それはある平日の話。
特に何か行事があったわけでもない。
テストが近いわけでもない。
ごく普通の日。
しかし、学生にとってはそういう日というのはとてもつまらないものであり、
ただぐうたらと時間を浪費していた。
その時間がいかに将来振り返ると輝かしく見えるのかも知らずに。
そんな普通の日。

相沢祐一は机に突っ伏していた。
もちろん今は授業中である。
彼にとっては授業というのは将来のための学習の補助という役割ではなく、
単なる睡眠時間となり果てていた。
彼は寝ている。
もちろん授業中に寝ているようなやつが前日に勉強のしすぎで睡眠時間が少なかったと
は考えにくい。
彼にとっては睡眠は単なる暇つぶしの手段の一つであった。
授業中というのは暇な時間ではないはずなのに。
現に、彼からちょっと離れたところでシャープペンシルを握っている美坂香里は
ちっとも暇に見えなく、せわしく手を動かしていた。
授業終わりのチャイムが鳴り響く。
学級委員長の香里の号令にあわせて教室内の生徒が頭を下げた。
寝ていた祐一もそれに合わせて目を覚ましている。
そして、そのまま教科担当は出て行った。
祐一は体を伸ばす。
背中からこきこきと音がなる。
ふと祐一は一人の男と目が合った。
その男はいつものような目をして手を振りかざす。
祐一にはその仕草だけで充分であった。
何をやればいいのかはすぐにわかっている。
今まで何度も繰り返してきた行為だ。
さあ、行け若者よ。

「さあさあさあさあ」

「はいはいはいはい」

祐一と北川潤の男二人は手を叩きながら教室の中央に移動しはじめた。
たまにあるこの二人のこの行為。
クラスメイトには既に理解できるこの行為。
自然と彼ら二人を中心として輪ができることから人気がかなりのものだと
いうことを示している。
クラスメイト全員は言わずもがな、他のクラスからもギャラリーが来ていた。
昼休みなので昼飯はどうするのかと思うが、そこはみな慣れたもので弁当を持ってきていた。

「はーい、相沢・北川劇場が始まるよー」

「お代はいらないよ。楽しんでいっておくれ」

輪の中心の二人が声をあげる。
その近くにはクラスメイトに押されるような格好になっている、
このクラスの学級委員長の姿があった。

「さて、我らについてきてくれるのはいつものように・・・」

「だららららららららら」

祐一が言い、巻き舌ドラムで盛り上げる北川。

「「美坂香里さん!ではありませんっ!!」」

彼ら二人のシンクロしたその発表に周りの聴衆がどよめきをあげる。
香里もかなりのショックを受けていた。
それもそのはず、今までは美坂香里の突っ込みがあってこそ成り立っていた
この相沢・北川劇場であるからだ。
そのキーマン美坂香里がいないことがどれほどのものか。
聴衆は皆不安と期待を半々に、次の言葉を待っていた。

「今回参加していただくのは・・・」

「だらららららららら」

「我がーいとーこー、みなーせーなゆーきーだーーーーっ!」

「え、え?わたし?」

祐一の格闘技の選手説明っぽい発表に一番驚いたのは水瀬名雪本人であった。

「「これより先はバイリンガル潤、ネグロイド祐一でお送りします」」

「北川くん日本語の他に何語が話せるの?」

「・・・」

名雪の問いに絶句する北川。

「囲碁ですよ囲碁」

フォローの祐一。

「へぇ。イ語なんて言葉があるんだね。私知らなかったよ」

「・・・」

「・・・」

再び絶句の北川・祐一。

「すいません、誰かこの天然娘をドブの中に捨ててきてくれませんかね」

「お客様の中にイチゴを持っている方はいませんかー?」

両脇から彼女の腕をつかみ観客の方へ差し出す。
となりのクラスの元陸上部員がその品を受け取り、観客の最後尾へ連れやった。

「さて、どこの国の陰謀かわが従兄妹の水瀬名雪嬢が拉致されてしまいました」

「そのようですね。いまさら窓口外交なんてやる気はさらさらないので新しい人員を
選びたいと思います」

「我が国は民主主義にのっとっています。ですので推薦者の多い方を我がチームに
入れてさしあげましょう」

「さて誰か良い人材はいませんか?」

北川の問いかけに聴衆みんなが美坂コールを繰り出す。
ついでに拍手も沸き起こる。
祐一はその拍手をお昼の定番番組の司会者のように最後の三回できっちり締めてから
こう繰り出した。

「では美坂香里嬢こちらへ」

北川が香里の手を引っ張り自分達のほうへと寄らせる。

「ではこれより美坂香里の公開処刑をはじめます」

「はい、この極悪人は今まで数々の犯罪を犯してきました」

「何で処刑されるの!?」

「まずは立ちション」

「するかっ!」

「次にスカートの下にスパッツ着用」

「犯罪じゃないじゃないっ!」

「さらには性別の詐称」

「あたしは女よっ!」

香里の必死な突っ込みに構わずつらつらと罪状を述べる北川。
15個ほど述べた後やっと止まる。

「以上、美坂香里と7人の侍の罪状です」

「他の七人はどこっ?ねえどこよ!?」

「被疑者にもようやっと罪の意識が出てきたようで混乱しております」

「いえ、相沢裁判長。彼女はヤクをやっています。混乱しているのはそのためです」

「な、なんだとっ!?なんていうドラッグだ?」

「口にするのも忌まわしきあの薬・・・。通称黒爆弾の名で知られています」

「薬なんかやってないっ!」

「北川くん、被疑者はこう言っているが?」

「語るに落ちたな。美坂香里よ。おまえの妹からしっかり証言をとっている」

「なっ!あの子何を言ったのよ!?」

「みんな聞いてくれ!これはマジ話だ。本当なんだ・・・!」

北川のトーンがしごくまじめな顔に変わる。観衆もそのシリアスな雰囲気に飲まれ始めた。
しだいにざわめきが始まり、収まっていく。
完全にざわめきが収まってから彼はさらに続けた。

「これは嘘でも冗談でもない。嘘だったら俺を好きにしてくれ」

ほんとうにまじめな口調。このシリアス顔とハスキーな声で合体攻撃をしかければ
有閑マダムの10人に7人は落ちるだろう。それくらいの顔で彼は言った。

「彼女の使っている薬、その名称は・・・」

その名は・・・?
その場にいるほとんどの人間が先を心の中で促した。

「○露丸だ・・・!」

「何ぃ!あのラッパのマークかっ!?」

「んなもんヤクにならないわよっ!!」

「美坂香里、発言を却下する。北川くん、続けてくれたまえ」

「だがあなたの妹はしっかりと証言してくれた。これからその証言を一字一句違わずに伝えよう」

『あー、お姉ちゃん一週間前に下痢だったんですよー。妙にトイレに入る回数が多くてですねー。
生理かと思ったんですけど、なんていいますかお姉ちゃんの入った後のトイレが消臭剤の匂いと
混ざり合ってかなり濃厚な・・・。いえ、これはお姉ちゃんの名誉のために伏せておきますね。
それでその日の夜に宿題を教えてもらいに行ったらちょうど何かを飲んでたんですよ。
お姉ちゃんはすぐにその薬のケースを後ろ手に隠しましたがばればれでしたね。
あの独特な匂いが部屋にこもってたんですから。その次の日のお姉ちゃんは妙にスッキリした顔で
機嫌も良かったです。今も定期的にヤってるみたいですけどね。恍惚な顔してるときありますから。
まさかあの匂いにはまっているとは思ってもいませんでした』

北川は口調まで真似、声色も変えてみごとにかむこともなく言い切った。
どことなく満足そうだ。

「微妙に似てたのがきもちわるかったが北川くん、証言ありがとうございます」

「・・・あのくそ娘・・・!」

香里は脳内で妹をずたぼろにしていた。その恐ろしさといったら彼女の半径1mに人が居なくなるほど
だ。顔は羞恥と怒りで真っ赤に染めあがっている。赤鬼も裸足で逃げ出す形相だ。

「では、被疑者。何か反論はありますか?弁護人の方でも結構ですよ」

「はいっ」

祐一の最終質問に答えたのは以外にも名雪であった。

「弁護人水瀬名雪、発言を許可します」

「そんなに香里をいじめないでよ。香里が下痢だったのは確かだけど本当につらそうだったんだか
ら。平気な顔して授業受けてたけどぷるぷるぷるぷる震えてたんだから。祐一と北川くんはいつもの
ように寝てたから知らないかもしれないけどね。私は香里のことが気になって眠れなかったんだから。
下痢ってほんとに辛いんだよ。そういえば去年も香里は下痢で学校に来てたときがあってね・・・」

「名雪・・・あなた下がってて」

「え、でも、あんなこと言われて」

「いいから黙ってて」

のんきで天然な親友にいらないことまで暴露された香里はこめかみを震えさせながらそう言うのが
精一杯だった。

「被疑者美坂香里、他に何か言うことはありませんか?」

「ありまくりよっ!!何をいきなり・・・」

「我々の発言に異があったでしょうか?」

「いえ、相沢裁判長。見たこと聞いたことを完璧に伝えたつもりです」

「で、どうだろうか?」

「・・・真実よ」

「はいっ?」

「聞こえませんな。大きな声で話してもらえませんかね」

「真実っていったのよっ!!悪いっ!?下痢だったわよっ!?そりゃ正○丸のお世話にもなるわよ!
ほんとに辛いんだからっ!わかるっ!?この気持ち!!我慢してるときはそれはもう死にいたる病よ
!!サルトルも草葉の陰から泣いてる?知らないわよそんなの!!じゃああの辛さ代わりなさい!!
いますぐに代わりなさい!たちどころに代わりなさい!即座に代わりなさい!」

「あ、その・・・」

「す、すいません」

祐一と北川はそう言うのが精一杯だった。

「そう?わかった!?じゃああたしは学食行ってくるわ!!」

香里は乱暴にドアを開け、教室を出て行った。
教室の中には異常な沈黙が残る。
中心にできた輪はそそくさと散っていった。

昼食から帰ってきた香里はあまりにもいつも通りだった。
だがしかしそれから美坂香里のそばで腹痛や下痢の話は出なくなったらしい。









あとがき

どうもー。こんにちはー。香里ファンの方ごめんなさい。それしか言えません。













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