「ようようよう、そこの兄ちゃん、ちょっとツラかせや」

「悪いが僕は忙しい。つまらない冗談なら止めてくれないか相沢君」

 相沢には申し訳ないが、僕にはこれでも生徒会長という肩書きがある。馬鹿に付き合っている暇などない。

「ちっ、つれないな久瀬様よ。そんなあなたに朗報が! なんとこの高校に美人の女教師が転任してきたらしいぞ!」

「そうか、よかったな」

「だろう久瀬君、しかも今君に挨拶すべく、ここ生徒会室に「ここがどこだかわかっているのなら即刻出て行って貰いたいのだが」

「まあそんな冷たいこと言うなって。ほら、もうすぐ来るぞ」

 確かに廊下からは足音が近づいてきている。どうやら新任教師が来るというのは本当らしい。

「では、ご紹介いたしましょう! こちらが我が学び舎に来られたきょ‥う…し?」

「初めまして。あなたがここの生徒会ちょ……、もしかして祐君?」

「まこねえ!?」






冬の終わり






「ほんと久しぶりねぇ。元気そうでなにより」

「ま、まこねえ、何でここに?」

「あら、聞いてない? あたし今度からここに勤めることになったんだけど」

 さも当然というように彼女が言った。どうやら相沢の知り合いらしい。

 彼女の見た目は20歳前後、スタイルはよく美人だが、服は皺だらけで髪は金髪、更に何故か私服であった。
 て、美人とかスタイルがいいとかは関係ないじゃないか。どうした自分。

「それにしても、まさかあの祐君が生徒会長だなんて。あたし嬉しいわ〜」

「ちょっまこねえ止めろって!」

 いいながら彼女は相沢に強く抱きつく。というより、この人は僕に気づいていないようだな。

「祐君、正直に言いなさい。一体いくら賄賂をつんだの?」

「ぷぁ、ふぁひ言ってんだよ。俺がそんふぁきたふぁいまふぇするふぁ。だふぃいち、俺はせいとかふぃちょうじゃなふぃぞ」

 相沢、悪いがおまえが何を言っているのか全然聞き取れん。まあ頭が胸に沈んでいるのだからそれも当然か。

「嘘? じゃあ一体誰が「お楽しみのところ申し訳ありませんが、そういうことをするなら人のいないところでお願いします」ひゃ!?」

 この人、本当に僕に気づいていなかったみたいだ。どういう神経をしているんだ、一体。

「あはは、ごめんね〜。改めて初めまして。あたし、今度からここに勤めることになった沢渡真琴。よろしくね」

「初めまして。当学園の生徒会長を勤めさせていただいてます、久瀬と申します。以後よろしく……どうしたんですかその手は?」

「あ、いや、あはははは」

 僕は礼儀に則して一礼したつもりだったが、目の前の新任教師は何故か手をばつが悪そうに引っ込めていた。

「それより先生、ひとつ申し上げたいのですが、よろしいでしょうか」

「あ、なになに? スリーサイズは上からね〜」

「聞いてません。最初に、その服の皺を伸ばしていただけますか?」

「ちぇ、つれないわね。よ…と、これでいい?」

「結構です。次に、何故私服なのかお聞きしたいのですが」

「何よ、学校だからってスーツじゃなきゃいけない?」

「当たり前ですよ」

 この人はかなり大雑把な性格をしているようだな。相沢と同じで僕の一番苦手なタイプだ。

「まあまあ、そこら辺にしといてやってくれよ」

「そうそう、その辺にしといてやって頂戴」

「はぁ、わかりました。ところで、相沢君とはお知り合いのようですが」

 そう聞いたとたん、相沢が急に顔を真っ赤にして手でバツを出した。

「そうなのよ〜。んふふ〜、どうして知り合ったのか聞きたいわよね〜」

「ええ、まあ」

「待った、勘弁してくれ!」

「駄目〜。実は、祐ちゃんの初恋の相手なのよ、あたし」

「……は?」

「だから、祐ちゃんの初恋の相手。あたしが引っ越しちゃったから実らなかったんだけどね」

 なるほど、どうりで相沢があんなに嫌がるわけだ。そうか、実らなかったか。よかった。
 マテ。何で僕はそんなにほっとしているんだ。人の不幸を喜ぶような人間なのか、僕は。

「初恋ったって、もう8年も前じゃないか!」

「あら、ひどい。もう祐ちゃんはあたしのこと好きじゃないのね」

「だー、泣きまねするな!」

 何故だろう。さっきからこの二人を見ていると、羨ましいような妬ましいような気持ちが膨らんでいくのだが。

「久瀬君だっけ? あなたはあたしの事好きよね」

「もちろ、いや何言ってんですかいきなり」

「あら、あたしは先生として、とか友達として好きか聞いたんだけど。顔赤くしてどうしたの?」

「お、もしかして意外と図星か? 一目惚れって奴?」

「な、何を言うんだ相沢! ええい、もう、仕事の邪魔です!! 出てってください!!」

「あはは、それじゃ〜ね〜」

「また来るぜ」

「二度と来るな!」

 全く、とんだ災難だな。あの先生、沢渡真琴といったか。綺麗な……じゃなくて! 騒がしい人だったな。
 誰もいなくなった部屋で書類を処理しながら、僕はそんなことをしばらく考えてこんでいた。

 それから数週間後。沢渡先生もすっかり学校に馴染んだ様で、生徒からも慕われるようになっていた。
 しかし、ひとつ問題がある。僕自身のことだ。
 あれから、何故か僕は沢渡先生を探してしまう。近くにいる時は必ず目で沢渡先生を追っていた。
 そうでない時も頭の中に沢渡先生の顔が浮かんでしまい、壁や人にぶつかることがしょっちゅうだ。
 これでは、生徒会の仕事はおろか、学業にまで支障をきたしてしまうだろう。一体どうしたものか。
 その日、やはりぼんやりしていた僕はまた人に肩をぶつけてしまった。

「イッテ! ンだおい?」

「あっと、申し訳ない」

「あん? 誰かと思えば久瀬生徒会長様じゃねえか。人にぶつかっておいてそれだけかコラ」

 擦れ違った相手はいかにも不良なやつだった。私立はこういう奴が多いから困る。

「すまなかった。少しぼんやりしていたものだから」

「誠意ってもんが感じらんねーんだよ。そんなもんは謝ってるとはいわねーよなぁ?」

 ニヤニヤと下品な笑みを浮かべる不良。だからこの手の馬鹿は嫌いなのだ。

「ふぅ、ではどのような謝罪がしっかりとした謝罪なのか教えていただけるかな?」

「ナニィ?」

「廊下のような細い通路でぶつかってしまうのは多少仕方のないことだ。僕はきちんと謝罪を述べたのだから、それでいいとは思わないか」

「ンだコラ。喧嘩売ってやがんのか」

「僕は当然のことを言っているに過ぎない。それに喧嘩になって困るのは君だと思うが」

「……その態度が喧嘩売ってるっつってんだよ!」

 そう言うと不良は大振りなパンチを繰り出してきた。本来ならこのような事態はなるべく避けるのだが、今は虫の居所が悪い。
 僕は相手の攻撃を左手で下方向にいなしつつ、右足を半歩前に出し右拳をひねりながら鳩尾にねじりこんだ。
 これは中国拳法の『崩拳』と呼ばれる初歩の技だが、決まったときのダメージは結構でかい。

「ぐぼぁぁぁ……」

「だから喧嘩になって困るのは君だと言っただろう。僕は護身のためにある程度の格闘術を学んでいる。喧嘩を売る相手を間違えたな」

 素人相手との喧嘩で、僕は負けたことはない。だからなるべく相手にしないのだが、今回は運が悪かったと思ってもらおう。

「くそ、生徒会長だからって調子に乗りやがって! 覚えてやがれ!!」

 そんな捨て言葉を残して彼は去っていった。生徒会長だから、か。やはりそんな風に見られているのだな。
 と、不意に思いっきり腕をつかまれた。そのままずるずるとどこかに引っ張られていく。

「なんなんだ、いきなり。不躾なって、沢渡先生」

 僕の腕を掴んでいたのは、最近僕を悩ませ続けている沢渡真琴その人だった。

「いいから来なさい」

 彼女はそれだけ言うと、引き摺りながら玄関を出、そのまま僕を車に詰め込んだ。

「あー、先生。誘拐は立派な犯罪ですよ」

「黙ってないと舌噛むわよ」

 ちなみに彼女の車はかなり高級でスピードの出る物らしい。確か、ジャガーって名前だった覚えがある。

「あの、安全運転でお願いしまひぃぃ!?」

 僕ははじめて、世界が消え去る瞬間を目撃した。

「気持ち悪い……全く、トラウマになったらどうするんですか。こんな所に連れて来て、一体どのようなご用件です」

 こんな所とは、知っている人は知っているだろう、ものみの丘だ。
 ここには昔から妖弧が出ると噂になっていて、よっぽどのことがなければあまり人が近づかない場所だった。

「うーん、気持ちよかった〜。よいしょっと」

「草に寝転んでないで質問に答えてもらえますか。なぜ僕をこんな所に連れてきたんです?」

 おかげで午後の授業を全てサボってしまったではないか。

「いいからいいから。久瀬君もやってみな? 気持ちいいよ」

 僕はしぶしぶ言われたとおりに草に寝転んでみた。確かに柔らかく育った草はふさふさで気持ちがいい。

「久瀬君。君、なにかあったの?」

「と言いますと?」

「さっきの君、すごく寂しそうな顔してたよ。まるで置いてけぼりになった子供みたいだった」

 その言葉に僕は何も答えられない。この人は何故こんなに聡いんだ。
 ものみの丘を風が凪いだ。その風に合わせるように先生が語りだす。

「ここはね、久瀬君。今はものみの丘なんて呼ばれてるけど、本当は『もの忌みの丘』って名前なんだ」

 草の壁の向こうから声がした。彼女はそのまま語り続ける。

「あたしはほら、こんな性格でしょ。だから昔から人に叱られてばっかりだった」

「そうなんですか」

「そ。でね、そんなだから、当然むしゃくしゃしたり、悲しくなったりすることだってあったの」

 彼女がそのような面を見せたことは一度もなかった。きっと自分の中に押し隠して、周りに見せないように努力してきたのだろう。

「そんな時はいつもここに来て、こうやって草に寝転んで、ずっと空見てるの。そうしてると、気持ちがすーってどっかに飛んでっちゃうような不思議な気持ちになるんだよ」
 
僕には、草のせいで見えないはずの先生の顔が見えた気がした。寂しそうな、無理をしてるような、そんな顔を。

「もの忌みの丘、か。まさに僕にぴったりな場所だな」

 自分でも意識しないうちに、自然に言葉が出てきた。僕は彼女にそんな顔をして欲しくなかったのだ。

「僕は生徒会長という肩書きを背負っています。生徒会長とは生徒を、そして学校全体を守る立場にあるということです。ですが」

 そこまで言って、僕は感情が目から零れそうになっていることに気づいた。それでも、言葉は止まらない。

「全体に虐げられた個人というのは必ず存在します。僕のような人間は、そういった個人の人間からは嫌われ者でしょう」

 ―――生徒会長だからって調子に乗りやがって!
 あの時あの不良が言った台詞が胸を蝕んでいた。あの台詞はきっと、虐げられた『個人』全体の声だったのだろう。

「それでも僕は、『全体』ではなく、いつでも『個人』の立場であり続けたいのです。こんな大層な肩書きの下では、それも叶いませんけどね」

 空にはもう夕闇が迫ってきていた。そっと目元を拭いてゆっくりと起き上がる。

「失礼しました。今ここにいたのは僕というただの男です。忘れてください。明日からは『生徒会長』久瀬として、頑張らせていただきます」

「ふーん……ねえ」

「なんですか」

「起きるの手伝ってくれない?」

 僕は言われたとおりに差し出された手を握って引っ張る、が、逆に僕が引っ張られてしまった。すると、唇に柔らかい何かがあたる。

「……え?」

「びっくりした?」

 彼女は、いたずらに成功した子供のような、無邪気な表情を浮かべていた。

「あたし、あなたみたいな人、嫌いじゃないよ。でも、そうまでして自分を隠すことなんてないんじゃないかな」

 ―――ああ、この人は。

「『生徒会長』なんて肩書きなんか関係ないじゃない。あなたはただあなたであればいい。でしょ?」

 ―――僕が欲しかった言葉を。

「今のは、あなたがたった一人の『あなた』でいられる為の、あたしからのおまじない」

 ―――誰よりも強く、僕に投げかけてくれる。

「さ、帰ろう?」

 僕はようやく、沢渡真琴に強く惹かれている自分を自覚した。
 夕闇はいつしか僕らを包み、風の行く先には静かに星達が歌っていた。





 翌日。いつもどおりの日常の中、廊下で沢渡先生と擦れ違う。

「あ、久瀬君」

「なんですか先生」

 突然差し出される右手。

「初めまして。新任教師改め『沢渡真琴』です。これからもよろしくね」

 ああ、そういうことだったのか。僕は彼女の目を見つめながら

「こちらこそ初めまして。生徒会長兼『久瀬』です。こちらこそよろしく」

 彼女の右手を強く握り返した。

「うふ、うふふふふ……」

「あはははは……」

 暖かな陽光が二人を包み込み、風は柔らかく丘を撫でる。





 この町にも、ようやく春が訪れたようだ。











 あとがき





 覚えてる方はお久しぶり、忘れた方&初めましての方、初めまして(何

 へたれ物書き見習いの、ちょびでございます。

 今回の作品では「今までにあまりない組み合わせでいこう!」というコンセプトを胸に書いてみたわけですが。

 結果は……見てのとおりです(涙

 キャラの特性を生かしきれなかったのが敗因ですね。まだまだだなぁ(^^;

 そうそう、今作ではありもしない(ぇ)無駄知識をひけらかしてみました。ええ、自己満足ですとも(マテ

 しかし、もし「間違ってる!」とおっしゃる方がいらっしゃったら遠慮なく文句をつけてください(笑





 さて、あとがきが長くなりましたがこの辺で失礼いたします。しーゆーw






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