「おう、悪い悪い!! 待たせたか?」
「いいえ、全然待ってませんよ」
「本当か?」
「ええ、ほんの1時間程度ですから」
「いち、て、そんなに待たせちまったか? 丁度約束の時間に来たはずなんだが」
「ええ、だから、私がその1時間前に来たってだけですよ」
「なるほど、さすがみっしー!!」
「おばさんくさいのではなく物腰が上品と言って下さい」
「いや、俺は『えらい』と続けるつもりだったんだが」
「う……」
「そういう早とちりも、やっぱりおばさんくさいな」
「結局言うんじゃないですか!!」

「あー、と。今面白い映画って何がやってたっけ?」
「今はゴヅラ対ガメうがやってたはずですが」
「えー、俺あのシリーズ古臭くて好きじゃないんだけど」
「そうですか? 私はこのシリーズはビデオも借りて、全作欠かさず見てますが」
「なるほど、みっしーらしい」
「どういう意味ですか」

「うむ、意外と面白かったな」
「でしょう?」
「さて、小腹が空いたな。どっかで飯でも食うか」
「そういえば、駅前の広場においしい蕎麦屋ができたという噂ですが」
「えと、昼に蕎麦? 俺はハンバーガーか何か食べようと思ってたんだけど」
「何を言ってるんですか。あんな添加物豊富な食品を食べていたら体を壊してしまいます」
「だけど」
「それに、その店はお茶がすこぶるうまいと聞きます。これはもう行くしかないでしょう」
「……なんてーか、みっしーておばさんくさいって言うより、古臭いよな」
「そんな酷なことは無いでしょう」

「いや、今日は楽しかったな」
「そうですね」
「ちなみに、次行きたいところとかはあるか?」
「そうですね。たまには温泉なんていいかもしれませんね」
「お、温泉?」
「はい。こう見えても私、温泉には目が無くて」
「ああ、それは見なくてもわかるけどさ」
「え?」
「だって、それだけおばさんくさければなぁ」
「……」

「……てことなんですけど。ちょっとひどいと思いませんか美坂先輩?」
 ここはおなじみ百花屋。
 相談事をする場所としてはちょっと場違いである所ではあるが、彼女はそんなことも言ってられないらしい。
「うーん、そう言われてもねぇ」
 みっしーこと天野美汐さんが相談したいことは、つまりはデート時の相沢祐一のことらしかった。
「だって、何かにつけて私のことを『おばさんくさい』だの、『古臭い』だのと言ってくるんですよ?」
 だが、そんなことを言われても、美坂香里はただ困るしかない。
「そう言われても、ねぇ? 大体、なんで私にそんなこと尋ねるのよ?」
「先輩は、そういう経験多そうじゃないですか」
「そう、かしら」
 実際には、彼女らの恋愛経験はどっこいどっこいといった所だ。
 なぜなら、美汐は付き合い始めて間もないし、香里はそもそも人と付き合ったことがないからである。
「でも、それにしたって私に相沢君の事を聞くのはお門違いってもんよ」
「え?」
「だって私はただのクラスメイトだもの」
 これは本当だ。確かに仲のいいクラスメイトではあるが、クラスメイトであることに変わりは無い。
「そんな酷なこと言う人、あまり好きではありません」
「というかうちの妹に汚染されてるわよあなた」
「て、そんなことはいいんです。問題は祐一さんですよ」
「そうねぇ。ていうか、そんなに深刻に考えなくてもいいと思うんだけど」
「なんでですか?」
「だって本当の…「そんな酷なことは無いでしょう」…ゴメンナサイ、冗談よ。でも、私には逆に何で悩んでるのかがわからないわね」
「まだ言いますか」
「そうじゃなくて。ってもう、何かバカらしくなってきちゃった」
 そう言って香里はだらしなく椅子にもたれかかった。
 もちろん、美汐にしてみれば面白くないことこの上ない。
「な、それは少し酷過ぎてはいませんか!?」
「落ち着きなさい。私が言った意味も、どうせあなた達の次のデートでわかるわよ」
「は?」
「それと。もう私に相談するのは勘弁して頂戴。こういうのはそれこそ栞の方がお似合いでしょ。あ、ここ奢っておくから」
 そう言い彼女はレシートをつかむと、そのまま勘定を払いそのまま出て行ってしまった。
「……?」
 その場に残された美汐は訳がわからなかったが、取りあえず目の前に運ばれてきたパフェを食べることにしたようだ。
「ったく、結局ノロケ話を聞かされただけじゃないの」
 対する香里の呟きは、誰にも届かずに流れて消えた。

「よ、ミッシー」
「今日はお早いんですね。まだ待ち合わせには一時間ほどありますが」
「その一時間前にみっしーがくるだろうと思ってね。なんてったってみっしーだしな」
「えっ」
「ほら、せっかく早くついたんだ。そろそろ行こうぜ」
「あ、は、はい」

「今日はこの映画でも見るか」
「これは、ゴヅラシリーズ最新作、ゴヅラ対若隊長じゃないですか」
「おう。いいだろ?」
「私はいいのですが、祐一さんはこのシリーズはお嫌いだったのでは?」
「あー、この前見た時からファンになっちまってな。思わず一作目から全部ビデオ借りて見ちまったよ」
「祐一さんも?」
「おう。ほら、そろそろ上演だ」

「うーん、面白かったな!」
「ええ、やっぱりゴヅラはいいものです」
「それに、若隊長もいい味出してたしな」
「若隊長は、ゴヅラとは別にシリーズ物になっていて、そちらの方もなかなか面白いんですよ」
「ほう、そうなのか。じゃ、今度からそっちも見てみるかな?」
「お勧めします」
「っと、そろそろこんな時間か。よし、飯でも食いに行こう」
「どこに行くんですか?」
「んー、そうだなぁ。確か商店街の方にうまい和食屋があるって話だぞ」
「和食ですか。いいですね」
「しかもそこは茶葉にも気合を入れていて、そのお茶を飲みたいがために来る客もいるって話だ。今日はそこに行くとしよう」
「ゆ、祐一さん」
「どうした?」
「い、いえ。なんでもありません」

「うーむ、すっかり暗くなっちまったな」
「ええ、もうこんな時間なんですね」
「時にみっしー、今日は暑かったな」
「そうですね、私も今日は汗だくで」
「俺もだ。そこでだな、ちょっと汗を流しに行かないか?」
「え?」
「実は、この先にあるホテルの地下は一種の風呂屋になっててな」
「はぁ」
「しかも、その風呂は特別なチケットが無いと入れないそうな」
「ええ、それなら私も知ってますが、それが何か?」
「え、入ったことがあるのか?」
「いいえ。残念ながら、そういう所があると聞いたことがあるだけで、どんな所かもよく分からなくて」
「それは良かった。実はここにそのチケットが二枚ある。あるルートを通って俺の手に渡ってきたレア物だ」
「よく手に入りましたね。でも、汗を流すだけなら別にそこでなくてもいいのでは」
「更にだ、なんとそこは天然の温泉を引っ張ってきてるらしい」
「あ……!」
「効能は肩こり、疲労回復、それに美肌効果だそうだ。最近俺肩こりが酷くてな。って、これじゃあ俺もみっしーのことおばさんくさいなんて言えないか」
「もしかして、祐一さんは」
「良し、そうと決まれば早く行こう。汗が冷えて寒くなってきたからな!」
「……」

 数日後。おなじみ百花屋に、先日と同じ二人組みが訪れていた。
「で、何? まさか、また恋の悩み? この前勘弁、って言ったはずだけど」
「いえ、今日はお礼を言いに」
「……てことは、分かったわけね」
「はい」
 まぁ、あれで分からなかったらお手上げだったけどね、と香里は目の前のジュースを一口飲む。
「あそこまで露骨な態度で、今まで分からなかった方が不思議だけど」
「ええ。なんであんな分かりやすい照れ隠しがわからなかったのか、自分でも不思議です」
 そう。結局、相沢祐一は日本一照れ隠しが苦手な青年だったということだ。
「よくよく考えてみれば、私の趣味や好きな物などを良く訪ねてましたし、先日のデートでも、」
「あー、はいはい。あなた達のノロケ話は、この前のでお腹いっぱいなのよ」
「あの時は、重ね重ね申し訳ありませんでした」
「全くね」
 しばしの間。
 カラン、と氷が溶ける音がやけに響いた。
「あの……」
「ん?」
「あの……どうして、ですか?」
「何が?」
「だから、何で、その……」
「何よ? 何か言い辛いことでもあるの?」
「え、と、何で、先輩は、『おばさんくさい』が祐一さんの照れ隠しだって分かったんですか?」
「ああ、何だそのこと。当たり前じゃない、誰があなたに彼を譲ってあげたと思ってるの?」
「へ?」
 さらりと。何事も無いかのように言われた台詞は、美汐を固まらせるには十分すぎたようだ。
「じゃ、私はこれで。あ、今日はあなたが奢ってよね。この前は私が奢ってあげたんだから」
 そう言うと、今度は手荷物だけ持って彼女は帰っていった。
 取り残された美汐は、目の前に運ばれたパフェにも気づかず、ただ呆然としていた。
 しかし、残念ながら
「あーあ。コレじゃ先が思いやられるわね。いっその事、私が相沢君奪っちゃおうかしら……?」
 という香里の台詞はレジにいた店員に聞かれてしまうことになるのだが。

 その後、一時期百花屋の中でこの噂が広がってしまい、店員達の間で持ちきりになったのは別の話。
 更に、うっかり店員が口を滑らせ、この噂が祐一の耳に入り一悶着起きるのだが、それもまた、別の話である。







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