止まない雨。
全てを覆い隠してくれそうな雨は、それでいて、ひどく冷たかった。
雨水
「ったく、すっごい雨だなオイ」
冬の雨はひどく冷たい。
近頃は雪が多かった分、こういう日はどこか物珍しさを感じるものの、あんまりいい気分でないのは同じである。
(まぁ、雪の日より寒さがマシなのが少し救いか)
そんな風に考えながら、また新しくタバコに火をつけた。
最近悪友と共に覚えたこの味は、妙に自分の心を落ち着かせてくれる。
無論、高校生の時からこんな物を吸っていては体に悪いと分かってはいるものの、どうにも踏ん切りがつかず止められずにいたりするが。
深く肺に吸い込んだ煙が消えていくのをゆっくりと眺めながら、まだ鳴り止まない雨に目を向ける。
その中に。
(……お?)
ひどく見慣れた、ブラウンの髪が窓の外にあるのを見かけた。
(……香里?)
間違いなく、それは彼女の物である。
「ってぇ、何やってんだこの雨の中で!」
大急ぎで玄関に駆け出し、ドアを開ける。
そこにはやはり、見慣れた彼女が立っていた。
「何やってんだよ! 風邪ひいたらどうするんだ!!」
「……ん」
「こんなに冷たくなって、ほら、震えてるし!」
「ごめんなさい……」
「ああもう、とにかく中に入れ。お前に風邪をひかれたら俺がツライから」
「まって……」
「ん?」
その時見た彼女の顔は、まるで何かにおびえてるかのように見えた。
「どうした?」
「お願い……て」
「何?」
「お願い……お願いだから」
そう言いながら、彼女は胸に倒れこむ。
「お、おいおい」
「お願いだから、相沢君。私を、抱いて」
「は? 一体何を」
「お願い……」
静かな叫びが雨音に混じり、夜の街に溶けていった。
「香里……わかったよ。とりあえず、家の中入ろうぜ? 二人とも風邪ひいちまうよ」
「ふっ、あっ」
「香里……!!」
「あん、相沢……クン!」
「う、く、香里、もう……!」
「私も……ワタシ、も!!」
「グッ、出すぞ!!」
「イヤぁ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……ッああ!!」
「ネェ」
「ん?」
「タバコ、止めてって言ってるのに。女にとっては彼にないがしろにされてるみたいで嫌なのよ?」
「ああ悪い。もう癖だな、これは」
ベッドの横の灰皿に火種を押し付ける。静かになった部屋の中で、二人は一つの布団の中で寝そべっていた。
「んで? 一体どういうことだよ」
「何が?」
「ゴメンナサイ、って」
「ああ、そうね……」
外の雨音が多少煩い。途切れることなく続く水の音は、しかしそれでも二人の沈黙を破ることは出来ない。
「覚えてる?」
言葉が彼女の口からこぼれる。ふとしたら雨音にかき消され消えてしまいそうなか細い声だ。
「何を?」
「栞」
「……ああ、忘れるかよ」
彼女―――美坂栞が亡くなって、もうそろそろ1年がたつ。
本当に、雪が溶けるほどに短い出会い。
そんな中で、俺と彼女は結ばれて、永遠に、別れた。
その姉の香里と付き合い始めたのがその年の夏。
お互い、開いてしまった心のモロイ場所を埋めたかったんだろう。
「最近ね、自分が怖いのよ」
「何だそりゃ」
「真面目な話。ちゃんと聞いて」
「わかってるよ」
お互いこの話は避けていた。でないと、きっと取り返しのつかないことになるから。
二人とも、どこまでもボロボロと崩れていって、最後には何も残らなくなることを知っていたから。
「で、ね。ほら、今私と相沢クンは付き合ってるじゃない?」
「ああ」
「私ね、今凄い幸せ。いつもは言わないけどね。本当よ?」
「わかってるよ。俺が幸せなんだから」
「でも、同じぐらいに、不安なの」
「……」
なんとなく分かった。
俺だって、今の香里と同じような事を何度も考えてたし、実際、不安だった。
「私、栞から相沢クンを奪っちゃったんじゃないかって。栞がいなくなって、心のどこかで喜んでるんじゃないか、って」
「香里、それは」
「待って! ……わかってる、わかってるのよ。同じ悩みを持ってるのが、私だけじゃないってことも」
雨音は慟哭すらも洗い流していく。
それでも流れきらない想いが、ただただ止まらない。
「最近夢を見るの。あの子の夢を」
気持ちを抑えつけるように、彼女は言葉を紡いでいく。
「あの子、いつでも笑ってるのよ。寒いのに、美味しそうにバニラアイスをほうばって」
「ああ。本当に好きだったよな」
「笑いながら、話しかけてくるのよ。今日あなたとどう過ごしたか。どれだけ楽しかったか」
「……」
「笑って、泣いて、その隣にはいつもあなたが……ッ」
「香里……」
ふいに、雨音が止まった気がした。
嗚咽をかみ殺して泣いている彼女の肩を、そっと引き寄せる。
「なぁ」
「……何?」
「俺は、お前のことが好きだ」
「何よ、突然改まって」
「違う、聞いてくれ」
また少し冷え込んできた。少しだけ、抱きしめた肩に力を入れる。
「俺はお前が好きなんだ。同情でも慰めでもなく、ただお前のことが」
見つめた目は少し怯えて、それでいて救いを求めているように見えた。
「栞はもういない。これだけは、もう変えようがない。でも、それを理由に、お前を好きになったわけじゃないんだ」
「でも……」
「それに、栞のためを思うなら、俺達は一緒に幸せになってやらなくちゃいけない。あいつが出来なかった分だけ、俺達が幸せにならなくちゃいけないんだ」
「……」
雨の音がまた強くなった。抱きしめた肩をそっと離し、口付けを交わす。
「もうそんな悲しいこと言わないでくれ。ただ、俺の胸の中で眠っていてくれれば、それでいい」
「相沢クン……でも、ごめんなさい」
そうして、彼女は静かに眠りについていった。
彼女を片手で抱きながら、またタバコに火をつける。
雨音に溶けていく煙を見ながら、ふと
(今日は、雨止みそうにないな……)
そんなことを思った。
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