ジャンピングチャンス



「雨止まねえなー」
「クイズ、私に聞きました」
「あ?」
「20点問題です」
 へぷっ、と天野美汐はくしゃみをした。
「自由すぎるぞお前」
 首を傾げながらずず、と鼻をすすり、無表情に机に突っ伏す小さな頭を、相沢祐一は恐るべき物を眺めるようにしつつ目を逸らした。
 梅雨独特の鬱陶しい湿気に苛立ちこそしないものの、生来ずぼらな祐一は傘を自宅に置き「降らない方」に賭けて外出してきたのだが、窓の外では絶賛豪雨中だった。天気予報でも確実に雨が降ると言われていたのにバクチにでてしまった辺りはずぼらとは無関係かも知れない。
 ともあれ、傘が無い中濡れて帰る気にもならず、こうして校舎内にて立ち往生を決め込んでいるのだった。道連れは、たまたま残っていたという後輩天野美汐ただ1人。部活動をしている生徒も居るのだろうが、体育館とは距離のあるこの食堂からはその声も聞こえない。
「豪雨ですね」
 頭を上げて美汐がぽつり。
「そうだな」
「今現在、しっかり豪雨ですね」
「そうだな」
「豪雨ingですよね」
「それが言いたかっただけの前振りなんだな今のは?」
 また突っ伏す美汐。卑怯者である。
 次々におかしな事を口走るこの後輩を、祐一は得意でこそないものの悪くは思っていない。
「お暇そうですね」
「まあ、出来ればすぐにでも帰りたいな」
「暇つぶしをしましょうか」
「それでクイズか?」
「40点問題です」
「いや20点問題はどうした?」
「細かい人ですね?」
「謝れ天野」
「クイズ、私に聞きました」
「ちくしょう!」
 祐一は嘆いた。普段から掴み所が無いとは思っていたが今日はとことん自由過ぎである。
 頬をテーブルにつけ、窓の外を見てるんだか見てないんだかのまま美汐は続ける。
「某県某市にお住まいのA野M汐さんに聞きました」
「お前だな」
「違います」
「私に聞きましたって言ったじゃん!」
「細かい人ですね?」
「謝れ天野」
「A野さんの好きな季節は何でしょう?」
「ちくしょう!」
 繰り返しは笑いの基本であったが、そこについ乗ってしまう祐一も十分自由過ぎた。
 大きく長いため息を吐いて、祐一はポケットから小銭を取り出しパックのアップルジュースを2つ購入。目ざとくそれを見て、素早く体を起こす美汐。
「あ、すみませんね相沢さん」
「誰もやるとは言ってない」
「アップルージュースー」
「歌うな下手糞」
「さあ問題に答えるまでそのアップルジュースは飲めません」
「俺の金で買ったんだ」
「商品です」
「俺の金で買ったんだ!」
 自由さに理不尽さも兼ね備え、天野美汐は今最も冗談ではない存在と化しつつある。
 とりあえず、とばかりにストローを刺し、美汐の正面に腰掛けてチューチューしながら祐一は頭を掻いた。
「じゃあ冬」
「正解です」
「そうか」
「アップルジュースを進呈します」
「もう飲んでる」
「私にです」
「やらねえよ」
「うぐっ……ひっく、ぐすっ」
「女優!?」
「凄いでしょう」
「凄いけど怖いわ」
「それがたった200mlのアップルジュースで平穏へと早変わりですよ?」
「ヤクザかお前」
 言いながら、2つ目のパックにもストローを刺して美汐にぞんざいに手渡す祐一。元々彼女にもやろうと思って買った分だ。
「ほら」
「この「プチッ」をやりたかったのに……」
「悪かったよ」
「ではだい2もん」
「お前ダルいならやらなくていいんだぞそれ」
 じゅるじゅるとおよそ少女らしくない音を立てつつ、またテーブルと頬をドッキングさせて美汐はだい2もんを繰り出した。
「クイズ、100人の私に聞きました」
「こええよ」
「故に100択問題です」
「ちゃんと100個選択肢出せよ」
「強引ngですね」
「うるせー!」
「じゃあ2択にします」
「98人のお前はどうするんだ」
「会いたいですか?」
「……」
 想像した。
 あと98人これが来るのである。
「断る」
「ふっ」
「何だその「それ見ろ」的な冷笑は」
「A野M汐さんが今最も必要としているものは何でしょう」
「ジュースはもう奢らないぞ」
 ちょっとムッとする美汐。それを見てギョッとする祐一。
「1、アップルジュース」
「1番」
「最後まで聞いてください」
「……2は?」
「2、ふとん」
「難題だなおい」
「さあどちらですか」
「じゃあ1番」
「正解は来週」
「頼むよ!」
 割と本気な祐一だった。寝つきが悪いにも程があった。
「正解は56、ジェントルマンでした」
「……お前それやっちゃいけないボケだぞ」
「2択にしてあげただけで別に正解があるとは言ってません」
「キーッ! 可愛くない子!」
「相沢さんは人の気持ちを読むのがド下手糞のぴゅぴゅぴゅのぴゅーですね」
「どっくーんと来たよ!」
「相沢さん結婚して下さい」
「俺も今不覚にもときめいた」
 狭すぎる規模のネタの応酬で恋を自覚する愚か者2人である。
 気付けば美汐の手を取り、潤んだ視線を正面から受け止めていた祐一である。ちょっと顔が熱くなりかけ、焦って手を振り払った。
「で、何の意味があったんだこの問題は」
「相沢さんは40点しか獲得できませんでしたね」
「悪かったな」
「ジャンピングチャンス!」
「ヒッ!?」
 バンとテーブルを叩いて突然立ち上がる美汐と割と本気でビビるその先輩の図である。
 ヘタレ極まれりであった。
「この問題に正解すると高得点です」
「ほお」
「7兆点」
「やり過ぎだ天野」
「問題です」
「あ、続けるんだ」
「A野M汐さんは傘を持ってるでしょうか持ってないでしょうか」
「……そりゃ、持ってないからココに」
 言いかけた所で、美汐がフゥーとため息をついた。表情は一言で表現するなら「これだからバカは」である。
 ちょっと許せんと思う祐一。
「持ってるのか」
「はい」
「何でここに居るんだ」
「相沢さん傘忘れたからここに居るんでしょう」
「うん」
「お貸しします」
「……え、意味がよく、解らない?」
「私の傘をレンタルフォーユーと申したのです愚か者」
「ムカつくけど有難う……」
 言って、折り畳みの傘をカバンから取り出す美汐。受け取り、どう反応していいか困る祐一。
 ともあれ、傘を借りられるのなら帰れるのだ。自分のカバンを引っ掴む。
 と、そこへ天野美汐。
「ところで第2問の答えを憶えてますね?」
「ジェントルマン」
「はい。私は今最もジェントルマンを必要としています」
「で?」
「ジェントルマンとは女性から傘を借りて1人で帰るような人の事は指しませんね」
「そうだな。じゃあまた明日っ!」
 迸る程の笑顔でその場を後にしようとする祐一、即座に腕を掴む美汐。
「人の話をちゃんと聞いていましたか相沢」
「す、すいません」
 美人の怒った顔は怖い、という通説を今心底理解した相沢祐一17歳。
「ええと、じゃあ入って行くか?」
「私の傘です」
「……すいません、一緒に入れていって下さい」
「はい」
 満足げに、たおやかに微笑む美汐に、また顔が熱くなりそうな気を抑えながら、揃って校舎を出る。
 雨足はまだ弱まる気配は無いものの、歩いて帰るにはそれほど辛くはなさそうだった。グラウンドを黙って横切り校門を抜け、街路へ。
「しかしお前、わざわざ傘を貸す為に来たのか?」
「第4問」
「続いてるのかよ」
「天野美汐さんはわざわざ傘を貸す為にあそこへ行ったのでしょうか?」
「……」
「ゆっくり考えて下さい。私の家まで」
 そう言った彼女の表情は見えなかったが、祐一は少しばかり歩調を遅くした。それを察してか、美汐も少しばかり祐一に寄る。
「くっつくと熱いだろう」
「第1問の答えを?」
「だからか」
「冬ならもう半歩そちらに居ます」
 臆面も無い、とまで行かないものの無表情でそうのたまう美汐に苦笑いを返し、祐一は第4問の答えを模索し始めた。
 ジャンピングチャンスである。
 当たれば天野美汐をプレゼントだった。

[おわり]