― 0 ― 目が、覚めた。 夢の世界に名残惜しくも別れを告げて、意識を覚醒へと導く。 とりあえず、ベッドの上で半身を起こした。 冷たい外気が直接服の隙間から入り込み、布団で暖まった身体を急速に冷やしていく。 「うう、寒い……」 半眼のまま、水瀬名雪は枕もとに畳んでおいたお気に入りの半纏を手に取った。 可愛い猫のイラストの入ったふかふかの半纏。いとこの祐一は子供っぽいと馬鹿にするけど、それでもこれは彼女のお気に入りだった。 それをそのままパジャマの上から羽織る。 ふかふかの感触がとても心地よい。 「おはよう、みんな」 小さく呟いた声は、自らの半纏に向けられている。正確には、半纏にプリントされた数多くの猫達に。 『彼ら』が返事を返してくれる訳ではなかったが、それが彼女の習慣となっていた。 「けろぴーも、おはよう」 今度は同様にふさふさのカエルに話しかける。 もちろん、『彼』も答えてくれる訳ではなかったが、愛嬌のあるその表情がまるで返事をしてくれているようでついつい話しかけてしまう。 今朝の表情は『おはよう』と笑いかけてくれているようだった。 「ふああぁ〜」 一つ大きく伸びをして、それからカーテンを一気に引き開ける。 シャアッとカーテンレールの滑る音とともに、眩しいぐらいの陽光が部屋に射し込んだ。 「わあっ!」 一息に、目が覚めた。 時刻は正午をまわったばかり。もう既に強くなった昼の陽射しの中、世界は白一色に包まれていた。 もう何度も何度も見慣れた光景。いとこいわくの、『見飽きた光景』。だけど、やはり何度見ても圧倒される。 今日も今日とて水瀬名雪は一夜にして白く塗り替えられた世界の姿に、息を呑んだのだった。 雪は、嫌いじゃない。 冬のほとんどの日を雪で覆われるこの街では、雪の存在を煩わしく思う人間がほとんどで、雪を喜ぶのはせいぜいが子供ぐらいである。 名雪はそうした中で雪を好む奇特な人間の一人であった。ちなみに、いとこの祐一はこの街に来たその日に『雪なんか嫌いだ』と宣言した。 雪を見ていると、幼い頃のことが思い出された。 冬になると雪で覆われるこの街において子供はどうしても雪で遊ばざるを得なくなる。 それ故、七年前祐一がこの街を訪れた時、二人は当然のように雪遊びをした。雪うさぎを作って、雪だるまを作って、雪合戦をして、そして、かまくらを作って。日が落ちるまで飽きることなく、ずっと……。 だから、七年前の思い出はいつも雪とともにある。 よく意地悪をされて何度も泣かされた。それでも、本当は優しかったいとこ。とても大好きだった、祐一。 幼い頃の思い出は感傷的で、涙が出るほど懐かしかった。 たぶん、あの頃が一番幸せだったのだと、今になって思う。 別に、今が不幸せという訳じゃない。 お母さんもいる。友人もいる。そして、祐一――大好きな人も。 だけど、それでもあの頃とは何かが違う。同じようでいて、どこか……。 雪を見ると、そんなことを考えてしまう。少し、感傷的になってしまう。 名雪は、眩しい銀世界に目を細めた。 雪は嫌いじゃない。 でも、心の底まで好きにはなれないのまた、事実だった。 複雑微妙な乙女心。 それを胸の奥に秘めて、今日も水瀬名雪の一日は始まった。 ――Snow Holiday―― ― 1 ― 休日の午後。 水瀬家のリビングで祐一が見るともなしに興味もないワイドショーを見ているところへ、ようやく名雪が起き出してきた。 「おはよう、祐一」 ちらりと午後の時刻を示している時計に目をやってから、祐一は一つ息を吐いた。 「『おはよう』の時間はとっくに終わってるぞ」 「う〜ん……それも、そうかも」 少し考え込んでから、納得したようにぽんと手を打ついとこ。 しかし、それからすぐに表情を曇らせた。 「うー、でも、起きて最初の挨拶が『こんにちは』もなんか変だよ」 「そう思うんだったら、今度から『おはよう』が言える時間には起きてくるんだな」 「わ、祐一、それは横暴だよ。朝寝は、私の休日の楽しみなんだから」 名雪は祐一の提言に唇を尖らせる。その表情がたまらなく可愛らしい。 「……わかったわかった。好きにしてくれ」 祐一も、その表情には極端に弱かった。 抵抗の素振りすら見せずにあっさり白旗を掲げる。 一方の少女は祐一の言葉に表情を軟化させた。 「そうするよ。でも――」 「『でも』、なんだ?」 怪訝な表情で問い返す祐一。 名雪は、とびきりの笑顔を浮かべて口を開く。 「おはようございます、祐一♪」 紡がれた言葉に、祐一は苦笑した。 「ああ、おはよう、名雪」 どこまでいってもマイペースな彼女には、自分は一生勝てないのかもしれない。 なんだか、そんな予感がする。 そんな祐一の内心も知らずに、名雪は満足げな表情でキッチンへと向かって行った。 「もう、おなかぺこぺこだよー」 お腹を押さえる仕種をして、少し切なそうな表情。 その表情がおかしくて、祐一は堪らず噴き出した。 「もう、ひどいよ祐一」 「いや、悪い悪い」 悪びれた様子もなく笑い続ける祐一に、名雪はますます頬を膨らせた。 「ああ、そうだ。秋子さんが、ちょっと用事で出掛けるからご飯は自分で用意してくれってさ」 「あ、そうなんだ」 明らかな誤魔化しに気づいた様子もなく、名雪の意識はあっさりそちらに向けられた。 もちろん、隣でほっと息を吐いた祐一の様子に気づくはずもない。 「ねえ、祐一?」 「ん?」 「祐一はどうする? よかったら、私が作るけど?」 「そうだな。じゃ、頼んだ」 断る理由もない。祐一は本日の昼食をいとこの手に委ねることにした。 「うん、任せてよ。何か、リクエストとかある?」 「そうだなあ、それじゃあ、懐石料理」 「うー、そんなのお母さんならともかく、私には無理だよー」 「修行不足だな、名雪」 もちろん、冗談のつもりだった。 困った表情の名雪に、調子に乗って芝居がかった口調でそう続けた。 「祐一のいじわる……」 名雪の、祐一に向ける視線が厳しい。 少しやりすぎたか。 相手をからかうのも、なかなかに加減が難しい。 拗ねた表情の少女に、祐一は困ったように頭を掻いた。 「名雪、オムライス、なんてどうだ?」 「オムライス? そうだね……うん、大丈夫だよ」 名雪はしばらく冷蔵庫の中を確認してから頷いた。 どうやら機嫌も損ねずに済んだようだ。 昼食が茶碗一杯の紅しょうがになるという未曾有の危機もなんとか回避されたらしい。 祐一はそのことにほっと胸を撫で下ろした。 「俺も手伝えることがあれば手伝うぞ?」 祐一の提言に、しかし名雪は渋い顔で応じる。 「祐一は、どうせカップラーメンしかつくれないでしょ? いいから、向こうでテレビでも見てて」 その口調からは既に台所を預かる主婦の貫禄が滲み出ている。 「馬鹿にするなよ。俺にだって他に作れる料理の一つや二つ……」 「ちなみに、何が作れるの?」 じと目で、冷たい視線の名雪。 「レトルト食品全般。言わせてもらえば、冷凍食品なんかはプロ級の腕前だ」 「やっぱり、祐一はあっちに行ってて」 名雪の返答はにべもない。 結局、祐一はすごすごとリビングへ引き返した。 ― 2 ― 昼食の席上にて。 テーブルの上には二人分のオムライスを盛った皿が並べられている。 ライスを覆う薄い卵焼きには名雪の茶目っ気か、可愛らしい猫がケッチャップで描かれていた。 そのオムライスから立ち昇る食欲をそそる香りが、祐一の空腹中枢を刺激する。 既に『いただきます』の挨拶は済ませていた。後は目の前の皿を平らげるだけ、なのだが……。 「…………」 「…………」 祐一は口に運びかけたスプーンを皿の上に戻した。 「なあ、名雪?」 「どうしたの?」 怪訝そうに首を傾げる名雪。 「あのなあ、そうやってじっと見られてるとすごおく食べ難いんだけどな」 きらきらと期待のこもった眼差しで祐一を見つめていた名雪は、その言葉にしゅんと項垂れた。 「う、ごめんなさい」 名雪は諦めたように黙々と料理を口に運ぶ。 そんな少女の様子に、祐一はやれやれと息を吐いた。 「うまいぞ」 「え?」 名雪は皿の上に落としていた視線を、正面に座る祐一に戻した。 祐一はその目の前で、美味しそうにオムライスを頬張った。 「うん、うまい」 その一言で、名雪の表情に笑顔が戻る。 心底嬉しそうに、彼女は微笑んだ。 「訊きたかったんだろ、感想?」 「うん!」 二人だけの食卓に、一際明るい笑顔の花が咲いた。 ― 3 ― 「ねえねえ、祐一」 「どうした?」 何かをねだる子供のような甘えた口調の名雪に、祐一は皿を洗う手を止めることなく簡潔に問い返した。 「遊ぼ、祐一?」 少し首を傾げてのおねだり攻勢。 それが意識してのものなのか、上目遣いで見上げるその視線はたまらなく危険な魅力を備えていた。 「ねー、ゆういち〜」と、甘えるような声も甘美な魅惑の響きである。 これに抗える男はそうはいまい。 「それで、何がしたいんだ?」 もちろん、それに祐一が抗えるはずもなかった。 「わ、本当?」 途端に顔を輝かせる名雪。 望みを受けてよかったと、そう思わせる心からの笑顔。 その笑顔に祐一は「ああ」と頷いて、笑ってみせる。 「雪遊び、しよ?」 その口から紡がれた彼女の願い。 「…………」 先ほどの笑みを貼り付けたまま、祐一は窓の外に広がる白い原野を確認した。 窓に吹き付ける木枯らしの音が外の冷たさを明確に伝達している。 「悪いが、却下だ」 「ええぇ〜っ」 不満そうに口を尖らせる名雪に、祐一は懇願するように頼む。 「なあ、名雪。お前も俺が寒いの苦手なの知ってるだろう? 何もこんな寒い日にわざわざ外に出なくたって他にいくらでもやることが……」 「雪遊び……」 「頼むから――」 「雪遊び……」 「もしもーし、名雪さーん?」 「雪遊び……」 やがて祐一は諦めたように溜息をこぼした。 「……わかったわかった。付き合いますよ、お姫様」 こうなってしまった名雪を止められる人間は多くない。 少なくともそれは、祐一には無理な芸当だった。 こうなればもう、彼女の望みを聞き届けるしか、祐一には術はなかった。 「ほら、行くんだろ? 早く支度して来いよ」 「うん、待っててね、祐一!」 よほど嬉しかったのだろう、名雪は跳ねるような足取りで台所を後にした。 その姿を苦笑交じりの表情で見送る。 後に一人きりで残された祐一。 誰にともなく呟いた。 「俺って、絶対カミさんの尻に敷かれるタイプだよなあ」 将来の自分のことが今から真剣に危ぶまれる祐一であった。 ― 4 ― 「祐一♪」 声とともに飛来した雪塊が、避ける暇も与えず祐一の顔面を容赦なく直撃。 「うわっ」 堪らず祐一は雪の上に倒れこんだ。 掌に触れる雪の感触は午後の陽射しに晒されて、さらさらというよりはべたべたとした感じがする。 雪塊をぶつけられた顔面は冷たいを通り越して凍傷独特の痛みすら訴える状況。 顔に張り付いたままの雪を手で拭い去って、それから祐一は立ち上がった。 「こらっ、名雪! 霜焼けになったらどうするつもりだ!?」 「大丈夫。ちゃんと、手袋はしてるから、霜焼けにはならないよー」 誇らしげに手袋をはめた両掌を掲げる名雪に、祐一は頭痛を覚えた。 「誰がお前の心配をしたっ! 俺が言いたいのは――」 「えいっ」 祐一の言葉が終わるよりも早く、名雪の放った第二撃が祐一めがけて飛来する。 それを予測していた祐一は的確な動きで雪塊を避けた。 標的を失った雪塊は何もない雪上で、虚しく砕けて散った。 我ながら惚れ惚れする身のこなし、と会心の笑みを浮かべた祐一に、続けて第三撃が放たれる。 雪玉は先の攻撃に気を取られていた祐一の顔面を再び直撃。 「ゆういち〜、大丈夫?」 さすがに気が咎めたのか、名雪は心配げに近寄ってくる。 その瞬間を待ち構えていたかのように、祐一の瞳が邪悪に光った。 「きゃっ」 警戒なしに近づいた彼女に祐一の雪玉が直撃する。 「祐一、不意打ちはずるいよー」 「何を言ってるんだ、名雪。男の世界は非情なものなんだぞ」 「私、女の子だよー」 「男女同権の世の中だろ?」 「祐一、それはなんか違うよ」 「ふっふっ、悪いけど屁理屈は通用しないからなって、うおっ……」 またしても雪玉の直撃をこうむった祐一は情けない顔で対面の敵を見遣る。 「お返しだよっ♪」 楽しげに微笑む名雪。 その両手には次弾が既に準備万端用意されていた。 「上等だ」 祐一の瞳に闘志の炎が燃え上がる。 一度点いた炎はそう簡単に消し止めることはできない。 祐一はその衝動に大人しく身を委ねることにした。 久々の衝動にわくわくと胸が弾む。 この感覚、何年ぶりだろうか。 「勝負だ、名雪!」 なんだか嬉しくなって、祐一は声を張り上げた。 「私だって負けないよ!」 負けずに名雪も応じる。 お互いに臨戦態勢を整えてから、祐一が口を開いた。 「それでは、いざ尋常に――」 「「――勝負!」」 二人の声が重なるとともに、お互いの手から白い弾丸が解き放たれた。 ― 5 ― 「名雪、お前――」 「どうしたの、祐一?」 二人きりで童心にかえったようにはしゃいだその後で。 互いに遠慮なく雪玉をぶつけあった二人は全身びしょ濡れ状態である。 呆然と自分の姿を見つめる祐一の様子に、名雪は不思議そうに首を傾げた。 言葉を切ってしばらく逡巡していた祐一はようやく意志を固めたのか、搾り出すように次の言葉を続けた。 「お前――泣いて、いるのか……?」 「えっ……」 言い難そうに紡がれたその言葉に、名雪は困惑の表情を浮かべた。 確かめるように顔にあてた掌は、何の情報も伝達しない。 手袋をはめたままだったことに気づいて、名雪はそれを取り去った。 再び、顔に手をやる。 冷たい感触が掌を通して伝わってくる。 次から次へとこぼれ出る液体が指先を冷たく冷やしていく。 私、泣いてるの? 悲しくなんかないのに。 どうして涙が溢れるのだろう。 どうして、涙が止まらないのだろう。 自分で自分のことがわからない。 名雪は、涙に濡れた指先をしばし呆然と眺めた。 泣いていると自覚した途端、溢れる涙で視界が薄く霞んだ。 祐一の顔が、ぼんやりとしか見ることができない。 「祐一?」 不安から、声をかけずにはいられなかった。 「大丈夫か、名雪?」 声の調子から祐一が心底から心配してくれているのがわかった。 その声も、ぶっきらぼうな口調ながら昔と変わらず優しい。 「どうしちゃったんだろ、私?」 あはは、と照れたように笑って、名雪は涙を拭った。 とめどなく溢れる涙は拭っても拭ってもきりがない。 とうとう拭うのを諦めて流れるままに任せることにした。 「ほら、名雪――」 ふわりと、暖かい感触が身体を包む。 たった今祐一がかけてくれたコートが、彼自身のぬくもりとともに彼女を優しく包んでくれていた。 「――風邪、ひくだろ」 暖かい。 他の何よりも、祐一の気持ちが、優しさが。 とても、暖かかった。 昔からそうだった。 意地悪でぶっきらぼうなのに、でも、本当に困った時は助けてくれた。 昔から祐一は彼女が困った時に他の誰よりも真っ先に駆けつけてくれた、彼女の王子様だった。 七年前から変わってしまったと思っていた祐一。 二人の間に見えない壁の存在を感じていた自分。 でも、何も変わってなどいなかったのだ。 ようやく気づけた。 七年前に別れたあの日から、二人の距離は変わっていない。 二人とも、あの時からずっと同じ場所にい続けたのだ。 良くも悪くも。 名雪は、溢れ続ける涙の意味を、ようやく理解した。 祐一は変わってなどいない。 二人の間に壁を作っていたのは、祐一ではなく自分の方だったのだ。 祐一は変わってしまったと勝手に思い込んで、あの頃の祐一はもういないと決めつけて。 七年前、心を閉ざしてしまった祐一。 どうすることもできずにただ見ていることしかできなかった自分。 でも、祐一は七年という時間をかけて立ち直った。 だけど、自分は、あの頃のままだ。 あの時の、何もできなかったままの。 ならば、変わればいい。それだけのことなのだ。 自分から歩み寄れば、きっと祐一は受け入れてくれる。 そのことが理解できた、これはきっと歓喜の涙。 そう気づいた名雪は、これまで祐一との間に感じられていた微かな違和感が一切霧散しているのを悟った。 さっきまで千々に乱れていた自分の心が嘘のように軽い。 彼女の頬を濡らした涙も、いつの間にか乾いていた。 「私、臆病だったのかな?」 「別に、臆病なのは悪いことじゃないだろ?」 やはり、祐一の声は優しい。 責めるでも同情するでもなく、ただ優しい。 「祐一?」 「ん? 何だ?」 「祐一って、やっぱり優しいね」 「何だよ、やぶから棒に。おだてたって何も出ないぞ」 「何でもない。ただ言いたかったんだよ」 「変な奴……」 困惑の表情で首を捻る祐一に、名雪は精一杯の勇気で抱きついた。 「ありがとう、祐一」 前に進もう。 二人の距離を、七年分の距離を縮めるために。 もう、迷わない。 祐一は、今、ここにいるのだから。 ― 6 ― しばらくお互いの温もりを噛みしめるようにしていた名雪は抱きついた時と同様唐突なタイミングで身体を離した。 「さあ、帰ろ?」 彼女はさっぱりとした晴れやかな笑顔を祐一に向けた。 祐一は先ほどの呪縛がまだ解けていない。 彼女に抱きつかれた時のまま、ぽかんとした表情を浮かべている。 名雪が先に立って歩き出して、それからようやく祐一は我に返った。 「こら、名雪! 今日のお前なんか変だぞ!」 先に行ったいとこに追いつこうと小走りで駆ける。 「祐一は、分からなくていいんだよ♪」 少しだけ振り返って、悪戯っぽく微笑む名雪。 そしてまた、祐一を置いて駆け出す。 そこにあるのは、いつもどおりのいとこの姿だった。 「競争だよっ、祐一♪」 「馬鹿っ、俺が陸上部部長のお前に勝てる訳――」 言い返した祐一の台詞は彼女の耳には届かなかった。 既に遥か先を走る彼女は長い髪をなびかせて、雪道を危なげもなく駆けていく。 「まったく――」 ついていけないな、という後半の台詞を呑み込んで、祐一も駆け出した。 「名雪、ちょっと待ってくれっ!」 吹き付ける冷風が火照った身体に心地よい。 祐一は、少しだけ名雪の気持ちが分かった気がした。 そして、彼女と同じ道を歩いていけることが、ただ単純に嬉しかった。 ― 7 ― 二人が別れて七年目の冬。 二人の間を埋めた雪はようやく雪解けの季節を迎え、少しずつ溶け始めたのだった。 ―〈了〉― ――あとがき―― どうも初めまして、鳴神詩音と申します。 こちらの管理人氏の『SSを書いてみないか』との誘いを真に受けて、本当に書いてしまいました。 SS初心者の鳴神です。これまで文章経験がまったくなかったという訳でもないのですが、これまでの作品とは勝手が違いすぎていて随分戸惑いました。でも、おかげでいろいろと勉強にもなりました。 そのような事情でようやくできあがったのがこの作品な訳ですが、果たしてSSとしてはどうなんでしょうか? 自分ではどうしても客観的な判断をくだせません。 小心者の作者は、もしかするととんでもなく恥ずかしいモノを世に出してしまったのではないかと、戦々恐々としているところです。 もしも、一人でもこの作品に興味を持ってくれる方がいらっしゃれば幸いです。 それでは、もしまた機会があれば――。
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