swamp fever

byミナミ シュウ



「あれ、起きていいのか」
「……何日前から寝込んでると思ってるの」
「じゃあこれはいらんな。フルーツの缶詰」
「上がって」
「切り替え早いなー」
「タオルいる?」
「いるいる」
 ぱっと身を翻して、川澄舞は奥へ引っ込んだ。その間にブーツとコートについた雪を払う相沢祐一。
 風邪の流行に珍しく乗った舞を見舞う事、数回である。かなりしつこい風邪であったのか、彼女が寝込んでから既に1週間が経とうとしていたが、流石に元々健康体な事もあってか、この日も看病をしてやろうと意気込んだ祐一の肩を透かすように、舞は体調を取り戻していた。疾うに普段着も着込んでいて、溜まっていた家の中の仕事をこなしている所へ祐一が邪魔をしに来たという構図である。
「はい」
「さんきゅ」
「……」
「何黙っちゃってんの」
「……別に、なんでもない。ストーブ、今入れたから」
「暑いの苦手だもんなあ舞」
 手早く水滴を払って、部屋へ上がる祐一。
 大学へ入ってから借り始めた手狭な1DKの中は、1週間もの間放置されていたものの、それでも小奇麗に片付き始めている。それなりに祐一の私物もあるのだが、そちらもきちんと保管されていて無闇に嬉しくもなった。
 ふう、と一息ついて、祐一がベッド脇の定位置へ腰を下ろすと、なんとなくという様子で舞も座椅子に落ち着いた。それから、膝を抱えて祐一を眺める。
「ん?」
「……」
「どうした可愛い上目遣いだな」
「うるさい」
「そういう時の反応の速さは素晴らしいと思うよ俺」
「……」
「なんだ、まだ調子良くないか?」
 割と本気になって心配しようとすると、舞はそっぽを向いた。これではないか、と祐一は思案顔になる。
「でも1週間ぐらいで治って良かったな。長引く人は2週間とか、最悪入院とか聞いてたから気が気じゃなかったよ」
「うん」
「でも油断しないで病院にはまた行ったほうがいいかも知れないぞ。ほら、あれだけ長い事熱出してたんだし」
「うん……」
「あー……」
「……」
「い、家の中とか、手伝う事あるか?」
「別に無い」
「そうか……」
「……」
 舞との会話は得てして無言や空白が多いものだったが、この時ばかりは流石に祐一も彼女の彼氏を勤めて長いだけあり違和感しか無い。何かおかしい、という程度の変化でしかないのだが、恐らく祐一と、舞の親友である佐祐理にだけは解るものが顔にありありと見えた。
 そしてこんな時の解決方法を、祐一は知っている。
「舞」
「何」
「こっち来い」
「……」
 ちょっと目を泳がせてから、音も無く立ち上がって舞は祐一の膝に腰掛けた。こっち来い、とは言ったが膝の上とは思わなかったので驚くが、とりあえず彼女の胸の下辺りに手を回してみる祐一。
「なんか機嫌悪いなー?」
「……そんな事ない」
「あ、ちょっと考えた」
「機嫌悪くない」
「じゃあ凹んでる」
「……」
「当たった?」
「今日」
「お」
 漸く喋りだす気になったか、と思い、祐一は舞の身体をぐいと引き寄せる。されるがまま、舞は口を開く。
「今日、何日?」
「13日」
「間に合わない」
「ん?」
「チョコレート」
「お……おお! そうか、そんな日だったな」
「忘れてたの?」
「いや憶えてたよ」
「……黙っていれば良かった……」
「そんなしみじみ言わなくても。流石に当日になったら思い出すし」
 周りの雰囲気とかで、と付け加えながら、祐一は舞の黒く艶のある長髪を一房、摘まんでみる。高校生時代は1つに結ってなお背中まである長さだったが、今は肩で綺麗に切り揃えられていて、大人っぽいなと場と無関係な事を思う。
「祐一、甘いもの好きだし……」
「うーん、まあなあ」
「……作ろうと思って、準備もしてたのに」
「仕方ないよ、今回は」
「なんか……悔しい」
「あー」
 妙な所に意地を張る子だとは知っていたが――ウィンナー欲しさに祐一の遊びに付き合う程――こういう時にも出るものなのか、と新発見に口元が緩む祐一。
「笑った……」
「笑ってない」
「にや、ってした」
「してない」
「ブロークン・アローのトラボルタみたいだった」
「そこまで邪悪な笑い方してないよ!」
 そして背を向けた格好であるにも関わらず敏感かつ具体的に察知する舞。
 笑われた事やらチョコレートの事やらが不満らしく、舞は容赦なく身体を倒して祐一ごとベッドへ倒れた。仰向けで、やはりなんとなく舞を抱きすくめる祐一。
「あ、そうだ」
「何?」
「今から作ってくれよチョコレート」
「……意味無い」
「別に作る所を見せてもいいじゃないかたまには。何か一服盛るわけでもないし」
「そうだけど」
「俺も手伝うし」
「意味無い」
「まあまあ。今年のバレンタインは彼氏と一緒にチョコ作って遊びました、でもいいじゃないか」
 色々と考えたようだったが、舞は納得したらしかった。よいせ、と声をかけて揃って起き上がり、台所へ。
 言葉通り冷蔵庫には袋に入ったペーストのホワイトチョコや細かいトッピングなどが仕舞ってあって、これが予定通り作られていたらさぞ可愛らしく美味しいものが出来ただろうと簡単に想像できそうだった。それだけにその点は祐一としても残念ではあるものの、こういうイベントも悪くは無いものである。
「祐一、お鍋出して」
「ここに」
「うん」
 エプロンを着込みながらの指示に従い祐一が取り出した鍋を受け取り、舞はまず水を張る。
「湯煎ってやつだな」
「うん」
「名前とどういう方法かしか知らない」
「普通の料理で使う調理法じゃないから」
「だよなあ」
 小さな気泡が鍋の底から浮き始めたところで、舞は一旦火を落とした。不思議に思っていると、温度計を持ってきて湯に突っ込み計測を始める。
「細かいな」
「こうしないと、美味しくできない」
「たかが温度だろ?」
「不味いのが食べたいなら、よす」
「頑張れ舞!」
「うん」
 祐一のこういう物言いには毎度の事と慣れているので、舞は軽く受け流しながらじっと温度計をにらみつけた。
 53度でぴたりと止まったのを確認して、ホワイトチョコ、粉砂糖をあけたボールを鍋へ浸からせ、木杓子を突っ込んでぐるぐると回し始める。時に持ち上げて垂れ流したり、一部に固まったものを平たく伸ばしたりしているうちに、チョコレートらしい香りがキッチンに漂い始めた。白い粉の集まりだったものがこうもとろみを利かせ始めているのを見ると、料理とは不思議だなと妙に感心してしまう祐一である。
「凄いチョコっぽいな」
「うん」
「あ、冷やすんだよな? 氷出すぞ」
「ありがとう」
 先に気が回った事に若干喜びを覚えながら祐一は冷凍庫の扉を開き、閉じた。
 不思議そうな顔をする舞。
「祐一?」
「えーと……」
「何」
「氷無いや」
 てへっ、と可愛らしく舌を出してみたが、舞は無表情に冷め切った顔になっていた。そんな事では誤魔化されないというのであろう。
 氷が無い理由は簡単なもので、看病期間中体の汗をやたらと拭きたがった祐一がやたらと消費した為である。舞はそんなに頻繁に汗なんか拭かなくていいと主張したのだが看病的な意味と性的な意味で祐一はその主張を蹴り飛ばしたのだった。そのツケが今こんな形でやってくると誰が予想し得ただろうか。
 いや、し得ない。
 反語で過去の狼藉を反芻する祐一だったが、舞は目を閉じて長く長く二酸化炭素を放出する作業に打って出た。彼氏立場皆無である。
「無駄遣いするから……」
「だ、だって看病だったじゃん? 仕方無かったじゃん?」
「どうしよう、これ」
 今度はしょんぼりとボールに目を落とす舞。流石に気がとがめてきた祐一の脳裏に、アイデア神が舞い降りる。
 ここへ来る時に持ってきたビニール袋の中身。
 フルーツの缶詰である。
「舞、これでいこう!」
「……?」
 何言ってんだこいつはというあからさまな視線を真正面から受けながらも祐一はめげなかった。
「ほら、貸してみな」
 キッチンのメインスペースを舞から奪い去り、再度チョコレートを弱火で加熱。牛乳を取り出して勝手に混ぜながら抵抗の少ないとろみを利かせる。続けてフルーツの缶詰を開いて、中身を別の鉢に移し替えて完成。応急処置だったが、立派なデザートだ。
「……?」
「首を45度に曲げて不思議がるな。チョコフォンデュだよ」
「……あ、テレビで見た」
「フルーツもあるしな。これでまあ、遊ぼう」
「うん」
「ごめんなー俺がワガママ言ったばっかりに。あとここから動けないけど」
 温度を一定に保たなければチョコレートはあっさりと固まり始めてしまうのである。
 舞は祐一の言葉に首を振って、口の端を微かに持ち上げて見せた。もうそれだけで祐一としては万々歳だった。
「ありがとう」
「いやいや」
「はい、フォーク」
「よし。俺はバイナップル行くかな」
「みかん」
 くつくつと微かに温度を保つホワイトチョコレートにフルーツをくぐらせて同時に一口。甘みと酸味が、即席のデザートにしては中々絶妙な味わいを醸し出している。
「缶詰だから果物の甘さのが強いかな」
「牛乳分砂糖の量計算してないから、多分ちょうどいい」
「なるほど」
「祐一」
 呟いて、舞はチョコレートコーティングされたキウイをフォークと一緒に向けてくる。笑って、口を開く祐一。幸福である。
「まあ、来年は来年で楽しみにしてるよ」
「来年もこれがいい」
「手抜きか」
「美味しいし、楽しいから」
「まあな。ああ舞ほらこぼれてる」
「あ」
 舞の顎から喉にかけて、つつ、とホワイトチョコが伝っていく。
 何か盛り上がる祐一。
「エロい」
「……」
「あ、無視された」
「祐一の方がよっぽどエロい」
「だよね!」
 フォークを置いて舞のブラウスに手をかける。瞬間、手刀。
「なんで」
「久しぶりに殴られた気がする」
「今はお菓子の時間」
「いや、チョコみたいなもんで、常にあっためないとダメなんだよ、俺」
「……」
「俺というか、俺の」
「知らない」
「だよね!」
 呆れたように息を吐く舞が、この後1週間の無沙汰を必死に語る祐一に折れるのは別の話。
 加えて潜伏期間1週間を守って祐一に風邪の症状が出始めるのも、また別の話。























お囃子・感想などいただけましたら。

おなまえ(省略可)



お囃子!(→盛大)

ぱち ぱちぱち ぱちぱちぱち

よろしければ何か一言!(省略可)





Back