「さて、一週間後には体育祭が控えている、わかるな?」 「うむ。我々は受験・就職と忙しい身分。だが・・・わかるな?」 ここは教室。 時刻は5時限目。 授業内容は『HR』。 始まりは体育委員の斉藤が持ってきた議題であった。 体育委員が持ってくる議題と言えば唯一つ。 すなわち運動関連。 そして今は秋。読書の秋、食欲の秋、天皇賞・秋などいろいろこの季節やることが あるが、この学校で今の時期にあるイベントは体育祭。 一週間後に控えた体育祭に備えて体育委員が準備するのは当然であった。 が、今壇上に立っているのは相沢祐一・北川潤の両雄。 ある時は英雄になり、またある時は敗者。いつもは馬鹿というトラブルメイカー。 3年2組を一躍有名にしたこの二人。 体育祭と聞いた瞬間に斉藤を放り出して議事を 仕切り始めたのであった。 ちなみに放り出された斉藤は不貞寝中。 そんなことはお構いなしに彼らは話を進めていく。 「ということでおそらく我々がクラスでやる最後のイベントの体育祭は全力を挙げて 優勝を狙いに行く。いいな?」 祐一の質問。 が、このノリのいいクラスにこの質問は愚問だったようで、 「よっしゃー!!」 「勉強なんかくそ食らえだ!」 「パン食い競争はまかせてよ!」 と生きの良い返事が返ってきた。 まあ、受験勉強から逃れたいのもノリのいい理由のようだが。 余談だが、行われる競技にパン食い競争は入っていなかった。 柔道部の田村さんはそれを知らない。 「気持ちのよい返答ありがとうございます。ではこれから参加種目を決めたいと思います」 もう一人の議長、北川が議事を進める。 「うむ。が、その前に一つ私の意見を言わせて貰おう。 我が血を分けた従兄妹である水瀬名雪嬢には全種目に参加して欲しいのだがどうだろう」 異議なし、とクラス全員の声が上がった。 その当事者水瀬名雪は彼女には珍しく起きていて、 「ちょっと緊張するけどがんばるよ〜」 などと愛想を振りまいている。 まあ、彼女はこれが地なのだが。 水瀬名雪。 そののほほんとした言動・行動に似合わず、運動神経は抜群であり陸上部のキャプテン まで務めていた彼女。引退してブランクがあるとはいえ、クラスの女子のなかでの 運動能力は群を抜いているだろう。 つまり、その彼女を全種目に出場させるというのは本気で勝ちにきているのと同義語 であった。 次々と出場選手が決まっていく。 中には運動神経があまりつながっていない者もいるのだが、そこはやはり学校行事。 みんなが参加するために一人一種目の出場が義務づけられている。 だが、議長の二人は彼らをないがしろにはせず、本気で考えて種目を決めた。 彼らにみなが惹かれるのはこのようなところにあった。 意識せずとも出るカリスマ。 かのナポレオン・ボナパルトは疲れ果てた兵を自らの言葉によって奮起させたという。 二人にはそれと同じようなものが天性の才能として備わっていた。 そしてこのクラスにはもう一人侮ることのできない者がいる。 現代の諸葛孔明と言われている才女、美坂香里であった。 彼女の経歴がまたすごい。高校の定期テストで一度も首位の座を明け渡したことがない。 彼女は語ろうとはしないが、中学の成績も完璧だったらしい。 まさに智将と呼ばれるにふさわしい人物である。 前に挙げた二人は強烈なカリスマでぐいぐい引っ張っていくタイプであるが、彼女は 論理的・計画的に人を使うのがうまい。 と、このように書けば彼女が嫌な人物に感じてしまうが、普段の彼女は気さくで 明るい人柄である。ちなみに運動能力は人並み。 弱点は妹のことになると冷静さを欠くことぐらいだ。 もちろん彼女はこのイベントのブレーンになることが無条件に決定していた。 全ての人の出場種目が決まった。 議長の二人はそれぞれ個人練習を積んでおくようにとの指令を出した。 彼らの体育祭が今始まる。 もちろん相沢・北川の両名は全種目参加である。 ついでに斉藤も。 あまり目立ちはしないが、彼もれっきとした元サッカー部キャプテンであり、運動能力 は文句なしに高かった。 放課後。 男女5人が教室に集まって議論している。 窓から見える風景には部活動ではなく、体育祭の練習。 既に戦いは始まっているようだ。 が、それには目も暮れず、話し始める彼ら。 相沢・北川・美坂・水瀬・斉藤が口々に意見を出す。 「そうそう2年3組には彼女が居たわね」 「部活の後輩の子がすっごく運動神経が良いって言ってたよ」 女性陣が注意する人員を挙げていく。 が、それをさえぎり北川が言った。 「それはまあいい。どうとでもなる問題だな」 「ああ・・・。問題は3年3組だ」 「あ、久瀬のいるクラスだね」 斉藤が言った久瀬という男。 学園の最終兵器と言われる相沢・北川コンビを恐れさすその名前。 常に学園2位の成績、香里がいなかったたら明らかにトップを突っ走っている だろうその成績。元生徒会長。 それだけでも彼がただものではないことをうかがわせるが、問題は彼の性格にあった。 冷血漢・傲慢・・・というわけではない。少しひねくれた感がある普通の青年だ。 が、それが謀略などになると話が違ってくる。 現代において希少価値があると言われるほどの辛辣な手口。 一般常識はしっかりと持っているため、目的のためなら手段を選ばないということは ないがいかに合法に文句を言わせないように非道に徹するかを理解している。 つまり彼は強敵だということだ。 「そんなこともあろうかと思って偵察を出しておいたわ」 「さすが香里」 その時教室の戸が開け放たれた。 「ど、どうしたんだ里山!?」 慌てた様子で北川が問う。 里山という男子生徒の身なりは酷いことになっていた。 全身水びたし。おまけに額に『漢☆組』の文字。 それだけで里山が多大なる被害を受けたとわかる。 「だ、駄目でした美坂さん」 「やっぱりそう簡単には行かないわね」 偵察要員あえなく撃沈。 「ねえ香里?あっちも偵察出してくるんじゃないのかな」 「すでに手は打ってあるわ」 情報戦。 一週間前にして戦いは熱くたぎっていた。 気づけば体育祭は翌日に迫っていた。対戦表もすでに配られていてテンションはかなり 高くなっている。 この学校では、それぞれの種目の順位によって点数が決まっており その合計が一番多いクラスが優勝となる。ちなみに順位ごと競技ごとの点数は発表され ていない。 なんでも、事前計算によって順位発表時のテンションを下げないためだそうで 前生徒会長の久瀬が立案して去年から実施されていた。 というわけでどの競技の配点比率が高いのかわからないため各クラスはまんべんなく 人員を振り分け、捨てる競技がないようにしなければならなかった。 この日、どのクラスも全ての競技において練習を行っていた。 男子はサッカー・バスケ・100m、女子はバレー・卓球・100mという競技内容。 それに最後に学年別のクラス対抗全員リレーの結果によって順位は決まる。 男子は他クラスとの練習試合に大忙し。 ひたすら試合をしてチームワーク、技術をあげる作戦だった。 ちなみにバスケ、サッカー共にとても疲れるため両方に出るものは死を垣間見ることが 出来るだろう。 相沢・北川・斉藤の3人は練習で既にえいえんを見たらしい。 女子は楽しそうに円陣バレー・・・というわけではなく、香里嬢の指示のもと厳しい 練習が繰り広げられていた。 「コーチ・・・もう出来ません」 「何を言ってるの!勝利の美酒を味わいたくはないの!?甘ったれるんじゃないわよ」 「でももう腕が・・・」 「そんなミミズバレがなんだっていうのよ!こんなんで音をあげていたらバレー部の ホープ1年6組の栗原さんのスパイクは取れないわよ!何もあたしはいじめたくて こんなことを言っているのではないのよ。全ては一緒に優勝するために! Stand up to the victory!! 」 「コーチ・・・。わかりました!」 事実、誇張でもなんでもなくこのような会話が繰り広げられていた。 そしてこのようにクラスのことだけを考えていればいいわけでもなく。 「美坂さん、また3組の刺客が!」 「柔道部の田村さん、出陣よ」 「美坂さん、偵察の里山くんが額に今度は『ウホッ、いい男』と書かれました!」 「今度は油性ペンだから3日は取れないわね」 などなど。 現代の戦いはまず情報ありき。 情報を制するものが勝利者であり、勝利者が正しいことになる。 情報戦は前日になり、最も苛烈になっていた。 どこにでも例外はある。このクラスでは水瀬名雪の周りであった。 「うんとね。バトンの受け渡しでスピード落としちゃうとそこが致命的なんだよ」 にこやかに指導している。平和な光景だった。 クラスの他のところは地獄絵図が広がっていたが、少なくとも名雪の周りは幸せであっ た。 秋の夕暮れ。白いコンクリートの校舎を赤く染め、幻想的な風景を作り出す。 未だ練習を行っているクラスもあったが、3年2組は早めに切り上げた。 みなを集めて祐一が言う。 「今日はこれで終わりだ。明日に疲労を残さないためにしっかりと今日は休んでくれ」 疲労というのは絶大な影響を及ぼす。 祐一はそれをよくわかっていた。 何度も極限の疲労状態になったことがあるために自覚している。 具体的に言うと、朝のマラソンだったりする。 「明日はもちろん朝練を決行する。だが参加は自由だ」 「じゃあ解散だ」 最後に北川が言って、この日は終了した。 翌朝。 言うまでも無く全員参加の朝練はとても簡易なものだった。 フォーメーションの確認、補給物資の準備、など実際に体を動かすものは少ない。 本番に動きにピークを持ってくるため。 調整は万全だ。 開会式。 校長のくそ長く、ためにもならない話を聞いているものは誰もおらず今か今かと 体をうずうずさせている生徒達。 やっと終わり、体育委員長が壇上へ。 「今年もこの季節がやってきました!体育祭!!1年生は初めての、3年生は最後の 体育祭です!我々2年生ももちろんやる気まんまんです! 私から言えることはただ一つ!悔いを残さないでください!! これより、第37回体育祭を始めます!!」 最後の宣言とともに体育館内が沸いた。 競技が始まる。 これはバスケの一場面。準々決勝。 相手はゾーンディフェンス。相手は因縁の3組。 インサイドを固め、近距離からのシュートを打たせない作戦であった。 だが、祐一・北川のトリッキーというより馬鹿な動きによってディフェンスが 切り崩され、次々とリングにボールが吸い込まれていく。 だが、久瀬と祐一が言い争い祐一が退場というハプニングが起こり、2組の力が一気に ダウン。4点差で負けてしまった。 さすがというか、熱くなりやすい祐一を挑発したのは久瀬だった。 これはサッカーの一場面。3回戦。 トップ下に入った元サッカー部キャプテン及びエースの斉藤の獅子奮迅のパス供給に よって伸び伸びとプレイするFW。 もちろんこのチームのツートップは祐一・北川。 なんでもないシュートをキーパーの里山がトンネルして冷や汗を流したが、 なんとか逃げ切る。もちろん試合後の里山は必死に謝り倒していた。 バレーの一場面。一回戦。 「さすが、めぐみ!強烈」 一回戦の相手のエース栗原の強烈なスパイクが決まり、相手の応援が盛り上がる。 「くっ、あんな乳臭い小娘に・・・」 「みんな良く聞いて、ここは・・・」 香里のがんばりにもかかわらず一回戦敗退。相手にバレー部のセッターがいたことが 致命傷となった。 香里は泣きたかったがそうもいかない。 まだ競技は残っているのだ。 涙は勝利に取っておくため、切り替えて次の競技に進む。 卓球。決勝戦。 6人3つの組を作り、ダブルスで行われている。 1勝1敗で迎えた最終セット。 名雪・香里のコンビ vs 3組の卓球部とバド部エースのこの試合。 さすがに卓球部は伊達ではなく強烈なスピンサーブを仕掛けてくる。 サーブは返すのが精一杯。 勝機は相手のパートナーのボールをいかにして返すかだった。 少しやまなり気味のボールが返ってくる。 名雪は逃さずにドライブ回転を充分にかけたスマッシュ! 相手は触れることもできず、勝負は決まった。 100mも名雪の活躍でいい感じであった。 すでに1年のリレーが終わり、2年リレーに入っていた。 3年2組は今のところかなり良い感じで点数を取っている。 だが香里は不安であった。 自分が一番熱を入れていたバレーが一回戦で負けてしまっていたからだ。 そのため彼女は他のみなよりも必要以上に危機感を感じていた。 卓球の優勝も名雪の力におんぶにだっこだったと思っている。 彼女は必死にどうしようか考えた。 考えた結果はあくどい方法ばかり。 様子のおかしい香里に北川が声をかける。 「どうしたんだよ?せっかく美坂のおかげでいい感じなのに」 「でもバレーが・・・」 ひきずる香里。 香里自身、みんなから期待されていたのはわかっていた。 自分のためだけではなく、クラスのために自分の能力を使えることが楽しかった。 実際多くの作戦を考え、それが使われてきた。 だがバレーの結果がそれを打ち砕いてしまった。 「美坂さん!リレー始まるよ!!」 「走るのは好きだよ〜」 聞こえてくる明るい声。 彼らは前だけを向いていた。 テンションは最高潮だ。 「ほら、みんな気にしてないって。行くぞ美坂!」 「・・・うん」 香里の手をとる北川。 みんなの様子、北川の励ましによって香里は元気を取り戻す。 そして北川は香里の素直な返事に撃沈されそうになっていた。 「いよいよ最終レース3年団全員リレーの出走が近づいて参りました。 実況は2年、美坂栞でお送りします。 まずは最内枠3組。枠決めはもちろんくじですが、このクラスだけは前会長の権力 で勝ち取ったという噂です。バスケットボールで優勝し、総合優勝の最有力候補の 一つです。続いて2枠2組。主将相沢祐一の強運によって2枠を勝ち取りました。 最初のランナーは水瀬名雪。女子最速の呼び声が高いです。そしてこのクラスも卓球 の優勝などにより最有力候補。続いて4組6組3組5組と並びます。 さて、3年リレーの出走です。おおっと3組が少しスタートラインを嫌っている模様。 体育委員の先導でどうにか納まりました。 それでは第37回体育祭最終競技3年団全員リレーのスタートです!」 よーい・・・ パンっ!!! 「ピストルの音と同時に各トップバッターがスタートを切りました。 やはり最有力2組水瀬が先頭を切りました。続いて4組3組と続きます」 「先頭が第二走者へバトンを渡しました。すでにここまでで15m差です。 以前2組有利。おおっと5組の第二走者、元バスケ部の藤原くんが猛烈な追い上げ! 2位に浮上。トップとの差は5m・・・!」 「レースも中盤です。ここで全走者の差がほとんどなくなってダンゴ状態となっていま す。おおっと2組走者北川と3組走者横山が少し接触!少しスピードを落とし それぞれ5位6位に転落しました!ちなみにこのレースに審議はありませんが、場合に よっては失格もありえます。体育委員長から声明!今のはセーフのようです。 あきらかに故意の接触に見えましたが、委員長は流しました!」 「各クラス残り2走者を残すばかりとなりました!各クラスともほとんど差が ありません!歴史に残る大接戦です!」 「よし香里!あとは任せろ!」 香里がアンカーの祐一にバトンを渡した。 「あとは・・・頼んだわよ相沢くん!」 肩で息を切らしながら香里は祐一に託した。 すでに観客の声がすさまじく、聞こえなかっただろうが香里には祐一が 軽く手を挙げたように見えた。 「さあ最後の直線だ!!各チームほとんど差はありません!まさに接線大接戦! 2組相沢、3組久瀬が少し抜け出したか!他のクラスも追いすがる! 各クラス横一列に並んでいる!すさまじい競り合いです。残す距離もあとわずか。 残り10m・・・今ゴール!!今各クラスのアンカーが ゴールしました!各チームほとんど差はありません。2組3組が少し有利か。 判定は体育委員に委ねられます」 「結果を発表します。1組0票。2組4票、3組3票、4組0票、5組2票、6組1票 。判定の結果、2組勝利と致します!!」 大歓声。悲鳴、歓喜、怒号。 すさまじい音量が響き渡る。 それこそ近隣の住民から苦情が来るくらいの。 参加した三年生だけでなく1年2年も大絶叫。 それほど盛り上がるレースだった。 「続いて総合順位の発表にまいります!第3位1年6組!!」 再び大絶叫。当の1年6組は飛び跳ねている。 「あ、バレーでわたしたちに勝ったところだね。うれしそうだよ」 「ま、まああたしたちに勝ったんだからあのくらいは・・」 「ははは。素直じゃないね美坂さんは」 「・・・斉藤くん、次のテストの時ノート貸さないわよ?」 「すいません」 「続いて第2位と第1位は同時に発表します。大激戦でした」 一瞬の静寂。 「第2位3年3組!第1位3年2組!!最後のリレーが勝負を決めました!!」 再び大歓声。 落胆の声、歓喜の声、賞賛の声、すべてが入り混じった地鳴りのような音。 これ以上あがるのかというほどのテンション。 頭からサイダーをぶっかける者、意味もなく服を脱ぎだすもの、どこに用意していた のかロケット花火とねずみ花火で奇襲を行うもの。物腰は上品に『おぅいお茶』を 飲み始めるものなどなんでもありであった。 「よかったね香里!!」 「あ、うん。みんなのおかげよ」 「楽しかったねー」 「美坂さんの作戦がなかったらどうなってたことか」 2組の面子はそれぞれ感傷に浸っていた。 が、そこにずかずかとやってくる野郎ども。 「おい、僕たちは納得してないぞ!再勝負を要求する!!」 「ふっ、久瀬見苦しいぞ。といいたいところだがバスケの借りを返していなかったな。 よかろう!勝負だカカロット!!野郎ども出会え出会え!」 祐一の掛け声によりいつのまにやら出来る 2組男子 VS 3組男子 の構図。 男子達の戦いはまだ終わることがなさそうだ。 翌日からはまた勉強漬けということを忘れ、体育館へ一目散に走っていった。 「うちの男子は落ち着きが足りないわね」 「ふふっ。そうかも。祐一も北川くんも斎藤くんも他のみんなもあれだけがんばったのに まだ元気なんだね」 「ええ。楽しそうでいいわね」 「わたしもすっごい楽しかったよ。香里は?」 名雪が最高の笑顔で香里に振る。 「もちろん楽しんだわ!!」 香里も持ちうる限りの最高の笑顔で。 ライトアップされたグラウンドの効果がなくてもきれいな表情であった。
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