「約束?」
「そう、約束」
「じゃあ、指切りしよっか」
「うん」
ゆ〜びき〜りげ〜んまん、う〜そつ〜いた〜らは〜りせ〜んぼんの〜ます―――
指切り -北川side-
「そういえば、北川」
その日、相沢祐一は、親友である北川潤と他愛の無い話をしていた。
「なんだ? 何でお前がもてるのか教えてくれるのか?」
「いや、当たらずとも遠からずだけど」
「殴るぞ」
「待て待て、そうじゃなくてだな」
そこで相沢は声を潜めた。
「お前……彼女居ない暦何年だ?」
「はぁ?」
何を言っているのだろう、この男は?
「何言ってんだ、おまえ?」
北川は思わず聞き返していた。
「だってさ、お前の浮いた話なんて一度も聞いたことねーぞ」
「悪かったな。そりゃ俺だって浮いた話の一つでもしてみたいわい」
「だからその機会を作ったんじゃないか。さあ話せ」
「さあって言われてもなぁ」
実際、北川はこれまで恋愛沙汰とは無縁だった。家は引越しの連続で友達も碌に出来なかったし、恋愛なんてもってのほかだ。彼女にもあれ以来会ってないし……
「あ」
そこで北川は気づいた。自分にも、そういう経験が過去に一度だけあったことに。
「一つだけあったぞ」
「マジか!? どんな話だ?」
「あれは、俺がまだ小坊のころだ」
その日、北川潤は何をするでもなく街中を歩いていた。どうせすぐに越してしまう土地だ、友達も要らない。だから、一人で家の近くを散歩していたのだ。
だが、ふと前を見ると、奇妙なことをしている女の子がいた。
「なんでしょうか、これ? おいしいのかな?」
その女の子は、どうやら道に落ちているものを食べようとしているようだった。見た目は自分より1つか2つ年下のようだ。注意しようと思い、北川は女の子が手にしているものを見て
「やめろ!!」
思いっきり叫んだ。
「えぅ?」
女の子が、その変な返事を返すころには、北川は女の子の手をつかんでいた。
「何食べようとしてるんだ、お前は!!」
「や、ちょ、やめてください!」
北川は女の子の手の中にあるものを捨てさせようとした。しかし女の子は手を離そうとしない。しばらく、そうして膠着状態にあったが、突然
バコ!
という音と共に、頭に衝撃が走った。
「いてぇ!?」
「ちょっと、何してるの、私の妹に!」
どうやら、自分を殴ったのはこの子の姉らしかった。
「ちょうどいい、君も説得してくれよ。この子が「お姉ちゃん! この人が私の邪魔をしようとするんです〜!」
「なんですって!? ちょっとあんた! 何の権利があってこの子の邪魔するのよ!?」
そう言いながら、姉は腕を振り上げる。
「わぁ、待った待った! その前に、その子が何しようとしたのか聞いてみろ!」
「? 何をしようとしていたの?」
「この人が、私のこれを取ろうとしたんです〜!」
そう言って女の子は手の中を見せた。
「い? いやぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!?」
その手の中には、一匹の黒光りする生物―――ヒルがいた。
「っ、さっさと逃がしなさい! ほら早く!」
「酷い、お姉ちゃんも私の邪魔を「うるさい! いいから早くする!」……う〜」
女の子は名残惜しそうにそのヒルを逃がした。そこで北川はほっと胸を撫で下ろす。
「あ〜、びっくりした〜」
「まったく、何であんなものを拾ったのよ?」
「だって、ちょっとぬるぬるしてて、溶けかけのチョコアイスみたいでおいしそうだったんだもん」
女の子の姉が地面に膝をついて頭を抑える。どうやら、軽く頭痛に襲われたようだ。
「お姉ちゃん、悪者はあっちです! 早く制裁を下してください!」
「そうね、その前にあなたを叱らなきゃ」
そういって、女の子の頭に拳骨をする姉。
「え〜!? 何で私を殴るの〜!?」
その声を無視して、姉のほうは北川に話しかけた。
「ごめんなさい、危ない所を助けてくれたみたいね」
「いや、いいよ。ちょっとたんこぶが出来たぐらいだから」
「でも、本当にありがとう。あともうちょっとであの子が馬鹿なことする所だったわ。あなた、名前は?」
「北川。北川潤」
「そう、覚えとくわ。北川君ね」
それが、その子との初対面だった。
「へ〜、それがお前の初恋の相手か。」
「……なんでわかったんだよ?」
「かま掛けてみたんだが」
「ぐあっ」
「なるほどね〜」
「何だその意地の悪そうな笑みは!!」
「まあいいからいいから。続きはあるのか?」
「だからその笑いをやめ、てああもういい」
どうせ言っても止めないのだ。それがこの男だった。
「なあなあ、続きは?」
「ああ、あれはだな」
「ごめん」
開口一番、北川はそう言った。
「え? どうしたの、いきなり?」
そこにいたのはあの子だった。彼女の妹を助けてからというもの、よく遊ぶようになっていた。
もちろん、幼心ながら恋愛感情も芽生えていたのだろう。この姉妹と遊ぶのはそのころの北川の支えになっていた。だが……
「俺、もう、明日には……」
「え、何?」
「明日には……引っ越さなきゃいけないんだ」
「え?」
そう。北川は、また違う土地へ引っ越さなければならなかった。もともと決まっていたこととはいえ、それは幼い少年にはあまりに残酷すぎた。
「そんな、聞いてないわ」
「言えなかったんだ。君を、悲しませたく、なかったから」
北川は、泣いていた。彼女につらい思いをさせることに、そしてなにより、彼女と別れなければいけない事実がつらかったのだ。
「ごめん、本当にごめん。つらいだろうって黙ってたけど……本当は、ただ逃げてただけなのかもしれない」
「そんなの、勝手過ぎるわよ!!」
彼女も、また泣いていた。恐らく、ここで別れたら、二度と会えないであろうことは、二人ともわかっていた。
「勝手にやってきて、勝手にいなくなるなんて、そんなの「俺だってつらいさ! でも、しょうがないじゃないか!!」
彼女は、驚いたように目を丸めた。今まで、北川は彼女に対して本気で怒鳴ったことなどなかったし、今も怒鳴る気なんかなかった。ただ、自然に口から声が出てしまったのだ。
「……ごめん。」
「私こそ、ごめんなさい」
「君が謝る必要なんてないよ。それに、今日はこんな話をするために呼んだんじゃない」
「どういうこと?」
「その、あの、あれだ。ベタな台詞で悪いんだけど、もし、もしもう一度会えたら、その時は、結婚して欲しい」
結婚。今なら馬鹿馬鹿しい子供の約束だと笑えるが、あの頃はかなり重大な意味を持っていた。
「約束?」
彼女は、恐々そう聞いてきた。まるで、怯えた小動物のように。だから、北川は
「そう、約束」
そう答えていた。
「じゃあ、指切りしよっか」
「うん」
それは、子供同士の最高の契約。絶対に約束を破らないという、最大の意思の塊。そして、離れることのない、絆の証。
ゆ〜びき〜りげ〜んまん、う〜そつ〜いた〜らは〜りせ〜んぼんの〜ます―――
「―――それっきり、その子とは会ってない」
「結構、つらい経験だな、そりゃ。浮いた話でもなんでもないじゃんか」
「悪かったな。お前が望むような答えなんて俺にはねーよ」
「つまらん奴め。ところで、その子の名前は?」
「それが、聞くの忘れちゃっててさ」
「まったくもって駄目だな。やっぱり北川は北川か」
「どう意味だよ、それ。それに、名前なんか聞いてなくても彼女にあれを言ったらすぐにわかるさ」
「あれって?」
「それはな、俺が彼女に始めて恐怖を覚えた台詞だ。聞いて驚け」
「「拳骨万回―――え?」」
その再開は、突然訪れた。
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