男達の晩夏〜充電器〜

「空広えー」
「本当にね」
「星とかスゴイなこれ。流石田舎」
「あたし達が住んでる所も十分田舎だけどね」
「どこかで聞いた話だな」

 塩水が高まったり低まったりする音、とロマンを打ち砕く形容をしながら、相沢祐一は足元の砂を蹴り飛ばした。人が踏み固めすぎて水辺だというのにあまり細かくない砂は、ほんの僅かが風に押されただけで重力に負ける。

「ちょっと、足にかかっちゃうでしょ」

 その少し後ろから、美坂香里が不機嫌そうな顔と声で抗議の声を上げた。
 夜の海である。都心ではまだまだ暑さが残るとはいえ、晩夏の北国の夜は既に涼しい程になっている。

「しかしなんで海?」
「なんでとは?」
「いや、香里海来たがらなかったし」

 肌が焼ける、髪が水に濡れる、その両方が嫌だと言って香里は海水浴をしたがらなかったのである。今年に入って始まった事ではなく、祐一と付き合い初めて最初の夏からずっと続いている事だった。
 今年も祐一は負け越したというワケである。

「それでも海は好きだしね、あたし」
「肌焼いたりするのが嫌なだけだったっけ」
「皮がむけたりするとちょっと汚らしいし」
「解らんでもないけどな」

 見た目どおりの神経質な意見に苦笑し、祐一は持っていたビニール袋を持ち直した。
 また暫く歩き、波の音に耳を傾け、幾数分。ヤドカリを見つけて興味をそそられた祐一に、香里が不意に声をかけてきた。

「ねえ、座らない?」
「いいよ」

 適当なテトラポッドに腰を下ろすと、祐一は手にしていたビニール袋を開けた。中身は酒である。

「はいよ」
「ありがと」

 簡潔なやり取りを経て、小さく乾杯をする。
 波の音。
 恋人の横顔を盗み見ると、憂いのある瞳に月が移りこんでいた。幻想的という陳腐な表現をしながら、それでも抵抗無く綺麗だと祐一は思った。無論、口にも顔にも出さない。

「何、人の顔見て」
「別に」
「というか、見惚れた?」
「うん、そーそー」

 不貞腐れた応対をしても、恋人には全て見通される。ヒエラルキーでは小さい方に位置するという事を、祐一は改めて痛感した。

「海は好きなのよ」
「ほう」
「ただ、冬じゃ寒いじゃない」
「まあな」
「夏じゃ人がうるさいし」
「ワガママさんめ」
「だから、夜。もう1つ理由はあるけどね」
「それは?」

 耳の後ろに髪を流しながら、最後の質問は無視して香里はそんな事を言った。
 昔から、ある種の孤独癖めいたものは持っていたが、夜というロケーションとさっきの横顔が、妙に祐一に焦燥感を募らせる。
 アルコールが入った筈の彼女の肩に触れた。ひんやりとしている。

「寒くない?」
「そうね」
「こっち来い」
「うん」

 短いやり取りで香里は素直に従い、腕の中に収まった。そうすると、何か思い出したように香里は笑う。

「何だよ?」
「もう1つの理由」
「は?」
「こういう場所だとね、祐一はあたしに妙に優しくなるでしょ」
「いつでも優しいじゃないか」

 どうかしら、と笑った香里の瞳に、月。唇の艶までもが微かに月の色に染まり、それが妙に悔しくて祐一は自らが影となって隠した。
 北国の晩夏、涼しい筈の夜。それでもアルコールとたった2人の熱気は、真夏日の如き様相だった。
 香里が笑うと目が閉じられ、月が消える。

「ほらね」
「普段からこうあれと?」
「そうは言わないけどね、優しくされたいと思っただけ」

 秋の前の充電、とワケの解らない事を言って、香里はチューハイの缶を投げ捨てた。

END