「ねぇ、祐一達、何話してるのかな?」

「さあ。またくだらないことでしょ」
 
親友、水瀬名雪に聞かれ、美坂香里はとぼけたふりをした。実際には祐一達の話は少しは聞こえていたが、それが恋愛関係のことについてだとわかると、すぐに興味も失せた。
 
香里は今まで恋愛というものをしたことがない。なぜなら、彼女には可愛い妹、栞がいたからだ。小さい頃から妹第一の自分が、恋愛など出来るはずもなかった。

彼も、あれ以来一切連絡寄こさないし……

「あ」

その時、香里は気づいた。自分にも、過去に一人だけ、心を許した人物がいることに。

「彼、今どうしてるかしらね……」

「え、なになに、香里って彼氏いたの?」
 
ふと漏らした呟きを聞いていたのだろう。名雪は香里の話に目を輝かせた。

「あら、話してなかったかしら? あれは、もうかれこれ5、6年前かしら」

 




指切り-香里side-






「ほら、早くしないと始まっちゃうわよ?」

「ち、ちょっとまてよ、まだ早すぎやしないか?」

その日、香里は自分の妹を助けてくれた友達―――名前は忘れてしまった―――といっしょに、近くの花火大会に来ていた。

その花火大会はこの町では少なからず有名で、最近越してきたというこの少年にも花火を見せようと思ったのだ。

「さすがに、7時から始まる花火大会に6時から行くのはおかしいだろ?」

「しょうがないじゃない、栞が待ちきれなくてもう家を出ちゃったんだもの。それに、このぐらい早くから行かないと、あの場所に行く時間がないのよ」

「あの場所?」

「ふふ、私達のとっておきの場所よ。ついてきて」

そう言いながら、香里は少年の手を引いて山道を駆け上り始めた。

「な、なあ、まだ着かないのか?いいかげんに疲れたよ」

「あともう少しよ。ほら、見えた。栞ー!」

「あ、もう、お姉ちゃんたち遅いです〜」

「ごめんなさい、でも時間には間に合ったでしょ?」

そこには、町を一望できる一本の大樹があった。栞は、その木の上に上って二人を待っていたようだった。

「でっけ〜。て、まさかこれ登るのか?」

「そのまさかよ。ほら、先に登って。私今日スカートなんだから」

「へいへい……」

二人がその木を登りきったとき、花火が始まるまではあと10分に迫っていた。

「へくちゅ!」

「あらやだ、栞あんた、そんな薄着で来たの?」

「だって、もう夏だから大丈夫かなって思って」

「だめよ。あなた、体が丈夫なわけじゃないんだから。ほら、これ着なさい。」
 
栞は、幼い頃から不治の病を患っていた。医師に治る見込みはないと見放され、その時から、姉である自分がいつも面倒を見てきたのだ。

「ありがとう、お姉ちゃん」

「君は優しいんだな。それに妹を本当に大事に思ってる」

「あら、褒めても何も出ないわよ? ほら、前見て。そろそろ始まるわ」

香里がそう言った後すぐに夜の空に一輪の花が咲き誇った。恐らく、人ごみの中ではここまで綺麗な花火は見えなかっただろう。

「おお〜。なるほど、とっておきね」

「でしょ? 昔からお気に入りの場所なのよ、ここ」

「私が見つけたんですよ〜」

「あなたが迷子になってた時にね」

「うう、お姉ちゃんの意地悪……」

それから三人は、しばしの間美しい景色に身をゆだねていた。

「ゆっくり降りるのよー」

「大丈夫でーす」

花火が終わった後、三人は木から降りようとしていた。しかし、そこで栞が手を滑らせてしまう。

「きゃ!」

「ああ、もう。だから言ったじゃない。大丈夫?……栞?」

動かない。香里の体に戦慄が走った。

「ちょ、栞!? ねえ栞!!」

「触るな!!」

「!?」

「頭を打った可能性がある。ここは頭を固定して応急処置を行うべきだ。そこの木の根に固定させよう」

香里は少年の言ったとおり、近くの木の根に栞の頭を固定した。すかさず少年が自分の指を栞の手首にあてがう。

「……まずいな、脈が弱まってる。恐らく、落ちた時のショックで心臓に負担が出たんだ。俺が応急処置を施すから、君は山を下って救急車を呼んできてくれ」

そう言うと少年は、栞に心臓マッサージを始めた。それを横目に見ながら、香里は言われたとおりに山を下り始めた。

救急車が来たのは、それから30分以上も経った後だった。

「この子に応急処置をしたのは?」

「あ、俺です」

「そうか。ありがとう。あともう少し応急処置が遅れていたら、助からなかったかもしれない」

「いえ、当然のことですよ」

そして、救急車は栞を乗せて走り去っていった。

「……ありがとう。二度もあなたに助けてもらっちゃった」

「言っただろう?当然のことだって」

「それにしても、よく応急処置なんてできたわね?」

「親の仕事上、こういうのは自然と身につくのさ。それに、君の妹のためだしね」

そう言って笑った少年の顔は輝いて見えた。

「その時でしょうね。私が彼を好きになったのは」

「すごーい、ロマンチック〜」

「そうかしら? 一歩間違えたら栞はその時に死ぬかもしれなかったんだから」

「あ、ごめん」

「いいのよ。それで、その後彼はすぐに引っ越しちゃってね」

 引越しの当日。香里は栞と一緒に最後の挨拶をするために彼の家に立ち寄った。

「じゃあ、もうお別れね」

「ああ、そうだな」

「連絡の一つぐらいよこしなさいよ?」

「ああ、時間があったらな」

「ひぐ、ひぐ、お兄ちゃん、いっちゃ、嫌ですぅ」

「ほら、泣かないの栞。別れがつらくなるでしょう」

「ごめんな栞ちゃん。でも、いつか、必ず帰ってくるから」

「”約束”もあることだしね?」

「わ、わかってるよ。じゃあ、またな」

「うん、またね」

「またね〜お兄〜ちゃ〜ん!!」

そうして、彼を乗せた車は静かに走り去っていった。後に残ったのは、泣き叫ぶ妹と、静かに笑いながら涙を流す姉の姿だけだった。

「―――それっきり。それっきり彼は連絡の一つも寄こしてこないわ」

「ねえ香里? その子に香里の家の住所教えたの?」

「あ。……しまった」

「意外とおっちょこちょいだね、香里って」

「うるさいわよ。それに、あいつにあれを言えば気づいて逃げ回るからすぐにわかるわ」

「え、あれって?」

「あいつが引っ越す前の日に、ある約束をしたのよ。その約束を破らせないためのおまじない。えっと確か」


「「拳骨万回―――え?」」

 
―――指切った!!
 

「ところで北川君。指切りげんまんの”げんまん”の意味知ってる?」

「え?さ、さあ」

「あれって、拳万、つまり、拳骨で一万回殴るって意味なんですって。だから、約束破ったら拳骨万回の刑だからね」

「そ、そんな〜」



「……あのときの彼が、まさかあなただったなんて」

学校の屋上。そこで二人の男女が語り合っていた。

「ああ、俺もびっくりしたよ。まさかいつのまにかこの町に戻ってきてたなんてさ。ちっとも気づかなかった」

「しかたないわよ。あの木も事故があったとかで切られちゃってたしね」

「そうだったんだ。知らなかったよ」

「…」

「…」

沈黙。二人の空白の時間を埋めようとするような、長い沈黙。それがしばらく続いた。

「あ、あのさ、美坂、あの約束のことなんだけど……」

その沈黙を先に破ったのは北川だった。

「あ、あの時はまだガキだったけどさ、今でもその気持ちに変わりはないっていうか……」

「あ、そうだ」
 
バコ!

「いてぇ!? あにすんだよ!!」

「あら、忘れたかしら?あの時あなたは『もしもう一度会えたら結婚しよう』って言ってくれたじゃない。でも、今はまだ約束を果たしてくれないでしょ?だから、拳骨万回の刑よ」

「いやだって、俺まだ結婚できる歳じゃないっていたたたた!! か、勘弁してくれ〜!」

「あ、こら、待ちなさ〜い!!」

二人の表情は、まるで子供の頃に戻ったかのような、そんな輝かしい笑顔だった。

 
後日、屋上で香里に求婚する北川の姿を見たという噂が流れたが、真実は定かではない。






あとがき
 

どうもはじめまして、今回SS初挑戦のちょびと申します。

しかし、実際自分で書いてみるとかなり難しいのがわかりますね。どれだけ自分が未熟か思い知りました。

今度書いたときはもう少し上手く書けるといいなぁ。


それでは、この辺で。Great night♪(パッ○アダムスに感化された模様





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