Air Short Story

St. Valentine's Day on July


Chapter 1 An appetite comes before a love

「…あのさ、観鈴。」
いつにない暑さと客足の無さに、午前中にして勤労意欲を失い神尾家に戻ってきた往人が、台所でがおがお歌いながら昼食を作っている観鈴に声をかける。
「なに、往人さん?」
「この本に書いてあるんだが、バレンタインデーってなんだ?」
「へ?」
人生のほとんどを旅に暮らしていたせいか、やけに知識に偏りのあるこの芸人。暇にあかせて納屋においてあった古雑誌を持ち出してきたらしい。
「えっとね、わたしも良くは知らないんだけど、たしか女の子が男の子にチョコをあげる日だったかな?」
「チョコ!?」
食べ物の名を耳にした往人が、がばりと上半身を起こす。観鈴に向けられた両眼は、きゅぴーん、とでも鳴るような勢いで輝いている。
「う、うん…たしか、好きな人とか、恋人同士であげるんじゃなかったか…な?」
「観鈴、愛してる。」
観鈴の両手をがっしりと胸の前で握り締め、一瞬の躊躇も無く告白する往人。ただ食欲丸出しの視線では、いくら観鈴でも意図は読んでいる。
「が、がお…そんなにチョコレート食べたいの?」
「おう。」
即答。
「で、でも…バレンタインデーって確か2月だよ、あと半年待たないと…。」
「何ィ!?」
観鈴の発言を、驚愕の叫びで返した往人、そのまま観鈴から手を離してたたみに蹲る。
「…あと半年も待たないといけないのか…くそぉ、全然儲からないこの町で半年…ダメだ、一箇所に留まってりゃ干物になっちまう…。」
「……。」
かなり芝居がかった往人のアクションを暫く呆然と見ていた観鈴だったが。ふと往人の手を握り返して、
「往人さん、そんなにわたしからチョコ欲しい?」
「…ん。」
僅かに頷いたのを確かめて、観鈴は往人の顔を引き上げると、
「それじゃ、半年違いだけど特別に往人さんに作ってあげる、観鈴ちん特製のバレンタインチョコレート。」

Chapter 2 Elmenentary miss

一時間ほど後。
「〜がおがお〜。」
「…あづ…。」
陽炎が立ち上る商店街の舗道を、本を両手に抱えて鼻歌交じりの観鈴と、買い込んだ材料が詰まったスーパーの買い物袋を手に提げて汗だくの往人が並んで歩く。
「ちょっこれーとっ、ちょっこれーとっ、みっすずちんにもでっきるかなー?」
「お前は元気でいいな…。」
「往人さんも、もうちょっとで観鈴ちんのチョコレート食べられるからそれ楽しみにしてふぁいと!」
「そうしたいのは山々だが…ふぅ、太陽の力は偉大だぜ…。」
などとぐだぐだしたやり取りをしつつ、神尾家に帰り着く。
「んーと、こいつは台所でいいのか?」
「うん、お願い、往人さん。じゃあ私は作り方調べてくるねー。」
「おう、簡単なやつでいーからなー。」
自室へ向かう観鈴をそう見送った後、往人は室内よりはと風通しの良い縁側に陣取り、先刻の雑誌を再び手に取る。30分ほど読み耽っただろうか、半ばうつらうつらしかけていると、
「…往人さん。」
「のわっ!?」
突如真後ろから聞こえてきた声に飛び起きる。そのまま振り向くと意気消沈した風情の観鈴が正座していた。
「ど、どうかしたかよ?」
「…どうしよう…足りないみたい。」
「足りないって…本みて材料買ったんだろ?」
「うん…でも、作るのに必要な器具とか、うちにないのもあるみたい…。どうしよう、もうお小遣いはたいちゃったし…。」
体格が二周りほども小さくなったように見えるほど縮こまり、今にもなきそうな表情の観鈴。往人はやおら起き上がると、
「うーむ、このままだと俺もチョコレート食いっぱぐれることになるからな…何かいい知恵はないものか…。」
と、座禅を組み、瞑想を始める。何所からともなく頭の中に響いてくる木魚の音を聞きつつ、あれこれと考えを纏めているうちに、
きゅぴーん。
「!」
妙な音とともに、閃いた往人、すっくと立ち上がると観鈴の手を引っ張り立ち上がらせる。
「ど、どうしたの往人さん!?」
「いいこと思いついた。観鈴、材料持ってこれるか?」
「う、うん…でもどうして?」
「いいから付いてこい!」
訳の分からないまま袋を持ってきた観鈴の手を引いて、往人は外に飛び出していった。

Chapter 3 At the ruin of station

「おぉー、かみやんよくきたな!で、ついでに国崎往人、お前はなんで来たんだ?」
美凪とみちるが常駐している廃駅にたどり着いた2人を、そう言ってみちるが出迎える。
「こんにちは、みちるちゃん。」
「お前に用はねーよ、遠野いないか?」
2人がそう答えた瞬間、
「向こう脛ブレイク!」
「はりゃほれうまうっ!!」
みちるの回し蹴りが両脛を直撃し、往人は訳の解らない悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。
「みちるがてーねーに訊いてるのになんだその言いぐさはー!で、美凪なら中にいるぞー!」
と、ふんぞり返ったみちるが叫んだ瞬間、駅舎の中からその当人が顔を出す。
「あ、国崎さんに神尾さん、おはこんばんちはなら。それと国崎さん、未来を先取りで賞、進呈…。」
「なんかよく解らんが、ありがとな…。」
往人は蹲ったまま美凪の差し出すお米券を受け取ったあと、どうにか痛みが治まってきたのかよろよろと立ち上がると、
「実はな、バレンタインデーなんだが。」
「半年後?」
不思議そうに首を傾げた美凪に、観鈴が説明を補足する。
「あのねあのね、実は往人さんが半年後いるかいないか分からないからって、今バレンタインのチョコレート作ってあげることにしたんだけどね。」
「…チョコレート…?神尾さんが国崎さんに…ぽ。」
どう思考を飛躍させたのか、急に頬を赤らめる美凪。それを見た観鈴が慌てて続ける。
「い、いやそんなんじゃなくって。で、材料は揃えたんだけどね、調理器具がうちにないのがあって…。」
観鈴ちんあほちんだからそこまで考えまわらなかったの、と自虐的に笑いながら説明する観鈴。美凪は訊いたところで頷いて、
「では、何を作る予定ですか?」
「ええと…これ。」
観鈴が示したページをじっと見ていた美凪、顔を上げて観鈴の方を向くと、
「おっけー、ここに全部あります。」
びしっ、とVサインを掲げ、胸を張ってそう告げる。
「ホントですか!?」
「無問題。で、お貸しするお返しと言ってはなんなのですが、材料は随分と多く用意してらっしゃるようですし、私も作らせて頂いてよろしいですか?折角ですからみちるにも作ってあげたいのです。」
「え、よ、喜んで!」
あっという間に話がまとまり、美凪は駅舎の宿直室へと観鈴を案内する、そして自分も入ろうとするところでひょい、と顔を出し、
「では、神尾さんをお借りします。国崎さんは暫くみちると遊んでいてください。」
と言い残す。後に残された往人はやおらみちるの所へとつかつかと歩み寄ると。
「にょわっ!」
無言で先ほどのお返しとばかりに、みちるの頭頂部を殴打する。そして駅前の広場を舞台に大立ち回りが始まった。

Chapter 3 Tasting & Promising

「お待たせー!」
「…ひと段落。」
駅舎の中から、声と同時に美凪、続いて観鈴が出てくると、いい加減喧嘩にも飽きて仲良くベンチでへたり込んでいた往人とみちるも目を輝かせて顔を上げる。
「お、完成か!?」
「ちっちっちっ。」
期待の籠もった眼差しの往人を、目の前で指を振り制した美凪。続けて、
「今冷蔵庫にて冷却しているところです。完成は明日までお待ちください。」
「ちぇー、お預けかあ。今日あんなにドタバタしたのが勿体ないなー。」
両手を後頭部で組み、明らかに残念がる往人を見て、観鈴が申し訳ないような視線を向けるが、
「今日早急に準備したから明日食べられることが出来るんです、その点神尾さんの行動は正しいと言えるでしょう。」
との美凪の補足に、往人も納得した様子で、
「逆にぐずぐずしてたら楽しみが明後日だの三日後に伸び伸びになったかもしれねえのか。たしかにそれは素早かったな、観鈴。」
「う、うん。にはは…。」
往人の言葉に、表情を輝かせた観鈴をみて、美凪は満足そうに頷くと、
「では神尾さん。御足労ですが明日取りに来てくださいませ。昼以降なら出来ていると思いますので。」
「は、はいっ!」

「ただいまー!」
翌日、補習から戻ってきた観鈴は、カラフルな手提げ袋を手にしていた。
「お、それか観鈴、っしゃー待ってたぜ!」
「お、それか居候がおねだりしたチョコレートは。」
「あ、お母さん今日は早いんだ。」
いつもは夜中になるまで帰ってこない晴子が珍しく帰宅していることに、いささか驚く観鈴。
「い、いやな。今日は珍しく夜が空いてしまってん、偶然や偶然、別に居候にチョコの件聞いたって訳やあらへん…ってなに笑ってるんや居候!」
しどろもどろの言い訳をする晴子、照れ隠しか脇でニヤニヤ笑っていた往人をすぱん!と叩く。往人はというと応えた様子も見せず、
「いーや何でも〜。さて観鈴ちん、俺も晴子ママも楽しみにしていたチョコ、早速お披露目してくれないかなー?」
「〜〜〜〜〜!!」
真っ赤な顔でなにやら声にならない叫びを上げる晴子を他所に、往人がそう促すと観鈴は照れながら手提げ袋からリボンで飾られた包みを取り出す。
「はい、これがお母さん、でもってこっちが往人さんね。」
「お、ウチにもくれるんか?」
「うん。ラッピングは遠野さんがサービスですってやってくれたの。」
包みを受け取った往人と晴子。早速リボンをほどいて中身を取り出してみると。
「むむ…これは…。」
なにやら奇妙な形状をしたチョコレートが出てくる。往人がその正体を図りかねていると、隣の晴子が、
「なんか前衛的な形やな…もしかしてこれ、恐竜か?」
「ぴんぽんぴんぽん。観鈴ちんが作ったら変な形になっちゃったけど、お母さん分かったんだ凄い。」
そのやり取りを聞いて、改めて往人がチョコレートを見直してみると、確かに言われて見れば恐竜とも言えなくもない形状になっている。
「なるほど…こういう角度で見るのか。」
「ウチも正解か自信はなかったけどな。…見てるだけってのもなんやから頂こうかい。」
「そだな、じゃあ観鈴、頂きまーす。」
そう言いつつ、二人が同時にチョコレートを口に放り込み、暫く無言で咀嚼したのちほぼ同時に飲み込む。
「…………。」
「…………。」
「ど、どうだった?」
不安そうに二人に尋ねる観鈴。対して二人は顔を見合わせると往人がおもむろに観鈴の肩に手を置いて、
「…正直に言うとな、あまり美味くない。」
「!…が、がお…。」
自分に向けられた神妙な面持ちで、冗談や憎まれ口ではなく、率直な感想を継げていることを理解した観鈴、そう呟くとしゅん、と消沈してしまう。が、往人は続けて、
「だからまた作ってくれ。もし2月まで俺がここにいたらまた食ってやるから。」
「え…。」
その言葉に思わず顔を上げる。畳み掛けるように晴子も、
「そやな。コイツがおらんでもウチが食べたるから、次までには上手くなっておきや。で、ウチもホワイトデーにはお返ししたるけん。…アンタもやで居候!」
「う…わ、分かったよ。お返しできるくらい稼いでおくからよ…!」
そのやり取りで打って変わって嬉しくなった観鈴、満面の笑顔で二人に告げた。
「うんっ、約束!」







Epirogue 2001/3/14


「…そろそろストーブもいらんな。どれ、片付けるか。」
晴子がそう言いつつ、居間の石油ストーブを納屋に運び込む。すると、納屋の隅の古雑誌を積んでいるところに、2・3冊毛色の違う本を見つけた。
「なんやろこれ…あ、これあのときの…。」
ふと手にとって見ると、初心者向けのお菓子作りの本。
「観鈴、これ見ながら四苦八苦して作ったんやろな。ふふっ。」
辛かったことも今となっては思い出となるのか、晴子の顔に懐かしげな笑みが浮かぶ。
「結局、約束果たす暇もあらへんかったが、あれから練習しとったら上手くなってたやろかな…。」
一通り感慨にふけった後、その本を持ち母屋に戻ってくる。その時ふとカレンダーに目が行く。
「…あ、そういえば今日だったんか。よし、居候の分もお母さんが約束守ったろ。」
なにやら思いついた晴子は、その足で真っ直ぐ台所へと向かっていった。

数時間後。
「じゃーん!」
別に聞かせる相手がいるわけではないが、効果音を口に出しながら居間に戻ってくる。両手に抱えられた大皿には、大量のクッキーが乗っていた。
「…んー、なんか歪やけど…、ま、こっちも初めてやしおあいこにしてもらおか。観鈴ちーん、ホワイトデーのお返しやでー。」
そういいながら、大皿を卓袱台の上に飾ってある娘の写真の前に置く。
「どや、上手く出来とるかいな?あーん…ん、ちょい味薄いかもな…でも初めてにしちゃ筋ええやろ、な、観鈴ちん?」
自分でも食べながら、写真にそう話しかける晴子。写真の中の観鈴はもちろん動かないし何も言わない、しかし、
“にははっ、お母さんちょっとしょっぱいよ。でも観鈴ちんと一緒に練習すれば二人とも美味しく出来るよ、ね?”
そんなことを言われたように、晴子は感じていた。


END

あとがき
まず最初に一言お詫び申し上げます。このSSは、読者の方がAIRのストーリーを知っていることを前提に書いておりまして、基本設定の説明等はいたしておりません。不親切だと思われると存じますが、話のテンポを優先させていただいた結果ですので、どうかご了承ください。
で、敢て作中で2月がないと思われるAIRで書かせていただきましたが、一つの出来事を書いた掌編という感じで纏めてみました。
厳密に言うとバレンタインデーとはすこしずれているかも知れませぬが、ご笑納くだされば幸いです。
BTL





















お囃子・感想などいただけましたら。

おなまえ(省略可)



お囃子!(→盛大)

ぱち ぱちぱち ぱちぱちぱち

よろしければ何か一言!(省略可)





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