The Parish



「よし履け」
「……何これ」
「パンプス」
「それはわかる」
「舞は身長に比べて足小さいからな、ひょっとしたら緩いかも」
「……そうじゃなくて」
「ああ、ほら今日ホワイトデー」
 携帯電話を取り出して液晶画面を突き出しながらの祐一の言に、舞は微かに眉間に皺を寄せた。
「ルミネスが途中」
「あ、間違えた」
 起動しっぱなしだった携帯電話用アプリケーションを終了して、改めて日付の表示を見せ付ける祐一。舞は小さく息を吐いた。
「……私は、あんなのしか用意出来なかったのに」
 今年のバレンタインデーでは、前日まで舞が体を壊していた為に、即席のチョコフォンデュを一緒に作って遊ぶに留まったのである。祐一としては様々に楽しい体験もした事もあって、実に良い思い出なのだが、責任感の強い、或いは意地を張る彼女は未だにそんな自分を許せていないらしかった。
「半分はお前の脅しみたいなもんだよ」
「脅してない」
「じゃあいい加減前のやつ捨てちゃえよ」
「捨てない」
「なんで」
「貰った物だから」
「贈った俺が捨てちゃえと言うのにか」
「貰ったら私の物だから」
「その通りです」
「うん」
「……いやまあ、俺としては新しいのも履いてもらおうと思ってな?」
 昨年、臨時収入があった祐一が舞にフォーマルサンダルを贈って以来、甚く気に入ったらしい彼女は3日に1度は必ずローテーションに入れて履いている。それは贈った側としては喜ばしい限りなのだが、流石にそこまで過酷に使われては女性用の靴という事もあってくたびれもする。
 そういうわけで、祐一はアルバイトで確保しておいた舞積立を崩してホワイトデーの返礼を購入してきたのだ。
「さあ履け」
「……ありがとう、祐一」
 申し訳無さそうに顔を俯ける舞を見て、今度は祐一が大仰に溜息を吐く番。
「別に凹ませたくて持って来たわけじゃないんだから。ヒャッハー! 新作だぁーっ! て叫びながら履け」
「それはしない」
「うん」
 黒々と艶を湛える、今は1つに纏められた恋人の髪がモヒカンになっているのを想像しかけて即座にやめながら、祐一は箱から取り出した黒いパンプスをしゃがみ込んで床に置いた。そのまま見上げると、照れたように視線をかわしながら舞はスリッパを脱いで右足を差し入れる。
「ぴったり」
「ほんとか? 踵とか余ってない?」
「うん」
 触れてみても、特に隙間があったり、甲の辺りにも逆に形が変わるような窮屈さも見当たらない。爪先が僅かに顔を覗かせるデザインだが、そこも苦しげではなかったし、この先履いていけば更に馴染むだろう。特に飾り気も無い辺り、彼女によく似合う。ヒールは聊か高めで、それを舞は嫌がるかとも思ったが、彼女ぐらいのスタイルになってくると何の嫌味も無くフィットしている辺り彼氏として酔いしれざるを得ない。
 そしてサイズも完璧とくれば、自分の観察力に若干酔いしれるしかない相沢足フェチ祐一。
「よし、もう片方」
 言われるままに左足を掲げ、バランスを崩す事無く完遂する舞。具合を確かめるようにその場で足踏みをして、大きく1つ頷いて見せた。
「ぴったり」
「そのようだ。良かったな手間が省けて」
「本当にありがとう、祐一」
「似合ってるよ。色も少し迷ったんだけど」
「綺麗な黒だと思う。ありがとう」
「な」
「高かった?」
「そういうのは聞くもんじゃない」
「うん。ありがとう」
 ありがとうを矢鱈と連呼されてはそれこそ有り難味も無くなりそうなものだったが、舞に限って言えば普段の口数が少ないだけに、本当に感謝してくれているのだという事があからさまに解って祐一は口元が勝手に緩むのを堪えられない。足踏みをしたり、膝を後ろへ曲げて踵の辺りを眺めたりと機嫌はすこぶる良いようだ。
「祐一暇?」
「あ? うん」
「出かけたい」
「どこに」
「どこか」
「そうか」
 そして、早速履いて行きたいと言い出す辺り最早童女のようであった。顔を背けてにやけた表情を隠しておくのも忘れない。
 表は路肩にまだ雪が残っているものの、それほど悪路というわけではない。日曜日という事もあって人通りは少なくないが、それに見せ付けるかのように普段よりも姿勢のいい舞の姿は美しくも可愛らしい。透き通るようなホワイトのショートコートと、かっちりとし過ぎない黒のスラックス、その下で映える新作のパンプス。彼女の上機嫌が背中からでも見えるようだ。
 とりあえず、とばかりになんとなく舞について駅前まで歩いてきてしまった。舞は口数こそ少ないものの、歩き回ることに意義を見出し始めているらしくその速度は中々速い。
「痛まないか」
「問題ない」
「そういや昼飯は?」
「まだ」
「じゃあ何か食ってくか」
「割り勘」
「いい子だなあ舞は」
 頭を撫でてくれようと伸ばした手を軽く払われつつ揃って近場の喫茶店へ。軽食と暖かい飲み物を注文し、出来上がりをテーブル席へついて待つ。膝を揃えて傾けた舞が、やはり足元を見せ付けるようにしているのが面白い。
「そんなに気に入ってくれたか」
「祐一、センスいいから」
「それは嬉しい褒め言葉」
「ありがとう」
「もういいって、大事に履いてくれ」
 こくりと頷く舞に妙に保護欲などを掻き立てられながら、遅めの軽い昼食を済ませた。ここまで感謝され通しではむしろ祐一の方が恐縮しかねないのだが、舞としてはとにかく言葉に出して行きたいものらしい。
 散歩再開。市街地を外れ、モニュメントめいた噴水のある公園へ出ると、流石に歩き疲れたものか、舞はベンチへ。隣に腰を降ろすと、流石に祐一も溜息が出た。
「疲れた?」
「なんか妙に歩き回った気がする」
「うん」
「馴染んできたか?」
「靴擦れした」
「マジか」
「うん」
「どっち」
「左」
「見せてみろ」
 舞の足を取って自分の膝に乗せて、靴を外すと、小指側に確かに小さな靴擦れが見つかった。サイズは間違いなかったので、単にまだ足と馴染んでいないだけなのだろう。
「いつから」
「ご飯の時から」
「早くおっしゃい」
「歩きたかったから」
「そうか」
「大丈夫、すぐ治る」
「おんぶしてやろうか」
「いい」
 足を降ろして組みながら即答。半ば本気だったがこうも無碍にされると多少落ち込む祐一である。
 そのまま、なんとなく2人黙って公園を眺めた。まだいくらか日の短く感じる時期だけに、微かに橙色の混じり始めた空が、しかし高く雲を従えて広がっている。日陰に残った雪も空の色に染まり、月末には消えて無くなるのだろうと思う。
 ふと、片足だけ裸足の舞が前を向いたまま口を開いた。
「祐一、しつこいようだけど、本当にありがとう」
「そんなに気に入ってくれたか」
「それもあるけど……こういうの、選んでくれた事が」
「うん?」
 聊か要領を得ない言葉に、小首を傾げて先を促す。
「靴なんか、特に、人を選ぶから」
「ああ、確かに。でもまあそんだけ喜んでくれれば頑張った甲斐はある」
「どうしてこれなのか、聞いても?」
 そうだな、と呟いて、祐一は腕を組んで答えた。
「ネットで調べただけだから本当の所はわからんけど、ヴァレンティヌスとやらが自由結婚を禁止してた時代に、それでも結婚しようとした男女の為に殉教したとかなんとか。それが2月14日なんだって。その辺にこじつけしてるらしい」
「こじつけ」
「なので俺もこじつけてみた次第」
「……?」
「靴裏見てみ」
 不思議そうな顔で、脱いだままの靴を裏返す舞。「Christian Louboutin」の表記を見て、ちょっと目を丸くして見せた。
「こじつけだろ?」
「なるほど」
 小さく口元を緩めて、舞は何度か頷いた。感心しているようでもあり、楽しんでいるようでもある。
「もう1つこじつけがあるにはあるんだが、まあ後でな」
「何?」
「後でって言ったろ」
「何?」
「後でだって! ほら、痛いかも知れんがぼちぼち帰ろう。寒くなってきた」
「うん」
「マシュマロ食いたい」
「ホワイトデーだから?」
「そうとも」
 靴擦れの具合を確かめながら足を入れた舞の手を取って、洋菓子店へ寄りながら、家路に付いた。
 ホワイトデー本来の由来とされているもう1つのこじつけとして、ヴァレンティヌス殉教の理由となった男女が結婚した日が、現在のホワイトデーこと3月14日という事になっている。
 ポケットの中で小箱を握り締めて、申し出を白日の下にさらすタイミングを計りながら、祐一は隣を歩く恋人の表情を盗み見た。




























お囃子・感想などいただけましたら。

おなまえ(省略可)



お囃子!(→盛大)

ぱち ぱちぱち ぱちぱちぱち

よろしければ何か一言!(省略可)





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