「もう少し周りに気をつけろって言ってんの俺は」
「気をつけてるよー」
「…どの辺が?」
「うーん…祐一に女の子が寄らないようにとか」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―External factor―
 
 by camel
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「だからね、『付き合ってる人居ます』って言ったの」
「…はい」
「そしたら『そんなヤツ忘れろよ』なんて言われちゃって」
「はぁ」
「流石にわたしも怒って『もし忘れるなら先にあなたを忘れてからそうします』って言い返したんだよー」
「それはそれは」
「偉い? ねぇ偉い?」
「偉いねぇ」
 今宵通算三度目の話題だった。
 祐一が借りている部屋の最寄駅で、名雪が待っていたのが今から二時間程前。何やら憤慨していたのだが、とにかく用件としては「お酒飲もうっ!」ということだった。半ば押し切られる形で手頃な飲み屋へ入りテーブル席へ腰を下ろすと、名雪は開口一番「頭きちゃうよ」と怒りを撒き散らし始めたのだ。
 幸いさして混んでいたワケでもなく、彼女にしては珍しい愚痴が周囲の迷惑になったりするようなことはなかったが、「とりあえず嫌な事は忘れよう」と酒を飲ませ続けたのは祐一の失策である。彼が思っていたより、恋人は酒乱だった。
 気が付けば一人でビシバシ注文をし、食事はろくに取らず酒ばかり飲むものだから、酔いが回るのも早い。胃の中でちゃんぽんになっているであろうアルコール水溶液を懐かしみながら、祐一は先の愚痴を延々と聞かされていた、というワケだ。
 
 
 
「だからね、もうあの近辺には近寄らないよ!」
「是非そうしてくれ」
 かなり切実な願いだった。普段近寄らない教室に友人の付き合いで向かったが為にこんな愚痴が生まれたそうなので、今後同じ轍は踏まないで頂きたかった。
 とりあえず三巡目は名雪の決意表明で幕を閉じ、暫し無言の時が訪れる。最近よくテレビで耳にする歌謡曲を聞くとも聞かずとも耳を傾けながら、祐一は両手でジョッキを抱える恋人に目をやった。
 確かに、彼女はモテる。彼氏という立場から出る欲目を完全に抜いても、名雪はまず間違いなく人目を引く顔立ちだ。大きな瞳とよく通った鼻筋、それでいてそこはかとなく幼さを醸し出す様子は、独占欲の強い男に人気が有りそうである。
 不意に、ガチャンとガラスのぶつかる音が聞こえた。鋭く高い音に、数名の客が反応を見せるが、それだけだった。
「名雪…」
「うー…」
 テーブルに突っ伏し、そのまま寝てしまいそうな勢いだ。よく考えてみれば、彼女の活動限界は既に過ぎている。余程お怒りだということだろう。
「ホラ、もういいな? 帰るぞ。送るから」
「うん…」
 ほぼ全体重をかけるような名雪に肩を貸し、さっさと会計を済ませる。レジ担当の男が哀れみを含んだ視線を向けてきていたが「大きなお世話だ」と無闇に毒づいて飲み屋を後にした。
 
 
 
「真っ直ぐ歩け」
「歩いて、ますよー」
 完全に足にきている名雪を抱えるのは容易ではなかった。こう言っては何だが、やはり誤魔化しようのない程度には、成人女性たる彼女は重いのだ。
「ああもう、しゃきっとしろ!」
「しゃきっ」
「口だけかよ!」
 名雪の膝関節は驚く程柔らかく、右へ左へ祐一を揺さぶった。駅は通りの正面に見えているのに、一向にその姿を大きく捉えることは出来ない。
 そうこうしているうちに、中年の女性にぶつかってしまう。
「あ、すみません…」
「いえいえ」
「ホラ名雪」
「ご、ごめんなさい」
 温厚そうな女性はやはり温厚そうに微笑むと、その場を去った。祐一は内心盛大な感謝を送りつつ、隣の酒乱に目を向ける。今のでいくらか覚めたらしい。
「…少し休むか」
「うー…うん」
 とは言っても座れる所も無ければホテルに行こうとかいう意図ではない。少し辺りを見回して、植え込みの淵に腰掛けることにした。
「何か冷たいの買ってきてやるから。何がいい?」
「いちごみるく」
「胸焼けするだろ…サイダーかなんかでいいな?」
「うん」
 ぼうっとした視線でキョロキョロする名雪に、やや後ろ髪を引かれつつ祐一はすぐ傍の自販機まで走っていった。
 戻ってみると、相変わらずキョロキョロとしながら鎮座ましましの名雪。
「ほれ」
「ありがと」
 苦心しながらプルタブを空け、サイダーを飲む。そして、咽る。
「っけほ、けほ!」
「…なんて手のかかる」
「わたし炭酸飲めないんだよ」
「早く言えよ!」
「でもおいし」
 再びサイダーに口をつけようとするが、祐一はそれを阻んだ。
「あーん」
「あーんじゃない。無理して飲まなくたっていいだろうが」
 言いつつ、祐一は自分が飲んでいたウーロン茶を手渡す。意外そうにそれを両手で受け取り、暫し眺めてから名雪は一口飲んだ。急にニコニコとし始めた名雪を訝しがりつつも炭酸のキツイサイダーに祐一も取りかかった。
「自分の苦手すら忘れるくらい飲むなよ」
「…だって。頭にきちゃったんだもん」
「それは解ったけど、名雪も隙が有りすぎる」
「そんなことないよ」
「あるわ! 俺がジュース買って戻る間ですら容易に攫えるぞ」
「そうかなぁ…」
 本気で悩む名雪に向ける嘆息も、だからこそ抱く愛情の裏返しだ。祐一はそれを自覚しているだけに何とも言い切れない。悪いことではないのだろうが、先程のように人ぶつかるようでは流石に心配にもなる。
「とにかく、マイペースなのは良いが行きすぎるなよ。怒る気持ちも解るけどさ」
「難しいよ」
「もう少し周りに気をつけろって言ってんの俺は」
「気をつけてるよー」
「…どの辺が?」
「うーん…祐一に女の子が寄らないようにとか」
 にへら、と笑いながら言う名雪に祐一は言葉を失う。そういえば、新歓の時も名雪はずっと自分の隣をキープしていたことを思い出し、つい頷いてしまった。
「…ま、それは置いといて」
「置いとかない」
「そんな心配要らないだろ」
「要るよー。祐一はモテるらしいことが、実しやかに囁かれてるんだよ」
「ゴシップだって」
「そうとも限らないってば」
「むしろ逆が心配だ、俺は。さっきの話じゃないけど」
 それは、割と切実な悩みでもあった。反芻するように名雪を眺めてはみるが、やはり声をかけたくなる「何か」は確実に存在する。時折、自分には勿体無いのではないかと思う程祐一も彼女バカであり、また自信も持てない。
「逆は無いよ」
「言い切るね」
「ぞっこんだからね」
「…そうか」
「照れない照れない」
 顔を背けた祐一を豪快に笑い飛ばし、飲み干したウーロン茶の空き缶を手近に有ったゴミ箱へ放った。
「首っ丈だからね」
「言い替えなくて良い」
「首っ丈ってね」
 祐一の反論は完全にスルーし、植え込みから勢い良く立ち上がる。そのまま立ちっぱなしだった彼の目の前まで歩み寄ると、首筋に手を触れた。
「首っ丈って、首の丈まで浸かるほど気持ちを引かれてるって意味なんだよ」
「…豆知識だなまた」
「うん」
 頷き、名雪は首筋に唇をつけた。驚いて半歩下がる祐一の背に手を回し、しっかりと固定しながら赤いマークを残す。
「おい」
「祐一はわたしに首っ丈なのかな?」
 そう尋ねる名雪の瞳は、辛うじて残る理性とアルコールがもたらした高揚感、そしてそれらとはまた別の妖しさを含んでいて、祐一の視線を釘付けにした。困惑の中にも確かな感動と興奮を抱きつつ、祐一はその目に対する諦念と愛情を込めて、首筋に顔を埋めた。ほんの数秒で離れはしたが、くぐもった名雪の声と鬱血した白い肌だけは顕在している。
「首っ丈だな、間違い無く」
「えへへー」
 やはりだらしなく笑う名雪の肩を抱き、祐一は駅とは逆方向へ向かった。
 ここまで誂えられて、真っ直ぐ帰す事など出来よう筈も無い。
 互いに首の丈まで染まり合った2人にとって、こと恋愛に関する外的要因は全く意味を成さない事だけは、はっきりした。





あとがけ。
 
 「子供の頃の将来の夢は?」「やまごぼう」で御馴染みのcamelですこんばんわ且つこんにちわ或いは初めまして。
 先ずはRodmate兄さんにサイト開設の祝辞を。様々な苦難を乗り越えたRodmateさんならではのハイソなサイトSinners、今後のご発展とご暴走を願っております割と真面目に(真面目にかよ)。
 今回は名雪さんでした。メッセでリク貰ってる辺り痛いかも知れませんw
 とにもかくにも、こんなんですみませーん送りますー!

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