香里のおべんと。つづき。






 それはその日の夕食の事。

「なあ、名雪」

「何? 祐一?」

 夕食も一息ついた所で(ちなみに今日はカレーだった)デザートの秋子さん特製のイチゴシャーベットをあむあむと食べてる名雪に話しかけた。

 ついでに言うと今、名雪が食べているのは本来祐一の分だった物だ。
 今日の課題とトレードしたのであった。
 ちなみに本人はあくまで等価交換だと言い張っているが。

「香里って料理うまいのか?」

 ちゃりーん

 名雪が固まった。手にしたスプーンまで落としている。

「あらあら」

 いつの間にか名雪のそばに来た秋子さんが新しいスプーンを名雪に握らせると、落ちたスプーンを回収していく。

 すばやい。じつにすばやい。

(っと、秋子さんの流れるような動作に見とれてる場合ではない)

「名雪?」

「え? あ、うん。なんだっけ?」

 なぜか、声が1オクターブほど高い。

「香里の料理だよ。うまいのか?」

「……何でそんな事聞くの?」

 俯いたままポツリと呟く。

「ん? という事はヘタなのか?」

(香里のヤツ、何か自信がなさそうだったからなぁ)

 と、今日の香里の様子を思い出す祐一。

「……上手だよ。とっても美味しいよ」

「食べた事あるのか?」

「うん。何回かね。調理実習とかで」

「ああ、そうか」

(美味いなら別に問題無いんじゃないか?)

 等と思いつつお茶を飲む祐一。

「くっ、苦い記憶だよ……」

 名雪は何や呟きながらイチゴシャーベットをはむはむしていた。






「おーい、相沢。今日は学食か? それともまた先輩のトコか?」

 4時限目が終わり、先生が教室から出ていったら後ろからの北川の声。

(珍しいな。名雪より先に声をかけられた)

 と、祐一が隣を見ると爆睡した従姉妹の姿。

(コイツ……まだ寝てるのかよ)

「んー、今日は学食かな?」

 最近は佐祐理さんや栞のおべんとにお世話になりっぱなしの祐一である。
 いつもいつもというのは悪かろうという遠慮の気持ちが働いていた。珍しく。

「そうか、相沢と食うのは久しぶりだな」

「そ、そうか?」

 妙に浮かれた北川。

(う、う〜ん。確かに最近、佐祐理さんの弁当や栞の弁当などが多く、学食行ってなかったなぁ)

 北川に悪い事したかな? っと反省する祐一であった。

「あ、待って相沢君」

 祐一がポケットから財布を出して中身を確認してると香里に声をかけられた。

「あ? 何だ? 俺のカッコよさに惚れ直したか?」

「ありえないから」

「くっ!」

(む、むう……相変わらず香里のツッコミはストレートで容赦というものが無い)

 思わず頬が引くつく祐一である。

「おーい、俺は先行ってるからなー」

 なんと、薄情な北川くんは、哀れな祐一君のことなど待たずに鼻歌歌いながら歩いていくではないですか。

(……しかし、鼻歌がキテ〇ツ大百科なのは正直どうだろう?)

「んで、何だ?」

「コレ」

 とんっと香里が祐一の机の上に置いたのは巾着袋。

「? 何だコレ? 俺、香里に何か貸してたっけ?」

「なんでよ? 昨日のアレよ」

(アレ? なんじゃ、そりゃ?)

 祐一は恐る恐る巾着袋を開けようとして……

(ハッ! 待て!)

 未だ机の上にあるペンケースからシャーペンを取り出すとつんつんと巾着袋をつつく。

「……?」

 不思議そうな顔の香里を尻目にもう一本赤ボールペンを取り出すと、巾着袋の紐を解きにかかる。

「……何やってるの?」

 そのまま見てるのにも飽きたのか香里が尋ねてきた。

「用心だ。トラップが仕掛けられていたら大事だから……ぐはっ!」

 殴られた。もんどーむように。

「失礼ね。そんなもの仕掛けてないわよ」

「そ、そうれふか」

(むう……)

 ぐらぐらする奥歯を押さえて唸る。

「さっさと開けなさい」

「イエス、マム」

(ホ、ホントに何も仕掛けとらんだろうなぁ)

 ドキドキしながら巾着袋を開ける。

(あれ? コレって?)

「弁当箱?」

「そ、今日ね。相沢君に言われたとおりにおべんと作ってみたの」

「ほう」

 昨日の今日で早い行動だな。とヘンな事に感心する祐一。

「ついでだから相沢君の分も作ってみたわ」

「……いいのか?」

「つ、ついでだから、気にしないで!」

「お、おう……」

「そ、それだけだから! 他意は無いから!」

 と、無駄に念押しして、もうひとつ似たような巾着袋を持って出ていく香里。
 きっと栞のところにでも行ったのだろう。
 しかしその念押し具合が……逆に怪しい。

「しかし……思いもかけず香里の料理を食う事になったな」 

 とりあえず弁当箱の蓋を開けてみた。

「お、おお……これは」

 はっきり言って結構美味そうである。
 食欲をそそる匂いがたまらない。

「ん……あれ?」

 その匂いにつられたのか、名雪が起きた。

「おはよう、名雪。良い夢見れたか?」

「あれ? 祐一?」

 ぼんやりとした目で祐一を見ている。

 と、名雪のお腹がく〜っと鳴った。

「あ、やだ……」

 名雪が赤くなってお腹を押さえる。

「もう昼だからな。ホレ」

 と、祐一は弁当箱からから揚げをつまむと名雪に向ける。

「あ〜ん」

「え!? え!?」

「あ〜んだ。口開けろ」

「あ、うん」

 と、今の状態を理解してない名雪が口を開けたところにから揚げを放り込む。

 しかし、教室であ〜んはどうだろ? 君達。

「……どうだ?」

「むぐむぐ……美味しい」

(ふむ。毒は入ってないか)

 なかなかに外道である。

「あれ? 祐一、今日おべんとだっけ?」

 もぐもぐごっくんしてからその事実に気づく名雪。

「ああ、コレか。香里から貰った」

「……え?」

 ぴくっと名雪の動きが止まる。

「今日、栞に作ってきたみたいでな。俺もついでに貰った」

「……コレ、香里が作ったの?」

 何やら名雪がぷるぷると振るえている。

「? あ、ああ」

 頷く祐一。
 すると、名雪は。

「ゆ、ゆういちのぶゎかぁー!」

 などと軽くドップラー効果を引きながら走っていった。

「な、なんだぁ?」

 取り残された祐一は呆然である。
 なんとなく弁当に視線を落とす。
 恐る恐る箸をつけてみる。

 あぐ……

「なんだ、普通っていうか、美味いじゃん」

 ばくばくと一気にかきこむ。

「うん、うまいうまい」

 周りの一部の男達から鋭い視線を向けられているにもかかわらず、平然と食べつづける祐一。

 ある意味すごい男である。

「名雪のヤツ何だったんだいったい?」

 その疑問はその後しばらくして分かるのである。



 その身をもって。












「……だから言ったのに」

 名雪が哀れみを帯びた目で祐一を見つめる。

「言ってない。言ってないぞ、名雪」

「香里の料理ってさ、不思議なんだよね。私も同じ材料で作ってみたけどふつーだったし」

「間違い無く言ってないぞ。つーか、むしろ言えよ」

「香里が作るとすんごく高カロリーになるんだよね。部活で倍は走らないと消費しきれないくらいに」

「……」



 祐一は……丸くなっていた。

 精神的にではなく肉体的に



「しかも、すぐおにくになっちゃうんだよ」

「だからか。あの時走っていったのは」

「不思議だよね」

「……どのくらいで戻る?」

「そうだね。おべんと一回分くらいだと……朝夕にジョギング1週間くらいかな?」

「くっ!」



 その後。しばらく名雪とともにジョギングする祐一の姿が見られた。というのは余談である。











「えぅー! なんで胸だけはそのままなんですかー!! むしろ増えてー!!」






 終。








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