木枯らしがまた1つ吹いた。
首元へ入り込んでくるそれを遮ろうと、祐一は肩を竦めジャケットの襟を立てる。
(寒・・・)
ポケットの中へ手を突っ込む。歯の根が中々噛みあわない。吐く息は秋とは思えない程に白く、それがまた祐一を心底震え上がらせた。北国の秋は短いのである。
(よーやく着いた)
視線の先にで、フェンスが途切れている。市営の、よく手入れされた広い公園への入り口だ。少し小走りになりながら、祐一は園内へと入って行った。
香里から、公園に来ないかという誘いが有ったのは、十数分前のことだった。
It consider now.
園内は、既に枯れ切ってしまった木々と、未だ赤や褐色の葉を残す木々が、お互いを励まし合うかのように立ち並んでいた。その間を、枯葉の絨毯に彩られた遊歩道が突き抜けている。祐一はどこか粛々とした気持ちになりながら、落ち葉を踏みしめ、歩いた。
また木枯らしが、1つ。頬を切り裂きそうな程に冷たいそれも、むしろ心地よく感じる。舞い上がったイチョウの葉を手で遮りながら公園の中心部へと歩を進めていくと、見知った姿。
「香里」
ポケットへ入れた手はそのままに、声をかけながら歩み寄った。
ベンチがあるのにそこへ腰掛けようともせず、香里は脇に立つ大きなイチョウの木を見上げている。その横顔がどうしようもなく綺麗で、祐一は数歩離れた場所から近付けなくなってしまった。
「香里ってば」
「あ・・・来てたの」
「呼び出しておいてそりゃ無い」
おどけて見せる。普段どおりの行動なのだが、それが照れ隠しのように思えて、祐一は目線を逸らしてしまった。誤魔化すようにベンチへドカリと腰を下ろし、視界の右端に香里を捉えたまま前を向く。広場の中央に配された噴水が、寒々しさをより確たるものにしていた。
「で、何でまた公園に?」
冷たくなり、小刻みに震える指でキャメルに火を点けながら祐一が問う。相変わらず大木を見上げたままの香里が顔を向けたのが気配で解った。何となく、わざと視線は合わせない。
「悪くないでしょ?」
「何が」
「秋の公園」
それは素直に同意だった。寒いだけではない。揺れる細枝も、土へ還ろうとしている葉も、秋という季節柄と相俟って叙情的な美しさと感慨を与えてくるのだ。
「そうだな」
「お座なり」
「そんなことはないぞ。素直に感動してる」
「そう」
また視線を大木へ戻したようだった。
確かに秋の公園は素晴らしいものがあったが、香里の考えていることが祐一には少し理解しかねる。常に理を通す考え方や言葉選びをする性格の彼女になら、この公園を指定した理由がしっかりと有る筈なのだが、それは口にされていないのだ。
「ねぇ」
「ん?」
あまりに唐突な呼び声だった為に、祐一は反射的に顔を向けた。
「隣、いい?」
「・・・ネタか?」
「違うわよ」
「どーぞ」
「どうも」
祐一が少し脇へ寄ってベンチを広くすると、香里は一瞬考えるような表情をしてから腰を下ろした。その様子もまた珍しいものだったので、祐一は首を傾げてしまう。
「寒いわね」
「全くだ」
「・・・・・・」
「何だ」
全くだ、と答えた祐一の横顔を、香里はまじまじと見詰めてくる。その視線の意味も解らず、祐一は合わせるべきか合わせざるべきか迷い、結局視線を泳がせた。
「秋は別れの季節、とか言うわよね」
「・・・何だよ、不吉だな?」
「あ、そういう意味じゃなくってね」
「ん」
「むしろ、そういう季節だからこんな場所に呼んだんだけど」
「というと?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙。
香里はぴたりと閉じた腿の上で、両手を閉じたり開いたりしている。
「香里」
「なっ、何?」
「いや、俺が聞きたいんだけど。どうしたんだよ、おかしくないか少し?」
「・・・うん」
「言いたい事が有るなら言ってみろって。別れ話じゃないんだろ?」
冗談めかして祐一はそう言ったが、内心平静ではなかった。話の切り出しが「別れの季節」であっては落ち着けという方が無理かもしれない。
また少し俯いたり周りを眺めたりとたっぷり間を置いてから、香里はようやく口を開いた。
「あのね、祐一」
「おう」
「寒いわよね」
「・・・さっき聞いた」
「寒いわよね?」
「さ、寒いな?」
「手は?」
「冷たいぞ」
「あたしも冷たいのよ」
「・・・」
祐一は黙ってポケットから手を出して、香里のそれを指を絡めた。すぐにぎゅう、と握り返すという形での反応が返ってくる。単純にそれが嬉しく、また可愛らしくて祐一の口元は自然に緩んだが、それが香里のお気には召さなかったらしい。祐一の手に軽く爪が立てられる。
「はっはっは」
「笑わない」
「いや、可愛いなぁ香里は」
「気付いてくれなかったクセに」
「あー・・・ソレは、ゴメン」
「いいけど」
言って、香里は頭を肩に埋め、横抱き気味に祐一にしがみ付いた。あまり公衆の面前でそうしたことをしたがらない彼女の意外な積極性に、思わず心音が高鳴る。
「秋ね」
「そ、そうだな」
「・・・なんでどもるのよ」
「いや、驚いてる」
「いいじゃない」
「ああ、全然いいんだけど」
「コロンとか、付けてる?」
「ちょっと」
「いいセンスね」
「そりゃどーも」
煙草をベンチの隅で揉み消す。どこまでが副流煙で、どこからが曇った吐息なのか判断しかねて、いつもより長く呼吸をした。
「案外肺活量あるのね」
「そんな事が解るのか」
「勿論」
クスクスと笑う。つられて、祐一も吹き出す。
「秋よね」
「秋だな」
「別れの季節、っていうのも、頷けるわ。もの悲しいし」
「そうかもなぁ」
「だから、こうやって引っ付いてやろうと思ったのよ」
「・・・」
「照れてる?」
「照れてない」
「残念」
「・・・今日は手強いなぁ」
苦笑い。
また1つ木枯らしが吹き、少し強めに枯葉を舞い上がらせた。それが冷たかったのか、香里の腕に更に力が篭められる。ウェーブのかかった彼女の髪に小さな葉が貼り付くと、それを払うフリをして祐一は肩を抱いた。
「嬉しい」
「そりゃどうも」
「またお願いするかも」
「ご遠慮無く」
「そうね」
肩に埋めていた顔を上げると、香里は祐一の顎に手を添え、少し強引に自分の方へ向けた。ちょっとビックリしたような表情を見せてから、ふっと緩んだ唇に、自分のそれを重ねる。長くも短くもないキスだった。離れると、また満足げにまた肩へ顔を埋める。
「香里」
「なに?」
「スポーツの秋とも言うよな」
「うるさいわね」
「・・・冷たいなぁ」
しがみついたまま、香里は祐一の後頭部を軽く叩いた。
台詞は寂しげだったが、照れ隠しの成功した祐一の表情は、やはり緩んでいた。