カンパン男





 ─え? レコードで声も録るの? え、取材に必要? マイッタな。なんか途端に緊張してきちまったな。

ああ、火ィかしてくんねえか、火。ライターだよ。あん? 吸えるに決まってるだろ。テメエ、オレをカンパンだからって馬鹿にしてんだろ。ふざけんなっ……

あ、録音してるんだっけ。ハハ、イヤすまねぇ。今ンとこ無しにしといてよ、兄ちゃん。な、な。こっちも子供商売なんだからよ。

あ、ハイハイ。質問にね。

へえへえ、答えますよ。

へえ、生い立ちですかそうだな、いや、忘れもしねえですよ何てったってたったの三年前だからよ、生まれたのは。
 
いや、マジだっつーの。
 
あ、テメエ。笑うのガマンしてるな。

まあ、ガマンしてるから許してやるけど、声出して笑ったりしたら、ぶっ殺す。

あ、オレの生い立ちだったっけ。

ええと、そうだな、あんたも知ってるだろ? 西武秩父線の終点、西武秩父駅。そうそう、飯能からまだずっと先だって。そ、がらがらのホームから。で、その終点駅から山の手に向かって一本道をずうっとだな……車で二時間半。道があるかって? うるせえな、オヤジさんのパン工場はそんなへんぴな所にあるんだよ。飛んでも駅から三十分はかかるかな。そそ、メモっといて。住所? 埼玉だよ、サイタマ。ぎりぎりのサイタマ。
 
コホン。オレが産声をあげたのは今をさかのぼること三年まえ、その、奥秩父にあるジャムのオヤジさんが営むパン工場だった。

産声っつったって、オレは元からこんな性格だから、ちっとも泣くそぶりなんか見せなかった。こんがり焼きあがったカンパンが釜から出てきたとき、オレは釜の外で待ち構えていたオヤジさんに向かってこう言ったものさ。


「オヤジさん、お初になりやス。オレぁカンパン男ってえ、箸でも棒でも捕まえ難い、つまんねえ男でして。オヤジさんに見初められたのも他生の縁、今後ともよろしくおヒキのほどを……」

なんつってなあ……名文句だろ。ってオイ、何だその顔は。テメエが引いてどうする。作り話じゃねぇって。

あー、でな、オレはよう、六人兄弟の五番目で、兄ィたちは上から順にアンパン、カレーパン、食パン、広島風お好み焼きがいた。そしてその次にこのオレ、カンパンがきて、どん尻の最後に弟分のフランスパンがひかえてるって寸法だ。

上から三人が根っからの正義漢でよ、ちと反りがあわねえ、ってのはご愛嬌ってことで。

へへ、もうちっとばかし本音をいってもいいかなあ。……あのな、あの上の三人の兄ィたちはさ、自分のことテメエで何とかマン、って言ってんだろ。あれ、気にくわねえんだ。日本生まれの花形役者が、マンはねえだろ、マンは。あと、弟分のフランスのヤロウ、従順なのはいいが食い物のクセに変にシャレたとこがあってさ。腹ン中に入っちまえば同じだっつーのに、服がどうの、香水がなんだのって。香水つけるぐらいなら、焼肉の匂いのほうがいいだろ、テメエには、ってなあ。ああ、フランスのヤロウも自分のことマンってつけるよな。「あん・パン・マン」、って、一体何人だよ。
 ……あ、人じゃねえか。


 ようするに、オレが言いてェことは、信頼できるのは、広島風お好み焼きの兄ィだけだってことだ。オレと兄ィだけは、自分の名前の最後に男、ってつけるんだ。「ヒロシマ風お好み焼き男」とか、「カンパン男」、ってふうにな。男だから、まあ当然なんだけどな。カッコいいだろ?

……ノーコメントかよ。

あ、思い出した。それとさ、上の三人の兄ィはよ、オヤジさんのこと、おじさんって呼ぶんだぜ? 信じられるか? 生みの親に"おじさん"はねえよなあ。……世も末だ。この前あんまり腹ワタ煮えくり返ったんで、兄ィたちに言ったんだよ。そりゃあ、兄ィに意見具申するんだ、テメエの口の端に命をかけた一世一代の大勝負さ。オレは言ったね。「オヤジさんに向かっておじさんはねえだろ、兄ィ! 」

え?

あ、ああ、……うん。……結局は梨のつぶてだったよ。……けど、なんでアンタがわかるんだ? 

え、いいから、次?

なんだか……釈然としねぇけど、オレたちの仕事の内容、だな。あ、タバコ切れてる。一本、いいか? へへ、悪ィな。

フーッ。外回り組は基本的に下っ端のやる仕事だから、お好み焼きの兄ィ……本人の前では"広島風"とつけないとブン殴られるんだ……を筆頭に、オレとフランスパンのヤツがその任務についているんだ。広島風お好み焼き男兄ィは尾道にいる。フランスパンのヤツはフランスのニースにいる。なんつーか、性格が出てるみてえだよな、その土地土地に。

オレ? オレのことはどうでもイイじゃねえか。

え? だめ? ……言わなきゃならねえの、どうしても。へ、取材? へえへえ。

オレ、ことカンパン男の勤務地は……地図でいくとフランスの隣だけど。……ま、ありていに言えばサハラだ、サハラ。サハラ砂漠。

今、笑っただろ。
 
あのな、サハラは、オレたち兄弟の中でも、オレしか行けねえの。わかる?

一般的な認識として、パンに水気が厳禁なのはわかってもらえてるみてえだけどさ、実は乾燥にも弱いんだよ。アンパンの兄ィや食パンの兄ィが半日炎天下の下にいてみな。カッピカピだぜ? 食えたもんじゃねぇ。見てくれだって萎びた梅干ババアみてえな貧相なツラになっちゃってさあ。二目と見れねえっての。

その点、オレだったら、全然オッケー。砂漠、全っ然オッケー。

仕事の現場じゃ三ヵ月一個の頭で持つね。え? 衛生? だいじょーぶだって。今まで腹壊したやつなんていないから。第一、そんなんで腹壊すやつなんて、サハラじゃはなっから死んじゃってるっつーの。

三ヵ月そのままってことは人助けにもなってない? んなことねえって。ちゃんと助けてるって。助けて、氷砂糖とかやるんだって。……頭? このカンパンの頭? イヤ、冷静になってみろよバカ。テメエの頭食わす馬鹿がこの世のどこにいるんだっつの。
わかる? 力が出なくなるのよ、頭が欠けると。

第一、カンパン男のアイデンティティーに関わるだろ、頭食わしちまたったら、何がカンパン男かわからねえじゃねーか。

もう、次行こうぜ、次。
 

で、と……最近のコーセキ。ははあ、難しいこと言ってやがる。なんだよそのコーセキってのは。こっちは外国暮らしが長えんだって。馬鹿にしてんのか、テメエ。悔しかったらフランス語でしゃべりやがれ。オレぁ売られたケンカは買うぜ。あん? テメエが大安売りのビッグバーゲンしてんじゃねえか。ぶっ殺すぞ? オレの頭のカド、硬ェんだからな。それともこの天下の銘刀、南紀重国の鉄サビになりてえのか?

え? ああ、ハイハイ、そうだった。取材中にケンカはねえよな。で、……功績、ははんなるほど。つまり、オレの人生の花道を飾る、栄光の軌跡ってえ意味か。え? そっちの言い回しの方が難しいって? 常用だろ、バカ。日常会話だっつーの。


ははん、コーセキねえ。……この前、オレの頭がしまってある倉庫に強盗団が入ってよ。そいつら、うかつに虎穴に入ったんだもんなあ。あ、この場合、虎はオレのことだから。判ってると思うけど。まったくバカな連中だったぜ。後腐れなく正義の名のもとに鉄槌下せるってシチュエーション、むこうでだってなかなかあるもんじゃねえから。へっ、たまたま帰ってきたオレと鉢合わせしちまったのが運のツキだったんだろうな。その場で残らず血祭りにしてやったさ。この銘刀南紀重国の吸った血は、その日だけでも五や六ってえシケた数じゃあなかった……こう、襲いかかってくるヒゲづらの野郎ども右に左にばっさばっさとマグロをさばくみてえに……え? 使えねぇ? ああ、そっか。ここ、ニッポンだもんな。血祭りはよくないんだったっけ。

祭りの一種なんだけどな。

わかったよ。ほかのコーセキ、な。

じゃ、目新しいもんじゃねえけど、普通に人助けの話をしてやるか。最近のヤツね。

……あれは、ヌアクショットから東へ五百キロほど内陸に入ったとこらへんだったかなあ。秘密基地から三日かけての遠征の最中だった。……あ? ヌアクショットを知らねぇ? 話の腰を折るなっつーの。ホントに馬鹿だな、ニッポンのジャーナリストは。ヌアクショットってえのはな、モーリタニアの首都。むこうの言葉で、"風が通り抜ける町"みたいな意味だ。モーリタニアって、って、オマエそのくらい調べろよな。オレもそこまで優しくねえよ。

で、まあ、その内地でな、故障した車が止まってた。あの辺は岩石砂漠だから、結構でかい丘とか、岩とかがあってさ、そんな所の陰に隠れていれば、遭難したって日中の暑さはしのげるんだよ。もうダメかも知れねえと思ったけど、いちおう近くの岩山に向かって大声で叫んだんだ。そしたら、ひょっこりヤロウが出てきたんだ。日本人だったよ。そいつ、ひとりでニッサンを駆って砂漠の縦断してる途中、ニッサンが故障したんだって。かわいそうに、よりによってニッサン。欠陥があったって、サハラじゃ回収してくれねぇもんなあ。遭難して四日っつってたな。こっちにもいい迷惑さ。後からきいた話じゃ食料も前の日に尽きたらしくってよ、遠目からはっきりわかるほど深刻な顔だった。けど、オレの顔を見て表情は一転したね。オレたちのこと知ってたみたいでよ、アンパンマンさんのお仲間ですかぁ、って。俺の顔みたらそいつ、すげえほっとしたみたいだった。

いい話だろ。でな、おれも仕事だからさ、食べ物やったんだよ。氷砂糖だけど。

オレ、人を担いで飛ぶことできねえから、何か運んでやるのが精一杯でさ。で、オレ、氷砂糖の袋を渡したんだ。そしたら何だかな、そいつ変な顔するんだ。ありがとうございます、って言葉もよそよそしくてなんだか変だった。不審に思ったオレは問いただしたね。

そしたら、すぐにゲロったよ。

そいつ、オレの顔色うかがうみてえに「……あのォ、水はありませんか」だって!

バカじゃねーか、って。

アンタ、声裏返ってますよ〜、って。

水っておい、気は確かか? オレの顔見て喋りやがれって思ったね。オレがサハラにいる理由、わかってねえのか。ブチ切れだよ。でもオレはできる限り冷静をよそおって対応したね。一言、「カビるから水は持たん」って。
 
そんで、その日はそこを発った。こっちも、一日にこんだけ回らねえとならないってぇノルマもあるしさ。
 
あれ? どうしたの、ありがとうって、オイ、アンタ。荷物まとめちゃって。

……え? 使えねぇ? 何が。この話が? 

その人死んだんだろ、って。

バ、バカ、オレは放ったらかしてきて来たからわかんねえよ。

オイ、ちょっと待てよ、帰ンなよ!

オイオイオイ、そいつだって生きてるかもしれねーじゃんかよ。え? 無理?

そんなことねえよ、おつ……おつかれさまってオイ、大丈夫だって、生きてるって! 

待ってくれって、取材、取材してくれよ! 





  了





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