たしたオレだったが,もっぱら代走と配球のお勉強の日々(当たり前)。
きついながらも楽しいプロ選手生活。2軍とのエレベータも,今はそんなに辛くない。
−欲を言えば,早く打席に立ってみたいんだけどね。
そんな中,相変わらず2軍で一緒に練習するところの,『変化球覚えさせられてるよー。』のぼやきも聞き飽きた相沢が,2軍戦で5回パーフェクトを決めたのが昨日のハナシ。
2軍監督のゴーサインと共に,本日めでたく1軍登録された相沢は,ココ横浜ビッグスタジアムのオレのロッカーのすぐ横に,ラッキーストライクのカートンボックスと共にスポーツバッグを放り込むのだった。
−と,結構長かったな。
オレは通路からドリンクボックスの横を通り抜けて,ベンチの一応の指定席を目指す。
状況は,勝利を目指すには絶望的な8−1の7回表無死走者2・3塁。
スタンドの1塁側もがらがらだ。
対して反対側を埋め尽くすのは,黒とオレンジのハッピと鳴り物の渦。
捨てゴマすら尽きた感の溢れる我がチームのアナウンスは,ゲームの進行と新戦力のテストのために我が友の名をコールする。
「ピッチャー,チカノに代わりまして相沢,背番号,54!ピッチャー相沢,背番号,54!」
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