香里のおべんと。






 きーんこーんかーんこーん。



 何の捻りも無い授業終了のチャイムが流れる。
 一礼して無言で出ていく教師を背にどっと騒がしくなる教室。

 そんな中、香里は机の上の教科書を仕舞いながら、

(まあ、チャイムに捻りが合ってもどうかと思うけど)

 などと考えて思わずくすっと笑う。
 いまいち笑い所が微妙な女である。

「ねぇ、相沢君」

 と、何かを思い立ったのか、斜め前の席でぼーっとしている相沢君こと祐一に話しかけた。

「……あ?」

 ビビクンっと体が跳ねた祐一が驚いたように振りかえる。
 もしかして寝てたんだろうか? いや、寝てたんだろう。きっと。
 口もとの涎がそこはかとなくそれを証明している。

「む? 事件か? キャロライン」

 腕で口元を擦りながら真面目な顔で答える祐一。

「なんでよ?って言うかキャロラインって誰?」

 思わずツッコんでしまう香里。
 これはもー普段からのツッコミが染み付いてる為の反射行動だろう。
 まるで芸人さんみたいである。

「……キャロラインって誰だ?」

 心底不思議そうに呟く祐一。

(アンタが言ったんでしょうが!)

 叫びたいのをぐっと堪えて心の中でツッコむ香里。

「いや、もーそんなネタはどうでもいいから」

 はぁ。とため息をついて、小さく前にならえのポーズを右にスライドさせる。
 所謂『置いといて』の構えだ。

(いちいち相沢君のボケにツッコんでいたら体が持たないわ。どーせ寝ぼけてただけでしょうし)

 彼女はある意味達観していた。
 
「???」

 ちなみに祐一は一人で混乱していた。

「ちょっと聞きたい事があるんだけど」

 ちなみに香里はそんな祐一を無視した。

「あ? あ、ああ。何だ?」

 一応気になったのか、席ごと振り返る祐一。

 ちなみに祐一の後ろ、香里の隣のアホ毛の人は今日は自主的な休みである。
 さらに言えば、祐一の従姉妹の少女は一時限目から夢の世界の住人である。

 単位は大丈夫なのか大変不安な二人である。

「で?」

 祐一は幸せそうな名雪の背に視線を送っていた香里の先を促す。

「え? ああ。今朝ね……」

 と言って軽く小首を傾げてため息をつく。

 祐一はそれを見て、ちょっと色っぽい。とか考えてたりする。

「……栞がお弁当を作っていたわ」

「あ、痛い。おなか痛い。早く早退しなくっちゃ」

 カクカクした動きで鞄に教科書類を詰め込み始める祐一。

「いっぱい、一杯作っていたわ……」

 さりげなく祐一の背後に近寄ると首を掴んで動きを止める。

「あ! 痛い! イタイ! 入ってる! 頚動脈入ってる! ギブギブ! ……あ、視界が暗く」

 ギリギリと音を立てて締まる香里を右手をはずそうとジタバタと暴れる祐一。何気にピンチである。

 それを眺めながら冷静に限界点ギリギリのポイントで手を離す香里。
 なかなかにでんじゃーである。

「でね? 相談があるのよ」

 しかも何事も無かったかのように話を続ける香里。

「ゲホゲホ。こ、これが人に物を頼む……何でも言ってください。マム」

 右手を掲げた香里にあっさり服従する祐一。
 情けないと言う事無かれ。一度刻まれた恐怖はたやすくは癒えないのだ。

「栞のお弁当の事。何とかならないかしら? 母さんも家計簿見て泣いてたし」

 頬に手を当て、ちょっとピンチよね。と言う香里。

「アレか。アレは確かに俺の胃もピンチだが……」

 と言っておなかの辺りを擦る祐一。

「まずは姉の方から何か言うべきじゃ……」

「無理」

「諦めるの早ッ!」

 祐一が反論しようとした時にはもう答えられていた。

「だって、すんごく幸せそうに作ってるのよ!? 止められると思うの!?」

 祐一の胸倉を掴んでがくがくと揺さぶる香里。
 すでにテンションメーター振りきれてます。

「あ、あの香里さん?」

 思わず助けを求めて回りを見渡せば、すでに彼らの周りにクラスメイトはいない。
 視線を落とせば名雪の姿も無い。

(いつの間に!?)

 祐一魂の叫びである。

「危なっかしげな手つきで包丁を扱う姿は見ててハラハラしちゃうのよ!?」

 しかしそんな事に気づかない香里はさらにヒートアップ。
 もはやクールビューティーのカケラもない。

「……いや、そのポイントに注目するのもどうかと思いますが」

「……包丁で指切って半泣きで指をくわえている所のほうがよかったかしら?」

 下から見上げるような目つきで聞いてくる香里。

「うむ。それは俺的にもポイント高いが……って話がずれてるぞ?」

「そうね。……相沢君から言ってくれないかしら?」

「俺!?」

「そう、一言『迷惑だ』と」

「俺、悪者じゃん!?」

 ふざけんなーと叫んで暴れる祐一。

「じゃあどうしろと言うのよ!」

「逆切れ!?」

「むきー!」

(いや、むきーってアンタ……キャラ変わってますよ?)

「あ、あーそうだな。……香里が先に弁当を作ってしまう。というのはどうだろう?」

 あまりと言えばあまりの展開に呆然としながらも祐一は無難な提案を試みる。

「え? わ、私が? つ、作るの?」

 なぜ慌てる香里。

「うむ。先に作って『今日のお昼はお姉ちゃんにまかせてね?』とか言えばカドが立たないので無いかと小生愚考するのでありますが」

 祐一は何やら怪しい言葉使いで答える。

「わ、私が料理を……」

 何やら精神に強い衝撃を受けたようによろめく香里。

「どうした? ……あ、まさか料理できないとか?」

 ニヤっといやらしげに笑う祐一。
 からかう対象ができたとか思ってるんだろう。きっと。

「できるわ……」

「なんだ、できんのかよ。じゃあ、問題無いじゃん」

 つまらん。とイスに崩れ落ちる祐一。

「できることはできるんだけど……」

 そこで口篭もる香里。

「早速明日からやってみたら〜」

 もう、そんなことはどーでもいい。とばかりになげやりに呟く祐一。

「……後悔しても知らないから」

 などと呟く香里の姿があった事を祐一は知らないのであった。






 後編に続く?






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