きゃんでぃ・ぐらふぃてぃ



#Side B







 放課後。
 鬼浅間の厳しい視線も、数学の課題もどうにか切り抜けてはっぴーな一日だ。唯一駄目な点があるとすれば、昼に頼んだ出前のざるそばがドクターイエローに奪われた点だろうか。しかもそのまま保健室へ連れ込まれて掃除をする羽目に。腹減った…。全然はっぴーじゃねぇ。

「山彦ー、なんか飯食いに行こうぞよ」
「悪い舞人。俺先約あるわ」
「雨でも桃色かコノヤロウ」
「ふっ、男とはかくあるべし」
「いや、お前は男の中でも希少派だ」
「ばーか。舞人には言われたくねーよ」

 そう言って傘片手に教室を出て行くえろがっぱ。さて、俺も帰るか…。
 教室の後ろに置いてけぼりにされてたはずの傘を手にとろうと思って見てみると忽然と姿を消していた
 おい。ちょっと待て。なんだこの不条理な展開は。確か二週間くらい前に雨が降った時に確かに俺は傘をここに置いていったはず。(忘れていっただけなのだが)それなのに何故無いのか。

「おい、誰だ傘を隠したやつ。怒らないから正直に出てきなさい!」
「どうしたの委員長」
「おお、副委員長。君か。よく名乗りでてくれました。うん、怒りませんからさっさと傘を出しなさい」
「や、何のことかさっぱりわからないんだけど。私傘持ってきてるし」
「まことか。うむ。下がってよいぞ。だが代わりにその傘を置いていけ」
「や、そういうわけにもいかないんだけど。帰りのHRで浅間ちゃんが言ってたこと聞いてた?」
「愚問を。その時間なら何も考えてなかったに決まってるだろうが」
「私も不服なんだけど、何か臨時の委員会があるんだって」
「それは大変だな。がんばれよ八重樫」
「もちろん委員長も出席必須だけど?」

 ジーザス。傘さえあればそんなことは知らぬまま帰ることが出来たというのに…。なんたる不運。

「まぁ、いいじゃん。委員会終わるころには雨もやんでるって」
「むぅ」
「出ないとさくっちまた浅間ちゃんにどやされるよ?」

 確かに終わるころには雨はやんでるかもしれんし、そろそろ出席しておかないとまた何か言われのない誹謗中傷を受けることになる。委員会の出席率という目に見えるものでしか人の評価が出来ないとは、全く度量の小さいやつなのだ鬼浅間は。

「しょうがない。ぼちぼち行くぞ副委員長…」

 どうせ寝るし。

「そうだね。ぼちぼち行きますか委員長。私寝るから後よろしくね」
「おい、こら人の心を読んだかのように言うな」
「や、あんなかったるい会議真面目に聞くわけないんだけど」
「…まぁ寝に行くか」

 この空腹感は無くならないが、どうせまだまだ雨模様。それならば睡眠でも取ったほうがいいだろう。俺と八重樫はこうして臨時の睡眠会議へと足を進めるのであった。









 95%以上は寝ていた会議なので気が付けば終わっていたり。変な胃液が出てたのか空腹感はモノスゴイことになってきている。しかも窓の外を見れば雨はまだ降り続いている。というか強くなってるんだが。
 同じく心地良い睡眠の場としていた八重の字にを糾弾しようと思い、そちらに顔を向けてみるとすでにやつは帰る準備万端だった。

「じゃあねーさくっち」
「ちょ、ちょっと待て貴様」
「や、見たいテレビあるから急がないと間に合わないんだけど」
「誰だ会議にでも出たら雨がやむかもなんて言ったやつは」
「『かも』じゃん。可能性を匂わせただけで断定はしてないけど」
「…優等生はこれみよがしに日本語をうまく使って困るな」
「じゃねー」
「ま、待ってくれよぅ」

 必死の懇願むなしく傘を持っている唯一の希望は教室から出て行った。誰もいない教室でただ一人佇む俺。聞こえるのは雨の音だけ。
 もういっそ学校に泊まってやろうかとも思ったが、超腹減った。

 …帰ろう。行きは無理だったが、もうひれ伏して謝るくらいに水もしたたってやる。ま、負け惜しみなんかじゃないよ?

 とぼとぼと下駄箱へと向かう。あー、腹減った。

「さくっち?」

 何を食べようか。いつものようにカップ麺という考えが無いわけではないのだが、今の舞人胃袋はエマージェンシーを訴えている。おそらくブラックホールのごとくがしがしと食物を取り込んでくれることだろう。

「さくっちー!」
「うわぉ」

 素でびっくりして情けない声が出てしまった。桜井家家訓第21条いつでも優雅たれ、をかたくなに守ってきた俺にとっては許せない出来事である。

「誰だ。この私を驚かせるものは。『見ろ、人がゴミのようだ!』と七兆回言ってから破滅の言葉を唱えなさい」
「…何言ってるの?」

 振り返れば奴がいる。これってストーカーの話みたいだよな。…じゃなくて、振り返った先にいたのは☆の字だった。こいつは逆にストーカーの被害に遭うタイプ。ロイヤルガードという名のストーカー。身分の違うお方は世の平凡な男児とはお話もさせません、的な視線をどんどん送るわけだ。一般のストーカーと違うのは本人には被害を加えないことである。

「やあ星崎さん」

 単なる一クラスメイトですよという雰囲気をそれとなくアピールしながら、プリンセスへと送る視線の数々がないか確かめる。
 が、委員会が終わった後ぷらす雨降りということもあり人の気配は他には見られない。いや、どうせ人の気配なんてわからないんだけど。

「どうしたこんな時間に。実は暇人なのか。全く、人が委員会という名の人を導いていく会議に出席していたというのに貴方はこんなところで油を売っていたのですか」
「どうせ八重ちゃんに言われてなかったらさぼってたんだよね。それに私はアルバイトしてるもん。さくっちほど暇人じゃないよーだ」
「全く口の減らないやつだ。で、なんでこんな時間にこんなところに?」
「え…? えっと、うん。暇だからだよ。暇だから」
「やっぱ暇人なのか。俺は暇人じゃないから帰るぞ」

 腹減った。ほんとに腹減った。ドクターイエローめ。今度さりげなく保健室に落書きしてやる。…いや、そんなことをしたら生きておてんと様を拝めなくなる可能性が高い。あいつは教師という立場でもやることだろう。

「あ、私も帰るっ」

 星崎もそう言って、俺の横に並ぶ。帰るんならさっさと帰ってりゃいいのにと思ったが、口に出したらまた何か言い返されそうなのでやめておいた。腹が減って言い返す気力も出なさそうだぞ。まじで。

「さて、動きたくないが走って帰るか」
「え?」

 この雨の中で走って帰ったところで濡れない場所はないのかもしれんが、男の生き様というものをこの温室育ちのプリンセスに見せつけるのもいいのかもしれん。

「私傘持ってるよ?」
「まじか」

 ああ。希望はいつまでも捨てないでおくものだ。名前通りなやつだ星崎。よくやった。

「で、傘は?」
「はい」

 星崎が広げたのはいかにもオンナノコ用、といった様相のぴんく色の傘。むしろ桃色というのは山彦のためにあるような色な気がするが、それは突っ込まないでおこう。

「おお。ありがたく借り受ける」
「え、それじゃあ私差せないよー」

 は?

「おいおい。傘持っていると言ったじゃないKA!」
「うん、だからこれ」

 再びえっち色、もといピンク色の傘を見せつけるようにこちらへ向ける。

「よし、借り受けよう」
「だからさくっちに貸したら私が差せなくなっちゃうよ」
「え、何、もしかして一つしか無い?」
「うん」

 何が希望だ。いっそのこと星崎暗黒という名前にでもしてしまえ。返せよぅ。俺のささやかな希望を返せよぅ。

「えっと、一緒に傘に入れば二人とも濡れないんじゃないかな」

 そんなことをいう星崎暗黒。
 は?

「はい?」
「一緒に入れば大丈夫だよ。あ、でも傘はさくっちがもってね。さくっちの方が身長高いんだから」
「え、いや。それは…」

 もし街中で護衛隊の方達にでも出会ってしまったらもう私の平凡な学生生活が無に消えてしまうのではないかと思うのだが。確かに助かることは事実なのだが。

「どうしたの?」

 『どうしたの?』じゃないっつーの。もう少しプリンセスの自覚を持ってくれこのぽけぽけ娘。ほら、少し考えれば自分が置かれている立場とか、一平民でしかない俺の立場とか、今降っている雨の強さとかが…。

「…傘を貸しなさい」

 負けました。負けたっていっても星崎にじゃなくて雨に負けたんだよ? うん、傘差さないと制服めちゃくちゃ濡れるしな。





 いや、これは傘を差さなかったら本当にやばいことになっていた。それぐらいの雨。まあ左肩のところがちょっと濡れるくらいで済んでいるのは隣で何故か上機嫌で歩いている星崎のおかげだ。明日以降の学生生活がどうなるかはわからんが、今よければ全てよし、ということで。

「うん、雨もやっぱりいいね」
「おい星崎。朝と言っていることが違うぞ」
「え、そうかな。当事者になってみるとやっぱり嬉しいかな、なんて」
「意味がわからん」
「ほら、女心と天気は移ろいやすい、ってね」
「綺麗なオチに持っていくな」
「あははっ」

 この雨だというのに底なしに上機嫌で軽い足取り。さっきから歩くペースとかちょっと考えながら歩いていたわけなんだが、この様子を見る限りそんなことは考えなくてよさそうである。

 ぐぎゅるるるる

 今さしあたって考えなければならないことはどうやって食物をこのブラックホール化した胃袋に叩き込むかということらしい。警報ベルが痛みとともに鳴らされている。

「あはは。さくっちお腹鳴ってる」
「…昼食えなかったからな」
「あれ? さくっちお昼にお蕎麦頼むって張り切って出て行ったよね」
「そんなこともあったな…。だが、どんなところにも障害というものはつきまとうのであって今回は見事に黄色い怪物に奪われたのだった。こんな情けない勇者を笑ってくれたまえ」
「あははっ」
「おい、こら。本当に笑うな。そこは『しょうがないなぁ。さくっちは。よし優しい私がさくっちにご飯を奢ってあげよう。食べ放題でいいよ』とかのたまうシーンだ」
「…」

 いきなりジト目になりました。元の顔がそこそこ整っているだけに妙な迫力があるんだが。

「…もうしょうがないなあさくっちは。この前お給料入ったばかりだし、いいよ」
「おおおおお! よっ、星崎太っ腹」
「…」
「すすす、すみません。星崎希望嬢は素晴らしく細いウエストの持ち主でこの桜坂市で敵うものはおりますまい」
「えー、ほんとにそう言ってるー?」
「は、はいっ。星崎さんは桜学のクレオパトラです。と、とりあえず限界近いので近くにあるお食事処にでも入るべきかと」
「じゃああそこにしよっか」

 雨露を凌げてさらにはこの空腹すらも満たされる。おのれ桜学のプリンセスは化け物か! いや、まじ助かりだ。
 とりあえず近くにあったファミレスっぽい建物にでも入ってみる。なーんかどっかで見たような店だったが、そんなことを考えるより空腹を満たす方が先だ!

「相合傘のカップル一組ごあんなーい」

 で、またさらにどっかで聞いたような声が聞こえるのだが、そんなことを考えるより…。
 っておい。なんでここに八重樫がいる。と、周りを見回して見るとこのファミレスは…。そういうことか。

「つかお前はテレビ見るためにこの舞人様を見殺しにしやがったんじゃないのか」
「や、ヘルプ入っちゃったからね。人が足りないってことでイロ付けてもらえるみたいだったし。まぁさくっちも良い思いできたんじゃないのー?」
「ししし、してません!」
「ま、これメニューね。ゾンミ共々ごゆっくり」

 そう言ってやる気なさげに戻っていく八重樫。

「まずい店に入ったな…」
「え、ここ美味しいよ。八重ちゃんのウェイトレス姿も可愛いし」

 そういう意味じゃないのだよプリンセス。よりにもよってあの八重樫がいる店に貴方という高貴な方と入ってしまったのがまずいという意味です。

「やっぱり雨っていいよねー♪」

 窓の外のどんより空を見ながら明るくそう言えるプリンセスが変に思えるのは私が庶民だからでしょうか? とりあえずおごりなので一番高いメニューを探してみよう。どれどれ、一番高いのは…。

「あんまり高いのは駄目だからねー」

 いきなり釘を刺されました。

「今度八重ちゃん達とお買い物行くから資金は残しておかないとっ」
「…貴様は俺をそんな目で見てたのか」
「うん」

 即答されました。

「うん、でも…」
「…なんだ?」
「ううん。なんでもないっ」
「なんだ。上限無しにしてくれるのか。よし、良くやったぞ星崎。俺的好感度120%アップだ」
「なんでもないですよーだ。さくっちには教えてあげないっ」
「なんだそりゃ」

 雨の中、星崎とファミレスにて。明日以降を考えると恐ろしいが、まぁおごりで飯も食えるので雨降りでも悪くないことはあるもんだなぁと思った夕方。













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