『パパー』
俺の元に娘――汐が駆け寄ってくる。
最初は3歳時くらいの姿。でも、近づいてくるたびに少しずつ、少しずつ成長していく。
最初は小学生、次に中学生。そして、高校生になった娘の姿が。
『えへへ、パパー』
汐は嬉しそうに、高校生になった姿で俺に抱きついてくる。
年頃の女の子としては問題かもしれないが、俺にとっては目にいれてもいたくないと断言できるくらいかわいい娘。嫌な気はまったくしない、むしろうれしい。
『あのね、パパ。私ね、好きな人がいるんだ』
そんな幸せな時間もその一言によって打ち砕かれる。
こ、これが全国の娘を持つお父さん方が経験する究極の試練、彼氏紹介というやつか!
まさか俺にも巡ってくるとは……まあ、必然であることだが。
『それでね、あのね。私、その人にチョコレートをこれからあげるの』
恥ずかしそうに、頬を染めながらそんなことを父親に伝えてくる我が娘。
そういえば今日はバレンタインだったか、でもそんなことはどうでもいいやと思ってしまうくらいこれは胸にずきずきとくる。
『はい、パパ』
そして目の前につきだされるチョコレート。
え、これって――。
『はい、大好きなパパへ。私からのプレゼント』
ああ、なんだ。そういうことか。
それは家族に対しての感謝の気持ち。俺が想像していたのとは違うもの。
ほっと胸を撫で下し、汐からプレゼントを受け取る。
小さな小箱にリボンがラッピングされている。
それをほどくとそこには手作りであろうハート型のチョコレートが入っていた。
そういえば毎年こんな感じでもらってたなあと思いつつ、俺はそのチョコをかじる。
ガリッ
あ、あれ? 固い、なんだこの固さ?
思わず俺はチョコを取り出す。
そこには銀色のわっかがあった。
これは、間違いない、指輪だ。
『パパ――』
そして、何故かウェディングドレス姿になっている汐が目の前にいた。
『受け取って……くれるんだよね?』
そのまま俺の元へと歩み寄ってくる汐。や、やめるんだ汐。俺とお前は親子。
やめ、やめ――。
「やめてくれぇっ!!」
「きゃっ!?」
気づけば、俺は布団から跳ね起きていた。
つまりこれは……夢?
ほっと胸を撫で下ろす、なんて心臓に悪い夢なんだ。よりによって実の娘が自分に対してウェディングドレス姿でせまってくる夢なんて……。
「もう、いたいなあ」
汐の声。どうやら近くにいたらしい。そういえば起き上がったときに何かに体をぶつけたような……。起き上がった拍子に突き飛ばしてしまったのかもしれない。
「ああ、すまない。ちょっと変な夢を見てしまっていて……な……」
俺は汐の姿を見た瞬間固まってしまう。
先ほど見ていた夢なんて吹き飛ばしてしまうような、その衝撃的な光景に。
「ねえ、ほら。今日ってバレンタインだよね」
「あ、ああ」
「だからほら、汐がんばってチョコレート作ったんだよ」
「そ、そうか」
「だから、ね。受け取って!」
そういって飛び込んでくる汐。
汐の姿はそう、よくおばかな漫画にありがちな姿。
上半身裸で、チョコレートを自分の胸に塗りたくって、腕にリボンをラッピングして、
そんな姿で俺に特攻してきたのだ。
「これなら夢の方がマシだったー!!!」
『岡崎汐のバレンタイン』
「うう、いたい……」
「当たり前だ! 何考えてんだまったく……」
とんでもなく最悪の目覚めをした朝。
なんとかすんでのところ汐の襲撃を逃れた俺は、教育もこめて頭にゲンコツをしておいた。
おかげで今、汐の頭には大きなこぶができている。
この俺の娘、岡崎汐は現在高校生のまさに思春期の女の子。それだというのに他の男には目もくれず、小さな頃からの「パパ大好き」を貫いている。その度は行き過ぎていて、つい先日我が娘の誕生日があったのだが、その時祝いに来てくれた俺の友人たち(といっても全員女性、というか高校時代に仲良くなった子たちだ)に堂々と「パパと結ばれる」とのたまったもんだ。
……どうしてこうなったんだろう。
「うん、でもこの痛みもパパの愛情だと思えばへっちゃら!」
「お、ちゃんと理解しているんだな」
「素直じゃない人の返事なんだよねげんこつは。それってつまり、嬉しかったってことでしょ?」
「……」
うん、俺、どこで教育間違えたかな。素直ないい子になるようしっかり教育してきたつもりなのに。汐の考え方はどこかひねくれてしまっていた。
へへ、なんか目頭が熱いぜ。
「杏お姉ちゃんもいってたもんね、親しい相手に対しての暴力は友好の印よって」
「あの女の仕業かー!!!」
ああ、確かにそうだ! 育ての親俺だけじゃなかったんだ!
俺や早苗さん、おっさんだけならともかく、汐を育ててきたのはそれこそ俺が親しくしてきた人たち。
つまり杏や椋、風子に智代、宮沢にことみといった面々を見て育ってきているんだ。
そりゃちょっとくらいゆがんだ子になってもおかしくないよなあ、うん、俺がいうのも何だけど特殊なやつらだし。
渚、スマン。これは俺のミスだ。
「とりあえずそろそろ服着ろ」
俺は相変わらずチョコレートだけで上半身の大事な部分を隠している汐に伝える。うう、実の娘だというのに直視できないのがつらい。一緒に風呂はいっていたはずなのになあ。
「えー食べてくれないの?」
「当たり前だ! 第一そんなんどこで学んだんだそんなん!」
「ことみお姉ちゃんが『これで朋也くんのハートをがっちりキャッチなの』っていってた漫画をこっそり読んで、それを参考に……」
「ことみがかー!! あいつホントに頭いいのか!?」
いや、天然さんだからありえるのか? それでも漫画を真に受けるな漫画を。本だけの知識じゃダメだと実感したぞ思わず。
というか最大の問題はことみがさっきの作戦をやってくる可能性があるってことか? い、いや、確かにそれは効果的というかハートをがっちりキャッチされそうというか、汐のものとは違ってあのおっきなものにチョコレートがかかっているとか確かに特攻しかねな――。
「いてっ」
気づけば汐に殴られていた。しかも怒り顔だ。
「むー! 今失礼なこと考えてたでしょ!」
「い、いや、そんなことは決して――」
「考えてたもん! パパの鼻筋に血管が浮き出てるもん! パパの鼻筋に血管が出ているときは嘘をついているときなんだから」
「え、嘘!?」
俺は思わず鼻に手をあてる。しかし、血管がふくらんでいる様子は全くない。
「うん、嘘だよ。だけど、考えてたことは事実みたいだね」
「しまった!?」
ま、まさか娘にハメられるとは!?
「智代お姉ちゃんの言うとおり、やっぱ時にはハッタリも大事なんだね。うん」
「智代ー!! そんなことまで教えなくていいから!!」
流石は最強になったり、生徒会長に上り詰めたりした女。
日々の経験から培った知識を汐に与えていたとは。すごい、すごいんだけど、今回に限ってはうらむぞ。
「でも智代お姉ちゃんも読んでたんだよね……さっきの本」
「智代ー! お前まで何やってんだ!?」
「ほら、『こ、こういうのが女の子らしいことなんだな』って」
「違う、間違ってる! 間違った知識だから!」
確かに智代がそんな感じでせまってきたら俺もやばいけど!
というかことみとセットとかダブルの巨乳でもうノックアウト確定だけど!
「むう、やっぱり大きい胸の方がいいのかなあ……」
そういって自分の胸をぺたぺたと触る我が娘。
確かに汐の胸は大きいというには程遠い。別に小さいってわけでもないけれど。
というかあんまりそんな触らない方がいいぞ。コーティングしたチョコが剥げ落ちるから。
「いやいや、確かに胸が大きいのは良いことだが、別にないからって悪いわけじゃないぞ」
一応娘のフォローをしておいてやる。
そう、俺は決してオッパイスキーなわけではないんだ。確かにあのおっきいもので色々されたいって願望はあるけど! けど! それは男としてはごくごく普通のことであって、こう母性を求めるというかなんというか――。
「って何豊胸体操はじめてんだ!」
「だってパパの言葉に全然説得力がなかったんだもん。だから少しでも胸が大きくなる努力を……」
「してもいいが今この状態でやるんじゃない!」
そうやってヘタに胸の部分を動かすからますますチョコがはげ落ちてきている。
そろそろ肌色の面積の方が大きくなりそうなレベルだ。
「第一、そんなんどこで覚えてきたんだ……」
「風子お姉ちゃんが『一緒にやりましょう!』ってビデオ持ってきたからそれ見て」
「風子……お前もそういうの意識するようになったんだな」
なんだろう、嬉しいけど、この複雑な気分。できれば大きくならないでいてほしいみたいな。なんか父親みたいだな、父親なんだけど。
というか風子もそれなりに胸あるほうだし、こう考えてみると平均値かなり高いよな俺の周り……。
「あ、でもでも、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから食べて欲しいな!」
「なんだ、そんな熱心に……仕方ないなあ」
まあ、色々おかしいとはいえ、実の娘が作ってくれたバレンタインのプレゼントだしなあ。多少は食ってやるのが親ってもんか。
俺は剥がれて床に落ちたチョコを広う。「直接とってもらいたかったのに……」という娘の言葉は無視することに決めた。
口元までチョコを持ってくる。ふと、ニュータイプの直感ばりに嫌な予感が全身を駆け巡った。
俺はそこで手を止め、汐の方を向く。
「なあ」
「何? パパ」
「これ、何か入ってたりしないよな?」
「……」
「なぜ口を閉ざす」
ビンゴ、ってことなのだろうか。
「は、入ってないよ何も。決して椋お姉ちゃんから盗んだ惚れ薬なんて入れてないから」
ダメだこの娘。肝心なところで抜けている。
何あっさりやりましたと白状しているんだろうか。
しかも椋、お前そういうの持ってたってことだよな? 何職権乱用してんだ。てかそもそも病院にそんな薬あるのか? あったとしたらその病院は非常に危ないと思うんだがどうなんだろう。
ともかく、俺はチョコを口元から離した。
「あー!」
「当たり前だ! なんでこんな危険なもん口にいれなきゃいけないんだ!」
『これは毒薬です』といわれてはいそうですかといいながら飲むやつがいたら見てみたいわ。
「うう、パパに食べてもらいたかったのにぃ……」
「あー……」
涙目になる汐。やばい、娘の涙ってのはどうしてこう、何でもしてやろうって気にさせてしまうのかね。だけどまあ、これを食うワケにはいかないからなあ。
「汐、他に用意はしてないのか?」
「え? えっと、有紀ねえさんの周りの人たちのために作ったチョコが……」
「じゃあそれをクレ」
汐はそれを聞くと台所へと行き、そして如何にも義理といった感じの、たくさんの人へ配るための小さなチョコが入った包を持ってきた。
俺はそこから一つだけ取り出し、口の中に入れる。
「なんだ、うまいじゃないか」
そのチョコの味は、昔渚からもらったチョコに似ていた。おかしいよな、チョコなんてどれも似た味のはずなのに。それでも、渚の味がしたんだから。
「あ……」
「今度はこういうチョコを持ってくること。毎年やってるように、いいな」
そういって頭を撫でてやる。
汐の沈んだ表情が、だんだん笑顔になってきて、そして、
「うん!」
元気よく頷いた。
「そういや、ちゃんと義理チョコもしっかり作るタイプだったんだな」
俺はチョコの包を眺めながら思う。義理チョコって買ったものそのまま渡すみたいなイメージだったんだけど。
「え、だって有紀ねえさん言ってたよ。こういうのが人を従えるのには大事なんだって」
「……」
あ、あれ? もしかして有紀寧の怖い部分聞いた俺?
「あ、大丈夫。パパのはまた別だから。そんな裏の意味はないから」
「あ、ああ」
「代わりに愛情を毎年いっぱい込めてたんだけどね、込めてたというよりは入れてた? だから今回はちょっと残念だったなあ」
「……」
愛情って普通の愛情だよね? 余計なもの入れたりしてないよね? 具体的には口に出さないけど、こわいから。
実の娘だというのに疑ってしまう、何このホラー。
そのときちょうどタイミングよく扉がなったもんだから、なおさら大きくビクついてしまった。
『朋也ー』
聞こえるのは杏の声。
ああ、別に驚くようなことじゃなかったか。
「ああ、ちょっと待っててくれー」
そう、汐は今半裸状態なんだ。とりあえずまずは汐を着替させないと。
「ほら、早く着替えるんだ」
「でも、チョコがつきっぱなし……」
「風呂場で洗い落としてこい」
汐を風呂場に連れて行き、その後玄関先までやってくる。
『朋也、まだなのか』
ついでに智代の声も聞こえてくる。ああ、ということはみんないるんだろうな。
『そう、早く開けてほしいの』
『いつまで待たせるんですか! プチ最悪です!』
『まあまあ、もう少ししたら朋也さんも来ますから』
『そうですね、もう少し待ちましょう』
案の定、みんないた。俺は待たせるのもまずいと思い鍵を開ける。
と、同時に全身を駆け巡る悪寒。
さて、今日は何の日でしょう。そして、汐はさっきどんな話しをしてくれたでしょう。
答えは扉の開いたその先に――。
この後のことは言いたくない。ただ、後に俺が『2月14日』『バレンタイン』『チョコ』いずれかのフレーズを聞いだけで震えるようになってしまった原因が、間違いなくこの日にあったことだけは事実だろう。
……バレンタインこわい。
おわり
あとがき
この作品の汐は普通の汐ではありません。私流汐です(ぉ
というわけでいかがだったでしょうか? はじめての方は困惑されたと思います。
この作品は自サイトでの『岡崎汐は大胆不敵』の続編的な位置づけで作りました。まあ、続編なんて作るつもりはなかったんですが、バレンタインイベントってのとネタが思い浮かんだっていうことからこうしてやってみました。
「たまにはこんな汐もいいよね!」って受け入れてもらえたらその時点で書いた甲斐があるかなあと。それでは、また、次がありましたらお会いしましょう。
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